53.魔力カプセル
いててててて――――っ!! いた――――いっ!! なっ、何だっ、一体。何が起こってる。攻撃でも受けてるのかっ!!
突然の体中の激痛による目覚め。まわりは暗く、夜、または深夜であることがうかがえる。この寝静まった時間に悲鳴を上げるわけにも行かず、うううー、とか、ぐぐぐぅ、とか唸っている。
「突然、唸りだしてどうしたのさ。」
アシルがすぐ近くにいて、訪ねてくる。
「かっ・・・・・ 身体中が・・・・・ 痛い・・・・・」
「ええー? 大丈夫なの。ケガしてるふうでもないから、なんか変な病気とか?」
そ、その変な病気とはなんだっ。お、俺は断じて怪しげな病気にかかったりしていない。
いや、待て、昨日何やってた?・・・・・ あ・・・・・ 倒れるまで歩き続けた?
そうかーっ、筋肉痛かっ!! 寝ているときに寝返りでも打ったか? この突然の激痛は、そうとしか考えられない。
ムキになって歩くことに集中しすぎた。ハイハイしているときの筋肉と、歩くときの筋肉が、これほどまでに違っていた事を思い知らされた。
とりあえず仰向けにならないと、窒息する可能性がある。なっ、なんとか上を向こう。
いてててって―――・・・・・・・ ふ――ぅ 痛かった。
これは怪我じゃないから治癒魔法で直すのは、まずいような気がする。筋肉を痛めつけて、その回復過程の痛みだから、この痛みを消してしまったら回復後の強い筋肉が得られなくなりそうだ。それに、この運動後の筋肉痛って、嫌いじゃなかったな。一生懸命運動したって実感がわくんだよね。ここまで酷いのはあまり無かったと思うけど、しばらくはこの痛みに付き合おう。
「ねえ、ショウってば、何か言いなさいよ。」
「歩きすぎで筋肉痛なんだよ。すっげー痛い。」
「歩きすぎって、ほとんど歩いてないんじゃないの。」
「赤ん坊の俺が初めて歩いたんだよ。少し歩いただけでも、凄い運動量なんだ。それを調子に乗って動けなくなるまで歩いてしまえば、筋肉痛にもなるよね。」
いや、赤ん坊が筋肉痛で動けなくなるって、あるのか? 普通の赤ん坊だったらそんなことになる前にやめるよな。俺ってアホなの?
腹減った。昨日の昼に離乳食デビューしてから何も口にしてない? ポットは置いてあるの? ん? 魔力の触手がっ・・・・・ そうだ、封印してたんだ。歩いてるときも出なかったんだ。
心の奥底で、封印解除をイメージする。触手が出た。精神のイメージで魔力を使えたり
使えなかったり、魔力使用や魔法発動はイメージが重要なんだろうね。
体が痛くて上を向けない。触手でヘッドボードを探れば・・・・・ あったあった。ポットを入れた革袋が置いてあった。マーシェリン、ありがとう。
哺乳瓶にヤギのお乳を注いで、ちゅぱちゅぱ、あぁ――― 五臓六腑に染み渡るぜぃ。なんだかアシルの眼差しが、羨ましそうだ。
「アシルも飲む?」
「うーん、飲んでみたいんだけどね。あたしには肉体がないんだ。飲んだり食べたりは出来ないよ。」
「へー、それは寂しいね。おいしい食べ物や飲み物があっても、口に出来ないなんて。でも、このヤギのお乳は特別に美味しいというわけではないんだけどね。」
「美味しくないものをなんで飲んでるのさ。」
「赤ん坊の栄養摂取だよ。強烈な味付けをしたら成人病で死んでしまうよ。だから赤ん坊には、薄い味付けのものしか食べさせないんだ。」
「薄くてもいいから、飲んだり食べたりしてみたい。」
「はい、どうぞ。」
「だから、無理だって言ってるじゃん。」
「この世界での魔力使用や魔法発動は、その本人のイメージが強く出てくるんだけど、アシルもイメージを強く持ってみるんだ。自分はこれを味わって飲める、って。」
「なんだか飲めそうな気がしてきたよ。飲んでみるよ。あーん。」
上を向いて口を開けたアシルに哺乳瓶をくわえさせる。お?吸ってるじゃないか。飲めているのか。
「飲めたっ、飲めたよ。味も分かるよ。美味しくないっ、本当に美味しくない。ショウはよくこんなのを飲んでるねっ。」
「こんなのって言うなぁ――――っ!! おっ、俺はここで、アドリア―ヌに拾われるまで、生まれ落ちた直後からヤギさんの群れと一緒に旅をして・・・・・ ずっとヤギさんのお乳のお世話になっているんだ。こんなごちそうは無いと思ってるっ。」
「ご、ごめんなさい。そうね、見方を変えれば美味しいわね。うん、とっても美味しいわ。」
「いや、そんなに美味しいものじゃないだろ・・・・・ でもあの時、そのヤギ達と出会わなかったら、飢えて死んでたのかもしれないなぁ。」
「アドリア―ヌが母親じゃなかったの? ヤギと旅をしたって、何がどうしてそうなったのさ。」
「アドリア―ヌは俺を養子として迎え入れてくれたんだ。何処の誰とも分からない赤ん坊をね。」
「だから、なんで赤ちゃんがヤギと旅をするのさ。」
「魔獣に追われた荷馬車が跳ねて、俺だけ飛ばされたんだ。そのおかげでヤギさんの群れに会えた。」
「魔獣はどうしたのさっ。どうやったらそこにヤギが出てくるのさっ!!」
「細かいことはもういいんだよ。昔の出来事だ。でも、俺を生んでくれた母親には会いに行ってみたい。あの時の子供は元気に成長してるよって、伝えてあげたい。父親も母親もきっと、自分たちを責め続けているかもしれないからね。」
「その時はあたしも一緒に行ってもいいかなぁ。」
「いや、一人で行くよ。マーシェリンも連れていかない。だから一人で歩いて行きたいんだ。もう少し大きくなってからだけどね。何処にいるのか探さないといけないし。」
「ええー、あたしもいろんな所に行きたいよ。」
「俺がもっと大きくなったら 、旅に出るつもりだから、その時には一緒に行こう。」
「ほんとにー? あたしは絶対にショウに付いていくよ。置いてかないでね。」
「 ・・・・・・・ねむい・・・・・ 」
「ぎゃぁ―――――っ」
「何を突然悲鳴を上げてるのよ。」
「痛いっ、痛いっ、痛いっ!!」
アドリア―ヌかっ。何してくれてんですかっ、寝た子を突然抱き上げるなどとはっ!!
「降ろせ、下へ降ろせっ!! アシルは止めなかったのかっ。」
慌ててベッドの上に戻されても、戻された刺激で全身に走る激痛。
「いててててて――――っ」
痛くて体が反れば、そこにまた激痛。痛みが痛みを引き起こす最悪のサイクルにおちいってる。ベッドの上で口をパクパクして、陸に打ち上げられた魚状態だ。
落ち着けー、動くなー、呼吸を整えろー、ひっひっふー、ひっひっふー・・・・・
な・・・・・ なんとか落ち着いた。死ぬかと思ったぜ。
「どこが痛いのよ。治癒魔法を掛けようかしら。」
「治癒はいらない。筋肉痛だ。」
「ぶふっ・・・・・ 筋肉痛?」
「今、笑ったな。俺の筋肉痛がそんなにおかしいか?」
「おかしいでしょ。赤ちゃんが身動きとれないほどの筋肉痛ってありえないでしょう。」
「俺もそう思うよっ!! でもなっちまったもんはしゃーない。だから痛みに耐えてんだよっ!! アシルはいないのっ。」
「どこかにお出掛けしていらっしゃるようね。」
アシルがいれば止めてくれたんだろうけど・・・・・
アドリア―ヌの後ろからマーシェリンが心配そうな顔で覗き込んでくる。
「マーシェリンも抱き上げようとはしないようにねっ。」
「は、はい、でもショウ様、大丈夫なのですか。」
「大丈夫だよっ。マーシェリンだって筋肉痛ぐらい経験あるよねっ。」
マーシェリンは体育会系で、剣術の鍛錬に打ち込んでいたようだから、筋肉痛は常に経験してるよね。
「いえ、あまり筋肉痛の経験は無いのですが。」
あ~、たまにいるんだ。体を鍛えることに関して天才的な勘を持つ奴。筋肉痛で動けなくなるまで鍛えてしまえば、休息に費やす時間が長くなる。痛みが引かないまま鍛えても、効率よく鍛えられず故障の危険が高くなり、デメリットが大きい。
マーシェリンは、自分の体がどこまで効率よく動けるか、そしてどこまで効率よく鍛えられるか、勘でその限界をつかんでいるんだろうね。
じーっと見つめて考え事をしてたら、マーシェリンが尋ねてきた。
「ショウ様、どうされましたか。」
「マーシェリンは・・・・・ 天才ですかっ!!」
「え?」
ぽっ、と頬を染め目を逸らすマーシェリン。
「そのようなこと、誰にも言われたことはありません。」
「体を鍛えることに関して、だけどね。
アドリア―ヌは何しに来たんだよ。」
「歩けるようになったって聞いたから見に来たのよ。なんでそこまでがんばっちゃったのよ。」
「歩けたのがうれしくて、アドリア―ヌのところまで一人で歩いて行こうと思ったんだよ。」
「ショウは加減というものを身につけなさい。いろいろとね。それと、今日は歩いたりせずに、安静にしてなさい。」
「ああ、そうする。ちょっと考えたんだけど、酸素カプセルって知ってる?」
「いえ、知らないわ。」
「アスリートが怪我や疲労の超回復に使っていたらしいんだけどね、魔力カプセルなら簡単にできるかなって、今思いついたんだ。高濃度の魔力で圧を掛けてその中に寝ていれば、超回復できるかも。」
「そんな技術があったの。治癒魔法みたいなものじゃない。」
「そうだね、あの科学文明における治癒魔法と言ってもいいかもしれないね。」
「それを魔力でやっても効果があるの?」
「それは分からないよ。やってみて効果があれば教えてあげるよ。」
「ぜひ、お願いするわ。」
アドリア―ヌが戻るのと入れ替えに、グレーメリーザが食事を持ってきてくれた。離乳食だ。起き上がれないんだけど、食べれるのかな。寝たきりの俺にマーシェリンがスプーンで食べさせてくれた。これって病人みたいだ。
「俺はこれから魔力で繭状のものを創ってその中で休息をとるから、マーシェリンは剣術の稽古でも行ってくれていいよ。」
「いえ、いけません。私はショウ様の護衛なのです。グレーメリーザ様がアドリア―ヌ様の元へ行っておられるので、護衛として付くのが私しかいません。」
「まあいいか。じゃあ、剣を振るなり好きなことやっててよ。」
魔力で白い繭状のものをイメージして自らの体を覆う。変形しないように強度を待たせて、中を魔力で満たしていく。繭の中の魔力の圧力を上げ、耳がキーンと鳴り始めたら鼻をつまんで、フンと耳抜きをして・・・・・ よし、この状態で1時間ぐらいでよかったかな? これで呼吸と共に体内に入った魔力が、体内を駆け巡って超回復してくれるかなぁ・・・・・ この、濃密な魔力で体に圧がかかった状態・・・・・ 暖かくて・・・ なんだか・・・ 気持ちいい・・・・・
あれ? 寝てしまっていたのか。そうだ、魔力カプセル・・・・・ なんだか体が軽い? 回復したのかな?
起き上がってみよう。 いててー、まだ痛みは残ってる。でも動けない程ではない。かなり回復しているようだ。
魔力供給を止め、まわりの魔力カプセルを消し去る。ベッドの上でストレッチをしてみれば、痛いながらも関節の曲げ伸ばしや柔軟運動も出来るようだ。
「ショウ様、もう動く事が出来るようになられましたか。」
「うん、あの魔力カプセルはなかなかよかったよ。マーシェリンもやってみる?」
「あたしもやりたーい。戻ってきたら面白いことしてるんだもん。中に入りたかったのに入れなかったんだよ。」
「アシルは精神生命体だよね。肉体の疲労回復のためにやってるんだから、アシルには効果は無いよ。」
「でもやりたい、やりたい。」
「分かった、ちょっと、試しにやってやるよ。そこに横になって。中では静かにね。」
ベッドの上で横になったアシルを、繭で包んで魔力の圧を掛ける。これで30分ぐらい置いといてやろう。
「マーシェリンはどうする?」
「少し興味はあります。でも、ショウ様のお食事も届いていますが、お食事を先にされますか。」
「一人で食べれるからいいよ。興味があるなら、やってみれば。次からはマーシェリンが自分で出来ると思うから。」
「そ、それでは、お願いしてもよろしいでしょうか。」
マーシェリンをベッドに寝かせて、アシルよりも大きな繭で包み込んで圧を掛ける。後は・・・・・ 放置プレイですかっ!!
ま、まあ、放置してる間にメシを食おう。触手を自在に操り、食事のトレーを自分の所まで持ってきて、スプーンですくって口に運ぶ。まわりに誰かがいると世話を焼きたがるんだよね。あーん、とか、食べさせられるんだけど、全部一人で出来るんだよね。こうやって一人で食べるのが気楽でいいや。
ふー、満腹満腹。これで寝てしまうと二人とも出られなくなるから、魔力カプセルを解除しておこう。アシルからだな。
アシルのカプセルの魔力供給を止め、魔力カプセルを解除する。ガン見してしまった。え? なんだ?
「気持ちよかったよーっ、またやってよー・・・・・ あれ? ショウ、小さくなってない?」
俺の胸に飛び込んで来たアシルが・・・・・ でかくなった?
「アシルが大きくなってるみたいだ。20cmぐらいだったのが30cmぐらいまで大きくなってる。」
「ええーっ、あたし、大きくなったの? もっと大きくなれるかな。」
俺の魔力を取り込んだ? いや、圧を掛けてたから、自然にアシルの体内に染み込んでいったのかな。
「もっと大きくなりたいよ。もう一回やってよー。」
「突然、大きくなったらみんながびっくりするよ。それに、俺の魔力の影響で性格が変わったりしたらどうすんのさ。」
うーん、と考え込んだアシルは放っといて、マーシェリンの魔力カプセルを解除する。
「ショウ様っ、これは凄いですっ。中は暖かく快適で、頭がスッキリした感じがありますっ。しっ、しかもっ、ショウ様のっ・・・・・ 魔力を・・・ 呼吸と共に吸い込んで、体の隅々まで巡る感じがっ・・・・・ 」
ぽっ、と頬を染めたマーシェリン。しまったぁ―――― 他人に魔力を通すなって、アドリア―ヌに注意されていたんだーっ。
「ごめん、マーシェリン。またマーシェリンの体に魔力を通しちゃった。」
「いえ、こ、これは、・・・ そういった感じではなく、普通の呼吸と共に吸い込むと言いますか、あ、あの、うまく説明できずに申し訳ありません。でもっ、とても体にいいことだと思いますっ。」
「そうか、よかった。でも、他の人には使わないようにしとくよ。」
「ねー、あたしはもう一回やりたいよ。」
「俺はおなかがふくれて、眠いんだよ。お休みっ」




