52.記念すべき はじめの一歩
「熱いからフーフーしますね。フーフー・・・ ショウ様、はい、あーん」
マーシェリンの至福の笑顔、その反対側にはアルテミスが・・・・・ まわりの視線を一身に受け、なんだか異様に恥ずかしい。
お昼には少し早かったけど、アドリア―ヌの、もう用意できてるかも、の一言で食堂へ急いで来たら、子供部屋で学習中の子供達とかち合った。城で働く大人達よりも早い時間に食事を摂るらしい。
「私もショウにあーんしたいです。」
「アルテミス様も、ショウ様にあーんしてみますか。気をつけて下さいね。熱いまま口の中に入れますと、ショウ様がやけどしてしまいます。フーフーして下さい。」
今度はアルテミスの天にも昇りそうな笑顔。
「フーフー・・・ はい、あーん」
このスプーンを取り上げて一人で食べ出したら、アルテミスは泣くんだろうな。もう二度と食堂で食事はしないぞと心に決め・・・ あーん・・・ もぐもぐ
塩分は凄く控えめ、水分多め、凄く柔らかく炊いたお粥さんだ。料理人、赤ん坊の離乳食を理解してる。グッジョブ。おなかの具合も大丈夫だ。離乳食デビューは無事すんだ。これからは固形物をどんどん食していこう。
おなかが満足し始めると、次に襲って来るのは睡眠欲だ。口にスプーンで食事を運ばれながら、こっくりこっくりと船をこぎ始める。瞼が重くて持ち上げられない・・・・・
ん? ベッドの上か。食事をしながら寝てしまったようだ。そんな状態の赤ん坊を何度も見たことあるけど、まさか自分で体験する日が来るとは思わなかったよ。まさか、口から涎垂らしたりしてなかったよね。
「ショウ様、お目覚めになりましたか。」
「食事しながら寝ちゃったから、涎垂れてなかった?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと拭いておきましたから。」
そうかぁ、やっぱり垂れてたかぁ。眠くなりそうな時には食事は摂らないようにしよう。よく考えたらおしめ交換まで・・・・・ マーサが来なくなったみたいだけど、マーシェリンがもう十分母親代わりになってしまってる。
いかんっ、自分のことは自分でせねばっ。ベッドの上でジタバタしてたら、ひょいとマーシェリンに抱き上げられ、ベッドの端に座らせられる。
「アドリア―ヌ様から靴が届いておりますが、履いてみますか。」
「履く、履く、すぐにでも歩きたい。」
「ウルカヌス様の靴は少し大きいようで、アルテミス様の生まれた頃の一番小さい靴がなんとか履けそうですが、それで宜しいですか。」
「履けそうなら何でもいいよ。」
歩くことに気が急いていて、些細なことは何でも良かった。アルテミスが使ってた一番小さいと言ってた靴を見て・・・・・ 女の子の靴だ。真っ赤な靴に赤い花の飾りが・・・・・ 俺が今着ているベビー服も、アルテミスのお下がりだったよな。ピンク色だ。このまま女の子として育てられないだろうな。俺は断じてそっち側ではないっ!! ないったらないっ!!
しょうがない。赤い靴でも、我慢して履きましょう。
アルテミスが使ってた一番小さい靴だって言ってたよね。ぶかぶかだ。
ええ? 俺って、発育不良なの。お、俺って・・・・・ そんなにちっこいの? 衝撃的事実を目の前に突きつけられ、精神的ダメージハンパねー。
いや待て、これからだっ。これからどれだけ成長するかだよ。運動をすれば背は伸びるかもしれないし。まず、歩くことから始めよう。
靴のつま先部分に布を詰め込んでもらって、横がゆるいのは底からぐるっと紐をまわして、足の甲側で縛っておけば、うん、大丈夫でしょう。これで歩けるぞ。よし歩いてみよう。魔力の触手は封印だ。そんなものを使ってたら、補助輪付きで自転車を乗ってるようなものだ。転んで痛い思いをしなきゃ、バランスの取り方は覚えられないだろう。
自分の心の奥底で封印、と念じてみたら、触手が出なくなった。でも、とっさの時に出そうだけど。
マーシェリンにベッドの下に降ろしてもらって、ベッドにつかまって立つ。さあ、ベッドから手を離して、記念すべき第一歩だ。
体が前に出る。あれ? 思ったほど足が前に出ていない? すでに体は傾き始めている。見る間に近づく床。顔面を強打するのではないかと思われる恐怖。うわー、触手が出ないっ。
ぼてっ・・・・・ 恐怖のあまり涙があふれる。
「うっ・・・ うわーん。」
「大丈夫ですかっ、ショウ様っ。」
すぐさまマーシェリンに抱き上げられる。
「怖かった、マーシェリン、怖かったよーっ。」
「どこか痛いとこはありますか。」
「痛くなかった。怖かったんだよー。」
記念すべき〖はじめの一歩〗は、デンプシーロールを繰り出す間もなく、ノックアウトに終わった。
高速ハイハイしたり、腹筋背筋鍛えたりしてたおかげで、倒れ込んだときに海老反りで顔面強打を免れた。へたすりゃ顔面スライディングしてたかも。
けど、一瞬のうちに顔に向かってくる床、顔面強打の恐怖、これってトラウマになるよね。この記憶が強く残っていると高所恐怖症になってしまうのでは?
「ショウ様、今日はもうやめておきましょうか。」
「嫌だ。まだやる。歩きたいんだ。」
「では、私がショウ様の手を取って歩きましょう。」
マーシェリンと両手をつなぎ、マーシェリンがゆっくり後ずさるのを追いかけ、よちよちと前に足を出せば、おおー、すげー、俺歩いてるじゃん。
そうだよね。親がこうやって手を取ってあげるんだよね。いきなり自分一人で歩き出そうとするのは、無謀だよね。
しばらくマーシェリンの手を持って歩く練習をしてたけど、手を離してみた。よしっ、いける。もうバランス感覚はつかんだぜ。まだまだ、よちよちとしか歩けないがなんとか転ばずに歩いていられる。
「凄いです、ショウ様。歩けてますよ。」
どうだ、と言わんばかりにドヤ顔で歩き続ける。このままアドリア―ヌの所まで歩いて行こうか。扉の所まで歩いて・・・・・ ノ―――ゥ 把手に手が届かなーいっ!!
「外へ出ますか。扉を開けますね。」
すぐにマーシェリンが扉を開けてくれた。子供ってすっげー不便だ。早く大きくならないと。
部屋の外に出て、アドリア―ヌの執務室はこっちだったよな。いつもはマーシェリンに抱きかかえられた目線だったのが、全く違う目線で歩いている。そのおかげで方向感覚がおかしくなっている? ど、どっちだ? こっちかっ!! よし、こっちだ。
自分の信じる方向に向かって歩き出す。
よちよち、よちよち、よちよち・・・・・ 全然進まねーっ!! でも、めげるな俺、アドリア―ヌの所まで歩くんだ。
「ショウ、歩いてるの? 今までも歩いてたっけ。」
一人で城内を探索してたらしいアシルが、近くに寄ってきた。
「しゃべりかけるんじゃない。集中が乱れるだろう。」
「アシル様、今ショウ様は初めて歩いております。歩くことに集中していますから、話しかけないようにお願いしますね。」
「じゃあ、マーシェリンの肩に乗ってていい? あたしもショウが歩くのを見ていたい。」
「ええ、よろしいですよ。」
延々と歩き続けているような感じがする。風景を見れば、執務室までの半分も来ていないんじゃないか。常に使っていない筋肉を使っているせいで、筋肉疲労がすごい。足がプルプルし始めてる。
もうだめだ。立っていられない。とうとう膝をつき、手をついた。マーシェリンに持ち上げられ腕の中に収まる。
「ずいぶんとがんばりましたねぇ。今日はこのままお部屋で、お休みになりますか。」
息が上がって声も出せない。うんうんと頷くことしか出来ない。肉体疲労で意識も飛びそうだし。部屋へ帰る道すがら、何かアシルが言ってるけど、もう理解できるほど頭が廻らない・・・・・・・




