50.神罰とか降りませんか
「ショウ様、ショウ様、アンジェリータ様がいらっしゃいましたよ。」
マーシェリンの声で覚醒する。そうだ、王様来たら起こしてって頼んだんだ。
ベッドの上に起き上がれば、ん? 王様と・・・ アルディーネだったかな? こないだ着せ替え人形にされて遊ばれたよね。
「ショウ様、ご機嫌麗しゅう存じます。せっかくお休みになっていらっしゃるのに、お起こししなくてもいいと言ったのですよ。」
「マーシェリンに起こすように頼んでおいたからね。それより、ショウと呼んでって言わなかったかな。」
俺を見ていたアルディーネの目がまん丸くなり、パッと振り返り、
「おっ、お母様、あ、赤ちゃんが、しゃべってますっ。」
「あら、言ってませんでしたか。ショウ様はとても賢い赤ちゃんなのですよ。アルディーネの言葉も全て理解されていらっしゃいますわ。ご挨拶をなさい。」
スカートをつまみ、可愛らしくひざを折ってお辞儀をする。これって、カーテシ―とか言ったよね。こんな小さい子でも、礼儀作法はしっかり教育されているんだ。さすが王族。
「アンジェリータ・ヴァランタインの娘、アルディーネ・ヴァランタインにございます。」
「礼儀作法は教わっていないから、ちゃんとした挨拶は出来ないけど、ショウです。よろしく。」
「ショウ・アレクサンドル・テルヴェリカ様にございます。」
突然、横からマーシェリンが付け足した。そうか、フルネームで挨拶されたら、フルネームで返さないといけないのか。でも、俺はショウだけでいいよ。そんな長い名前いらないよ。
「ショウ様、あの・・・ 私、天より光り輝くショウ様が、ご降臨なさったのを見てました。お母様が、この王宮でお育てしますと・・・ それを聞いて、私とても楽しみにしていましたの。こんな可愛らしい妹が出来るって。私の妹としてずーっと、可愛がってあげたかったのに、テルヴェリカ領へ行ってしまわれるのですか。」
「そりゃ、残念だったね。こんな生意気な弟は、可愛がる気にもならないでしょ。さっさとテルヴェリカ領へ帰るよ。」
「え――っ。」
母親を振り向いて、何か言おうとしてるようだけど、口がパクパクしてるだけで言葉になってないよ。そんなに衝撃的な事か。
「そういえば、言ってませんでしたか。ショウ様は男の子だそうです。」
まじまじと俺の顔をのぞき込んできた。
「本当に男の子なのですか。」
「うん、そうだよ。幻滅した?」
「いいえっ、大丈夫です。こんな可愛らしい弟が出来たのなら、可愛がらないはず無いじゃありませんか。是非、王宮で生活して下さい。」
「出来ましたら、私からもそのようにお願いします。」
めげない女の子にめげない女王様だね。諦めさせることは出来そうも無いかな。
「テルヴェリカ領と王宮をつなぐ転移の魔法円を、自由に使えるようにしてくれれば、いつでもアルディーネに会いに来れるよ。その時には、俺の大事な友達を紹介するよ。」
テルヴェリカ領から連れてきた友達として、アシルを紹介すれば問題は無いよね。そうすればアシルは、ヴァランタイン領を好きなように飛び回れるかな?
「そっ、そうですよね。ショウ様もテルヴェリカ領に帰れば、お友達がいらっしゃるのですよね。私もお友達に会えなくなるのは寂しいです。ごめんなさい。私はショウ様に無理を言っていました。でも、必ずお友達と遊びにいらして下さい。その時には、私のお友達も紹介致しますわ。」
「アドリア―ヌ様から、近いうちにショウ様が帰られると伺っておりました。本気で引き留めるつもりはございませんでしたが、アルディーネに引き留めさせれば、せめて後ろ髪を引かれる気持ちになって頂けるかと、思いましたの。」
「それは、ある意味成功したかも知れないね。また遊びに来ようと思ったしね。」
「ありがとうございます。是非いらして下さいね。ショウ様がテルヴェリカ領からの転移円を自由に使えるように、書状にしたためましょう。今日中に届けさせます。」
「ありがとう、お願いします。」
王様は忙しいらしく、さっさと引き上げていった。また遊びに来ても、王様とは会えそうもないな。アルディーネとお茶会ぐらいかな。ヴァネッサがお茶の用意をしてたけど、そんな暇も無かったようだ。
扉をノックする音がした。イブリーナが扉を開ければ、アルディーネともう一人、侍女かな? アンジェリータとアルディーネがいたときは部屋の外で待っていたようだ。
「失礼致します。侍女のエリスと申します。アルディーネ様がショウ様と、もっとお話をしたいとおっしゃったので、アンジェリータ様に確認を致しましたら、私が一緒ならということで、お連れ致しました。宜しいでしょうか。もし、私がお邪魔になるようでしたら、扉の外に控えております。」
イブリーナが振り向いて問いかけてくる。
「ショウ様、いかがなさいますか。」
「せっかくヴァネッサがお茶の用意をしたんだから、みんなでティータイムにすればいいんじゃない?」
今度は侍女が驚いてる。
「アルディーネ様、本当に赤ちゃんがしゃべってますね。」
「そうなんです。先ほども、次に王宮に来られたときは、お互いにお友達を紹介しましょうと、約束しましたの。」
アルディーネがベッドに駆け寄ってくる。
「お隣に座らせて頂いても宜しいでしょうか。」
「どうぞ、一人でベッドの上に上れる? 無理そうなら誰かに頼もうか。」
「一人で大丈夫です。」
ちゃんと靴を脱いで、上によじ登ったけど、はしたないですよ。淑女はそんな事しちゃ駄目ですよ。侍女が慌てて駆け寄ったけど、すでにベッドに上ってた。
「私にはお兄様が二人いるのです。とっても私のことを可愛がってくれるんです。」
「それは良かったんじゃないの。俺にも可愛がってくれる兄さん、姉さんがいるよ。」
「ウルカヌス様やアルテミス様の事をおっしゃっているのですか。」
「そうそう、アルテミスは特に俺を構いたがるんだ。」
「私も、お兄様に可愛がって頂けるのはうれしいのですが、でも可愛らしい弟や妹を可愛がってあげたいとも思っているのです。アルテミス様がとてもうらやましいです。せめて王宮へいらしたときだけでも、ショウ様と姉弟として一緒に過ごしたいです。」
「弟として接したいなら、『ショウ様』はやめてよね。気軽に『ショウ』って呼んでくれればいいよ。」
「ええっ、そっ、そんな・・・ 神罰とか降りませんか。」
「俺っ、神様じゃね―よっ!! 神罰なんかっ・・・・・」
ん? あの書庫の魔法円の中に、天候操作っぽいのもあったかな? 突然の嵐とかに遭ったりしたら神罰だって思われるかも。まあ、使わなければいいだけだよね。
「降しませんよっ!!」
「っ・・・・・」
あ、今の間はまずかったか。椅子に掛けてた、侍女のエリスが慌てて駆け寄って、アルディーネを抱え膝をつく。
「も、申し訳ありません。ご無礼がありましたようでしたら、私が罰を受けます。アルディーネ様には、罰を与えないで下さい。」
マーシェリンが近づいて、肩を震わせるエリスに語りかける。
「ショウ様はそんなことは致しませんよ。気分を損ねているわけではありませんから。」
「ショウ様は、神々の御子様なのでございましょう。降せない、ではなく、降さないとおっしゃいました。ご気分を損ねられましたら、いつでも罰をお与えになるのでしょう。」
いやいや、そんな些細なことを大きく取り上げなくても。いや、それよりも、マーシェリン、気分次第で暴れるみたいな言い方してんじゃないよ。俺は、○ャイアンですかっ!!
「俺は、神々の御子ではないし、神でもない。ましてや暴れん坊のガキ大将でもない。気分次第で、神罰を降せる事もないから。」
「で、でも、天より光り輝くショウ様がご降臨されるのを、拝見致しましたら、神々の御子様だと・・・ 私だけではございません。他にも大勢の者達が目にしております。」
「ええっ、そんなにたくさんの人に? 俺、意識なかったから知らないよっ。普通の子供として、接してよ。」
「私は普通にショウ様を、弟として接しますよ。
エリス、私をショウ様の隣に降ろして下さい。」
また、ベッドの上の俺の隣に戻ってきて、幸せそうな笑顔を向けるアルディーネ。
「だから、様はやめようよ。アルテミスだって、ショウって呼んでるよ。」
「いえ、お母様もお父様のことを、ウェスマディ様と呼んでいます。私がショウ様とお呼びすることに問題はありません。」
「あー、そー、まあいいや。でも俺はアルディーネと呼ぶよ。」
「お父様もお母様を、アンジェリータと呼んでますわ。」
頬を染め、うつむくアルディーネ。なんだ? おしゃまな子なの?
「このまま、私と、こっ、婚約を」
「嫌ですよっ!! そんな先の話を、決めたくないですよっ!! 俺が15歳になったとき、アルディーネ、20歳だよ。行き遅れって言われてるかも知れないよ。」
ガンッ、とテーブルに突っ伏すマーシェリン。あ、マーシェリンに痛恨の一撃。
「そもそも、アルディーネは弟が欲しかったんでしょうっ。普通に、弟と結婚する奴なんかいませんよっ!!」
「そっ、そんなふうになったらいいな、って、私の希望ですっ。ショウ様は思いませんか。」
「思わないよ。縛り付けられるような人生は嫌だな。足の向くまま気の向くまま、ずっと歩き続けていきたいよ。」
「ショウ様は、まだ歩けないでしょう。」
「ぐっ、そんな感じで人生を歩いて行きたいっていう、たとえですよっ。」
扉をノックする音が聞こえ、イブリーナが対応する。
イブリーナが筒状に巻いた羊皮紙を持ってきた。転移の間の通行証だね。国王様、ずいぶんと早く対応してくれたんだ。
「アンジェリータ様の使いの者が、持って参りました。転移の間を使用の時には提示するように、とのことです。」
「これで、テルヴェリカに帰れるね。」
「ショウ様、寂しいです。」
「アルディーネも、たまにはテルヴェリカ領へ遊びに来るようにすればいいよ。アルテミスもいるから、妹みたいに可愛がってあげればいいよ。」
「お母様のお許しが出ましたら、いつか行ってみたいと思います。」
「その時は、歓迎するよ。」
寂しそうな顔をしてたアルディーネも、最後は笑顔で帰ってくれた。
歓迎するよ、とは言ったけど、アルディーネって王女様なんだよね。そう簡単に出歩けないでしょう。国王様でもある母親も、他領への外出許可なんか出さないよね。単なる社交辞令だったと思って諦めてもらおう。
「今から帰る準備したら、いつ帰れる?」
「使用した部屋が少ないので、片付け掃除を致しましても、今日の夕方には王宮を出られるでしょう。」
さすが、ヴァネッサ、有能だ。
「それじゃあ、今日中に帰ろう。」
「かしこまりました。すぐにでも、準備に取りかかります。」




