38.神々の御子
王宮での誰もが寝静まっているこの時間に、突然の大きな魔力の動き。ここまでの大きな魔力。
まさか、神が降臨されるのでしょうか。
すぐさまベッドから飛び起き、ガウンをはおる。隣で寝ているウェスマディ様も目が覚め起き上がります。
「アンジェリータ、何が起きている。」
「分かりません。魔力の動きが大きすぎます。神の降臨かもしれません。」
夜番の護衛騎士達の慌てる声が、ドアの外から聞こえてきますが、 そんなことに構っていられません。
古い書物には、遙か過去に神が降臨された時に、魔力が大きく動いたという文献がありました。まさかそれが、今起こっているのでしょうか?
窓の外が明るくなってきています。バルコニーに飛び出て、空を仰ぎ見れば、
「何ですか、これは。」
「どんどん光が広がっている。これは魔方円では無いのか。」
遅れてバルコニーに出てきたウェスマディ様が指摘するように、魔方円そのものです。しかも巨大な・・・・・ 王宮の真上を中心に、外に向かって光が広がっていきます。誰が何のために?
神の力でしょう。その意図は私達の考えでは、及びもつきません。
神の祝福なのでしょうか。それとも神の怒りに触れ、マグノリア王国の崩壊なのでしょうか。どちらにしてもわたくし達には、受け入れる事の選択しかありません。
この限られた時を、愛する者達と一緒に過ごしたい。上の二人の男の子は、学院の寮生活でこの王宮にはいませんが、下の娘アルディーネは、就学前で隣の部屋で寝ています。
「ウェスマディ様、この後は何が起こるのか想像もつきません。デュナメイスとエインへリルは無理としても、アルディーネとともに過ごしたいのですが。」
「何かが起こるとでも?・・・ 分かった、すぐにここへ連れてくるよ。アンジェリータはここで待っていなさい。」
もうすでに空に光る魔方円は、王都よりもまだ大きく広がり、このままではそれほどの時を移さずに、ヴァランタイン領の領都を超えるでしょう。そうすれば、全ての領主から連絡魔道具による連絡が来るのでしょうね。先に手を打っておかなければ、私が走らなければいけなくなるわ。
各領主から連絡が来た場合の説明を、紙に記入しておけばいいでしょうね。
『天空に魔法円が光っておりますが、今の状況ではこの後に起こる事象については、想像も付きません。何事が起きても全ては神々の御意志です。皆様のご幸運を、心よりお祈り申し上げます。 アンジェリータ・ヴァランタイン』
この文面なら、良いことも悪いことも、どちらが起きてもおかしくないのではないかしら。
ドアを開ければ、ウェスマディ様がアルディーネを連れて戻ってきました。
ウェスマディ様とアルディーネを招き入れ、護衛騎士にはこの後のことを指示しておきましょう。
「宰相を起こして、連絡魔道具の間へ連れて行って。大至急でお願いしますね。各領主からの連絡が来ますから、この紙の文面を読むように伝えてください。」
「はっ、かしこまりました。」
「そんなに早く他領から連絡が来るのか? まだ皆寝静まっているだろう。」
「この魔力を感じられる方々なら、すぐに目覚めるでしょう。わたくし達がそうであったように。」
「お母様、何が起きるのですか?」
「アルディーネ、まずはバルコニーへ出て空を見上げましょう。これから先何が起こるか分かりませんが、無事にこの時が過ぎ去れば、この神々の起こした事象を後世に語伝えなければなりません。」
バルコニーに出てみれば、もうすでに遙か彼方まで魔法円が光っている。もう領境を超えているでしょう。
「お母様、誰かがこの魔法円に魔力を注いで、何かを成そうとしているのでしょうか。」
「これほどの大きな魔力を、人の力で発生させるなど、想像も出来ません。12神のどなたかが魔力を注いでいるのか・・・・・ いえ、すべての神が、地上に住む人々のために祝福をお与えくださっているのかも。」
その逆、国の崩壊もあるかもしれないとは、とても言えません。ただ祈るだけです。
「アルディーネ、この夜空の美しい魔法円を、拝見させていただいただけでも、幸せを感じますね。どのような事が起きても、神々に感謝を致しましょう。」
「はい、お母様」
こんな時は、アドリアーヌ様はどのようにお考えになるのでしょう。わたくしより大きな魔力量を持ちながら、国王の座を辞したあの方は。出来ることなら、またゆっくりとお茶の時間を持ちたいものですね。
「皆様お寛ぎのところを、申し訳ございません。宰相のセバスティアン様がいらっしゃっています。お通ししてよろしいでしょうか。」
侍女も飛び起きてきたのでしょう。寝衣にナイトガウンを羽織っただけです。
「ええ、お願いします。」
連絡魔道具の間から走ってきたのでしょう。息が上がってます。
「アンジェリータ様のご推測のとおり、各領主から連絡が入りました。受け取りました紙の文言をお伝えしたのですが、」
ゼヒュー ゼヒュー、と息をついてます。
「アドリアーヌ様はなんとおっしゃっていましたか。」
「アドリアーヌ・テルヴェリカ様が、他領の領主と、違うことをおっしゃっていた事をご存じなのですか。」
「いいえ、存じませんが、アドリアーヌ様でしたら動じることも無く助言をしてくれるのではないかと思ったのですよ。」
「いえ、慌てている様子でした。アンジェリータ様のお言葉を読んでいる途中でさえぎられ『天空より子供が落ちてくるかも知れません。助けてあげて下さいっ。』とおっしゃったのです。意味不明で聞き返しましたところ、お子様が一人行方が分からないらしいのです。アンジェリータ様にお伺いしますと言って連絡魔道具を止めましたが、いかが致しましょう。」
想像を超えています。今起きている事が、まるで何も無かったかのような物言いでは無いでしょうか。確かに子供が居なくなるのは大変な事です。でも、この国に住まう全ての人々の命運がかかっているのではないかと思われるこの時に・・・・・ 優先される事でしょうか。子供が落ちてくる? 行方の分からない子供が? どうやって? 見当も付きません。でも、あのアドリアーヌ様です。何かが起きているのでしょう。本人に聞かなければ、想像も付きません。
「分かりました。わたくしがアドリアーヌ様とお話をしましょう。」
「お母様っ!! 見てくださいっ。」
アルディーネの声で、その場にいた者達の目が魔法円に向きます。自ら光っていた魔法円が崩れ落ちているのでしょうか。キラキラとした光の粒子になって降りてきているようです。あの光が地表に降り注ぐまでは、まだ時間がかかりそうです。
この光は国中に降り注がれるのでしょう。よかった、神々の祝福だと国民には伝えられそうです。
「この神々からの祝福をありがたく受け、感謝し、祈りましょう。」
誰へともなく語ります。 ・・・・・・・え?
「あれは? 何かが、落ちてきているのでしょうか。」
私の言葉で、その場の皆が真上を見上げます。キラキラと舞う光の中に、ひときわ明るく輝く何かが、この王宮に向かって落ちて? いえ、その廻りを舞う光とともにゆっくりと降りてきているようです。
「お母様、神様が降りてこられるのでしょうか。」
「そうかもしれませんし、贈り物を授けてくれるのかもしれませんね。」
「贈り物でしたら、私が頂いてもよろしいでしょうか。」
「アルディーネ一人に贈られる訳ではないのですよ。」
そんな会話の中、隣を見ればウェスマディ様とセバスティアンが涙を流して、お祈りを捧げています。ウェスマディ様が涙脆いのは知ってましたけど、セバスティアンまでとは思いもしませんでしたわ。
ひときわ明るく輝く光は、随分と下へ降りてきているようですが、まだそれが何かは見える距離ではありません。でも神々ほどの魔力ではないように感じられます。最初に魔法円が光り始めた時の、あの魔力の荒々しさが全く感じられません。
降りてくる場所は、このバルコニーとは少しずれているようで、中庭ぐらいでしょうか。風の魔法で、このバルコニーに降りてくるように、誘導しましょう。
風の魔法円を記憶させた魔石に魔力を込め、降りてきている光に、横から弱い風を当ててみました。
動きません。いえ、廻りをキラキラと舞っている光達は、風に吹かれて舞い踊っています。大きく明るく輝く光にだけ、魔法が干渉出来ないようです。
身体強化魔法で視力を上げましたら、見えました。光に包まれた赤ちゃんです。
何故? 赤ちゃんが? 神々の贈り物として、神の御子がご降臨なされたのでしょうか。まさかアドリアーヌ様がおっしゃった『子供』とは全く違いますよね。
「ウェスマディ様、あの光には魔法が干渉出来ません。わたくしが中庭に降りて受け止めます。」
魔石に魔力を込め従魔を呼び出しますが、寝衣にナイトガウンを羽織っているので横座りで、飛び立ちます。
「待て、危険はないのか。私が代わりに行こう。」
「お母様、わたくしも行きたい。」
「ウェスマディ様は、ここでアルディーネを守っていて下さい。
アルディーネ、とても素晴らしい贈り物かもしれません。ここで待っていて下さいね。」
中庭に下りて光の降りて来るのを待ちます。もうすぐそこまで、降りてきています。あまりにも神々しい光に包まれ、目を開けているのも辛いのですが、この光として感じているものは、神々の魔力のようです。受け止めても大丈夫でしょう。
とうとうわたくしの腕で抱き留めました。神々の神々しい魔力に当てられて、足元がふらつきます。はやくベッドへ寝かせてあげなければ、抱き続けていられません。
従魔でバルコニーへ戻り、部屋へ駆け込みます。ウェスマディ様とアルディーネが何か言ってますが、とりあえずはベッドに寝かせるのが先です。
ベッドに寝かせ、数歩後退ったところでふらつき倒れるところを、ウェスマディ様の腕に抱かれます。
「大丈夫なのか。この赤ん坊は一体・・・・・ 空から降りてきたと言うことは。」
「神々の御子だと思います。この神々しい光は、神の魔力でしょう。わたくし達にこの御子を育てろと、いうことなのでしょうか。」
「わたくしの妹になるのですか。わたくしがお世話をしてあげたいです・・・・・ でも、近くに行けません。」
そうです。魔力が強すぎて、侍女や乳母を付けようにも、近づくことさえ出来ないでしょう。かろうじてわたくしがおそばに近づくことができるぐらいでしょう。
「育てろと言っても、近づくことさえ出来ないのでは、育てることは出来ぬであろう。」
「それは、わたくしがお世話をするしかないでしょうね。」
「わたくしもお世話、出来るでしょうか。」
「アルディーネも、この魔力に耐えられるようになったら、お願いしますね。」
「はい、お母様」
「アンジェリータ様、先ほどおっしゃっていた、アドリアーヌ・テルヴェリカ様とのお話の件についてはいかが致しましょう。」
そうでしたわ。このような案件はアドリアーヌ様に伺えば、的確なご返事が頂けるのではないでしょうか。突飛なことをおっしゃる方ですが、物事の真実を見極め、的確な助言をして頂ける方です。
「アドリアーヌ様とお話を致しましょう。セバスティアン、連絡魔道具をテルヴェリカ領につないで下さい。わたくしもすぐに連絡魔道具の間へ向かいます。」
「かしこまりました。」
セバスティアンが走り去ります。
「アルディーネ、わたくしはここを離れますが、赤ちゃんを見ていてくれますか。」
「はい、お母様。わたくしは姉として赤ちゃんを見守ります。」
「お願いするわね。」
王城内を歩けば、王城で寝泊まりしていた者達が目覚めて右往左往しています。わたくしを見つければ何が起きたのかを聞きに来ますが、護衛達が全て止めてくれるのがありがたいです。
連絡魔道具の間に着いた時には、連絡魔道具がテルヴェリカ領と繋がっていたようでセバスティアンが、『アドリアーヌ様がお待ちです。』と言ってるのですが、まさかアドリアーヌ様は連絡魔道具の前でずっと待機されていたのでしょうか。
「ご機嫌麗しゅう存じますわ、アドリアーヌ様。」
「ご機嫌麗しゅう存じます、アンジェリータ様。領主風情に王からのそのお言葉、恐悦至極に存じます。」
「あらあら、アドリアーヌ様だけですのよ、そのように語れるのは。アドリアーヌ様はわたくしより下に見てはいけないと、常々存じております。先ほど、セバスティアンの話では、アドリアーヌ様のお子様がいらっしゃらなくなったと聞きましたが、お見つかりになりましたか。」
「そちらへお伺いしているようなのです。赤ちゃんなのですが、名前は『ショウ・アレクサンドル・テルヴェリカ』と申します。あれだけの魔力放出をした後なので、意識を失っていると思うのです。」
「あっ、あの、赤ちゃんが、アドリアーヌ様の子?」
「あら、やっぱりそちらへ伺っておりましたか。心配したのです。天空で魔力切れを起こしてしまったら地上に向けて真っ逆さまでしょう? 死んでいてもおかしくないと思っていたのですが、アンジェリータ様に保護されて頂けたようで、ありがとうございます。」
「いえ、あの赤ちゃんは天より使わされた、神々の御子なのです。光り輝く神の魔力を纏っておられます。」
「目が覚めたら、名前を聞いて下さい。『ショウ』と名乗ります。それよりも、夜寝る前にお乳を飲んでから何も飲んでいないと思うのですが、夜が明けたらお乳をあげに、王宮へ伺ってもよろしいでしょうか。」
「え、ええ、おねがいしますわ。」
「では、ウルカンドラの正刻にお伺い致します。」
あの、光り輝く赤ちゃんが・・・・・ アドリアーヌ様の・・・ 子?
神々の御子ではないのですか。
あの天空を輝かせた魔法円、人の力で出来ることなのですか。しかも、赤ちゃんに。
夜が明ければ、アドリアーヌ様がいらっしゃいます。その時に、はっきりするでしょう。




