30.にがっ
ふっと睡眠中の意識が覚醒した。目を開けたらマーシェリンと、ばっちり目があった。あわててる感じが伝わってくる。
「おはよう、マーシェリン。」
「お、おはようございます。あ、あの、この状況は、な、何故私は、こ、ここに寝ていたのでしょう。」
体の具合はどうなんだろう。まだ顔が、ひどく疲れている感じがするんだけど。マーシェリンの胸に耳をあて、心臓の鼓動とか魔力の具合を確認してみれば、心音早すぎ。魔力は・・・ よかった。回復してきてる。完全回復とまではいかないけど、休息をとれば疲労も魔力も回復するだろう。
「ドキドキしてる。魔力も大丈夫みたいだ。だいぶ回復してきているみたいだね。」
「回復とは? 何かあったのでしょうか。」
あれ? 覚えてない? 多分マーシェリンが俺に抱き付いたときに、マーシェリンの魔力を全て吸い取ってしまったんだよな。まさか記憶まで吸い取ったなんて事は無いよね。どこから記憶が無いのか分からないな。これはアドリアーヌに相談してみよう。そうだ、アドリアーヌがマーシェリンを大事にしろって言ってたな。抱きしめてあげよう。胸の上に乗って抱きしめようとしても、手がまわらねー。
「ぎゅ~ってして。」
「しっ、してっ、してもっ、よっ、よろしいのですか?」
「アドリアーヌが言ってたんだ。マーシェリンを大切に思ってるんならもっと大事にしてあげなさい、って。でも、どうすればいいか分からないし」
マーシェリンが、ベッドの上に起きあがり抱きしめてきた。
むぎゅっ、くっ、苦しいけど、我慢、我慢。あ、号泣し始めた。鼻水は垂らさないでね。
「うっ、うっ、あ~~~~ ずっと、ずっと、そばに置いてください~~」
ドアがノックされ、マーサが入ってきた。
「あらあら、マーシェリン様、どうされました?」
「ショッ、ショウ様が、わたっ、私を大切に、思ってくれているんです~。うぐっ、ひくっ、」
「それはよかったですね。ショウ様はお腹がすいてるでしょうから、預からせて頂いてよろしいでしょうか。」
「は、はい~、よろしくお願いします~。ひっく、」
「マーシェリン様も、お顔を整えた方がよろしいようですよ。泣かれた後は、目の回りが赤くなってしまいますから、水で冷やすとよろしいでしょう。」
「ありがとうございます~」
マーシェリンが出て行ってそれほど時間を置かずにリベルドータが入ってきたけど、マーサのおっぱいをもらっているところだったので、
「あ、これは失礼。隣の部屋で控えてますので、授乳が終わったら呼んでください。」
「入って下さって構いませんよ。女性の方なら気に致しませんし、ショウ様の近くで護衛なされれば安心できますでしょう。」
「ではそうさせてもらいましょう。」
マーサが出て行ったけど・・・ おしめ交換までされちゃいましたよっ!! 意識のある状態での、おむつプレイは初めてですよっ!!
二人きりになって、リベルドータが話しかけてくる。
「マーシェリンは、朝食を摂ってから戻ってまいります。その後、身だしなみを整えたらショウ様と二人で、アドリアーヌ様の執務室へおいで下さい。」
「リベルドータは一緒に行かないの?」
「私は、マーシェリンが戻り次第アドリアーヌ様の元へ伺います。」
そうか、アドリアーヌの手伝いは忙しいらしいからな。
マーシェリンが戻ってくるまで魔力の確認をしておくか。昨日は魔法円は展開できたけど、魔力が全くなくて発動出来なかったんだよな。体内の魔力を探ってみると、いつも感じている熱が感じられない? 魔力が無い・・・・・? 訳でもない?
魔力を発生させてみる。熱が発生して体内を巡り、吸い込まれていく。何処へ? 昨日のブラックホールをイメージした場所・・・・・?
もう一度魔力を発生させて体内を探ってみる。何かある? 何だこれ? 魔石? っぽい? 探っている魔力その物がその魔石に吸い込まれていく。どうことだ? まだブラックホールのイメージが残ってるのか? だとすれば、またいつあの暴走が始まるか分からない? それとも、すでに安定していて、体内で発生した魔力を常に吸い続けているだけ? そうすると、魔法は使えない? 検証してみないと分からないぞ。
「グレーメリーザ、魔法を使ってみたいんだけどいいかな? 軽く洗浄魔法をやってみようと思うんだけど。」
「昨日、あれだけの魔力を動かした後なのに大丈夫なのですか。あまり魔力量が回復している様子が見られないのですが。」
「回復に関しては問題は無いと思う。ただ、体内の魔力が、今までと勝手が違う感じ? どうやって魔法円に魔力を注げばいいのかよく分からないんだ。だからアドリアーヌに何か説明するにも、魔法を試しておきたいんだよね。」
首を振りながら、しょうがないですねぇ、とつぶやきながら、
「反対しても、されるおつもりなのでしょう。私が見ています。それとも私に魔法を掛けて頂けるのですか。」
「それもいいね。」
危険性の少ない魔法ということで、【洗浄】の魔法円を展開、指を魔法円に触れる。魔石で発生した後の、体内を巡る魔力が指先から零れ出て行くように魔法円に流れ、リベルドータを水に包む。
これは何も問題はないな。後は魔力を吸い込んでいる魔石っぽいものだ。大きな魔力を必要とする時のために、圧縮しなさいと言われてやったのが、ブラックホールのイメージで、出来上がったのがこの魔石っぽいものだ。そうなると、魔力自動圧縮魔石? かな。それじゃあ、その圧縮魔石からは魔力を取り出せるのか?
ブラックホールはすべてを飲み込んで何者もそこからは出られない。体内に出来た魔石っぽいものも、永遠に飲み込み続けるだけで取り出せないなんて事もあるのだろうか。
使えない魔力を貯め込んでも何の意味もないし、魔力を自動で貯め続けて、許容限界を超えて・・・ 爆散って事になったら・・・・・ こえー。映画のワンシーンで見た事あったな。人の頭がふくらんで爆発するやつ。あれが自分のお腹で起きる事、想像しちゃったよ。ヤバイヨ、ヤバイヨー。
とっ、とにかく、自動圧縮魔石の魔力を使える事を確認せねば。どうしよう。久しぶりにコナンやってみようか。
『プロテクトアーマー、シュワちゃん、タイプ、コナン』
丹田の圧縮魔石に力を込め、そこから魔力を絞り出すイメージで、って、意外に簡単に出た。自分の体の周りを、筋肉の鎧が覆っていく。あれ? なんだか拍子抜けだな。まあ、それでも『血のにじむような修行の末に習得しました。』なんて事にならなくてよかったけど。
マーシェリンが戻ってきた。やっぱ、突撃してくるんだね。どんっとコナンの胸に飛びつき抱き付く。
「コナン様っ!! こっ、今度は私をぎゅーってして下さいっ。」
拒んだら泣くかな?
「コナン様、ショウ様、マーシェリンは幸せ者です~」
拒まなくても泣いてるよ。
「マーシェリン、いい加減にしなさい。アドリアーヌ様の元へ行くのでしょう。」
渋々離れたマーシェリンの顔をのぞき込み、
「また目元が赤くなってしまいましたね。水場まで冷やしに行きますか?」
「俺が治癒魔法、掛けておくから大丈夫だよ。」
「それではショウ様にお願いして、私は先にアドリアーヌ様の元へ向かいますね。」
グレーメリーザが出て行った後、ようやく出かける準備が出来たマーシェリンの胸に抱かれて歩いているんだけど、『腕に抱いたままだと、いざというときに腕が使えなくなるため、護衛に支障をきたしてしまいます。』なんて言ってたけど、最近ずっと抱いて移動してるよね。ベビーカーの出番が無くなったな。帰りは抱っこひもを作ってやろう。
あ・・・ またイブリーナだ。扉の前にいるけど、護衛のため? リベルドータ達は室内で領主の仕事の手伝いをしてるらしいけど、手伝いが出来ないほど残念な子なの? それとも俺たちが来るから、護衛だと言われて部屋の外へ追い出された? 前者だととても痛い子だから、後者だとしておこう。
マーシェリンとイブリーナの会話が噛み合わない。そりゃそうだ。マーシェリン、記憶とんでるし。
もういいよ、さっさと入ろうよ。マーシェリンの胸にぎゅっと抱き付いて催促するんだけど・・・
ようやくイブリーナとの話は終わったようだ。もうこの女、うぜーよ。おまえ見習いだよ。黙って通せよ。
中へ招き入れられた。
「ああ、今キリになるから、少し待ってね。」
隣の部屋に通され、リベルドータがお茶の支度をしていたら、アドリアーヌが入ってきた。
「お待たせ。」
「お茶をどうぞ。」
リベルドータがお茶をカップに注ぎ、アドリアーヌとマーシェリンの前に置き部屋を出て行く。
「あれ? 俺の分は?」
「ショウも、お茶飲むのっ?」
「俺だけ無いと、寂しいじゃない。」
テーブルの上にいつもの魔力で作った哺乳瓶を、どんと置く。アドリアーヌがそれを取りポットに残ったお茶を注いで手渡してくれる。マーシェリンが、私がやります、なんて言ってたけど・・・
「あちゃちゃちゃっ!! あちーよっ!!」
「あら熱かった? しょうがないわね。冷ましましょうか?」
放り投げた哺乳瓶を、マーシェリンが素早くキャッチして、
「私が冷ましてまいります。しばし、お待ち下さい。」
「いいよ、俺がやるから。」
魔力で器を作り、水の魔法円で器に水を張る。マーシェリンに哺乳瓶を入れてもらい、
「人肌になったら出してね。」
「器用に魔法を使うわね。」
「今の熱さは、怒りにまかせて、必殺の『ちゃぶ台返し』が出るところだったぜ。」
「ごめんなさい。ショウは本当にやりそうで怖いわ。」
「ショウ様、何なのですか、その『ちゃぶ台返し』というのは。」
「どんな魔獣でも、ひっくり返すと言われる、伝説の必殺技ですっ!!」
「凄いです。私にも出来るでしょうか。」
「そんな技はありませんっ。ショウのたちの悪い冗談です。真に受けてはいけません。」
「じょ、冗談でしたか。私でも修得出来るような技でしたら、是非ともご教授願いたかったのですが。」
「そんな冗談を聞くために呼んだんじゃないのよ。私は忙しいんだから、さっさと本題に入るわよ。」
「すんません、調子こきました。」
そっ、その鬼の形相はやめて。マーシェリンも脅えてるよ。
「それじゃあ、ちゃんとご報告します。」
「あら、何故日本語なの?」
「マーシェリンの昨日の記憶が飛んでいて、何かあった事を知らないんだ。他にもこれから喋る事は、マーシェリンには、もしかしたらアドリアーヌでさえも理解が及ばない事かもしれない。」
う~んと考え込んだアドリアーヌが、
「マーシェリン、隣の部屋で待機していてちょうだい。」
ええっ? って顔をしたマーシェリンが、哺乳瓶を俺に渡して、悲しそうな顔で出て行く。俺と一緒に話を聞きたかったのか? 子供じゃないんだから、そんな悲しそうな顔するなよ。
のど乾いた。お茶飲もう。ちゅぱちゅぱ
「にがっ」
「子供にお茶は苦いでしょ。それで、理解できそうもない話というのはどんな話なの。」
「ごく普通の簡単な報告から? それとも最初から心臓に悪そうな爆弾発言がいい?」
「なんなのっ、その爆弾発言って。一体何が・・・ 何を・・・ したの?」
「じゃ、爆弾から落とすか。」
「待ってっ!! 普通の話かからにしてっ。」
「何だ、アドリアーヌも小心者だなぁ。それほど大した話じゃないって。」
「ショウの普通の話でも心臓に悪いのに、爆弾なんて脅されたら、怖いわよっ。」
ちゅぱちゅぱ
「にがっ・・・ 最初に知りたい事は、マーシェリンの事だと思うんだ。昨日のマーシェリンが意識を失っていたのは、俺が全ての魔力を吸い上げてしまったからだと思う。マーシェリンのそのときの記憶が消えていたから確認していないんだ。で、今朝マーシェリンの具合を見たんだけど、魔力も完全とは言えないけど、回復してきているみたいだし、後は十分な休息を取れば大丈夫でしょう。記憶の件は放っといてもいいかな。」
ちゅぱちゅぱ
「にがっ」
「飲む度に、にがっ、にがっ、って、ミルクを持ってこさせましょうか。」
「大人の階段を上らなければいけないのですよっ!! この程度でへこたれては、大人になれませんっ!!」
「あなたねー、先はまだ長いのよ。ゆっくり成長していきなさい。」
「まあ、そうだね。ゆっくり生きていこう。じゃ、今度は俺の話、昨日魔法を使おうとして使えなかったのは見てたよね。」
「そこから怖い話なの?」
「まだ普通かな? あれは完全に魔力切れの状態だったんだけど、今朝、完全とは言わないけど回復した感じだったから、魔法を使ってみたらちゃんと発動した。」
「ちょっといいかしら。」
アドリアーヌが、探るような手つきで俺の胸に手を当て、
「本当に魔力が回復しているの? 今までのショウの強い魔力が感じられないんだけど。」
「体内の魔力が体を巡って、あるところに吸収されてる。」
「あるところ、って一体?・・・」
「昨日、魔力圧縮したときに砂粒みたいになったっていったよね。それをブラックホールに見立てて魔力を吸収させたんだけど・・・・・ 魔石になった。」
ブ――――ッ 口に含まれたお茶が飛んでくる。あ、鼻からも出てますよ。ここにマーシェリンがいてくれれば素早く抱き上げてくれただろうに・・・
頭の中に『ハナカラギューニュー』がながれていく。
ハナカラギューニュー 思い出してる場合じゃねーよっ!! 頭からお茶かぶってるよっ!!
「ゲェッホ、ごっ、ゲフォッ、ごめっ、ブフォ、ごめんなさいっ、ゲホッ、ゲフォッ」
「酷い。」
洗浄魔法円展開、洗浄。すっきり~ うん、便利便利。
「ふー、・・・ 酷いって、あなたの方が酷いでしょ。事前に一言注意しなさいよっ。それで何の話でしたっけ。」
あ、今のは聞いてなかった事にしたいのか? 聞きたくなければ喋らない方がいいか。
「聞きたくなかったら、話はここで終わってもいいよ。」
「ここまで聞いたのですよっ、途中で終われないでしょっ。最後まで聞きますよっ。さっさと話しなさいっ。」
「どっ、どこからでしょう。ハナカラギューニューからでしょうか?」
しっ、しまった――――っ!! 地雷を踏んでしまった――――っ!!
見る見るうちに形相が変化していく・・・ 般若の如く。ヒ――――ッ!! マーシェリン、助けてー
「落ち着けっ、アドリアーヌ、殺されてもいいとは言ったけど、怒りに任せて殺すのは勘弁してくれ。」
「しませんよっ!! さっさと話しなさいって言ってるでしょっ!!」
「はっ、はい~」
端から見たら幼児虐待だよね。でもこの世界に、児童保護の法律は無いだろうし・・・
「魔石が出来た、とかの話からよ。」
「あ、そこからね・・・・・ 砂粒程度に感じられていた魔力は、魔力が圧縮されてただけで、体内にその実物が実在する訳では無かったんだけど、今はもっと大きな? 小さな小石ぐらい? かな、それが丹田のあたりにある、みたい。心臓の魔石で発生した魔力が、体内を巡り丹田に流れ込んでいる感じ。」
「ちょっと、信じられないんだけど。」
アドリアーヌが俺の横に来て、下腹に手を当てる。
「魔力が流れ込んでいる感じというのは、分からないわね。ここにそれだけの大きなな魔力が集まっているのかしら。感じられないわね。」
「常には体内にこもっていた魔力が、丹田に出来た魔石に吸収されて勝手に圧縮してくれるみたいなんだ。魔力自動圧縮魔石と名付けてみたけど、どう?」
「長いわよ。圧縮魔石でいいんじゃない?」
「じゃ、そうする。」
「昨日の魔力切れを起こしてから、ほとんど回復できていないように感じられたのはそのせいなのね。勝手に自動圧縮なんて、羨ましすぎるわね。それで魔法は使えたのかしら。」
「何の問題も無く発動したよ。ついでに圧縮魔石からの魔力使用も、問題無かった。」
「じゃ、今まで通り何の問題もなく、普通に過ごせるのね。いえ、どう見ても普通ではないわね。」
「いえっ、普通の子供ですよっ!!」
あれ? 俺の事を特殊な子扱いしてない? 普通の子として、優しい目で育ててあげて下さい。




