25.メンタンピン
「ショウ、さっきの笑顔は何なのよ。やけに思わせぶりな笑い顔だったわよ。」
オルドリンとの会話を終えたアドリア―ヌに執務室に連れてこられて、非難めいた口調で攻め立てられる。
「いや、嘘をつき始めると、嘘の上に嘘を塗り固めることになって、こうやってドツボにはまっていくんだなって思ったら、ついつい顔が崩れてた。」
「しょうがないでしょう。あなたの能力を正直に喋って、それが広がったら国王や領主達でショウの奪い合いになるかもしれないのよ。たかだか赤ん坊ということで、間者を放ってさらいに来るかも。最悪、手に入らないのなら殺してしまえ、という悪党もいるかもね。そんな争いの火種の中心人物になりたいの。」
「それは勘弁してほしいね。」
「そもそも、あなたは過去の記憶を持った状態で、この先この世界をどう生きていこうと思ってるの。」
「う~ん・・・ 一言で表すなら『メンタンピン』?・・・ かな?」
「そっ、それは、まさか・・・ それを唱えながらゴルフクラブを振ると、スーパーショットを打てるとかいう、あの伝説の漫画のっ」
「いや、それを言うなら『チャーシューメン』だから。って、ゴルフ漫画なんか読むんだね。」
「兄が好きで読んでたのを借りたのよ。語呂が似てたから勘違いしちゃったわ。で、何なのその、メンなんとか言うのは。」
「麻雀の役だよ。面前、断么九、平和、略して『メンタンピン』。(面前)は、誰にも見られることなく、(断么九)は、1番端っこ1・9が入らず尚且つ特殊なものも入らない、(平和)は、読んで字の如く平和に生きていきたいね~」
「あなた、今の時点で特殊過ぎるんだけど。もう少し赤ちゃんらしく生きなさいよ。」
「そんな事言っても、しょうがないんじゃない。死を目前にして、突然の記憶の覚醒に次いで魔力の覚醒。産まれ落ちたばかりの赤ん坊だからなのか、生存本能ハンパ無かったんだろうね。俺の過去の記憶は生存本能は希薄だったんだけどね、痛いのや苦しいのからは逃げたかったみたいだ。」
「みたいだ、って、他人事みたいに言うのね。」
「記憶が曖昧で自分が誰なのか分からなかったんだ。」
「よくそんな曖昧な記憶で、マーシェリンを治癒出来たわね。」
「本当だよ。俺もそう思う。記憶が完全に戻ったのが、この部屋で目覚めたときだったね。逆にあのとき記憶が戻らずに消えてくれれば、普通の赤ん坊としてこの世界での普通の人生を歩んでいけたんだろうね。」
「それが幸か不幸かは分からないけど、そのおかげでマーシェリンを助けられたし、マーシェリンのショウに対する恩義と忠誠心を獲得できたのよ。」
「重すぎるよ。」
「なかなか、そこまでの忠誠を尽くす人は得られないわよ。大事にしてあげなさい。」
「領主様なら、いっぱいいるでしょ。」
「臣下が領主に忠誠を誓うのと、マーシェリンがショウに忠誠を尽くすのとは全く違うわね。いえ、忠誠では無いわ、多分これは、愛ね。あなたは愛されてるのよ。」
「何言ってんの。マーシェリンが好きなのは、筋肉モリモリのコナンだからね。俺とは全然かけ離れてるよ。」
「女心にニブ過ぎよ。」
「そんなの知らないよ。」
「それで、マーシェリンに施した治癒の仕方を教えて頂けるのかしら。」
「教えてもいいけど、慣れないとあまり気持ちのいいものではないと思うよ。」
「一体何が気持ちがよろしくないのかしら。」
「魔力で体内を探って、人体構造を把握する事から始めるからね。最初だけは教えるけど、後は時間のある時に自分でやってよね。」
「分かったわ。」
「じゃ、まずは魔力操作からね。魔力をロープ状に出すことが出来る? こんな感じで。」
いつもやってるように魔力の触手を出してアドリアーヌの前でひらひらと振ってみる。
「あなたのそれ、魔力を自在に出したりできるのが信じられないのよね。普通は魔石を介さないとあやつれないんだけどね。」
魔石を使って出した触手を俺の触手で触れようとしたら、極端な反応を見せ一瞬のうちに遠くへ離された。
「やめなさいっ。この世界ではその行為は控えて。他の人にも絶対にしちゃだめよ。」
「え~ それじゃあ、手取り足取り教えられないじゃない。」
「だって、その・・・ 恋人同士とか、夫婦間でなきゃだめよ。」
「性的行為みたいな?」
「そっ、それに、 近いわね。 あなたにはまだ早すぎるわ。」
「赤ん坊だし、関係ないでしょ。まあ、いいや。そうすると、そのロープ状にしたものは、何かに触れた時に触った感じがあるって事だね。」
「ええ、指先程ではないけれど、触った感じはわかるわ。」
「じゃ、それはこの先自己鍛錬で、指先並みの感覚までもっていって。出来ればそれ以上を目指した方がいいかな。じゃ、そこのベッドに横になって。」
「ちょっと、私が実験台になるの?」
「俺の体でやっても分からないでしょ。」
いやいやながら、アドリアーヌが横になる。
「まず、マーシェリンにしたことは魔獣の牙が刺さった場所の傷口の消毒、肋骨が肺に刺さっていたから、肋骨を元に戻し魔力をストロー状にして肺内部に溜まった血液を吸引、と同時に肋骨と肺の修復、心臓は奇跡的に無事だったけど動脈静脈が損傷してたから、同時に修復。」
治癒の魔法円を展開して魔力を込め、魔力の触手で、ここ、ここ、と指し示す。さすがに肺に穴をあけてストローは刺さなかったけど。
「ちょっとっ・・・ 気持ち悪いわ。 他人の魔力が体内に入るのは・・・」
「じゃ、やめようか。」
「が、我慢するわ。」
魔力で胃と大腸を示し、
「で、胃と大腸、その他内蔵の損傷を修復、脊椎に造血を超促進、外傷の損傷細胞を活性化して再生。そこまでやって、頬がこけて体が痩せ細っていくような感じになってることに気付いたんだよね。治癒のために体内の栄養素が全て持ってかれているんじゃないかと思って、魔力のチューブを胃まで突っ込んで、ストックしてたヤギのお乳を流し込んで、胃と腸の活性化で、水分及び栄養吸収促進。そういえば体表面の傷の治癒もやったよね。ついでに洗浄魔法で綺麗にしておいたんだった。」
マーシェリンに施したのと同じぐらいの治癒の魔法円に覆われたアドリアーヌが、洗浄の水に包まれる。
「ちょっとっ!! 洗浄は必要無かったんじゃないっ!!」
「まあ、ついでだ。ここまでがエ〇トリープラグっぽい物の中でやった事だね。」
「こんなにもたくさんの魔法円が必要なの。」
「大きく一つの魔法円よりも、治癒スピードが速いんだよ。アドリアーヌが使っていたのより簡易的な魔法円だったし。アドリアーヌはここから後の治癒の仕方が知りたいんだよね。」
「そう、本命はそれよ。今の治癒では、マーシェリンが、全く障害が無く動けるようになるはずが無いのよ。」
「だけど、後の治癒はこの部屋でやった事だよ。ずっと見てたでしょ。」
「見たって、あんなもの簡単に理解なんかできる訳ないでしょ。」
「はいはい、わかったよ。どのように治癒したかってよりも、人体構造を把握させた方がいいと思う。マーシェリンの怪我したところを追いながら教えるから。最初は飲食物を流し込んで胃と腸を活性化させたのは覚えてるよね。今回はそれは無しね。その後は骨が砕けたのを、魔力の触手で元に戻して接合のイメージで魔法円展開、これは結構大変だったよ。肩から背骨、骨盤まで酷い状態だったからね。
で、ここからが本題。骨と骨を繋いでる靭帯、これが切れたり伸びたりしてると関節が外れたりするから、これを修復。」
これ、これ、と触手で指し示す。
「筋肉の断裂個所も魔法円で接合、で、ここで問題、腱が切れると、こいつはゴムみたいな性質があってどんどん縮んでいくんだ。外科手術で直すとなると、縮んだ所までずっと切り開いて、見つけた腱を引っ張て来て縫い合わせなきゃいけないんだよね。だけどこの世界では、魔力の触手で内部を探って、腱を引っ張ってきて治癒魔法で接合。魔法ってありがたいよね。外科手術で繋いだ場合しばらく安静にしないと繋いだ腱が切れちゃったりするんだけど、魔法で繋げばあ~ら元通り。腱をつなげておかないと、体のその部分が動かなくなるからね。」
「酷い怪我をして動けなくなった人は、その腱が切れていたのかしら。」
「そうとばかりも言えないけど、靱帯や腱は重要な役割があるよね。もし動けない人がいるんだったらアドリア―ヌが診てあげれば。」
「私にもできるの? 難しそうだわ。」
「練習あるのみでしょ。最後に重要な事、神経が損傷して痛みを感じないのは騎士としては危険なんだよね。戦闘をすることを考えると、痛みが無いことで生命の危険に気付かない可能性があるからね。で、神経損傷個所も治癒魔法で修復。これ、マーシェリンが、感覚が以前と変わらないって言ってたけど、治癒魔法ってすごいね。昔、神経縫合手術して、感覚が元に戻るのに、1cmあたり1か月かかりますって医者に言われたことあるんだよね。」
「何なの、それ。神経切ったことあるみたいじゃない。」
「親指ざっくり切って、神経切断した。」
「こわっ」
「町医者は承知で縫い合わせるし、治ったあとに感覚が無いって言ったら、総合病院紹介します、って。最初からそっちに回せよって言いたかったけど。ま、総合病院で神経縫合手術受けて、指先まで感覚が戻るまでには3か月ぐらいかかりますよ、って言われたけど1年以上かかった気がする。」
「そこまで人体に詳しいのは、お医者様なのかと思っていたんだけど。」
「いや、腱の話は友人が指の腱を切った時に、腕を30cmぐらい切り開いて引っ張ってきて縫合した話を聞いたし、靱帯がのびちゃって肩の脱臼癖がついてそれを直す手術をした話を聞いたし、あ、かみさんが半月板の中の十字靭帯を損傷して手術したんだった。」
「あなたの廻り、怪我人ばっかじゃないの。どんな人生よっ!!」
「長く生きてると、いろんなことを経験するもんだ。」
「あなた、幾つまで生きてたのよ。」
「95だな。戸籍年齢は99だった。」
「だ、大往生じゃない。って何、その年齢詐称?」
ドアがノックされ外からリベルドータが、
「アドリアーヌ様、マーシェリンが戻ってまいりました。」
「中に入ってもらって。」
アドリアーヌが俺に向かってささやく。
「前世の話、絶対に聞かせてよね。」
「マーシェリン、パトリック様との剣術はいかがでしたか。」
「アドリアーヌ様、勿論圧勝でした。その件でアドリアーヌ様とショウ様と3人だけで相談をしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか。」
マーシェリンが真面目な顔で聞いてくるけど、この娘って脳筋であまり考え事しないタイプだと思ってたけど、違ったかな。
「あら、何かしら。重要なことみたいね。」
「はい、先程パトリック様と剣を交えて気が付いたのですが、私の運動能力と反射神経が、イクスブルク領にいた時から比べて格段に上がっているのです。」
バッとアドリアーヌが俺を振り向いて、問いただそうとするが、手を振って、
「いや、俺は知らないよ。」
「知らない訳ないでしょう。あなたが治癒に、何か効果を上乗せしたんじゃないの?」
「う~ん、なんかしたかな~・・・ あ~ したね。魔獣に食い殺されそうになったから、あの魔獣ぐらいは簡単に倒せるように、って《筋力強化》《身体能力強化》《反射神経速度上昇》のイメージで治癒魔法円を展開してたな。」
「イメージするだけで、そんな効果が出るなんて・・・・・ また秘密が増えたわね。いい? このことは、この3人だけの秘密よ。」
「勿論です。ショウ様の秘密は誰にも喋りません。」
「ショウも喋らないように。」
「さっき、アドリアーヌに治癒魔法、たっぷりかけたけど、アドリアーヌはどうなの。」
「私は剣術なんかしないから分からないわよ。」
「あの、話は変わりますが、母が私の主にお目にかかりたいと言っているのですが、よろしいでしょうか。」
「ええ~~ 俺はやだよ~」
マーシェリン、すっごく悲しそうな顔になって・・・ また泣くのかよ。
「会うだけ会ってあげればいいじゃないのよ。何か会話するわけでもないし。と言うより喋らないでね。普通の赤ちゃんでいてね。もう返事はいいから連れて行って、マーシェリン。その後、マーサの所へ行ってお乳をあげてね。」
有無を言わさず、この後の行動が決定したみたいだ。マーシェリンの腕に抱かれて運ばれているうちに、眠くなった。このまま寝ていよう。
イクスブルクの客人達は無事帰っていた。
オルドリンやバートランド夫妻はすっきりした顔で別れの挨拶をしていた。パトリックはまだ未練のある恨めしそうな目をマーシェリンに向けていたけど、こいつってストーカーになるんじゃね? どんだけ付きまとっても、うちのマーシェリンは最強です。いつでも叩きのめしてやろう。俺のマーシェリンが。




