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18.私は詫びなくてはならない

 あの大型魔獣の件のあと、すぐにテルヴェリカ領からマーシェリンの生存の報告があったらしいが、療養中で動けないらしい、と団長から知らされた。良かった。あの時は絶対に死んだと思っていたのだ。

 しかし本当に良かったのか。あんなに酷い怪我を負った者が生き延びたところで、起き上がることすらできぬであろう。この先、剣を振るうこともかなわず一生をベッドの上で過ごすことになるのを、あのマーシェリンが我慢できるであろうか。


 あの大型魔獣の件から、そろそろ一ヶ月が過ぎようとしている。


 「オルドリン隊長、騎士団長からお呼び出しです。団長室へお越しください。」


 あの件の後は、マクファード団長に呼び出されて、ヴァーソルディ様への報告に何度か連れていかれた。もう報告することも無いと思うのだが、今さら何の用だろう。


 「ああ、来たか。ヴァーソルディ様からお呼び出しだ。すぐに城へ向かうぞ。」


 「第二騎士隊は最近はどうだ。」


 マーシェリンが欠けて第二騎士隊が意気消沈しているのをどこかで聞いたようだ。


 「元気がないですね。マーシェリンは貴族学院在学中から騎士隊の訓練に参加してましたから、存在感は大きかったんですよ。マーシェリン一人が欠けただけでここまで士気が下がるとは思いもしませんでしたよ。」

 「そうか、たった一人でそこまで変わるか。惜しい騎士を失ったな。」

 「もしイクスブルク領へ帰ってこれても、身動きが出来るとは思えないのですが。」

 「家族の負担は、どれほどになるであろうか。」


 しかし、マーシェリンの家族は、生きていてくれたのならすぐにでも迎えにいきたいと、言っていた。家族には愛されていたようだ。


 領主執務室に通され、ソファに座るように促される。

 横の机の上に置かれている物が嫌でも目に入る。これは酷い。


 「見てもらえれば誰の物かは一目瞭然だと思うが、テルヴェリカ領の使者が手紙と共に届けてくれた。」


 あの時にマーシェリンが身に着けていた鎧、その他にも着ていた服まで。右肩から左腰まで魔獣の牙が何本も突き抜けている。鎧も服も赤く染まり、致死量を超える出血をしているであろうことが伺える。


 「肌着もあったが、それはそのまま家族に渡すようにここには出していないが、これだけの損傷を受けた鎧を見せられて、マーシェリンが生存しているとの情報は信じられるか?」 

 「(にわ)かには信じられないですね。オルドリンの最初の『マーシェリン死亡』の報告を、確認もせずに、と責めたこともありましたが、この鎧を見せられては死亡したと言われる方が納得できます。」

 「使者の話ではオルドリンの言っていた、半裸の剣士の存在は確認できなかったそうだ。イクスブルク領内でもそんな剣士の報告は上がってこない。本当に存在したのだろうか。」

 「私は確かにこの目で見ました。マーシェリンもその剣士の援護のために魔獣に挑んだのです。」


 ドアをノックし、護衛騎士が


 「バートランド子爵がお見えになりました。」

 「入ってくれ。」

 「失礼いたします。」


 バートランド子爵が入ってきて、テーブルの上に載っている物を確認するなり、その場に泣き崩れた。


 「マーシェリンは死んだのでしょうか。その知らせなのでしょうか。」


 療養中に息絶えたとでも思ったのだろうか。この鎧を見ればそう思うのも当然か。


 「そんなことは誰も言ってはおらぬだろう。テルヴェリカ領からの使者が、マーシェリンが身に着けていた物と、領主とマーシェリンからの2通の手紙を届けてくれたので呼び出しただけだ。」

 「ありがとうございます。まだ生きているのですね。すぐにでも妻と共にマーシェリンを迎えに参りたいと思います。領界門の通行許可をお願い致します。」

 「それが迎えに行く必要はないかもしれぬのだ。テルヴェリカ領領主から私への手紙では、マーシェリンがテルヴェリカ領に残りたいという意思を尊重して、テルヴェリカ領にて面倒を見る由が記されていた。マーシェリン自身がそれを望むのなら私もそれを許したいと思う。」


 他領への移動には、勝手に優秀な人材が流れ出ないように、領主間での話し合いがもたれて、金額の遣り取りが行われる。そこで交渉が決裂すると、他領へ行くことが出来ない。しかしマーシェリンの状態は、もうこの先普通に動くことが出来ないだろう。ヴァーソルディ様は交渉よりも、マーシェリンがこれから送るであろう余生をマーシェリンの望むように送らせてやりたいと思われたのだろうか。


 「領主間の交渉と金額の遣り取りは無しでお願いしたいと、テルヴェリカ領領主の手紙には書かれている。この鎧を見れば、もう騎士としては再起はできぬであろうし、テルヴェリカ領領主の望みを全て受けようと思うが、バートランドはどう思う。」

 「しかし動けなくなった娘が、そこに居たいと主張するだけで、テルヴェリカ領の領主様は手元に置いて面倒を見て頂けるのでしょうか。とても信じられないのです。私達夫婦でこの先マーシェリンにずっと寄り添っていたいのです。」


 「マーシェリンから家族への手紙もある。それを読んで、答えを出してくれ。」

 「ありがとうございます。今この場で読んだ方がよろしいでしょうか。」

 「ああ、頼む。」




 「命を懸けて仕えたいと思う主に出会った、と記されています。オルドリン隊長が言うには、生きていたとしても、もう歩くこともままならないだろうと聞かされましたが、人に仕えるなどということが出来るのでしょうか。」

 「どのくらい回復できたのかは記されておらぬし、会いに行くのなら領界門の通行許可証を出すがどうする。」

 「是非ともお願いします。妻と一緒に行きたいと思います。」


 それなら私もマーシェリンに会いに行こう。あの任務に連れて行ったことを詫びよう。そしてあの魔獣との闘いの中でマーシェリンを見捨てる決意をしたことを詫びよう。どんなになじられ、冷たい言葉を吐かれ、許されなかったとしても、私はマーシェリンに詫びなくてはならない。


 「その時は、私が護衛で同行することをお許しください。」

 「オルドリンが行ってくれれば、あの時の状況をマーシェリンに聞いて、より詳しい報告書が出せるか。よし、許可を出そう。」


 「マーシェリンの衣服はバートランドが持って帰れ。鎧は騎士団で保管。使者には、マーシェリンの家族がテルヴェリカを訪問したいとの手紙を持たせよう。テルヴェリカの通行許可が届き次第、イクスブルクの通行許可を出す。今日は以上だ。」

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