65 ガラの悪い話
バイトで着ぐるみを着て、アクロバットなダンスをやらされた……。なんだかよくわからんが、伝統のギャグ回だそうな。出演者の男性陣がやけくそな感じで女装をしていたのが伝統??
さて、今回からログインする場所が違うから間違えないようにしないと。朝の日課があったので、学業は家から。それから統制統合ビルまで行ってログイン。すでに貴広と翠は始めてるもよう。
今日は忘れないうちにセルテルさんところに向かおうか。行く前にマップ開いて道順を確認しなければ、辿り着けないからな。
「よーっすナナシ!」
「アサギリ?」
宿屋を出た所で数人を引き連れたアサギリと出会った。なんだか期待に満ちた目を向けられている。
「どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも、薄情じゃねーかビギナー先生よお」
肩に寄り掛かるようにして何かを訴えるアサギリ。いや、なにがなんだかさっぱりだ。「言わなくっても分かってるよな?」という顔をされても分からねえって。ちゃんと言葉にしろっつーの。
俺が何も言わないでいると業を煮やしたのか、アサギリの引き連れた連中から声が上がる。少数はこっちに敵意向けてんだけど。初対面から印象最悪な奴らだな。
「クエストだ! ヘーロンから北へ行くクエストの件だよっ!」
「テメエがクエストの詳細を知っているのは分かってんだ! 案内しろっ!」
「教えてください」ならまだ分かるが「案内しろ」だぁ?
ジロリとアサギリを睨み付けると、手を振って俺との距離を取る。後ろに引き連れた半分も腰が退けてるようだ。
「待った待った! 俺たちにはお前と殺り合う気はねえっ!」
暴言を吐いた少数だけが、偉そうな顔でこっちを下に見ている。なるほど、クレクレ君の手合いか。
「友人は選んだ方がいいと思うぜ、アサギリよー」
「いやあれは勝手に着いて来たんだ。一緒にすんな」
「「なんだとテメエッ!」」
意味不明な理由で怒りだした。得物を抜いた奴もいて、たちまち辺りが緊張感漂う鉄火場へと切り替わる。行動に呆れ返って、愚痴を言う気にもなれん。
俺はこちらを庇うようにしてくれているアサギリに「あとで連絡する」と声を掛け、民家の壁を駆け登って屋根の上へ立つ。
下で目を丸くする無礼者たちへ「礼儀しらずに教えることなんかねーな!」と吐き捨てた。案の定、奴らは武器を抜いてこっちを威嚇してくる。
「テメー、降りてこい!」
「ぶっ殺してやる!」
「俺たちに楯突いたことを後悔しやがれ!」
子供のケンカレベルだった!?
陳腐な言葉の羅列に逆にこっちがビックリするわ!
無視して屋根の上を走り出す。このままセルテルさんところに向かおう。アイツら俺を追い詰めるために、先回りしようとしたりするだろう。つまりは規定の道順から外れて、辿り着けないはずだ。
1度屋根から降りて煽るためにワザと走るスピードを落とす。角を曲がるまでな!
「待てやコラ!」
「覚悟しやがれ!」
剣を振れば届く距離を待って角を曲がる。予想通り後ろで「先回りしろ!」だの「追い詰めてやれ!」だの怒鳴ってる。何処に居るか丸分かりじゃん。
確かにセルテルさん宅へ向かう通路のほとんどは裏路地だから、人が通れても2人が精々だ。だが上は遮る物がないので、先回りされても通過は可能である。
「やっと追い詰めたぞ!?」とか言う奴の頭上を越え、「もう観念して、えええっ!?」という奴の肩を踏み台にして屋根へ飛び上がる。
セルテルさん宅に辿り着いた時には、いちゃもんつけてきた奴らの姿は無かった。
街の何処からか悪態を吐く声が微かに聞こえるので、まだ探し回っているようだ。アサギリ相手にフレンドチャットを繋げる。
ナナシ『おーいアサギリ。今平気かー?』
アサギリ『ナナシ!? そっちは大丈夫なのかよ。アイツらまだ探し回ってるぞ』
ナナシ『もう撒いた。今安全地帯だ。それでコインのクエストで俺のとこ来たのか?』
アサギリ『ああ、掲示板にお前が見つけたって書き込みがあってな』
ナナシ『あー……』
今分かった。昨日のアルヘナの気になった行動はこのことか。アイツら俺のことを矢面にしやがったな! でも俺も【城落とし】のことで誤魔化してもらってるからお相子か。
ナナシ『クエストに出会いたかったらNPCに片っ端から話を聞いて、気になったワードがないかチェックしろ』
アサギリ『おいおい、情報収集からやれってか。お前たちが使った奴はどうなんだよ』
ナナシ『1度誰かが使った奴は発動すんのか? その現場に来てるけど、そんな兆しないぞ』
アサギリ『マジかよ……』
理由は俺の足にじゃれつく黒猫だ。
扉越しに誰かいるのを察したのか、セルテルさんが扉を開けてくれた。アサギリとのチャットはそれで終了である。
「おや、先日は世話になったねえ。今日はどうしたんだい?」
「ちょっと相談があってな。今いいか?」
「命の恩人で希代の料理人を門前払いなんかできないさ。お入り」
脳内にピロリンと鳴るいつもの音。
━━称号【料理人】を手に入れました。
作った料理で、ある一定数のNPCを満足させたことにより貰える称号のようだ。プレイヤーじゃないところに悪意があるな。とは言え振る舞ったのって3~4人しか居ない気がするぞ。効果は料理に満腹度が+10%加算されること。まだ実装されてないものが増えていく……。
室内に通されて、お茶を頂く。出てきたのはミントのハーブティか?
「あたしで相談に乗れるような案件だといいんだけどねえ」
「まあ、これなんだが」
インベントリから取り出すのはミミズの皮とスコピオの甲殻。これらを売り払いたいと伝える。
「売り払うより面白い使い方があるよ。少しあたしに預けてみないかい?」
「それは構わないが。どうなるんだ?」
「ちょっと待っといておくれよ」
ミミズの皮を10枚渡すと、セルテルさんは楽しそうに奥へ引っ込んだ。
手持ち無沙汰になった俺は、フォレストスネークの肉を千切ってアレキサンダーとシラヒメに与える。ついでに黒猫にも。
20分くらい経ったころ、ようやくセルテルさんが戻ってきた。
すっかり俺に黒猫がなついたのを見て、目を丸くしている。たぶん称号のせい。
「ほら、これを持ってお行き」
と、渡されたのはどこからどう見ても潜水用のウエットスーツだった。




