64 運営側の話
リクエストがありましたので。
しかし話の方向が変な方に向いた。
ビル1階分のフロアを丸々使った対策室には、怒号と悲鳴が吹き荒れていた。
中央には8方向へ向いた大型ディスプレイがあり、その周りを半透明の小型モニターが空間全体を漂う。空間投影された小型モニターは周りにいる者に対応しているが、人数の倍以上が展開されているようだ。
ここは【あるVRMMOの話】を管理統制しているSEの仕事場だ。中央にある物体はサーバーを取りまとめるメイン統轄AIの本体である。といってもこの階で見えているのはほんの1部分で、下の数階分を占めている氷山の1角がそれだ。
小型モニターには今現在プレイヤーが直面している場面が写し出されている。ゲーム内はリアルより時間が加速されているので、苦情などは後手に回ってしまっている。
バグなどの報告は統轄AIが処理し、報告だけが上がる仕組みだ。あまりにも同じ箇所に集中するバグ報告が上がった場合には、SEの方で対応する。幸か不幸か今のところそのような事例は上がっていない。
もっぱらプレイヤーが起こす行動の方が、SEたちの頭痛や胃痛の種になっていた。
その辺を漂う小型モニターには、30人以上のプレイヤーが身の丈5mのミノタウロスと戦闘している場面とか。森林の中でサルと青柿の投げ合いをしている場面とか。街の中で輪になったプレイヤーが、何かを話し合っている場面など。活動しているプレイヤーのほぼ全てが表示されている。
大型モニターはゲーム内地方の各所を担当しているが、現在の状況では2ヶ所だけが集中して稼働中だ。他の箇所担当の者も、ほぼそちらに回されている。今後起こりうるアクシデントに対する対応策を、絞れるだけ絞るのが上の方針だ。
当初はイビスからヘーロン、ヘーロンから北の街へとプレイヤーが移動すると想定されていた。だが運営の予想を下回るプレイヤーのコミュニケーション不足によりヘーロンで詰まってしまう。
補助的な案内NPCを投入してプレイヤーを促すかを検討している最中に、要注意にカテゴライズされたプレイヤーが初心者ダンジョンを開いてしまった。
たちまち押し寄せるプレイヤーに運営は悲鳴をあげる。
そもそもそのダンジョン自体は北の街にプレイヤーが足を踏み入れた時点で、案内クエストが発生する仕組みになっていた。まさかピンポイントでダンジョンの入り口で鉱石掘りをする事例があるとは、SE側の完全なるデバッグ不足ということだ。
鉱石採取用地点は別に用意してあったが、全く他のプレイヤーと連携をしない、公式を確認しない掲示板を見ないプレイヤーがいるとは思わなかった。この辺りは彼等の認識不足もあったと言えよう。
初心者用ダンジョンのプレイヤーへの対応レベルは20だったため、かなりの難度になったようだ。今後のための実験要素が詰まっているので、未だ稼働していない他のダンジョンへ対応させるための充分なデータは得られたと言っていい。
問題は予想外の行動と結果を引き寄せている要注意プレイヤーだ。1人のために数人のSEが対策チームを作らされたくらいだ。
ログインの度に誰かしらが頭をかきむしる事態に、他の同僚たちから毎回憐れみの視線が飛ぶ。明日は我が身にその苦労が降りかかるかもしれないと、戦慄するのだった。
「おいっ! 神のプロトコルはどーなってやがる! 短期間で加護与えすぎだろう!」
「戦神の神殿はまだ先のはずだ! なんであのプレイヤーへの興味が出てんだ!?」
「おそらくイビスの図書館か神聖魔法の選択肢で戦神へのアクセスが開いたのでは?」
「推測はいいから他のプレイヤーへの侵食は防げ!」
「なんでマスタークラスのスキルが取得されてんだよっ!?」
「キャラクター作成の時点で隠れ候補に入ってたようなので、……生身で使えるのでは?」
「「「「あれ妄想のスキルじゃなかったの!?!?」」」」
ゲームを作成した側としても、耳を疑うような現象が幾つも報告されている。このままでは最初の街周辺の隠れ施設が、片っ端から解放されてしまうのではという焦燥感に駆られていた。
「こちら側のエリアを通行禁止にしてしまうのは?」
「クエスト制限を除けば完全フリーエリアだぞ! そんなの上の許可が下りるものか!」
「何かで誘導を掛けてさっさと次の街へ進ませるのが理想的ではないでしょうか?」
「それは私も考えたが、このプレイヤーの興味を引くものとはなんだ?」
「食い物?」
「薬草ではないでしょうか?」
「ペットかな?」
「強敵?」
「スキル、は?」
その他にも何人か提案をするがどれもてんでバラバラになり、誰1人として重複しない。
皆が首を傾けて考え込む中、ふと小型モニターに目をやった1人が「ああああーーっ!?」と声を上げた。嫌な予感を感じたスタッフが同じモニターを目にして「ぎゃああああああっ!?」と頭を抱えて絶叫した。
中には卒倒して医務室へ運ばれた者もいるらしい。
そんな阿鼻叫喚となっている仕事場を別室のモニタールームから見ていた者たちは肩を震わせて笑っていた。
「クックックックッ、さすがさすがというべきか。帝の見立てに間違いはない」
「今なら破壊と混迷の神に推挙してもいいよね」
楽しそうな男女。
「使うと使いこなすはまた別だ。まだ油断は出来ん」
「まだまだ唯人の域を出ませんから、喜ぶのは早いかと」
それとは別の男女2人は慎重な意見である。だからといって彼等に出来ることは静観するだけ。上の許しなしにちょっかいを掛けることは禁止されている。
「眺めて楽しむくらいはいーだろうよ。減るもんじゃないしな」
「そーだそーだ。ゲヴラーはいつもおーぼーだ!」
「貴様らが真っ先に秩序を乱すからだろうが!」
「まあまあ落ち着いてください。クズのやってることなんていつものことじゃないですか。気にするだけクズかと」
「ぐはっ、マルクトに毒吐かれた」
1人の女性が胸を押さえて倒れる。残り3人は誰も気にしない。
それどころか、放置したまま部屋から退出する始末。
「ひーどーいー」
寂しく呟く女性はそっと涙した。




