268 ヘイズダンジョンの話4
3階層と4階層の中ボスはどっちも骨、スケルトンだった。
3階層がスケルトンナイト。騎士甲冑を着込んで錆びた長剣と盾を持ったスケルトンである。最初はジョンさんと切り結び、互角の戦いを繰り広げていたが、魔法(?)の集中攻撃によって倒された。
「アレキサンダーとツイナの火焔ブレスと、レンブンの溶岩魔法で終わっちゃったんだが……」
「お2人のブレスでもう瀕死みたいなものでしたから、私の魔法なんて微々たるダメージですよ」
「溶岩魔法なんて使ってる時点でとんでもないからな。謙遜しても知ってる奴にはバレてるぞ」
頬笑みを浮かべながら何でもない風のレンブンに、オールオールが疑いの目を向けている。
4階層は夜の墓場だった。
背の低い墓と十字架と小さな礼拝堂が点在する、欧米スタイル的な墓場だ。
夜空に月はあるものの、全体的に薄暗い。俺は【暗視】スキルがあるからいいが、レンブンも含めた魔術士たちが光源となる光を幾つか周囲に展開していた。
ここの中ボスは全高5mもある大型のスケルトンである。
遠くからでもいる場所が分かりやすいのだが……。
「スケルトンなのか、ガシャドクロなのかはっきりして欲しいもんだね」
「まあ、似たような事を他の奴らが言ってたが、鑑定でもスケルトンキングとしか出ないという話だ。プレイヤーたちの間では大スケルトンって呼ばれてるぞ」
「大雑把だなあ」
ジョンさんによればそういうことらしい。雑すぎる。
他のプレイヤーを相手取っていると思われる大スケルトンは忙しなく動き回っているようだ。
足元をウロチョロするしかないもんな、あの大きさだと。
それはそれとして、飛び掛かってきたアンデッドをヤクザキックでド突く。
皮膚がケロイド状にただれてーの、歯茎剥き出しーの、涎だだ漏れーのアンデッドは、イビスダンジョンにもいなかったか?
「気を付けてください。グールに噛み付かれたり、爪で引っ掛かれたりすると感染しますよ」
「何に感染するって?」
「アンデッドになって敵になるんだとよ」
「はぁ?」
レンブンの解説に、大雑把なオールオールの付け加えだとよく分からんなー。
「正確には感染したプレイヤーのアンデッドのコピーが作られ、感染したプレイヤーは一旦死亡します。アンデッドのプレイヤーはこの場に残って、他のプレイヤーを襲い始めるんです」
「死ぬのかよ」
「感染したら【神聖魔法】の浄化を受けないと死に至りますから、申し出てくださいね」
「ビギナーさんのアンデッドなんて恐ろしいもの残さないでくれ!」
「そーだそーだ! そいつらは俺たちが相手をするからビギナーさんは後ろに引っ込んでてくれ!」
「真の裏ボスになんてなられると迷惑だ!」
「誰が真の裏ボスだ。誰が!」
嵐絶側からの激しい非難が飛んでくる。
マイスさんは難しい顔をして黙り込み、ジョンさんには真面目な顔で「ナナシのゲーム内一般の評価はそんなもんだぞ」と言われた。
だからといってグールごときを恐れる理由にはならない。夜や闇の中なら称号【闇を統べる者】や【魔王軍四天王】の効果で火力倍増だ。その分、受けるダメージも倍増してるがな。
飽きずに飛び掛かってきたグールを、【無属性魔法】で作った障害物を足元に配置してスッ転ばせる。間髪入れずに震脚で背中から胴体を踏み抜けば、四肢がバラバラになって消し飛んだ。
真っ直ぐ突っ込んで来ることしかしないから、行動が読みやすいなコイツら。
進行方向に透明で小さな障害物を設置するだけで、面白いように引っ掛かる。
上半身を阻むと、下半身だけが前に出てきて仰け反るような姿勢になったところで、腹から上を消し飛ばす。
関節部を狙い、首と腕を引きちぎるとアスミが残りの胴体を切り刻む。聖霊ちゃんは筒状に展開したウォーターランスをガトリングみたいに射出して、固まった群れを穴だらけにしていた。
アレキサンダーたちも俺の対処法を見て学習したのか、グールたちを優先的に狙い始めた。
グリースは掴み掛かる攻撃を掻い潜り、足を蹴りでへし折っていく。シラヒメは腕だけで這い回るグールを素早く糸でグルグル巻きにし始める。
身動きの取れなくなったグールたちをツイナがかき集め、アレキサンダーと一緒に焼却していく。
アグリはパワーにモノを言わせて棍棒で唐竹割りにして……、あれ本当に性格だけをコピーしているのかね?
称号の効果に影響されているような怪力なんだが。
グールの頭頂部から腰まで棍棒を埋没させるなんて、俺の基礎能力まで複製しないと無理じゃね?
あと獄卒の棍棒って対死者用だったから、そのせいもあるかもしれない。
ジョンさんたちは他に寄ってくるアンデッド共の処理に回っている。プラスしてレンブンも共闘しているから、困ることはあるまい。オールオールはダンジョンの中だから戦えなくもないのだが、姫様ポジション続行中なので相変わらず見学のままだ。
「あ、やべっ!?」
「?」
ジョンさんが焦ったような声を上げるので周囲を見渡してみれば、大スケルトンがこちらに向かって移動しようとしているところだった。
相対していたPTは敗走か全滅か。となったらしい。
「多分この辺で滞在してるプレイヤーは俺たちだけだろう」
「下に4PT居なかったかねえ」
「アイツら金策目的だから、危険を冒してまで上がって来ねーよ」
「根性が足りない奴らめ」
「プレイスタイルの違いだろ。他のプレイヤーもきっとナナシの掲示板の書き込みを切望してるはずだぜ」
「……耳が痛いねー」
「はははははっ」
ジョンさんと軽口の応酬を交わし、大スケルトンの動きの予測を立てながら、弾になるものを探す。
「コイツでいいか。せーのっ! どおぉりゃああああーーっ!!」
俺はグリースが足を蹴り砕いたグールの後頭部を掴むと、振り回しながら遠心力を加えつつ、大スケルトン目掛けてぶん投げた。
縦回転に捻りが加わったグール弾は大スケルトンの顔面、鼻の辺りに命中した。衝撃でムチウチのように首を後ろに仰け反らせた大スケルトンは、地響きを立ててひっくり返る。
「おっしゃ命中!」
「「「………………」」」
恐ろしいほどの沈黙が、ガッツポーズを取った俺の背後で流れていく。賛同されないのは寂しいことだぜ。
アレキサンダーたちは喜んでいるが、ジョンさんたちは口をあんぐりと開けて固まっていた。
アグリとツイナとグリースが隙を見せた嵐絶側のフォローに回り、キョンシーやゾンビを駆逐していく。アグリは真っ向から掴み掛かるゾンビを歯牙にもかけず、顔面を掴むと隣にいたスケルトンに叩きつけた。
片手に獄卒の棍棒、片手にゾンビを振り回し、八面六臂の活躍でアンデッドたちを潰し始める。
「うわあ……」
「ナナシさんのコピーらしい戦い方ですねえ」
「アグリは感染しねーからああいう戦い方が出来るけどなー。ああ、てめーは寝てろっ!」
大スケルトンが起き上がる度にグールやゾンビを【投擲】で投げ付けていると、10投目くらいで顔面をグール弾が貫通して行った。
中央に大穴の開いた頭部はポロッと下に落ち、残った胴体はガラガラと崩れていく。
「お、死んだか?」
「アンデッドに「死んだ」という表現も当てはまらないと思いますが、倒したようですね」
「後にも先にも、アンデッドを投げ付けて大スケルトンを倒したプレイヤーなんて、ナナシだけだろーよ」
「ビギナーさん伝説にまた1つ偉業が追加されましたねえ」
「天井が低くて城が落とせないから、力業になるのはしょーがないだろうが。あと伝説って何だ、伝説って?」
「とりあえず数えるのも馬鹿馬鹿しいくらい沢山あるのは事実ですね」
「有名税だから素直に諦めとけ」
「なんでだよ……」
ドロップ品は大量の魔石と、グールの感染を抑える治療薬(グールのレアドロップ)と骨の腕が絡み付いた大剣(大スケルトンのレアドロップ)だった。
大剣を見たジョンさんが目の色を変え、物欲しそうな視線を送ってくる。分かりやすいなあ。
【アイテム知識】で見た結果は以下の通り。
━━━━━━
・ボーングレートソード
ATK+140、DEX+10%、INTー10%
MPを使用して振り回すことで小さな骨の弾を飛ばすことが出来る。
装備称号【スケルトンスレイヤー】付加
狂戦士専用装備
━━━━━━
効果をざっくり説明するとジョンさんが「400万Gで買い取る」と申し出てきたので、そのまま売り払うことにした。……が、マイスさんが渋い顔になって、ジョンさんの肩にポンと手を置いた。
「りぃだぁ~?」
「い、いや、待て待て待て! ちゃんと俺の金で買うから! クランの運営資金には手を付けねーから!」
「その言葉で何度騙されたと思っているんですかっ!? 貴方が無駄遣いせずに貯金しているなんて全く! これっぽっちも! 聞いていませんがっ!!」
般若となったマイスさんがジョンさんに詰め寄っていた。
普段のジョンさんの威厳は何処行ったのか、マイスさんの前で徐々に小さくなっていく。
「なにやら嵐絶の懐事情があからさまになっているような……」
「人前で開示するような話でもないでしょうに」
「すみません。うちのクランリーダーが……」
嵐絶のメンバーの人たちが、額に手を当てて苦い顔で謝罪してきた。頭痛の種みたいだね。
怒りマークを張り付けたマイスさんに、ジョンさんがペコペコと謝るというレアな光景がしばらく続き、最終的にはマイスさんが渋々と「400万Gで買います」と言ってきた。
ジョンさんはその後ろで顔色を青くして、暗雲を背負っていた。何を言われたのやら。
「分割にしますか?」
「いえ、甘やかすのもアレですが、クランリーダーの戦力向上は全体の士気に関わりますので」
一括で払ってくれたので、喜んで受け渡す。
大剣に手を伸ばすジョンさんの手をマイスさんがビシッとはたき落として、「いいですか、今後の運営には私たちサブリーダーの意見が優先されますからね!」と力強く主張していた。それに答えるジョンさんの声は、叱られた子供のように小さいものであった。
立場弱っ!?
「つーか、嵐絶にはサブリーダーが何人もいるんだな」
「ゲーム内では1、2を争う大人数クランですからねえ。生産職も十数人単位で抱え込んでいるようですし」
「うちみたいな極小クランとは規模が違うか」
「規模はな、規模は……」
「オールオールは何か言いたげだねー?」
「いや、何もない! 何もないからな!」
何やら幾つかの約束事を結ばされ、ジョンさんはようやく大剣を手にすることが出来たようだ。
満足気なマイスさんが印象的であったと思う。
とりあえず、今の一幕は見なかったことにしよう。
「値上げ交渉とかしねーのかよ」
「適正価格なんて分からんのですから、その金額でいいです」
「競売に出せば、もっと吊り上がると思いますよ?」
「出すと時間取られるからなあ。正直必要な人がここに居るから、持っていかなくてもいーじゃねーか」
「ナナシがそれで良いならありがたく受け取るぜ。返品はしねーぞ」
「クレームは出さんので、とっとと持ってってください」
「ナナシさん。次にうちのリーダーとお金の話をするときは、先にこっちに話を持って来て下さいね」
「了解しました」
「よろしくお願いしますね」
微妙に怖いぞ。女性を怒らせると碌なことにならないからなあ。
翠とかを怒らせると後が大変だしな。
お読み頂きありがとうございます。
感想返信できなくて申し訳ないです。書いて頂くだけでも励みになります。
誤字報告もありがとうございます。




