176 バイオロイドの事情話
続々リアル回
「……で、私は一体何時までこんな所に閉じ込められなきゃならないのよ!?」
「と、言われましても」
研究員の人に当たっても何にもならんのだがな。
だいたい危機意識がなさすぎるだろう。
「とにかく自宅に連絡くらい入れさせてよっ!」
癇癪を起こしたこはるさんを、姉さんがまあまあと宥めにかかる。
「とりあえず、貴女。無所属で無登録のバイオロイドが、外を歩いたらどうなるか知っているの?」
「知るわけないでしょうそんなの!」
キャンキャン騒ぐのが止まらない。よくエナジー切れを起こさねえな。
「まず貴女は今現在道具以下の存在ね。誰がどう扱おうと、誰も責任取る人がいないからボロ雑巾になるまで。いえ活動停止するまでコキ使われるでしょうね」
「え……」
「バイオロイドの処分って面倒な手続きがいるから、まず粉砕機行きでしょうね。アンダーグラウンドなら幾らでもあるし」
無登録の少女型バイオロイドが、アンダーグラウンドでの1番の需要先というと18禁エログロ映像だろうしなあ。
「あともう少し大人しくしてた方がいいぜ」
「ど、どうして?」
「エナジー切れになると、カートリッジを購入しなきゃいけなくなる。無一文のこはるさんじゃあ、そのお金は払えないだろ」
バイオロイドは活動に指1本くらいの大きさのカートリッジが必要だ。うちのポイやコイもこれで動いている。
バイオロイドは登録が厳重に管理されているので、登録コードがないとカートリッジの購入もままならない。
こはるさんはこの登録コードがないから、カートリッジを購入することはまずできない。
例え、ここが統制統合機構の本部ビルでも、カートリッジの不法購入は重罪だ。
あと規格がノーマルで合うのかね?
なんか静かになったと思ったら、こはるさんは真っ青になって震えてた。
「そ、そのエナジーていうのが切れたら?」
「活動停止するわね」
「カートリッジってどうすれば手に入るのよ」
説明を聞いていなかったのか?
櫻姉さんがやれやれと肩を竦める。姉さんは同じ説明を2回するのが嫌いだからなあ。
あとはこっちで言ってやるか。
「カートリッジ自体は500円くらいで買えるけど、登録コードの照会が必要なんだ。こはるさんは登録コードがないから購入は出来ない。エナジーが切れたら、そのまま検体になるしか道はないと思うぜ」
と言ったら、ふらーとベッドに倒れてしまった。
「こんな何処とも知れぬベッドの上で果てることになるなんて……。パパとママにも申し訳が立たないわ」
絶望の乗った真っ黒い目でとんでもねーこと呟いてやがる。
まだ何にも解決してねーだろうが。
「とりあえず、こはるさんちって何処?」
「アパートがあるのは東京都だけど、実家は静岡県よ」
「ほうほう」
姉さんの目が輝いてやがる。奇妙な話とか好きだからなあ。
「何処だよそれ?」
「えっ!?」
驚愕でこはるさんの目が見開かれる。何処の地名なのやら、とんと見当がつかぬ。
「櫻姉さんは知ってる?」
「さあ、私も聞いたことないわね。そのトン郷土とかいう所は」
「東京都よ! ここって日本じゃないの?」
「日本ではあるわね」
日本であるというだけだがな。島日本朱鷺城地区が自宅のある住所だ。
その徒競徒という地名は聞いたことないなあ。
こはるさんはまたふらふらと倒れてしまった。
「なんなのこれ、意味がわからないわ」
俺らの方が意味が分からねえんだが。
研究員の人がこの隙にとばかりに、こはるさんにペチペチとパネルを取り付け測定を開始している。
近くに寄っていって測定された数値を覗き込んでみたが、軽装甲モジュールみたいな数値が並んでいた。軽装甲モジュールというのは、中サイズの自立稼働機械のことである。
いったいこのボディを作り出した会社は、何を想定してこんなオーバースペックみたいなバイオロイドを作ったのやら。
中身が一般人じゃ何の役にも立たねえぞ。
カチカチと目まぐるしく変わる測定値の中で、エナジー残量があったのでよく確認してみる。
「おぉぅ?」
「あら大気どうしたの?」
「エナジー残量が23時間しかないな。結構ガケっぷちか?」
「あらら。どうしたものかしらねえ」
緊張感の欠片もねえ言い方だな。こはるさんはというと、絶望感極まったムンクみたいな表情になってしまっている。
「そもそも貴女がその体に入った経緯は分からないのかしら?」
「この体……」
こはるさんはハッとした表情になり、ノロノロと体を起こす。
「ゲームよ。VRゲームをやっていたらいきなり気が遠くなって、気が付いたらこの体だったわ」
「VRゲーム?」
「ああ、精神と体の境界線を狙われたのね。それだとゲーム内にアバターだけ取り残されている可能性があるわ」
「櫻姉さんはよくそんなことが特定できるなあ」
「慣れの問題よ」
どーいう慣れだよ……。なんか経験がどーこーというレベルじゃない気がする。
「それでなんて名前のゲームなのかしら?」
「あるVRMMOの話よ」
それを聞いた俺と姉さんは顔を見合わせた。
「あるVRMMOの話」ってあるブイでいいんだよな?
話を統合すると、こはるさんはあるブイの最中に精神を抜かれた。あるブイはハッキング疑惑が生じて、現在停止中だ。
つまり潰された例の会社がハッキングの犯人だったのか。
「大気はプレイヤーでしょ。こはるさんを連れて、本体まで案内してあげなさいよ」
「いや、バイオロイドってVRに入れんのか? 俺は聞いたことねえぞ」
「そう言えば個人認証がいるのじゃないかしら?」
とりあえずその辺はよく分からないので、母親に連絡をいれよう。
内線で連絡を入れてピッタリ5分後。
隔壁をブチ破らん勢いで母親が到着した。ついでにハゲかけたおっさんも付属していた。
「邦黎叔父さん?」
「やあ、大気くんひさしぶりだねえ」
後頭部にしかない髪に手をやって、「はははは」と笑う叔父さん。
そこから遅れること数分で、息も絶え絶えな椿さんもやってきた。
「大丈夫ですか?」
ぜひゅーぜひゅーと荒い呼吸の椿さんを摘まみ上げた櫻姉さんが、空いているベッドへぺいっと叩き込む。
「運動不足なのよ、椿は。ここから総帥の執務室まで、ほぼエレベーターでしょうが」
いや、直通エレベータがあるところからだとここまで、水平方向に1kmくらいなかったか……。
叔父さんが平然としていて、椿さんが過呼吸なのはどーなってんの?
椿さんの看病に回っていたら。こはるさんの周囲を母親がくるくる回って観察していた。
叔父さんは端末を引っ張ってきて、こはるさんのアクセスコードを聞き出している。
そうして判明したのは、この案件は真っ黒だということだった。
「つまり、何がどーなってんのよ!?」
「どーどー。落ち着きましょうこはるさん。エナジー少ないんだから」
こはるさんは自分の口を慌てて両手で塞ぐ。動かなきゃいいんだよ、動かなきゃ。
叔父さんは何かのデータをずらーっと透過ウィンドウに表示させて、2点をピックアップさせた。
「ここがハッキングされた日時。これがこはるくんのアクセス記録。時間は一緒なんだよね」
専門的文章過ぎてよー分からん。
でもこはるさんのアクセス記録は、ログアウト表示にはなっていない。
「何この表示は?」
覗き込んだ櫻姉さんが眉をひそめる。
「これはキャラクターが睡眠状態になっていることを示す表示だ。つまり彼女の精神が正規のログアウト処理を受けていないので、キャラクターだけはゲームの中に残っているんだよ」
「ああ、あのなんか気持ち悪くなる一瞬な」
「まあそこは仕方ない。その一瞬だけ探査されるんだ、精神状態のチェックとかね」
トイレの要求などを感知して、プレイヤーに知らせるためらしい。
「たぶんアクセス回線に二股の経路を作られちゃっているから、そっちを封じてこはるさんの精神をアバターまで持って行けば、元に戻るんじゃないかな?」
え? 俺が行くの? 確かにあるブイはやっているけどよ。何処にいるんだか分からないんだけど。こはるさんが最後にいた場所ってどこだ?
「最後の記憶の場所? ええと確か、みんなでイビスダンジョン行こうって列に並んでいた、ところだったかと……?」
自信ないんかい!
え? アクセスベッドをバイオロイド用に改造するから5時間ほど待ってくれと?
朝になっちゃうじゃん。
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
一応入れておきます。




