125 ベアーガの魔女の話
「リアデイルの大地にて」書籍発売中でーす。
ヘーロンからベアーガに移動する。
関所を越えてから芋虫岩場を通ると、プレイヤーがそれなりにいた。
芋虫とかモルフォとかをPT単位で狩っている模様。
俺たちを見つけたプレイヤーが「あ!」なんて声をあげたせいで、ほとんどに気付かれたわな。
そしてここでもザワザワどよどよと細波のような喧騒が広がっていく。
人を指差してなんか叫んでる奴を含むPTに睨みを効かせたら、たちまち仲間に土下座姿勢を取らされる指差し男。
そしてシーンと沈黙する一帯。
俺たちの周囲から逃げ出すプレイヤーたち。
うん。恐れられてるなー。
噛みつきゃあしないよ。気にしてないから心配すんな。
安心させるように手をひらひらさせて先に進めば、背後でホッとする気配が多数感じられた。
ベウンは街の外を移動するときはシラヒメの背か、俺のインベントリの中だ。
ペットと違ってアイテム扱いなので、問題なくしまえる。
基本はある程度の自由行動はできるわけだが、1日に1度少量のMPを込める必要がある。
あと離れるとベウンの視覚を使えるようなので、試しにやってみたが幼児になったような視覚だった。
自分の体と意識のバランスがとれなくなってすぐに酔った。
あんまり頻繁に使おうとは思わないな。
ベアーガに入ったところでインベントリから出してシラヒメの蜘蛛部分に乗せる。
これはシラヒメの要望である。ベウンはすっかり彼女に気に入られたようだ。
ベアーガのカジノを含む歓楽街は街の奥に集中している。その手前に工業というか、鍛冶屋などが固まっているようだ。
周囲にはげ山や荒野が多いせいで、葉物野菜などの物価が目茶苦茶高い。
なので商店の軒先に山盛りになっているのは、じゃが芋とかさつま芋の芋類だ。
プレイヤーの料理露店では、すでにじゃがバターや焼き芋が並んでいる。
試しに焼き芋を5個購入してみた。
大通りより離れたところでペットたちと食べてみる。
ほどよく甘くなめらかな舌触りで思っていたより美味しい。
アレキサンダーたちもたいそう気に入ったみたいなので、自分で作るのもありかもしれん。
じゃが芋と一緒に大量に買い込んでおこう。
【魔力感知】と【魔力視】を切り替えつつ、強い魔力の流れを辿っていったらカジノの建物に繋がっていた。
カジノは入場料だけでも1000Gもかかるようだ。ぼってるなあ。
ペットは入場できなくて、外に預かり所があった。預け賃は1匹500Gである。
シラヒメに乗っていたベウンは数に入ってなかったようだ。
完全にぬいぐるみとしてしか見られてないなあ。
預り所の中には20匹くらいの大小様々なペットがいたんだけど、アレキサンダーたちが入っていったらほとんどが壁際に張りついてた。
こっちも恐れられてるとかか?
「アレキサンダーとシラヒメ。グリースを見といてくれ」
ぼよよん。
「ワカリマシタワ、おトウサマ」
「ぴぃ~」
心外だー、というように萎れるグリース。
なんとなくコイツだけは、自分よりレベル下のペットに気が大きくなるような傾向があるようだ。
見下すとか威張り散らすんではなく、年長ぶる感じか。
ほかのペットに悪影響を与えないように、シラヒメやアレキサンダーに抑えてもらおう。
カジノの中はスゴい人込みと熱気に満ちあふれている。
スッた悲鳴とか「行けっ!」とかいう気合いがあちこちから聞こえてくる。
【魔力感知】だと用心棒ぽいスキンヘッドにサングラス、黒服の男たちからもなにかしらの魔力を感じるので、【魔力視】に切り替えた。
スロットマシンやルーレットの台が光るのは何となく分かるんだが、幾つかポーカーの台が光っているのはイカサマ用か何かか?
あちこちキョロキョロしながら見ていたら、不意に右後方から気配を消して近づいてくる者がいたので、気がついてない振りをして迎え撃つ。
俺の右腕に伸ばされた相手の手首を取り、周囲から見えないようにツボをキメると「ひぎゅう」という、可愛らしい悲鳴がした。
振り向いてよく確認してみると、涙目のバニーガールさんだった。
「は~な~し~て~」
「スリかと思ったけど、気配を消して近づいてくるバニーガールというのも変じゃないかな?」
「謝りますごめんなさいだから離してください騒ぎにしたくないの」
早口の小声で懇願してきたので解放してあげる。
小柄なバニーガールさんは額に怒りマークを浮かび上がらせつつ「移動するわよ」と、俺をスロットマシンまで引っ張っていった。
「はい、お客さま。スロットマシンの使い方を説明致しますね(カジノ内を【魔力視】全開で歩き回らないでちょうだい!)」
どうやらカジノ初心者が説明を受ける風を装えということらしい。
ドスの効いた小声とか器用なことすんなあ。
「ふむふむ(よく分かったな?)」
「コインはお持ちですね。それを上段、中段、下段の穴に入れてからスロットをスタートさせてくださいね。最大5枚までしか入りませんので、そこは気を付けてくださいね(生憎と、これでも魔女の端くれなのよ。隠し通せると思わないでよね!)」
「横にしか揃わないのかー。しけてんな(なんだ、あんたが魔女か。俺はつい先日魔女見習いになった者だ。今後ともよろしくたのむぜ、先輩)」
「お客さま。ケチをつけるのはお止めくださいませ。運の良い方はこれでも儲けてしまうのですよ(ちょっとちょっとちょっと! 異方人を魔女見習いにするなんて選択したのはどこの馬鹿よ!?)」
(うちの師匠はアナイスさんですけどー)
(は?)
スロットにコイン入れて横のバーをがっしゃんこ、と倒した瞬間に言ってやる。
ポカンとしていた顔がだんだんと青ざめてきて、だらだらと脂汗を大量に垂らした状態になってきた。こころなしか震えてもいるようだ。
初スロットは全然揃わなかった。
コインは5枚しか換えてなかったので、スロットマシンから離れる。
ついでにボソッと「師匠には馬鹿呼ばわりを伝えとくぜ」とだけ言っておく。
ガクガク震えながら「あ、え、う……」と呟くバニーガールさん。
カジノの外へ出て、アレキサンダーたちを迎えに行くと、どこかで絶叫が轟いた気がする。
防音対策も完璧なのな、カジノって。
この魔女さんは掲示板でちょくちょく言われてたバニーさんです。
あと本文中の「異方人」は誤字ではありません。




