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第138話(欺)

 がたごとがたごと、外から聞こえる音は馬車っぽいけど、乗ってる僕らには振動がほとんど伝わらない、静かな旅路が続く中。


「つまりさ、フェノかサファレ、どっちかが家…じゃなくてお屋敷に残ってていいんじゃ?」

「なにを言うのかね、下僕一号君! こうして兄弟感動の再会を味わってるというのに、心無い発言をしないでくれたまえ」

「ヤロウ共! 囲め!」

「……別々の馬車で、どう再開を喜び合うっていうのさ」

「おい! 来い! 行くぞ!」

「うふふふ。シアム様、聞いてくださいませ。フェノ様ったら、サファレ様と一緒にお出かけ出来ると、朝から上機嫌でしたのよ」

「おうよ! 遅れるんじゃねえぞ!」

「いやあ………アキュアさんには悪いけど、フェノの機嫌が良いっていうのはさ、その、絶対ロクなこと…」

「テメエら置いてくぞ!」

「…んむむ?」


 おんや? 気のせいか、やけにオッチャン臭いダミ声が聞こえてきたような?


「ねえ、フェノ」

「どうした下僕一号君」


 声かけても、フェノは特に不審を感じた様子、ないみたいだ……空耳、かな?


「その、外からこう、どこか懐かしい感じで、勢いある声が…」

「へっへっへっ!」

「ひゃっひゃひゃ!」

「げへへっへっへ!」

「あ! ほら! 聞こえたでしょ! 今! 今!」

「うん? おお、聞こえたな」


 フェノが言うには、鉱山まで半分を越えたところらしい、山道。


「だあはっはっはっはっはあっ!」

「とても快活な方がいらっしゃるみたいですわね」

「えっと……元気だけは、有り余ってるように聞こえるね、うん」


 もう少しで夢の鉱山! 待ち構えるのは鉱石! お出迎えしてくれるのは精霊石!

 …だなんて、心弾ませてたのに! すんごく楽しみにしてたのに!


「気にすんな、アイツらはここいらじゃ良く見る山賊で、コッチから手出ししなけりゃ無害なモンよ」

「まあ…」

「げへへへ! こりゃいい稼ぎになりそうだぜ!」

「へえ、そうなんだ……って言うわけないでしょ! どうみてもアレ山賊のオッチャンだし! どうみても僕ら襲おうとしてるし!」

「わざわざオレらのために、こんな辺鄙な場所までようこそ、よ!」


 どこ行っても変わらない、お馴染みの笑い声を上げながら、楽しそうに僕らを包囲してくのは、山賊なオッチャンたちご一行。


「一人、二人、三人……こんな沢山の山賊に囲まれたの、初めてだよ…」


 きっと、山賊になるためには、まずあの笑い方を会得しないといけないんだろうなあ、だなんてしみじみ思いつつ、オッチャンたちの数数える僕。

 

「あれが山賊様ですの? 私、初めて見ましたわ」


 馬車の窓に張り付くようにして、物珍しそうに山賊様を鑑賞するアキュアさん。


「極悪非道な魔王様が帰還している今、城下にいると命がいくつあっても足りねえからな! 住処を追われて、これ以上悲しいことはねえなあ!」


 ようやくお出でなすったか、と、馬鹿を馬鹿にしたように哂うフェノが一人…


「って! 待った! 待ったフェノ!」

「どうかしたのかね、下僕一号君?」


 どうして僕が止めたのか分かってるクセに、意地悪い笑み浮かべるフェノ。

 馬車の窓から見える、豪快な笑い声を上げるご一行を指差しつつ怒鳴る。


「フェノ、もしかしなくても襲撃されるって分かってたでしょ!」

「そりゃそうよ。楽しいだろう?」

「楽しくない!」

「頭が悪い下僕に、婚約者なんざ連れて鉱山の視察をする、お貴族のお坊ちゃま! 誰がどう見ても、頭が弱い男だと思うよなあ?」

「誰が頭悪いんだよ! じゃなくて!」

「わざわざ上等な馬車でご観覧してやりゃあ、襲撃の確率が上がる上がる。分かり易い餌にかかってくれる、阿呆な獲物が多くて」

「え? フェノ?」


 嘯くフェノは、なんでか馬車の扉開けてて。

 同時に嫌な予感が背中から急激な勢いで上ってきて。


「結構」

「ちょ、ちょ?」


 あそれ絶対マズいどこかに逃げようそうしよう、だなんて馬車の端に逃げかけた僕の首根っこひっ捕まえて。


「結構、っと」

「ぐえっ? ばぶっ?」


 背中に蹴り入れられたんだけど!


「いっだあ! フェノ! 何するのさ!」

「さすが下僕一号君、顔面から突っ込むなんざ器用なことしてくれる。やろうと思ってもなかなか出来ねえぞ」


 まさか馬車から放り出されるなんて考えもしなかった僕の体。

 感心してるフェノが言うように、見事に宙をちょっとだけ舞って、すぐに顔面から地面に激突したり………とか分析しても、痛いものは痛い!

 特に鼻が痛いんだけど!


「いだだだだだ……あだだだだ…」

「シアム様、お顔はご無事かしら?」

「な、なんとか……って! 待った待った! アキュアさん降りたら駄目! 戻って! 戻った!」

「あ、あら、私、馬車へ戻った方が良いのかしら?」

「うんそうそう! そうそうだから早く戻って戻って!」


 返事して、目の前に薄い水色の髪が見えたことに気付いて、慌てて手を振る僕。

 心配してくれたのはいいけど、どうして馬車降りてくるのか…恐るべし、アキュアさん。


「フェノ様ったら意地悪ですわ。シアム様、戻りましょう」

「ぼ、僕? え、僕戻っていいの? 本当に?」

「ひゅう! 中々上玉つれてるじゃねえの!」

「さっすがお貴族様よ!」

「見てくださいませ。山賊様たちがはしゃいでいて、楽しそうですわ」

「あ、ええ、と……はしゃぐっていうか、その…」


 なんともズレた感想をお持ちなアキュアさんに、どう返せばいいのやら。

 悩み悩む僕の前で、開きっぱなしになってた馬車の扉から、フェノが半身覗かせて、軽く手招きしてくる。


「アキュア、鑑賞はもういいだろ。戻って来い」

「はあい」

「……一応聞いておくけどさ、僕は?」

「うん? ああ、頑張りたまえ」

「…………………」


 分かってる、分かってたけどさ。


 あのさフェノ、今、僕らの前には山賊のオッチャンたちが、武器構えて豪快な笑い声上げてるのさ。

 それでさ、同じように止まった馬車から、身なりがきちんとした護衛っぽい人たちとかさ、サファレもさ、降りてきて武器構えてるのさ。


 だからさ、僕一人いたところで何の役にも立たないって、分かってるよね……?


「どうした下僕一号君、見苦しい阿呆面晒して何を考えているのかね? 今こそ身を挺して、ご主人サマをお守りする時だろう?」

「…………こんの……」


 こんな時でも嫌味忘れないフェノは、言うだけ言ってアキュアさんを引き上げると、満足そうに馬車の扉閉めて、僕を完全に締め出す。

 ………この扱いだよ! 握り締めてた拳が震えるぐらい、腹立つんだけど!


「シアム、本当に申し訳ない」

「仕方ないし。どうせこうなるって分かってたし、サファレが謝る必要全くないし」

「…訊くが、護身の術はあるのか?」

「……まあ、一応。本当に、一応だけど」


 歯軋りしてる僕の所にやってきたのは、誰かさんと違って、本当に申し訳無さそうな顔した、サファレ。

 

「下僕一号君、無駄話をしている余裕があるならば、誠心誠意働きたまえ」

「フェノの馬鹿! 君、他人事だと思って! もういい! サファレ! いいから剣! 僕の息子! 貸して!」

「あ、ああ」


 怒り込めて馬車に叫べば、なんでかサファレが慌てて頷いて、手を伸ばしてくる。


「すまないシアム。大変申し訳ないが、フェノを頼む」

「頼まれたくないけど、分かったよ!」


 差し出された黄色く透き通った剣を、雷の精霊石で出来た剣を鞘ごと引っつかむ。


「本当に…こんなの頼まれたくないんだけどね!」

「やれやれ、旅の途中で無様に転がっていたお前を助けたのは、どこの誰様だったのか、忘れたと言うのかね?」

「助けられた覚えなんてない! サファレ、このフェノどうにかしてよ! あのさ! いつ誰が、どこで倒れてたっていう…」

「無理だ」

「ん、だよ…って……無理? あ、うん、随分はっきり断言したねサファレ」

「長い付き合いだからな。シアム、その剣を使ってくれ」

「うん、そうする…」


 頷いて鞘から抜き出せば、黄色く透き通った剣が現れて……ああっ、久しぶりに息子と会えて嬉しい!

 こんな時じゃなきゃ、もっと嬉しいのに!


「そっかあ、元気にやってたみたいで……うんうん、サファレいい人だよね! 僕も、最初はどうしようかって…あ、そういや…」


 早速近況報告してくれる息子に相槌打って、気付いた。

 そういや、僕、サファレの武器を奪ってない…?


「私は元々使用していた剣がある。心配する必要はない」

「よ、よかった…問題ないみたいだね」


 言って、既に鞘から抜いた剣を構えているサファレ。

 うんうん、周囲に展開してる護衛っぽい人たちと気迫が違うや。

 山賊のオッチャンたちも、サファレからは距離をとって、警戒してるし。


「どうやら、そこの馬車にいるお嬢様たちが一番お高いらしいなあ!」

「だはははは! 後が楽しみだぜ!」

「……………」


 山賊なオッチャンたちのダミ声に、サファレは無言のまま。

 反応なくても、オッチャンたちは更に色々言って勝手に盛り上がっていく。


「頭が弱そうな執事の坊ちゃま、俺らと、おやりになるのでございますかあ?」

「余所見しちゃって、余裕でございますなあ!」


 その一方で僕は……どうしてかフェノを庇ってるんだけどね!

 豪華な馬車の中で、どうせ余裕と嘲りに満ちた、とてつもなく腹立つ笑顔浮かべてるだろうフェノを、庇ってるんだけどね!


「頼むぞ、下僕一号君」

「君には危機感ないの? それに僕、本当に捨て駒扱い? 囮の次は捨て駒…フリギアといい、フェノといい……鉱山は嬉しいけど、本当に僕、何やってるんだろ…」

「捨て駒? 何のことだ?」

「君が僕に対してやってることだよ!」

「俺が? おたくに?」


 とてつもなく他人事なフェノに怒鳴り返せば、初めて、戸惑った声が馬車の中から聞こえてきたり。

 …こんな時まで! そらっとぼける余裕が! おありで! 結構でございますね!


「お別れのご挨拶はお済みになられましたかなあ?」

「げひゃっひゃっひゃっひゃ!」

「君たちには何も聞いてないから。まったくもう……」


 僕の返答に、下卑た笑い声を上げるオッチャンたち。

 何が面白いのか分からないけど、山賊なオッチャンたちに対して特段同情する余地もないし、完全に僕らを獲物認定してるし……というわけで。


 鞘から抜き放った剣、その柄を右手で、刀身を左手で持つ。

 途端、四方から嘲笑が飛んでくる。


「執事サマ、そんな剣のお持ち方で、大丈夫でございますかあ?」

「危険ですから、その素晴らしい剣をお預かりしますよ? 怪我でもなさったら大変じゃあございませんか!」

「ついでに、とっととくたばって、後ろにいらっしゃるご令嬢をイタダキたいのでございますが、よろしいでございましょうかあ?」

「全部遠慮するから。第一、君たち息子に相応しくもないし、僕はフェノの下僕じゃないし執事じゃないし。もういい加減分かって欲しいんだけど」

「そりゃあ無理よ。なにせ、理解できる頭がねえからなあ」

「諸悪の根源がなにしみじみ言ってるのさ!」


 心底同情したような言い方する誰かさんを怒鳴りつけて、剣を強く握り締める。

 こうでもしないと、誰かを間違って刺しちゃうかもしれないからね! 特に、馬車の中で大笑いしてるフェノとかね!

 冷たい感触に癒されつつ、襲撃者たちを睨みつける。癒しは、もうこの息子しかいない。

 

 他は全部敵だ敵!


「あのさ」


 決心したところで、一応、一応、念のため、聞いておこうと口開く。


「あのさオッチャンたち、とりあえず聞いておきたいことあるんだけど、いい?」

「なんでございましょうか?」

「見逃すつもりはないでございますぜ、執事サマ!」

「そっか…じゃあオッチャンたち、逃げる気、ないってことでいいよね?」

「…………は?」

「今、なんて…?」


 別に変なこと聞いたつもりはないのに、返ってきたのは、沈黙。

 横にいるサファレまで、まじまじ見てくるし……僕、何も変なこと言ってないんだけど。


「だ、だははははっ! な、なに言うかと思ったら!」

「ひ、ひひひひ! し、執事サマ! お、俺たちをさすがに舐めすぎだぜ!」

「ああん? まさか勝てるって思ってるってか?」

「ふざけてんじゃねえよ!」


 でもって、僕の確認に笑うならまだしも、逆上されても困る。

 どうしたもんか、と溜め息吐く僕の背後で、オッチャンたちと同調してた笑い声が収まって……あ、嫌な予感。


「ああ嫌だ嫌だ。お前らなんざ余裕だから、コイツは忠告してやってんだぞ? その優しさを理解できないとは、残念な頭を持ったモンだなあ?」

「………ああン?」

「いいかアキュア、よく見とけ。アレが山賊よ」

「はあい、あれが山賊様ですわね」


 トドメとばかり、火に油どころか爆破物投げ込むのは、勿論フェノ。

 そりゃあ、当人は楽しくて仕方ないだろうけどさあ…


「は? ンだと?」

「おおっと、ますます見れねえ面になってきたな。アキュア、危険だから窓から離れておけよ?」

「分かりましたわ」

「テメエ…」

「怒ってくれるなよ。こんな汚ねえモン、見せ付けられる我らの身にもなってくれ給え」

「………」


 ああもう! 見る間にオッチャンたちの顔が凶悪になっていくじゃないか!

 しかも、わざと腹立つような言い方してくれるし!


「君、もう黙ってて!」

「いやあ悪い悪い。こういうザコをからかうのが楽しくてよ」

「あのさあ! いい加減、今、どういう状況か分かって欲しいんだけど!」


 ……本当にフェノって、身体が弱いの?

 こうして喧嘩売って、人様に後処理押し付けてる姿前にしてると、嘘としか思えないんですけど!

 怒りのあまり振り向いて睨みつけても、当然何にもならない。けど、睨み付けたい気分だから、止められない。


「おや、俺がこの状況を理解していないとでも?」

「そうでしょ!」

「ふむ……かつて俺らを殺そうとしたヤツらが、コレ幸いと再襲撃掛けてる最中。これで満足かね?」


 …………え?

 あんまりにも軽く放たれた意外な返答に、一瞬で怒りがどっかに行く。


「そうなの?」

「そうだぞ」

「そうなの?」

「フェノの言う通りだ」


 ………ええと? つまり?


 目の前で大騒ぎしてる、山賊のオッチャンたちって。


「あン時も腹立つヤツだったが、今度は婚約者なんぞ連れやがって……!」

「足滑らせて、そのまま河で溺れ死ねば良かったものを、婚約者だあ?」

「ちくしょう、婚約者なんて…くそ、くそっ!」

「これだから、貴族なんざ死ねばいいんだよ! 何の苦労もせずに婚約者あ? 死ね!」

「やれやれ。これだから貧民の相手をしたくないのだよ」

「…フェノにもオッチャンたちにも、色々言いたいことあるけど………」


 オッチャンたちの哀愁漂う叫びを、一笑に付したフェノ……人でなしにも程があると思いマス。


「ほれ、相手は虚弱で本より重いものを持ったことがない俺と愛しい婚約者、そして剣もロクに扱えない下僕。遠慮スンナ、とっととかかってこい」

「もういい…いい加減、やるぞ!」

「おうよ!」


 普通なら挑発っぽい台詞だけど、フェノの場合は素でコレだからなあ。

 とうとう痺れきらしたのか、限界超えたのか、じりじり距離を詰めてくる山賊、もとい元襲撃者のオッチャンたち。

 対して、サファレも護衛っぽいオッチャンたちも動こうとはしない。


 僕も当然、動かない。


「………」

「…………」

「……」


 誰も彼もが無言。少し前まで耳が痛くなるほど騒がしかったのが嘘みたいに、静まりかえる。

 吹いてくる風の音とか、遠くからの獣っぽい叫び声が聞こえてくるぐらい、静かだ。


「もう少し賑やかにいこうぜ?」

「………」


 馬車にいる誰かさん以外は、全員が全員、お互いの出方を待つ状態。

 ………もう少し…もう少しだけ近づいてくれると、僕としては有難いんだけど……


「黙られると、楽しくねえなあ」

「……っ」


 ある一瞬、それを超えた瞬間。

 元襲撃者のオッチャンたちが一斉に雄たけび上げて武器を振りかぶる。どの顔も、殺意一色。


 陽光を受けて残酷な輝きを見せる武器たち……よしっ! ここだっ!


「あのオッチャンたちに一発強いの…」


 剣を握り締め、息子へお願いしようと……して。


「それじゃあ、デボア」


 非常時とは思えないほど軽い声が。


「頼むぜ」


 聞こえてきた…………って、へ?

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