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第130話(欺)

 相変わらず日が落ちても、店が閉まる気配がない、賑やかな街並み。

 何か買いに来てる人やら、酔っ払ったオッチャンたちも、そこかしこにいて、昼間とは違う賑やかさがあったりする。


 だけど、僕が今いる、この区画だけは別で…


「復唱してみろ」

「え? こんなところでアレ復唱する必要、ないでしょ」

「おいおい! もうアレを忘れたというのかね!」


 人、人、人……やってくる人全員が吸い込まれていくように、とあるお屋敷へ姿を消していく。

 誰もが上品っぽくて高そうな服着て、仕草がなんとなく上品っぽく優雅で、上品っぽく底が見えない笑顔を浮かべてる。

 ちなみに、武器持ってる人はいなかったり。残念。


「仕方ない、俺がもう一度馬鹿ではない…」

「分かったよ! 言えばいいんでしょ! 言えば!」

「おお! まさか覚えていたというのかね!」

「………こんの……」


 明らかに別世界だって分かる人たちを見てたら、コレだ。

 横に目を向ければ、僕の腕を軽く叩いたフェノ、こんな時でも嘲りの笑みを浮かべてるわけで。


「ボクハ! フェノサマノ! ゲボクデス! フェノサマノコトヲ! イチバン! シタッテ! オリマス!」

「よしよし、よくできました」

「あ、あのねえ……」


 その左腕を掴みあげようと思えば、ひょいと避けられ……う、うぐぐ……


「私の他に付き添いだなんてヒドイですわ、フェノ様」

「悪いなアキュア。本当はお前だけ連れて行きたかったんだが、屋敷のヤツらが猛反対してなあ」

「本当ですの?」

「ああ、本当さ。俺を信じろよ」

「んもうフェノ様ったら! いじわる!」


 こうなったら、と嫌がらせできる隙を探す僕の横で、フェノは薄い水色の髪を流した女性の腰を抱いてたりする。

 女性も嬉しそうに茶色の目を細めつつ、鼻にかかった声で返事して、フェノにぴったり寄り添ってたりする。

 その女性、フェノの婚約者らしいアキュアさんが着ているのは、先日僕が嫌がらせで着せられた、あのドレス…じゃなかったりする。


 結局、誰かさんがドレスの色、気に入らなかったらしく、別の物を用意したらしいよ! 一体、誰がドレスの色、気に入らなかったんだろうね!


「……………」

「うん? おお、待たせて悪いな。さあ行くぞシア…下僕一号君」

「ちょっと! 誰が一号だよ! 馬鹿にしないでよ!」 

「きゃっ! フェノ様、こちらの下僕一号様、なんだか怖いですわ」

「心配すんな、いつものことよ。なあに、イザとなったら、率先して俺やお前の盾になってくれる、貴重でもない肉壁だ。多少は自由にさせてやらねえとな」

「まあ! こちらが肉壁様ですの? 私、初めて見ましたわ」

「あ、の、さあ………誰が! 誰が誰の盾だっていうのさ!」


 ここまで仲良いなら、アキュアさんと二人で行けばいいのに、僕まで巻き込むフェノは、絶対確信犯だ。

 そんな確信犯は、アキュアさんの腰を抱いたまま、もう一方の手で僕の頭を撫でてきたから、勢い良く払いのける。


「フェノ! とっとと行って! 先行って!」

「おっと下僕一号君、服装が乱れているではないか」

「気のせいだよ! いいから先行って!」

「聞こえなかったのかね、下僕一号君。服装が乱れているではないか」

「…ソウデ! ゴザイ! マスネ!」


 折角、人が全力で目を逸らしてたっていうのに、服に注目させようとするフェノ。本当に、息するように嫌がらせしてくる。


 ちなみに、今の僕、なんでか執事っぽい人が着てる服、着てたりする。しかも、大きさが微妙に合ってなくて、着心地が抜群に悪い。

 最初は、コレに白い手袋や、執事用の装飾品まで付けさせようとしたけど、無かったらしくて、すんごく残念そうな顔をしてた。フェノだけが。

 デボアやアスピドも、この服似合わないから止めた方がいいって何度も言ってくれたのに、このフェノときたら、俺が楽しいからって……このっ! こんのっ!

 

「フェノめ……」

「あら下僕一号様、お洋服の右側がシワになっていますわ」

「へ、あ、うん。有難う」


 握り拳震わせてた僕へ、すっ、と手を伸ばしてきたのは、アキュアさん。

 言いながら、僕の袖を伸ばしてくれる…その横で、ニヤニヤ哂ってるフェノは極力視界に入れないようにする。


「怒らず直してやるとは。さすが、俺のアキュア。優しいオンナじゃねえの」

「まあ! フェノ様ったら…」

「それに加えて、下僕一号君、アキュアの手を煩わせるとは、反省しているのかね?」

「とてもはんせいしておりますです」

「うむ、よろしい」


 フェノが褒めた途端、鼻がかった声で頬を染めるアキュアさん。その頭に手を置いて、髪を梳くフェノ。そして、ひたすら馬鹿にされる僕。

 ……僕、やっぱり必要ないと思うんだけど。


「さて、と。下僕一号君、アキュア、行くぞ」

「はあい」

「あのさ、名前、呼ばなくていいけど、下僕一号は止めない?」

「いいのかね? 下僕一号君」

「いいのかねって…何が?」


 半分以上諦めてるけど、一応そう言ってみれば、フェノは意外そうに眉を持ち上げる。

 それが意外だったから、思わず聞き返せば、気遣うような顔を浮かべて。


「まあ、例えば、例えばの話よ。この夜会で、おたくのこと、知ってる人間がいたら、色々不都合あるだろう?」

「え? フェノったら何言ってるのさ? 僕、こんなお貴族様だらけの場所に来る、知り合いなん、ていな…」

 

 なんだフェノったら珍しくおかしなこと言ってるやあはは、と笑いかけて、凍りつく。

 ………そう、だ。明らかにお貴族様しか集まってない、『こんなところ』に来る知り合い、いるじゃん! 誰とは言わないけど!


「そうか、知り合いなんぞいないと。俺としたことが悪いなあ、下僕一号、いやシア…」

「フェ、フェノ! いいって! 僕、下僕一号! そう! だからそのままで!」

「無理することないんぜ、シア…」

「いいです! フェノ様! 喜んで! 下僕一号君と呼んでください!」

「そうか、そこまで言うのなら、もう何も言うまい」


 必死な僕の表情で察したんだろう、フェノは心底楽しそうに、重々しく首を縦に振る。


「………やっぱり君さ、意地悪すぎるよ」

「くくっ、嬉しいこと言ってくれるねえ」

「フェノ様ったら、先ほどから下僕一号様のことばかり」

「そんな訳ねえだろ、アキュア」

「私、拗ねますわよ」

「可愛いヤツめ」


 不満そうに身体を揺らすアキュアさんに、そこだけ見れば普通に笑いかけてるフェノ。二人の横で憮然とする僕。

 こんな感じで会話してる間にも、僕らの近くに馬車が止まっては、そこから人が降りてきて、お屋敷にどんどん入っていく。

 一体何人招待して、参加してるのか分からないけど、フェノの家って本当にお貴族様なんだなあ、とか今更な感想が浮かんでくる。


「ところで下僕一号様。いつからフェノ様とお知り合いに?」

「知り合ったのは………つい先日、かな?」

「まあ! それなのに、こんなに親しくされているの? 羨ましいですわ」

「親し…別に親しくないんだけど…羨ましがられても…」

「さて、楽しいお喋りは終わりだ。そろそろ行くか」


 その勢いが少し衰えてきた頃、フェノが楽しげに呟いて、僕らの会話が中断される。


「フェノさ、本当に僕連れて行くの?」

「そりゃそうよ。さて、俺のモノになるはずだった全部、返してもらうとするかね」

「フェノ様、私も頑張りますわ」

「ああ、頼むぜアキュア」

「…剣が手に入るなら、一旦僕が預かるからね!」

「ああ、勿論よ」

「返してもらえなきゃ、力づくで返してもらうから」

「分かってる分かってる」


 僕にとって一番大事なことに、今までで一番適当な返事をされてから、ぐい、と腕を引っ張られる。

 フェノに張り付いてた笑みが、かつて住んでたお屋敷に向いていく。


「では、我が弟君を叩き落としにいくぞ」

「はい! フェノ様」

「君の家のことなんて、全く関係ないのに…」


 僕の嘆きなんてしったこっちゃないとばかり、宣言したフェノはとても楽しそうに笑う。

 同じく楽しそうで嬉しそうなアキュアさんを抱いたまま僕の背中を押し、全く楽しくない僕は、沢山の人を吸い込んでる玄関口へ向かう。


「全く、下僕は下僕らしく、はいはい言ってりゃ楽だってのに」

「フェノ様、言い方が怖いですわ」

「おっと。お前を怖がらせるつもりは無かったんだ、悪いなアキュア」

「やだ、フェノ様ったら……こんなところで…」

「………」


 ……本当に、全く楽しくない。

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