●第126話(欺)
「……というわけで、君の物になるっていう剣は、タソガレさんに頼まれて僕が作ったんだ」
「あの剣を、おたくがねえ」
大粒の雨が窓を叩く、その音を背景にして、タソガレさんとの出会いと、息子の、雷の精霊石から作った剣について語る僕。
目の前には、興味あるのかないのか、一応は耳を傾けてるらしいフェノがいる。
…机に頬杖ついて薄笑い浮かべてる姿は、話聞いてないような気がするけど。
「だから、僕はあの剣を正しく使って、くれる…人に……」
「シアム君、口篭ってどうしたよ」
「ええと、その」
「ははあ、さっきの口ぶりからして、俺にはあの剣を扱う資格がない、とでも言いたいのかね?」
「そうじゃなくて、まあ、確かにそうかもしれないけど…」
他に何か言っといた方がいいことあったかな? だなんて、タソガレさんと交わした会話を振り返ってたら、思い出したことがあったり。
タソガレさんは息子さんのために、あの雷の精霊石を使って武器を作ろうとしてたわけで。
だから、一体どんな息子さんなのか、色々と聞いてたんだけど。
「フェノさ、その…」
「なにかね、シアム君」
「実は思い出したことがあって。あの時、タソガレさんが自分の息子のこと、自慢しててさ」
「ほう? あのジジイが」
「それで、フェノ…君、もしかしてタソガレさんの……馬鹿で阿呆な息子、だったりしない?」
聞きながらフェノの反応を確認すると、心外だとばかり眉を跳ね上げて…ってことは……?
「おいおい! 馬鹿だの阿呆だの、そりゃ一体誰のことよ」
「フェノ、タソガレさんと親しい間柄って言ってたじゃん。だから、親子でも間違ってないかと、思った…んだけど」
「………」
今さっきまで気付かなかったけど、タソガレさんが嬉しそうに話してくれた、自慢の息子さんと性格が一致するから、てっきりそうかと…でもフェノ黙っちゃったしなあ。
これってマズイ、かな? 親しい間柄で、性格が聞いた話と一致するからって、勝手に親子って判断しちゃあ、流石に駄目だよね、うん。
「ごめんフェノ! 僕、勝手に勘違いして…」
「…まあ、そうとも言えなくはねえな」
…………へっ?
「ということは?」
「おたくの想像通り、タソガレとか名乗っていやがったジジイの息子が、俺とサファレ君よ」
「あ、やっぱりそうなんだ! そっか、そっか!」
「馬鹿だの阿呆だの、つう言葉は余計だがな」
おお! とりあえず聞いてみて、良かった!
フェノは不満そうに肯定したけど、きっと、親子だって知られて恥ずかしくて照れてるんだろう。
「タソガレさん、言ってたよ! 普段から人を馬鹿にした笑みを浮かべてて、物言いは教養を感じさせなくて、態度も身の程知らずで、後先考えない息子がいるって!」
「あんのクソジジイ…」
「タソガレさん他にも色々自慢してたけど、フェノさ、言ってたこと全部当てはまってるね!」
ああ、すんごいすっきりした!
なんか嬉しくなってフェノの顔指差す僕と、思わず笑顔になるのが嫌みたいで頬を引きつらせてるフェノ。
うんうん、タソガレさんに褒められて余程嬉しいんみたいだ。さっきまでの皮肉めいた笑みが引っ込んでるし。
「確かに俺は、あのジジイの息子だ、それは間違いねえことよ」
「そうだね!」
「だがなシアム君、残念だが、非常に残念なことだが、俺は馬鹿でも阿呆でもなく、正義と慈愛の心を持った男だ。くれぐれも、そこを間違えないでくれたまえ」
「あ! それさ、もう一人の…君の弟さんの話だよね! 弟さんのこともタソガレさん、話してくれたし、僕覚えてるよ!」
「ほう…弟の、サファレ君のことを、あのジジイはどう評していたのかね?」
一転して、ちょっとどころじゃなく機嫌が悪くなるフェノ、こめかみに青筋を浮かべそうな顔で、僕を見つめてくる。
なんで? と思ったのも一瞬。これから、その弟さんを地獄になんたらしようと考えてるっぽいフェノにとっては聞きたくない話、なのかもしれない。
でも、タソガレさんは嬉しそうに話してくれたし、二人はすんごく仲良いって聞いてたんだけどなあ……まあ、フェノも聞きたいみたいだから、教えてあげようそうしよう。
「えっと。とっても人徳があって、優しくて思いやりに溢れてて、自分の正義を貫く……ってあれ、これフェノが言うサファレって人と大分性格違うような?」
「他人相手だからと、散々言ってくれるねえ…あんのジジイめ」
「でもさフェノ、心配しなくていいからね! タソガレさんは、馬鹿で阿呆の息子のために、剣を作ってくれって依頼したし、僕もそんな感じで調整したからさ! 実際使ってみて、合わないなら再調整もするから!」
「そりゃあ有難いこった。とくれば、俺が馬鹿で阿呆ということは確定だと、おたくはそう言いたいのかね?」
とっても人徳があるように見えなくて、思いやりなんて言葉を道端に捨ててきたような、我が道を貫いてるっぽいフェノのために、タソガレさんは剣を頼んだわけで。
偶然にも、本来の持ち主になるフェノに会えたんだから、最後までしっかり調整してあげないとね!
「言いたいもなにも、フェノ、自分でそう言わなかった? 剣の正当な所有者になるって…」
「…おたく、本当に俺が誰なのか、とか、何をしてきたのか、とか、気にしねえのな」
「うん。あ、でも、フェノがあの剣を使った姿、一度見てみたいな! 剣取り戻したら見せてね!」
「やれやれ、大変馬鹿正直で結構なこった」
「えっへへ!」
僕を褒めてくれたけど、まだ少しフェノは不満そうだ。けど、理由が分からない。
まあ、今一番興味あるのは、息子の、剣のことだから……フェノのことは別にそこまで気にしなくてもいっか!
「それでさフェノ、話戻すけど、顔も名前…は今さっき知ったけど、サファレ、だっけ? 兎に角、あの人が君の弟だったとしても、あの剣は相応しくないんだ」
「確かにその通りよ。アイツにあの剣は相応しくない。いんや、そもそも使いこなせてねえ、か」
「えっ……え?」
さらりとフェノは同意してくれたけど、おかしいぞ。
僕は息子の声を聞いたから、今の持ち主は相応しくないって分かるのであって、フェノに分かるはずがない。
「フェノ、何か心当たりでもあるの?」
「まあな」
特にフェノは、僕が見たところ剣を使い慣れたないだろうに、使いこなせてない、だなんて断定してるのがちょっと気になる。
だから疑問を口にする僕を前にして、人を嘲るような笑みを浮かべたフェノは、何かを思い出すかのように目を細くする。
「剣を作ったおたくなら知ってるだろうが、あの剣、ジジイが使うと雷の魔法まで放つ優れモンだったわけよ」
「あ、うん、そうだったね。僕も、まさか魔法まで展開するとは思わなくてさ、正直驚いたよ」
こりゃいい剣じゃ! 息子にやるのは勿体無い! 是非とも儂の物にしよう!
剣が完成するや否や、引っつかむように携えたタソガレさん。近くの森でおもむろに剣を振り回したかと思えば、太い木を何本も切り倒した上に、雷の魔法まで展開させたりして。
…魔法を使えるほど剣を使いこなした、剣に好意をもってもらえたタソガレさんは、半日ぐらい森に篭って、村近くに生えてた木を伐採して回ってたような。
山賊もあっさり退治するわ、剣を嗜む程度にしか扱えないっていった割りに、木を切断してみたりと、タソガレさん一体何者? だなんて、黒こげの穴が開いた木を見つめながら不思議に思ったのも懐かしかったり。
「僕が作った剣と、初対面であんなに相性良かった人、初めてだったよ。あんなに喜んで剣振り回した人も、初めてだったけど」
「だろうよ。ジジイ、気に入ったモン見つけたら、周囲がどう言おうとお構いなしだからな。で、だ。それだけのモンを、アイツが所持した途端、魔法どころか何も切れんナマクラに化けたわけよ」
「何も切れない? ちょっと待った、そんなことあるはず…」
「それがあったのよ。いやあ、俺も驚いたぜ?」
いやいやいや。作った一部の武器は、確かに所有者を選ぶし、切れ味が鈍くなることもあるけど…何も切れなくなるだなんて、初めて聞いたよ。
記憶にもないし、息子たちも、そんなこと言ったことないしなあ……でも、フェノが嘘を吐く必要もない……
「うう、む…」
「それも『一子相伝の技術』ってヤツなのかね、シアム君よ?」
そのときのことを思い出したのか、他人の不幸を喜ぶような、意地悪い顔で問いかけてきたフェノに、僕は首を振るしかない。
「ちょっと腑に落ちないけど、それは違うよ。息子が、剣が主人を選んだだけ」
「人間が作った剣が、主人を選ぶ、ねえ…御伽噺じゃあるまいし、胡散臭いこった」
「事実だよ。タソガレさんが言う、馬鹿で阿呆な息子に、剣は所持されたいって思ってるんだよ。だから、他の人が使っても、剣は本来の力を発揮しないんだ」
「つまり、正当な所有者になる予定の俺は、馬鹿で阿呆な息子だと」
「僕、君のことそんなに知らないから。全部タソガレさんからの受け売りだよ」
「おたく、澄ました顔で言うねえ」
「別に澄ましてないけど…」
どこか呆れた様子のフェノに言い返して、ふと疑問がわいてくる。
思わず服だらけの部屋を見回すけど、答えは当然ないわけで。
「今度はどうしたのかね、シアム君」
「ごめんフェノ。あのさ……ところでさ、タソガレさんは?」
ここまでフェノと話してたけど、タソガレさんの姿がないんだよね。
今僕がいる、お屋敷…別荘だっけ……お屋敷だったような…はタソガレさんの所有物らしいようなこと言ってたから、いてもおかしくないような。
「ここにはいないみたいだけど、君、息子ならさ、どこにいるのか知らない?」
「ああ、知ってるぜ」
「そうなんだ! じゃあ、折角だし、近くにいるなら…」
「まあ、急くな。おたくの話はそれで終わりか?」
顔でも見せようかと思えば、フェノは手を上げて、僕の話を遮って聞いてくる。
よく分からないけど、これ以上フェノに話すことも…今はない、かな? 一応、もう少し考えてから、頷く。
「うん。僕としては、出来れば、あの剣を取り戻したい。君が馬鹿で阿呆の息子なら、剣を返してあげたい」
「成程、おたくは剣を取り戻せれば、もしくは俺の手に渡れば、アイツを殺さんでもいい、と」
「だからフェノ……殺すとか、元から考えてないって、何度言えば分かってくれるのさ」
「おやおや、そういう顔で言っても説得力ないぞ、シアム君。中々物騒なヤツだ、俺以上か?」
「一体僕がどんな顔してるって…」
どちらかって言わなくても、フェノの方が余程物騒なこと考えてると思うんだけど。
小さく溜息ついた僕を前に、フェノは背もたれに身体を預けたまま腕を組んで、顔に張り付いてた、胡散臭い笑みを深くする。
「中々面白い顔してるぜ? さて、おたくの話が終わりっつうなら、今度は俺の番だな」
「そうだけど、フェノが僕に言うことなんてないよね? せいぜい、サファレって人に近づくな殺すなってことでしょ?」
正直に言えば、そんなことはないぜ? だなんて、楽しそうに返されて。
「田舎モンのおたくは知らんようだから教えてやるが、タソガレっつうジジイは、俺と一緒に死んだのよ」
「…………はいっ?」
あっさり衝撃的なことを言ってのける。
「死んだ…? 亡くなった…? フェノが? え? タソガレさんが?」
ど…………どういうことっ?