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第10話 音楽室・後編



 夢中になっていたせいか、ドアがあく音を大木は聞いたおぼえがない。



「その汚い顔とからだを離しなさい」

「それはひとのものだ。ひとのものに手をだしたらどういう目にあうか教えてあげましょうね、大木先輩」

 息の乱れたそっくりな声。


 まだ秋日の強烈な日差しをのこしつつかたむく外界をよそに、音楽室は薄暗く、セピア色に染まっている。その色を嫌うようにふたりがあらわれたとたん、極彩色に変化したかのように場面が一転した。

 大木はぎくっとして身をおこす。

 なぜ、この場所にふたりがあらわれたのかわからないというように目を見開いて、美しい目を切り上げている双子を見上げた。



 職員室で学校中のスペアキーを手にいれたふたりは、そのながい足をかってかたっぱしから探しまくった。

 そして最上階の音楽室にたどりつき、見てしまった。


 赤い花でも散らしたように、シャツの切れ端が落ちている床に、双子が求めてやまない、お隣りのひろくんがぐったりと仰向けになっている。両腕が背後にまわっているせいか胸と腹がもちあがっており、裸の両足のあいだに大木が膝をついていた。

 ふたりは足元から崩れ落ちていく感覚におそわれた。

 すうっとなにかか猛スピードで下降していき、つぎに異常な速さで上昇してくる。

 声にならなかった。

 ふたりは声にならないまま叫びをあげて、一点にむかった。





****




 赤坂がようやくかけつけたとき、音楽室は赤いシャツの切れ端と、大木の流した血で床一面が真っ赤に見えた。

「――!」

 たじろいでドアに手をかけ胸をそらせた。


 黒いはちまきを首にかけたままの浩一が、白い体操服と運動靴に赤を散らして、長い足でころがしているのが口から血を流して気をうしなっている大木であることに、赤坂はしばらく気づかなかった。大木のがっしりした体に着ている赤いシャツがはりつき、全身が血だるまになっているように見える。

 浩一はそんな大木に目を細め、口の端を笑みのかたちにゆがめ、なおも大木をいたぶる足をとめなかった。赤坂はその光景から顔をそむけた。

 音楽室の黒板側で、ひざをついて博を抱き寄せている双子の片割れに気づく。浩二は浩一よりあからさまにニヤニヤと笑って、満足そうに目を輝かせていた。その、美貌であるがゆえになおいっそう冷酷さが際立つ顔に、赤坂はぞぉーっと総毛だった。

(こ、こいつら、こいつらやっぱり……っ)

 やさしい礼儀正しい美しい双子の兄弟、なだけではなかった。自分たちの大切なものが傷付けられたとき、その報復を一瞬たりとも躊躇しない苛烈なほどの激情をもっている。



 黒いはちまきを頭にまいたままの浩二が抱き寄せている博に、赤坂は眉をよせた。

 汗で髪が顔にはりつき、殴られたのか頬や目のまわりが変色している。薄暗いのでしかとはわからないが熱でももっていそうだった。

 意識がないのか博は口をすこしあけ、顔をゆがめ浩二の胸に頭をあずけたままだ。浩二は自分の体操着をぬいで、無理に着せるでもなく博のうえにかぶせていた。

「ヒロ……、大丈夫なのか……」

 赤坂が気遣って伸ばした手を、浩二はやんわりとつかんだ。

「――すみませんが赤坂くん、ひろくんに触れないでいただけますか」

 穏やかな物言いであった。

 しかし浩二の目と目があった赤坂はことばがでなくなる。

 口の端に笑みをたたえたまま浩二はつづけた。

「ありがとう赤坂くん。これからもひろくんの仲のいい友達でいてあげてくださいね。でも、一定以上の友情はいりませんよ」

「ぼくたちからの願いです」

 背後から声をかけられ振りかえると、今まで目があっていた顔とそっくりな顔があった。伊良部兄弟にはさまれた赤坂にうなずく以外のなにができただろう。


 赤坂の目の端に虫の息だろう赤いかたまりの、大木のすがたがはいった。背は双子のほうが高いが、はるかに肩幅も胸板も厚そうだった。元サッカー部のキャプテンを、床にのばせる学園のアイドル。

 つばをなんどか飲みこむ、赤坂は額にういていた汗をぬぐった。




*****




 赤坂が裏門によんだタクシーに、制服に着替えた双子と、制服でつつまれた博はのりこみ、まだ歓声のあがっている学校をあとにした。大木やその他の後始末は赤坂に押し付けたかたちになったが、博の友達はかるく右手をあげ、「ヒロをよろしくな」と見送った。


 ふたりのあいだにはさまれ、ぐったりしている博は、たまにおおきく痙攣をおこす以外、顔をゆがめたまま目を閉じている。

 伊良部邸に着くと、どうしたのかとさわぐ初音を叱咤して風呂をわかせ、ふたりは壊れ物のように博をはこびいれた。

 贅沢なひろさの風呂場は、中央に円状のシステムバスが設置されている。全裸の双子とおなじように服をむしりとった博がはいってもまだ余るスペースがある。

 ゆっくりとお湯につけた。

 博はうっすらと目をあけたが、無言のままで、左右からささえてくるふたりに全身をあずけていた。片一方が博の頭と肩をささえ、片一方がタオルをもってやさしくからだをぬぐっていく。愛撫のようなゆるやかさと、所作だった、

 小麦色した健康そうな博の肌は、湯につかり、濡れて、明かりを反射している。

「……っ」

 すりむいた個所がしみるのか、博はちいさくうめくが、身をうごかす気配はない。

「ひろくん……大丈夫だよ」

「もう、平気だからね」

 両側から、あたたかい声が耳元でささやく。

 ふたりは汗にぬれた髪をすいてやり、こわばっていた筋肉をほぐすように注意しながらかるくもんだ。ころあいをみて、浩一がさきに風呂場をでてバスローブを身につけ、浩二の抱き上げてきた博をバスタオルで包み込むようにして抱き取った。そのあいだに浩二もバスローブを着る。博には初音にだしてきてもらっていた浩一の予備のバスローブを着せた。


 三人が浴室からあらわれると、手をもんで心配顔の初音が近づいてきた。

「お医者さま、お呼びしたほうが……」

 兄弟はそろって首をふった。

「ぼくらが面倒をみるから、誰にも、お父さんやお母さんにもいわないで」

「ね、お願い」

 肩に手をおかれ、ふたりにじっと目をみつめられて懇願されると、初音は戸惑いながらもそれいじょう言い張ることができなかった。



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