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第8話 赤を覆う黒

 博と赤坂が学校にもどると、すでに二番目の白団が応援を披露していた。テントのしたで採点するのは、PTA役員をはじめ、先生がただ。白団は採点員にアピールするようにまえにでて、白い扇をうちふっている。


「おー、白は扇だぜ、総大将は白い学生服か」

 博が人垣を背伸びしてながめる。

「そうそう、太鼓ももちだしてるぜ」

 赤坂とそんなことを話しながら赤団陣地にはいると、博は女子からの集中砲火をあびた。

「ちょっと鈴木くん、いままでどこいってたの」

「そうよそうよ」

「――え、ああ、昼食べに、ちょっとな」

「ちょっとじゃないわよ」

「なんだよ、なにかダンスの変更でもあったのか」

「そんなことじゃなくて、伊良部くんたちが探してたわよ」

 博の表情が一変する。

「あいつらが、なんて?」

「さあ、そこまでは……でも、ずいぶん探しまわってたみたいよ」

 それを聞くと博は走りだそうとした。

「どこ行く気だヒロ!」

「あいつらに会ってくる!」

「バカ、すぐに出番だあとにしろよ」

 赤坂は博の襟首をつかんでひきとめ、ダンス衣装を押しつけた。

「はやく着ろ、あれだけ練習して出ないなんてもったいないだろ。双子は逃げないんだからおわってからで十分だろ」

 赤坂のいうことが正しいとおもい、博は唇をかんだ、


「よお~し、みな行くぞォ、第一隊形にならべー!」

 赤団総大将の声がかかり、団員たちは気勢をあげた。

 博は後ろ髪ひかれるおもいで衣装を身につけ、列にくわわる。白団が退場し、すぐに合図の笛が鳴り響いた。


 ピィィィ――

 ワアァァァァァァ……

 赤団の衣装はポップなダンスにあわせて、男子が制服のグレーのパンツに真っ赤なYシャツ、女子が赤のワンピースで両足首に赤いリボンをむすんでいる。

 太陽のしたで反射して、目に痛いほどの赤がグランドいっぱいにひろがった。ビートルズメドレーがながれると赤団は波打った。

 男女ペアが、手とり足とり、ときに男子が女子をささえて一回転させ、体形をたくみにいれかえる。

「赤団ファイッオ――!!」

 声をそろえて叫んで、制限時間をつかいきって退場門になだれこんでいく。

 博は組んでいたクラスの小柄な女の子とつないでいた手をはなして、無事におわってほっと一息ついた。みなワイワイと自分の出来を話しあっている。

 そんななか、女子たちはそそくさとグランドへ頭をめぐらし、一歩でもまえにでようと突進しだした。

 そう、つぎの団は――


 ピィィィ――

 ワアァァァァァキャアアァアアアァァァァ


 グランドにいる全校全生徒、全職員、全参加者が叫んだような大音声だった。


 黒の一団がなだれをおこして飛び出してくる。

 本部前はカメラとビデオをかまえた女子で満員御礼、席へもどれと怒鳴る教師の声も役にたたない。

 いまや体育祭一の見物となった、話題の双子のいでだちは、黒の長ランに額にむすんだ黒のはちまきをながくたらし、たすきも手袋も、そして唇も黒だった。

 双子以外の男子は全員、黒のパンツに白いYシャツ、それにサングラスをかけ、黒旗を手にしている。女子も男子とは黒スカートを着けているのだけがちがう姿だ。

 見事なまでに伊良部兄弟を主役としたユニフォームと配置だった。


 熱い視線をうけながらすずしい顔で、ふたりは腕をうしろにくみ、同時に声をあげた。

「黒団、優勝をせつに願い――天を味方にこの手に勝ち取るものなり――」


 さすが双子というくらい息がぴったりあった、浩一と浩二のことばは、グランドのすみずみまで響きわたり、爆発的な声援でうけいれられた。


 ひととひとの頭のあいだから小指ほどのおおきさのふたりを見つめていた博は、ぐいと手首をつかまれ、後方にひかれた。

 眉をしかめて振り向くと、真っ赤なワイシャツすがたの大木がたっていた。博はとっさに手をふった。

「話しがあるんだ」

 手ははずれない。博が返事をするまえに、大木はつかんだ手をそのままに沸き立つグランドから遠ざかった。



 黒団が退場して呪縛をとかれた赤坂は、おおきく息をはいた。

(ここはコンサート会場じゃないんだぜ……おもわず夢中で見ちまった)

 いまだ我をわすれて興奮している女子たちから距離をとり、周囲を見わたす。

「ヒロ……?」

 よこにいたはずなのに。




*******





 全員がではらった所員室から鍵をとりだし、大木は最上階の音楽室に博をつれこんだ。

「なんで音楽室なんですか……話しならグランドでもできるじゃないですか」

「……だれにも邪魔されたくなかったんだ」

 大木は博の手首をつかんだまま部屋の鍵を黒のグランドピアノのうえにおいた。

 つかまれた手はしびれはじめていた。

「先輩、手……」

「あ、ごめん! 大丈夫かな」

「大丈夫、です」

 はなされた手には赤い跡がついていた。博はそれをさすりながら困ったようにすこし笑った。

「やあ、やっと笑ってくれたね」

 大木の目が細まる。

「その、話しってなんですか」

 博は目を泳がせ、遮光カーテンを見つめた。電気のついてない音楽室は、カーテンを透かした、ぼんやりと、夕暮れのようなトーンに染まっている。


「――きみが、好きなんだ」

「…………」

「あれから、ぼくもあきらめようとしたんだ、でも、きみが好きなままなんだ」

「…………」

「入部してきたきみを見たときから、好きなんだ……鈴木くん」


 博はカーテンのかかった窓のほうをむいたまま、苦しそうに呼吸し、首をよこにふった。

「おれ、先輩のことあこがれてたけど、そんなんじゃなくて、ただ、あんなふうにサッカーうまくなれたらって……それだけなんです」

「…………」

「おれ、それ以上は先輩のことおもえません」

「…………」

「ごめんなさい」

 息苦しさに負けず、博はいいきった。それをうけて、大木は博を凝視していた視線をはずしうつむいた。

「――あのときのこと、気にしてる? あれは……」

「違いますッ、も、もうおれ、あれは忘れました」

 おおきく頭をふって否定したが、博は大木を見ることだけはできなかった。

「結果的に、きみを辞めさせてしまったけど……」

 博はただ、首をふった。

 沈黙がおちる。

 本当にかすかにだが、防音されている部屋にグランドからのざわめきがとどいている。


「……きみがそういう気なら、わかったよ……」

 大木の沈んだ声に、博は胸を突き刺すような痛みを感じた。

「それじゃ……おれ、午後、スウェーデンリレーがあるんで……」

 ドアの方向へからだをむけた。

「待ってよ、鈴木くん。わかったから、こっちをむいてくれないかな」

 博の足がとまる。

 背後の大木のことなど無視してドアの鍵をあけ、はやく出ていきたい。

「こっちを、ぼくを見てよ」

 目を見たくないという意識をおさえこんで、博はこわばったからだをひねって大木を見た。大木は、カーテンをバックに影になっていた。百七十九ある身長に、サッカーで鍛えた立派な体格、笑うと優しくなる精悍な顔が、目がなれてきた博に確認できた。


 瞬間、博は身をひるがえし、瞬間、大木がはやかった。

 残像としてのここる赤が禍禍しい。

 狂った色だ。


「――うぐっ」

 博のシャツをつかんでひきよせ、腕のなかに抱きこむと、大木は博の唇に自分の唇をかさねた。

「う、うっ、う~」

 力をふりしぼって博はもがき、腕からのがれようとする。

 足をけった。力がゆるむ。

「先輩! はなせ!」

「鈴木くん鈴木くん鈴木くん」

「はなせ! わかったっていったんじゃないのか!?」

 唇をさけて顔をそむける。大木は博が抵抗すればするほど目を吊り上げ、顔をこわばらせた。

「きみの気持はわかったけど、ぼくにはぼくの考えで行動させてもらうだけだ――あのときは、逃げられたけど……」

 大木は博の足をひっかけてバランスをくずすと、そのまま力まかせに床に押し倒した。

「つぅ!」

 背中を派手にぶつけて博の口から苦痛がもれる。

「――今度は逃がさないよ。助けを呼んだってだれもこないよ、だってね、ほら、耳をすませて」

 さざなみのような音、音としてよりも空気のようなかすかなものが、音楽室のふたりにそっと打ち寄せる。

「あれ、きっと双子が走ってるんだ。きみの双子が邪魔者を全部ひきつけてくれて本当にありがたいよ」

 博の耳もとで大木は声をおさえて話す。

「きみをつれだしたときも、みな双子に釘づけで注意をひかなかったし……ね」

 こわばった頬に口の端がめりこむようにあがり、歯のあいだからフフ……と笑いがもれた。博はその笑みを信じられないもののように見上げた。

 博のしっている大木はこんな笑いかたをするひとではなかった。怒ると怖いものの、いつも歯をみせて明るくて……。


「あの兄弟が、自分たちのおかげで鈴木くんがぼくのものになったってしったら、どうおもうかな?」

「お――大木先輩!」





*******



 黒いはちまきをはずして、浩一は額の汗をぬぐった。すぐよこで浩二もおおきく息をはいている。さきの男子四百メートルリレーで浩二が一番、浩一がアンカーをはしって一位になったばかりだった。

 タオルをさしだしてくる女子を謝絶しつつ、足は赤団陣地をめざしている。

 黒団の応援衣装をつけたふたりは、応援合戦後あまりの人気に身動きがとれず、種目に出るという理由でやっとひとの輪からぬけだせたありさまだった。

「はしってたとき、ひろくん見たか」

「いや……」

 ふたりはばったりと、赤いワイシャツを着たままの赤坂とでくわした。


「ひろくんどこにいるかしっていますか」

「ヒロがいないんだけど見かけなかったか」


 三人は同時に、同一人物の行方を聞いた。


「な、お前らしらないわけ!?」

 赤坂のほうがはやく立ち直った。

「ひろくん、いないのか!?」

「一緒にいたんじゃないのか」

 双子が声をあげたのに、びっくりして目をまるくした赤坂だったが、周囲の注目をあびていると気づき、ふたりを後方の外壁沿いの木々の影まで誘い、声も低めた。

「たしかに、黒団の応援実技がはじまったときはいたんだ。それがおわってからすがたがきえてて、だれに聞いても、双子を見てたからしらないっていうし」

「……」

 ふたりは赤坂のただならぬ雰囲気に、じっと耳をかたむけていた。

「あいつ、いま、ひとりになるのちょとやばいんだ」

「――どういうことですか」

 浩一の声が低まる。

「お前らがしっているかしらないけど、大木って先輩がいてな、そいつヒロが一年のとき、部室であいつに暴行しようとした前科者なんだ」

「――――」

 浩一と浩二は目を見交わした。

 そして悟る。泊まりにいったあの夜、博がうなされていた原因はそれだ。自然とおたがいの目つきがけわしくなる。


「そいつが赤団の練習でヒロに接触しだして、あぶない目つきでヒロのこと見てやがるから、ヒロにも注意してたんだけどな……いま聞いてきたらそいつのすがたもきえてるんだ。だから、もしかしたら――」

 赤坂がそこまで口にしたときには、双子は背をむけてはしりだしていた。

「お、おい、待てよ。おれも探すよっ」

 赤いシャツをひるがえして、赤坂は兄弟のあとを追った。



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