料理は素材が大事なの
さて、わたしがあげた左手の上には、魔力をたっぷりと含んだドラゴンの血球ができている。特大サイズのドラゴンの血液を、体内から綺麗に抜いてすべて集めたから、非常に大きな球だ。
このままだと持ち歩くのに不便だし、かといってこんなに強い魔力を放つものを放置したら、ここに凝縮して魔物が現れる磁場のようなものができてしまいかねない。
そこでわたしはミレーヌさんからもらっているほぼ無限の魔力を遠慮なく使って、ドラゴンの血液をぎゅううううーっと圧縮した。すると、わたしの手のひらの上に拳大の魔石ができた。燃えるような赤で、日に透かすと中で魔力がいろんな色にキラキラ光っているのが見えて、とても綺麗だ。自ら虹色の光を放つルビー、と言うとわかりやすいだろうか。
これはいいお土産ができたと、わたしはドラゴンの血石をポケットにしまい込んだ。
さて、目の前には、血抜きが済んだ巨大なドラゴンの身体と、白目を剥いた頭が転がっている。
わたしはとりあえず、頭の方を冷凍魔法で氷結させた。瞬間冷凍したから、いつまでもフレッシュに保存できるのだ。立派な頭だから、剥製にして飾り物にしてもいいだろう。……ちょっと大きすぎるかしら?
そして今度は身体に向き合い、どう解体していけばいいか、頭の中で段取りをする。ビル並みの大きさのドラゴンの解体をひとりでやるなんて、普通では考えられないけれど、わたしには魔法で底上げされた能力と『肉切り包丁・改』、そして修業で鍛えた料理人の腕がある。
「ふっ。バラバラにしてあげてよ……」
手順が決まり、脳内に見えた処理済みの肉塊の姿に満足して、思わず微笑んでしまう。
「あ、あ、あの、アナベルさん……」
もうドラゴンを倒したので、待機場所からミレーヌさんとメイリィさんがやってきた……あら、なんでそんなに腰が引けてるの? ドラゴンは生き返らないから、怖がらなくていいわよ?
「すごいわ。こんなに大きな魔物を見たことがないわ」
ミレーヌさんは、小山のようなドラゴンを見て言った。
わたしだって見たことがない。ミレーヌさんの後押しがなかったらとても倒せるとは思えない、強大な魔物だ。
「これからドラゴンの解体をするわ。そして、適当な大きさに肉を切っていくから、お肉が痛まないようにメイリィさんに軽く冷やしながらエルスタン国の神殿に送って欲しいの。どう? できる?」
ここまで強い力を持つドラゴンの肉が痛むとは思えないけれど、念には念を入れないとね。食中毒なんて起こしたら、『肉乙女』の名折れだもの。
メイリィさんは頷いた。
「大丈夫よ。肉をさっき作った魔法陣の上に運べば、簡単に転移させることができるわ」
「それではさっそく、レンドールさまとサンディルさまを連れてきて、肉を運ばせましょうね」
自国の王太子と騎士を当然のようにこき使うミレーヌさんである。
……あら、先にふたりに命令……頼んだのは、わたしだったかしら?
まあ、仕方がないわね、わたしは『王家の至宝』だもんね。
というわけで、わたしは『肉切り包丁・改』を振るってドラゴンを解体していった。
『肉切り包丁・改』は、一応片手剣なんだけど、わたしにとっては包丁だから、これは適切な使い方と言っていいのよ?
「……ミレーヌ……いったい何をやっている?」
「……え? おまえ、本当に、何をしてるんだ……?」
メイリィさんが連れてきたレンドール王子とサンディル・オーケンスは、皮を剥がれ、半ば解体された巨大なドラゴンの姿を見て息を飲み、笑顔で巨大な包丁剣を振るうわたしの笑顔に数歩後退りして、続いてミレーヌを見てぽかんと口を開けた。
「ええとですね、これは楽しい……アナベルさん、なんでしたっけ?」
ミレーヌさんが忙しいので、メイリィさんがわたしに尋ねた。
「楽しいバーベキューよ! さあ、ふたりともぐずぐずしないの。味見をしたら、さっさと塊肉を運んで頂戴。王宮の料理人が待ってるはずよ」
「バーベキュー……」
そう、ミレーヌさんは、薄く板状に切った溶岩の上で、ドラゴンの肉をじゅうじゅうと焼いているのだ。生活魔法が使えるので、わたしが切った溶岩の板の下に炎を出して加熱している。
「さすがはアナベルさんね、塩と胡椒と菜箸を渡された時には戸惑ったけど、あっという間にバーベキューの仕度をしてくれて」
「味見をしないものをみんなに食べさせるなんて真似は、料理人としてできないもの」
ドラゴンから降りたわたしが口を開けると、焼き立てのドラゴンの肉をミレーヌさんがふうふうして、食べさせてくれた。
「おいし! いい肉は塩と胡椒だけで充分に美味しいわね。さあ、ふたりも食べなさいよ」
「レンドールさま、口を開けてくださいな」
「サンディルさまはこっち!」
レンドール王子は、愛妻に『あーん』をしてもらい、サンディルさまはおかんのメイリィに熱い肉を口に放り込まれて、はふはふ言った。
「あっち、おま、火傷したらどうするんだ! ……うっま! なんだこの肉は⁉︎ すげえ美味いわ!」
文句を言っていたサンディル・オーケンスは、ドラゴン肉の美味しさに叫び、メイリィに次の肉を要求した。
「はいはい、これを食べたら働いてくださいよ、サンディルさま。無駄に力が湧いてくるでしょ? レンドールさま、デレデレしてないで早く肉を運んでくださいませ!」
ミレーヌさんといちゃいちゃしながらあーんしてもらっている王子を、メイリィが叱りつけた。そのうちお尻でも叩きそうな勢いである。
そう、ドラゴンの肉には滋養強壮作用があるのだ。
ミレーヌさんの『守護』の効果とドラゴン肉の効果で『無駄に力が湧いてきた』サンディルとレンドール王子は、口をもぐもぐと動かしながら肉の塊を両肩に担ぎ、どんどんメイリィさんの魔法陣の上に運んでくれたので、わたしはまた巨大な包丁を振るってドラゴンをせっせと解体した。
「ふう、これでよし、と」
わたしは、綺麗に肉を落とされたドラゴンの骨と、抜かれた爪を満足して眺めた。内臓はあとでわたしが料理するつもりなのでかっちかちに凍らせてある。
肉の山もだいぶ減っている。疲れを知らないイケメンふたりが、ものすごい勢いで運んでくれているのだ。
「ミレーヌさん、メイリィさん、わたしは先にエルスタンに帰るわ。早くセディール兄さまのところに行きたいの」
「アナベルさん、本当にお疲れさま! 急いでセディールさまのところに行ってらして。後はわたくしたちに任せて頂戴」
肉を焼いて、時々イケメンを餌付けしているミレーヌさんが、またわたしの口に肉を入れながら言った。
ああ、本当に美味しいわ!
脂の乗った焼き立てのドラゴンの肉はジューシーで柔らかくて、素敵な旨味が口いっぱいに広がるの。血抜きをしっかりとしてあるから、味に濁りがないのよ。
この肉を『悪魔の天秤』にかかった人たちに食べさせれば、体力が増強してたちどころに治るだろう。もう王宮ではシチューが作られているはずだ。
わたしは現場をゼールデン国組に任せて、メイリィさんに神殿へと転移してもらった。
「ただいま!」
「アナベルさま! ああ、なんという……」
「ごめんなさい、後にしてくださる?」
感激の面持ちの人たちをスルーして、わたしは厨房に駆け込んだ。
「料理はどう?」
「できあがりました!」
さすがは王宮の料理人である。すべての鍋を取り出して、ドラゴンの肉を美味しそうなシチューに仕上げてくれている。
「では、あなたたちが先に食べなさい。そして、王宮中に配るのよ。そうね、イリアスおじさまを優先して頂戴。お付きの魔法使いに食べさせるのも忘れないでね、きっと倒れる寸前だと思うから。わたしはリシュレー伯爵家にシチューを届けるわ」
「承知いたしました」
料理人が革袋にシチューを詰めてくれたので、わたしはそれを持って、玄関に用意されていた愛馬に飛び乗った。
待っててお兄さま、これで病気が治るわ!




