自覚
そして、翌日。
昨日のイケメンデコチュー(しかも、ダブルだ!)事件のショックを引きずっていたわたしは、なぜかセディール兄さまと一緒に王宮に招待された。
兄さまは、ケイン王子のフライングにたいそう立腹し、抗議したはずなのに、なぜか「それでは、ケイン王子とアナベル姫とでよく話し合って、仲を充分に深めていただきましょう」という結論になったそうだ。
解せぬ。
どうしても、わたしとケイン王子をくっつけたいのだろうか。これはもしや、ゲームの矯正力が働いているのだろうか。
そして、さらに解せないのは、兄さまにされたデコチューの方が、ファーストデコチューのケイン王子の時より衝撃的だったことだ。
確かに、セディール兄さまは銀の髪に淡いブルーの瞳をした、とびきり素敵な男性だし、このゲームの攻略対象者であるケイン王子や騎士フレデリックとは違った落ち着いた大人の魅力がある。しかし、キラキラ度ではケイン王子たちには敵わない。
あ、マレイド先生は大人だけど陰鬱な魅力なので、除外してみたよ。
人間離れした美貌のケイン王子にちゅーされた時には、ちゃんとときめいた。なんとなくロマンチックな気分になった。
けれど、毎日同じ屋根の下で暮らしているセディール兄さまに、時々膝に抱っこなんて恥ずかしいことをしてくれる優しい兄さまに、額に唇を押し当てられたら……なんだかそこから電流が流れてきたようにビクッとなって、身体が熱くなって、脚に力が入らなくなって、おまけに全力疾走したかのように心臓の鼓動が早くなってしまったのだ。
おかしい。
そして、さらにおかしいことに、それからわたしは兄さまの顔をまともに見られなくなってしまったのだ!
そんなわたしは、現在馬車に乗って揺られております。
セディール兄さまとカティと3人で。
あああーっ、カティがいて良かったよ!
座り順は、兄さま、わたし、カティなので身体が触れてしまっているけど、すごくドキドキしちゃってるけど、ふたりきりじゃなくて良かった。
「まったく、せっかくの休日にアナベルを呼びつけるだなんて。ケインめ、横暴な王子だ。あんなやつにはアナベルはやれんな!」
『敬語』という概念がすっかりお空の果てに飛んで行ってしまったらしいセディール兄さまは、馬車の中で不満げに言った。
「アドバイザーと称して、毎日アナベルの側をうろついているくせに、それだけでは足りないとは……だいたい、まだ学生のアナベルと婚約しようだなんて、わたしは早過ぎると思う。アナベルはリシュレー伯爵家でまだまだたくさんのことを学ぶ必要がある、そうだろう?」
カティが冷静に答えた、
「セディールさま、婚約なさっても、アナベルさまはリシュレー伯爵家でお過ごしになられるのではないのですか?」
「それはもちろん、世話役として、アナベルにはそうさせるつもりだが……」
セディール兄さまが、鋭い視線でわたしを見たので、身体をびくりと震わせてしまう。
「よくよく考えてみたら、あの王子と結婚することが本当にアナベルの幸せなのだろうかという疑問を持ったのだ、確かに、未来のエルスタン国の王妃になるのは大変名誉なことだし、アナベルにはそれだけの器がある。しかし、それだけだろうか? これから学びを深めていくと、アナベルの可能性はもっと広がり、さらに人生の選択肢が増えるのではないだろうか? わたしはそう考えたのだ」
「兄さま……それほどまでわたしのことを買ってくださっていたなんて……」
わたしは感激のあまり恥ずかしさも忘れ、兄さまの顔を見つめながら口元を押さえて言った。カティも「セディールさま……お見それいたしましたわ。セディールさまは、ベルさまの幸せを深く深くお考えになられていたのですね。殿下への嫉妬だったのではなく……」とため息交じりに呟いた。
セディール兄さまは、力強く頷いて言った。
「そうだ。わたしはアナベルを引き取って世話役の任に就いてから、アナベルのことを本当の妹のように思って大切にしているのだ。どこの馬の骨ともわからないケインなどに、おいそれとやれるわけがないだろう!」
いやいやいやいや、ケイン王子は馬の骨じゃなくて、王族ですからね。
めっちゃ由緒正しい血統ですからね。
兄さまは、理路整然と話しているようで、少しおかしいですね。
「ん? どうしたんだい、アナベル」
わたしが兄さまをちらちらと見ていたら、優しく尋ねられてしまい、かっと顔が火照るのを感じてしまった。
「いえ、あの、てっきり兄さまが、わたしをケインさまと結婚させたいのだとばかり思っていたから……リシュレー伯爵家の皆さまにも、その方が喜ばれるのかなって思っていたんだけど……」
「アナベル」
急に手を握られて、わたしは驚いてセディール兄さまの顔を見つめた。
「婚約の話が出てから様子がおかしいと思っていたら、そんなことを考えていたのかい? おバカさんだな」
「兄さま……」
鼻の頭をつつかれた。
「んもう、淑女の鼻をつつくなんて!」
わたしが膨れると兄さまはいつものように甘く笑い、わたしに言った。
「アナベルは、余計な心配はしないで自分が好きな道を選ぶといい。わたしが全力でアナベルを守ってあげるからね。……たとえ、王家を敵に回しても」
『王家を敵に回しても』。
エルスタン国の貴族として、次期宰相の地位を約束された者としてあるまじき言葉を、兄さまは口にした。それは、セディール・リシュレーとしての全てを投げ捨ててもわたしの意思を尊重するという誓いの言葉なのだ。
「に……さま……」
わたしは言葉を詰まらせて、涙声になった。目からは涙が零れ落ちる。
「そんなことを……口になさっては……」
肝の座った侍女であるカティも、驚愕に目を見開いている。
馬車の中には3人きりだが、それでも口に出すには重すぎる言葉なのだ。
「わたしは本気だよ」
兄さまが、わたしの涙を指で拭った。
「必ずアナベルを守ってみせる」
そして、わたしは雷に撃たれたような衝撃が身体を走ったのを感じた。
今、自覚した。
わたしは、セディール兄さまが好きなんだ。
わたしは、セディール・リシュレーのことを、誰よりも愛している。
「さあ、アナベル」
わたしは、ふわふわする身体を持て余しながら、先に馬車から降りた兄さまの手を取った。
「馬車に乗って、気分が悪くなってしまったのかい? 珍しいね」
足をふらつかせたわたしを支えながら、セディール兄さまが言った。繋いだ手が熱くて震える。
「大丈夫? 抱いて行こうか?」
「いえ、歩けるわ」
「ならば、もっとわたしに寄りなさい」
くいっと腰に回した手を引き、身体を寄せられた。
「に、さま、近いです」
愛を自覚したらわたしの頭は混乱してしまい、なんだか目が意味もなくうるうるしてきた。顔を赤らめて涙の浮かんだ目で兄さまを見つめると、セディール兄さまははっとした表情になった。
「まさか、発熱しているのか?」
「に、兄さまっ!」
おでことおでこをこつんとしたーっ!
ここは、王宮の入り口なのだ。人目があるのだ。
そこで、なんのためらいもなく、おでこをくっつけて熱があるのか計る兄さまを、男らしいと言っていいの⁉︎




