魔法使いの責任
教師の登場でようやく地上に降ろされたわたしは、制服のスカートをささっと整えて、何食わぬ顔で学園生たちの群れにまぎれこんだ……つもりだったのに。
「アナベルさま、こちらへどうぞ」
「さあ、アナベルさま」
「あ、あら、恐縮ですわ」
人波がさあっと割れて、先生の正面の特等席(?)を勧められてしまった。そして、わたしの右横にケイン王子、左横には騎士フレデリックがさり気なく立つ。
ううむ、編入生に優しい学園のようだが、この特別扱い感は大変居心地が悪い。
そして、黒いローブを着て長い脚で悠然と歩いてきて、わたしの真ん前に立ってから暗い紫色の瞳でこちらを見ているのは、心なしか魔王っぽさが漂うイケメンの、シェーゼ・マレイド先生だ。
背が高く、肩にかかる艶やかな漆黒の髪に、深い紫色の切れ長の目。すっと通った鼻筋。透明感のある白い肌。
ザ・美形の称号をあげたいくらいである。
だがしかし。
目つきの悪いイケメンって、嫌いじゃないよ?
でもね、なんだか彼に睨まれている気がするの。
ねえ、なぜ?
わたしは何もしてないよ?
ヒロインもいじめてないし。
ってゆーか、まだヒロインの子に会ってないしね。
こんな風に意味もなく嫌われるのって嫌な気分なんだけど。
そうだ、ヒロインはどこ?
わたしはマレイド先生の冷たい視線から逃れるように首を巡らせて、ヒロインの姿を探した。
「……アナベルくん、どうしたんだね?」
黒いイケメン教師が低い声で咎めるように言った。
このシェーゼ・マレイドは、確か陰鬱こじらせキャラのはずだ。
よくある設定だけど、強すぎる魔力と繊細なハートの持ち主ゆえ、なかなか他人に心を開くことができない。周りの人も、このとっつきにくい黒い魔法使いを遠巻きにする傾向があって、友人がいないんじゃなかったかな?
暗い夜の青い月のような文句なしの美形なんだけど、本人はそのことに気づいていないようで、その美しさのために不躾に顔を見られがちなんだけど、それを悪意を持たれて見られている(キャラクタープロフィールによると、強い魔力持ちであることで、化け物と呼ばれた心の傷がある)のだと勘違いして、普段はフードで顔を隠している。
さすがに授業中はフードを取っているみたいだね。
「はい、先生」
わたしは、上品な笑みを浮かべて、このこじらせ教師に明るく返事をした。すると、予想外の態度だったのか、彼は眉をひそめた。
黒いオーラがお似合いの雰囲気が魔王テイストのマレイド先生だが、この程度では『肉乙女』アナベルをビビらすことなんてできない。伊達に幼い頃から店に出て、いろんな人と関わってきたわけではないのだよ、ふふふ。
「わたくしと同じように、Bクラスにも今日から学園に編入された方がいらっしゃるとお聞きしているものですから。どちらにいらっしゃるのかしら? ご親切な皆様がたに甘えて、前に出ていらっしゃったらどうですの? 一緒に先生のお話をお聞きしませんこと?」
決して『こそこそ隠れてないで出てこいゴラァ』なんていう意味じゃないよ?
すると、マレイド先生も眉をひくりとさせて「そうだな。魔力判定の説明もあるし、前に出て授業を受けろ」と言った。
ちょっと口調が乱暴なところが、クールキャラっぽくて萌えるわ♡
わたしがにんまり笑いながらマレイド先生を見ると、彼はなぜか左右を見て、もう一度わたしを見て、そしてフードをかぶって顔を隠してしまった。
Bクラスの中から「シェリーさん、ほら、アナベルさまに呼ばれたわよ」「え、で、でも、わたし……」「大丈夫よ、さあ前へ」「きゃっ」と声がして、やがて淡いピンクの髪がふわふわと愛らしいふたつ結びにされている、これまたピンクの瞳をした女の子が現れた。
ヒロインのシェリー・ラスタンだ。
強い魔力を持ち、お菓子作りが得意で、食べたものの心を癒す可愛い系の女の子、シェリーである。そして、わたしと真逆のキャラらしい。
そうだ、確かゲームではわたしもそこそこお菓子作りが上手くて、シェリーと何度か競ってる設定らしいんだよね。
でもこの通り、実際のわたしはお菓子作りどころか肉料理に特化した『肉乙女』! 食べたものの筋力を上げる『肉乙女』! 心は癒さないが、筋肉痛を癒すよ!
……いや、負けない!
負けないわ!
このアナベル、脱悪役令嬢キャラクターを目指し可愛らしい声で「きゃっ」くらい言ってみせてよ!
「ア、アナベルさま、お近くに失礼いたします」
「きゃっ」
「えっ⁉︎」
あらやだ、脈絡なく『きゃっ』って言っちゃったよ。すごく可愛く言えたけど、そういう問題ではない。
「わたし、なにかアナベルさまに失礼を⁉︎ 申し訳ございません!」
ほら、シェリー・ラスタンが誤解しちゃったよ。わたしは、身分の高い姫に粗相をしたのではないかと怯えるヒロインをなだめるように、ことさら優しい声で言った。
「違いますのよ、ごめんなさいね、どうかお気になさらないでくださいな、シェリーさん。今のは……」
わたしは小さな声で「……実は、しゃっくりですの」とヒロインの子に言った。すると、シェリーは目を丸くして「しゃっくり! アナベルさまのような美しい方でもしゃっくりをなさるのですか⁉︎ そして、しゃっくりさえもあのように愛らしくなさるのですか、さすがは『王家の至宝』アナベル姫ですわね!」と大きな声で言ってしまった。つられてわたしも「そりゃあいたしますわよ、わたくしだって、しゃっくりもあくびもおな……」と言い、そこで慌てて口元を押さえて言葉を切った。
あっ、あぶねええええええええーっ!
ギリギリストーーーップ!
『王家の至宝』キャラを初日に崩壊させてしまうところだった!
わたしは別に、崩壊しようが溶解しようが、『肉乙女のアナベル』に戻るだけの話だから構わないんだけどね。お世話になっているリシュレー伯爵家の皆さんの顔に泥を塗るような真似はできないからね。
「……おな、じ、ように、皆さまと、同じように、いたしますわよ?」
上手いこと言葉を繋げて、肩をすくめていたずらっぽく「うふふ」とシェリーに向かって笑った。すると、ヒロインっ子はなぜか真っ赤になった。そしてわたしは続けてシェーゼ・マレイド先生に向かって「あら、わたくしったらどうでもよろしいことを申し上げてしまいましたわ。先生、申し訳ございません、授業をお進めくださいませ」と言った。
黒の魔法使いは、フードの陰で咳払いをしてから「……まあいい。では、3年次のカリキュラムについてだが……」と授業を始めた。
AクラスもBクラスも、ようやくフードを取った先生の実演付きの説明を真剣に聞きながら、自分たちが卒業時までに求められる内容を知り、改めて気を引き締めた。
今まで習ってきた魔法を、3年次には実際の戦闘に使えるように調整して、後期の授業ではパーティを組んでキャンプをし、魔物との対戦を行う。
自分の魔力を把握して、どの魔物にどの程度の魔法を使うかなど、効果的な戦闘を行うことを考慮して、オーバーキルになって無駄な魔力を消費しないように調整する方法を学ぶ。無限の魔力を持っているわけではないのだから、力任せに魔法をバンバン使ってはダメなのだ。
「在学生のデータは受け取っているが、3年次に編入したふたりについてはこれから魔力の状態を見せてもらう。まずはアナベル……」
わ、呼び捨て? と思ったら、少しタイムラグがあって「……さん」がついた。
「アナベルを呼び捨てていいのは、僕だけ……」
はい、隣から王子殿下の冷気が噴き出てたんですね!
先生、またフードをかぶりたくなってますね。気持ちはわかりますよ。
「はい、先生」
しかしわたしは、そんなケイン王子をまるっと無視して先生の前に立った。
「どうすればいいですか?」
「魔力の計測は終わっているので、実際の威力と制御能力を見せてくれ」
「はい」
わたしは、魔法演習場の中央に進み的の置いてある辺りに手のひらを向けた。
「なかなか才能溢れる魔法だったな、アナベル。ここまでできるとは、正直思わなかった」
「ありがとうございます」
わたしは、驚きを顔に表しているマレイド先生に、余裕の笑みを浮かべて言った。
自慢じゃないですが、このアナベル、幼少のみぎりより仕事で魔力の制御に努めてきましたからね!
失敗すると、肉がまる焦げになったり、外はこんがり中は生になったりして、大切な食材が無駄になってしまいますからね、必死で制御の技を磨きましたよ。
肉に集中する難しさに比べたら、こんな攻撃魔法はちょろいもんですよ。米に文字を書き込むのと、半紙に一文字書くのと、といった位のレベルで簡単ですよ。
木偶人形を、火魔法と水魔法を使って吹っ飛ばしたわたしは、上品に「おほほ」と笑いながら、拍手をする学園生のところに戻った。
「では、次にシェリー」
「はっ、はいっ!」
わたしの見事な魔法を見て、ガチガチに緊張してしまったらしいシェリーが、おどおどしながら演習場の中央に出て、新しく用意された木偶人形に向かった。
「え、ええと、出でよ、炎の……」
まずは、火魔法を使おうとしているらしいが、心の動揺が現れてしまっているらしく、前に出した手の周りで濃度が高すぎる魔力が渦巻いた。
さすがはヒロインだ。潜在能力はピカイチなのだろう。
「炎の……あっ⁉︎」
まずい。
詠唱が不充分だ。
わたしのように、毎日毎日魔法を使い続けてきたならば、詠唱などなくても息をするように魔法を使える。しかし、そうでないものは、詠唱をすることで安定した規模の一定の魔法を使うことができ、そうしないと制御が非常に不安定になってしまう。
魔力が弱ければ、不発だったり、魔力を無駄遣いして小さな魔法になったりするのだが、シェリーの場合は元々の魔力が強すぎた。
「シェリー、やめ……」
マレイド先生の制止の声も、テンパったシェリーの耳には届かない。
「炎の竜よ、我の命に、命に、ええと、きゃあっ!」
シェリーの悲鳴と共に、宙に巨大な炎の塊が現れ、竜の形になった。そのまま、空気中の魔力を吸い込んで巨大化する。
それにしても、なんて強い魔力なの!
成長する竜を創り出すなんて、さすがはヒロインね、なんて感心している場合ではない!
「ブレイドアーム!」
マレイド先生が、土魔法を使って鉄の腕を何本も出して、炎の竜を抑え込もうとした。しかし、魔力を取り込み巨大化を続ける竜は、鉄を溶かしてしまう。
「逃げろ!」
ケイン王子が学園生に命令し、フレデリックが手際よく誘導した。
「アナベル、早く」
わたしはケイン王子に言った。
「アレを止めますわ」
「アナベル!」
わたしはケイン王子の制止を無視して腰を抜かしたシェリーの所に行き「結界を張れるわね! 自分の身を守りなさい!」と言った。
「アナベルさま……」
「いいから早くなさい!」
「アナベル!」
「『殿下』もご自分に結界を張ってください」
わたしは、ケイン王子にわざと冷たく言い放ち、マレイド先生の鉄の腕から逃げ出してケイン王子とわたしに向かって攻撃してこようとする炎の竜に向かって、手のひらを突き出し、魔力を練った。
空気中の魔力を集め、炎の竜に行かないようにし、同時に竜の熱量を低下させるだけの存在を魔法で生成する。
そう、これはローストした肉だと思えばいいのよ。
「……氷結竜!」
きっちり計算した、魔法で作った氷の竜が、シェリーの作った炎の竜に突撃した。ぶつかった2匹の竜は絡み合い、大量の水蒸気を発生させて、それは爆風となって張った結界に激しくぶつかった。
ジュウウウウウウウウウ……と、大きな音が次第に収まり、やがて2匹の竜は消え失せた。
静まり返った魔法演習場には、おのおの結界を張って無事な、シェリー・ラスタン、シェーゼ・マレイド先生、ケイン王子、そしてわたしだけがいた。
「ケガはないか?」
「は、はい、先生……」
座りこんでいたシェリーにマレイド先生が駆け寄り、手を差し伸べた。シェリーは支えられて立ち上がり、泣きべそをかいてマレイド先生を見つめた。
「先生、わたし……怖かった……」
「シェリーくん……」
マレイド先生が、シェリーになにか(おそらくゲーム的に、慰めの言葉だろう)を言おうとしたが、わたしはふたりに歩み寄るとシェリーの頬を右手でひっぱたいた。
「あっ!」
シェリーは、手で打たれた頬を押さえた。
「アナベルさま、何を……」
「シェリー・ラスタン、あなたが言うのは『怖かった』ではないでしょう⁉︎」
彼女は、怒りをに燃えるわたしの顔を見て涙を浮かべ「怖い……」と震えた。その姿を見て、シェーゼ・マレイド先生はわたしを睨みつけた。
「アナベルくん、なんの真似だ⁉︎ シェリーくんはショックを受けているのに、いきなりそんな酷いことをするなんて……」
「マレイド先生、起きたまま寝言をおっしゃるのはやめてくださらないこと?」
わたしは、悪役令嬢っぽく冷たく言った。




