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R.I.P.末期ギャン ―異世界転生―  作者: 黒瀬雷牙
第二章 王都バルミナム 編

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第五十話 追われて辿り着いた死者の渓谷で、俺は助けられる側だったと知る

 ――ドゴッ。


「ぐふっ!?」


 腹に鈍い衝撃が突き刺さった。


 息が、抜ける。視界が一瞬白くなり、俺は反射的に目を見開いた。


「……は……?」


 ぼやけた視界の中、最初に見えたのは夜明け前の空。そして顔面すれすれに迫る、コルディの足。


「……おい」


 嫌な予感がした瞬間。


 ブンッ。


「ぐはっ!!」


 二撃目。今度は直撃。


「てめぇ何してんだ!!」


 思わず飛び起きる。


「ん〜……もう食べられない……」


 完全に寝言だった。


「食ってねぇだろ!!」


 しかも三撃目が来る気配。反射的に身を引く。

 ドスッ、と俺がいた場所にかかとが落ちた。


「……戦場かここは」


 ため息をついたところで、


「……おはようございます、ギャンさん」


 静かな声。イベルタが、すでに起きていた。


「おはようじゃねぇ。こいつどうにかしろ」


「コルディ、起きて」


「ん〜……あと五分……」


 ダメだ。イベルタは一瞬だけ考え、スッと弓を構えた。


「待て待て待て」


「起きますよ」


 ヒュッ。


 矢がコルディの頬をかすめ、地面に突き刺さる。そしてコルディはガバッと飛び起きる。


「なんだイベ姉か」


「なんだイベ姉か、じゃねぇよ」


 朝からHP削られすぎだろ。


 簡単な食事を済ませ、俺たちは再び歩き出した。

 朝の森は静かだった。静かすぎるほどに。


「……」


 足音がやけに響く。

 鳥の声も、風の音も、妙に遠い。


「ねぇ」


 コルディが小声で言う。


「なんかさ、変じゃない?」


「……ああ」


 同じことを感じていた。イベルタも足を緩め、周囲を見渡している。

 その目がわずかに細まった。


「止まってください」


 ピタリと止まる。


 次の瞬間――


「いたぞッ!!」


 怒号が森を裂いた。茂みをかき分け、現れたのは鎧の集団。統一された装備、洗練された動き。


「バルミナム騎士団……!」


 イベルタの声が、低く沈む。

 十数人。しかも隊列を組んでいる。


「囲め!逃がすな!!」


 速い。最初から仕留める動きだ。


「チッ……なんで俺らが」


 言いかけて、止まる。隊長格の男が、紙を広げた。そこに描かれていたのは、イベルタの顔。


「……は?」


 空気が一瞬、凍る。


「その女だ! 賞金首・金借りのイベルタ!!」


「……!」


 イベルタは即座に、アリシアの仕業だと理解する。


「ギャンさん、戦うのはまずいです」


「だな!」


 即答。いくらイベルタとコルディが強くても、数も装備も違いすぎる。それにここでやりあえば、余計話はややこしくなる。


「逃げるぞ!!」


 俺たちは一斉に駆け出した。

 枝を蹴り、根を越え、ただ前へ。

 後ろからは、規律だった足音。


「止まれ!!」


「止まるか!!」


 距離は、じわじわ詰まっている。


「このまま街道はダメです!」


 イベルタが叫ぶ。


「こっちです!」


 進路が変わる。


 迷いがない、知っている動きだ。

 森を抜け、地面が傾く。

 そして、視界が開けた。


「……なんだ、ここは」


 目の前に広がるのは、巨大な裂け目。

 断崖。霧。そして、異様な静けさ。


 空気が、冷たい。


「アルカレンス渓谷です」


 イベルタが言う。


「少し前に、調査で……ギャンさんと二人で来た場所です」


「……ああ」


 思い出す。あの時の、嫌な空気。


「亡霊が出ます」


「ゴースト系?」


 コルディが軽く言う。


「うん、多分物理攻撃は通らない」


「うわ、めんど」


 軽いなコイツ。


「渓谷に入ったぞ!追え!!」


 後ろから、騎士団の声。


「……クソ、選択肢ねぇな」


「行きます!」


 イベルタが踏み込む。

 霧の中へ、コルディも続く。


「ちょっと楽しそう!」


「おいおいマジかよ」


 俺も、渓谷へ足を踏み入れた。その瞬間、背筋に冷たい何かが這い上がる。


 重い。空気が違う。


 そして、感じる。見られている。

 霧の奥。どこかに、確実にいる。


(……来たな)


 後ろには騎士団。前には亡霊。

 最悪の挟み撃ち。だが、口元がわずかに歪む。


(面白くなってきやがった)


 逃げ場はない、だから進むしかない。


 アルカレンス渓谷。


 死者が彷徨うその地で、追走劇は新たな局面へと踏み込んだ。


 踏み込むたびに、足元の感覚が曖昧になる。地面を踏んでいるはずなのに、どこか現実から浮いているような違和感。


「……視界、悪すぎ」


 コルディが低く言う。


「気をつけてください。この先は――」


 イベルタが言いかけたその時、霧が揺れた。


「……?」


 何かが、いる。気配はあるのに、輪郭が定まらない。だが次の瞬間、それは形を持った。


 人影。ゆっくりと、こちらに歩いてくる。


「敵か!?」


 コルディが構える。だが、違う。その顔を見た瞬間、俺の思考は止まった。


「……は……?」


 見間違いのはずがない。


 あの優しげな目。カウンター越しに、いつも酒を出していたその人。


「マスター……?」


 声が、震えた。その隣に、もう一人。

 見た目の割に、冷静で、義理堅い男。


「……ドナルド……?」


 ありえない。あいつらは、死んだ。

 あの地震男の襲撃で。


「……なんで」


 問いかける。だが、返事はない。


 マスターは、何も言わない。

 ただ、静かに笑っていた。


 ドナルドも同じだ。あの時と変わらない、真っ直ぐな笑顔。


 そして、ゆっくりと頷く。


「……」


 胸の奥が、締めつけられる。


「ギャンさん、これ……」


 コルディの声が遠い。

 イベルタも、弓を下ろしていた。


「……敵意は、ありません」


 その言葉が、やけに現実的だった。


「いたぞ!!」


 騎士団の声が、霧の向こうから響く。


「囲め!!」


 足音が迫る。だが、マスターは振り返らない。

 俺たちの方を見たまま、もう一度ゆっくりと頷いた。


(……行け、ってか)


 言葉はない。でも、わかる。

 あいつは、そういう顔をする男だった。


 ドナルドが、一歩前に出る。騎士団の方へ。


「おい……!」


 止めようとして、足が動かない。

 ドナルドは、振り返らない。

 ただ前を向いて、歩く。


 霧の中へ。


「なっ……!?誰だ貴様!」


 騎士団の動揺が伝わる。


「待て、敵か!?」


「違う、あれは」


 声が、乱れ始める。


 その時だった。霧の中に、増えた。


 一人じゃない。

 二人でもない。


 マスターが。

 ドナルドが。

 いや、あの時死んだはずの連中が。


 次々と、現れる。


「な、なんだこれは!?」


「囲まれているぞ!?」


「アルカレンスの亡霊か!?」


 混乱。恐怖。剣が振られる音。空を切る音。仲間同士でぶつかる音。


 統率が、崩れる。


「隊列を維持しろ!!」


「無理だ!数が!」


「退け!!一度引け!!」


 悲鳴混じりの号令。足音が乱れ、遠ざかっていく。


「撤退だ!!」


 やがて、静寂。霧の中から、気配が消えた。


「……マジかよ」


 コルディが呟く。


「今の……全部、幻覚?」


「……いいえ」


 イベルタが静かに言う。


「アルカレンス渓谷には亡霊がでると言われていますが……きっと、この大陸で亡くなった人たちの行き着く先なのでしょう」


 俺は、目の前を見た。


 マスターがいる。

 ドナルドがいる。

 変わらない笑顔で。


「……助けに来たのかよ」


 喉が、うまく動かない。言葉が、重い。


 マスターは、何も言わない。


 ただ、もう一度頷いた。


 それだけで、十分だった。胸の奥に溜まっていた何かが、少しだけ軽くなる。


「……行くぞ」


 俺は背を向けた。


「ここに、長くはいられねぇ」


 振り返らない。

 振り返ったら、多分足が止まる。


 数歩、進んで。それでも気になって、ほんの一瞬だけ、横目で見る。


 霧の中で二人の姿は、ゆっくりと、溶けるように消えていった。


 最後まで、笑ったままで。


「……」


 何も言えなかった。

 ただ一つだけ、確かなこと。


 あいつらは、確かに、そこにいた。

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