第四十九話 王都への道中、くだらない会話と圧倒的な差
俺たちはエーテルディアを出た。
振り返らない。振り返ったら、多分足が止まる。
だから、前だけを見る。
王都バルミナムへ続く街道。石畳は途中から土道に変わり、周囲には森が広がっている。
静かだ、あの地獄みたいな夜が嘘みたいに。
「ねーギャンさん」
イベルタが横で伸びをしながら言う。
「お腹すきました」
「歩き出してまだ一時間も経ってねぇぞ」
その瞬間。ぬるり、と前方の茂みからスライムが現れた。
透明な体で、ゆっくりとこちらに向かってくる。
「わ、スライムだー」
コルディが軽い声を上げた。次の瞬間。
ビシィッ!!
黒鞭が一閃。スライムは一瞬で弾け飛んだ。
「お前、反応速すぎだろ」
「え?普通じゃない?」
普通じゃねぇよ。
その横でイベルタも、のんびりと口を開く。
「コルディ、ちょっと雑じゃない?」
「えー?だって弱いし」
「弱くても素材は丁寧に!お金になるんだし」
イベルタがそう言いながら、矢を番え、放つ。
ヒュッ――
遠くの木陰から飛び出してきたゴブリンの額に、正確に突き刺さった。ドサリ、と倒れる。
「もったいないですよ?」
「……お前も大概だよ」
なんだこいつら。会話の延長で魔物殺してやがる。
しかも精度がおかしい。
歩く速度も落ちてない。
「ねーギャンさん」
イベルタが振り向く。
「王都にもカジノあるみたいですよ」
「だろうな、むしろ本場だろ」
今はそうじゃ無いだろ、目を輝かせるな。
「いや待て」
思わず止める。
「もうアケミの資金援助は無いんだぞ?俺たちは元の貧乏コンビだ。博打打ってる場合じゃねぇだろ」
「え?」
きょとんとする。
「でも勝てば問題ないですよね?」
「問題しかねぇよ」
即答。その横でコルディが笑う。
「わかるー!勝てばいいんだよね!」
「お前も乗るな」
「え、ダメ?」
「ダメに決まってんだろ」
だが足は止まらない。
魔物は現れる。
スライム。
ゴブリン。
たまに出てくる少し強いモンスター。
全部、会話のついでに処理されていく。
俺は、剣を握りながらそれを見ていた。
(……強ぇな)
正直、別格だ。
イベルタは元々強かった。コルディも黒鞭を取り戻してから、明らかにキレが増している。
それに比べて俺は――
(まだ、全然足りねぇ)
実感する。
確実に強くはなっている。
だが、あいつらとは違う。
あの街を壊した、地震の能力者。
あれを止めるには、こんなもんじゃ話にならない。
「ギャンさん?」
イベルタが覗き込む。
「さっきから難しい顔してますよ?」
「……別に」
「悩み事ですか?」
「ねー、それ恋?」
「違ぇよ」
即否定。コルディがニヤニヤしている。
「えー絶対恋じゃん」
「だから違うって言ってんだろ」
くだらねぇ。くだらねぇのに――
少しだけ、気が楽になる。さっきまで考えていた重たいものが、少しだけ遠のく。
(……こういうのが、必要なんだろうな)
多分。
俺は息を吐いた。
「王都まで、あとどれくらいだ」
「このペースなら……数日ですね」
イベルタが答える。
「途中で街もありますし、補給もできますよ」
「そうか」
短く返す。
その先、王都バルミナム。
待っているのは――
ヤバすぎるアリシア。騎士団。そして、地震の能力者。
(……まだ、嵐の前だ)
これは、ただの道中じゃない。
嵐の前の、最後の余裕だ。
「よし」
俺は前を向いた。
「さっさと行くぞ」
「はーい」
「おっけー!」
気の抜けた返事。だが、その背中は頼もしい。
くだらない会話と、圧倒的な力。
その両方を引き連れて、俺たちは進む。
歩き続けて、どれくらい経っただろうか。
気づけば、空の色が変わっていた。
青から、橙へ。そしてゆっくりと、夜の気配が降りてくる。
「……日が暮れるな」
思わず呟く。昼間の静けさとは違う。
アンデット。
俺は無意識に、剣の柄に手をかけた。
「……夜、どうする」
小さく聞く。イベルタとコルディは、顔を見合わせるでもなく、同時にきょろきょろと周囲を見渡し始めた。
「……?」
緊張感がない。
いや、違う。
(探してる?)
何かを。
森の中。
道の脇。
茂みの奥。
まるであるのが分かってるみたいに。
そして――
「あ、あったあったー」
コルディが軽い声を上げた。
そっちを見る。道から少し外れた茂みの近く。
草をかき分けると、小さな石が埋め込まれていた。
淡く光っている。
「……これ」
どこかで見たことがある。
「アマス神の護石、ですね」
イベルタがしゃがみ込む。
「小型ですけど……この範囲なら十分守れます」
「守るって……アンデットからか?」
「はい」
あっさり答える。
「こういうのがないと、普通は野営できません」
「その辺にもあるなんて、聞いてねぇよ」
コルディが笑う。
「でも見つかったからオッケーじゃん!」
確かに、空気が違う。護石の周囲だけ、ほんのわずかだが静かだ。あの嫌な気配が、薄い。
(……マジで効いてるのか)
俺は周囲を見回す。
夜はもうすぐだ。
「ここで野営するか」
「ですね」
イベルタが立ち上がる。
「範囲はこの辺りまでなので、あまり離れないようにしてくださいね」
円を描くように、地面を軽く蹴る。
大体、焚き火を囲める程度の広さ。
「十分だな」
俺は荷物を下ろした。
その横でコルディがすでに動いている。
「じゃあ薪集めてくるー!」
「遠く行くなよ」
「はーい」
軽い返事。だが、足取りはしっかりしている。護石の範囲を理解してる動きだ。
イベルタも、手慣れた様子で周囲を確認する。
「風向き……大丈夫ですね」
「何がだ」
「煙です。魔物を引き寄せる可能性があるので」
「……慣れてんな」
「それなりに」
少しだけ笑う。
やがてコルディが戻ってきた。両手いっぱいに薪を抱えて。
「集めてきたー!」
「早ぇな」
「この辺いっぱいあったよ」
適当に積み上げる。俺はサンダーグラディウスを振り、火を起こした。
パチパチと、火が音を立てる。暗くなり始めた森の中。その光だけが、ぽつんと浮かぶ。
やがて、夜が来た。
完全な闇。
遠くで、何かが動く気配。
ガサリ、と草が揺れる音。
だが、護石の内側には入ってこない。
「……本当に来ねぇな」
「来ませんよ」
イベルタが当然のように言う。
「だから野営できるんです」
コルディはもう座り込んでいた。
「なんか安心すると眠くなるねー」
「お前はどこでも寝るだろ」
「バレた?」
へらっと笑う。
火を見つめる。その揺らぎの向こうに、暗闇。
その向こうには、何かがいる。
だが、ここには来ない。
(……守られてる、か)
昨日の夜とは違う。追い詰められる感覚がない。
ほんの少しだけ。本当に、ほんの少しだけだが、安心できる。
「交代で見張り、するか?」
俺が言うと、イベルタが首を振った。
「この規模の護石なら、そこまで神経質にならなくても大丈夫ですよ」
「そうか?」
「ええ」
焚き火の光に照らされながら、微笑む。
「それに」
一瞬、言葉を切る。
「明日も動きますし、ちゃんと休む方が大事です」
「……」
確かに、そうかもしれない。
王都まで、まだ道は長い。
ここで無理する意味はない。
「……分かった」
俺は背を預けるように座った。
空を見上げる。木々の隙間から、わずかに星が見えた。
静かだ。不気味なほどに。
(嵐の前、ってやつか)
そんな言葉が、頭をよぎる。
だが今は、この一瞬だけは。
「おやすみ、ギャンさん」
イベルタの声。
「あいよ」
「おやすみー」
コルディは……もう寝てやがる。早すぎるだろ。
思わず小さく笑った。
火の音。
静かな夜。
守られた空間。
俺は目を閉じた。
明日は、また進む。王都へ。
その先にあるものへ。




