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第四十七話 ただのギャンブル依存者の俺は、全てを背負った

 俺は騎士団が設置してくれた簡易ベッドで目を覚ました。


 体が重い。全身が軋むようだ。


 それでも、生きている。俺はゆっくりと身を起こす。窓から差し込む光は、すでに高い位置にあった。


「……昼か」


 あの地獄みたいな夜から、どれだけ眠っていたのか……


 前世で、競馬やパチンコでめちゃくちゃやられた日の翌日に近い感覚だ。どんなに絶望的でも、朝はやってくる。


 良くも悪くも。


 俺はポケットからマイステータスカードを取り出す。


 ギャン Level 9


「……上がってるな」


 あの夜を越えた分だけ、俺は強くなっていた。


 カードをしまい、隣に目をやると、コルディがベッドの上でぐっすり眠っていた。黒鞭を抱きしめたまま。 

「……よく寝てるな」


 あれだけ暴れていたんだ。無理もない。

 他の連中の姿はない。

 アケミも、イベルタも、ロキも。


「……どこ行ったんだ」


 小さく呟き、立ち上がる。足取りは重いが、動けないほどじゃない。


 俺は外へ出た。


 ――そして、言葉を失う。


「……ひでぇな」


 街は、半壊していた。建物は崩れ、道には瓦礫が散乱している。


 あちこちに焦げ跡。血の跡。

 まだ消えきらない昨夜の残骸。


「こっちだ、運べ!」


「まだ生きてるぞ!」


「水を持ってこい!」


 騎士団は、すでに動いていた。

 誰一人、休んでいない。倒れた建物から人を救い出し、負傷者を運び、避難所を整えている。


 その顔には疲労が色濃く浮かんでいた。


 それでも、止まらない。


「……寝てねぇのかよ」


 思わず呟く。


 あのまま、朝まで戦って、そのまま復興作業か。


「バケモンかよ……」


 いや、違うな。


(守る側ってのは、こういうもんか)


 少しだけ、胸がざわつく。


 その時。


「やっと起きたか」


 背後から声がした。


 振り返る。アケミだった。

 腕を組んで、いつもの調子で立っている。


「お前も無事か」


「そりゃね」


 軽く笑う。


「……コルディは寝てる」


「でしょーね」


 肩をすくめる。


 アケミは、街を見渡した。


「……思ったより被害デカいね」


「ああ」


 短く返す。視線の先、崩れた建物の向こうに、騎士団の旗が見えた。


「護石、完全に壊れてたよ」


 アケミが言う。


「修復には時間かかるってさ」


 アケミの言葉に、俺は小さく息を吐いた。


「……イベルタは?」


「向こう。負傷者のとこ」


 顎で示された方向を見る。


 即席の治療所が設けられているらしい。人だかりができていた。


「……行ってくる」


「ん」


 アケミはそれ以上何も言わなかった。


 俺は歩き出す。瓦礫を踏み越えながら、治療所へ向かう。近づくにつれ、空気が変わる。


 血の匂い。

 うめき声。

 泣き声。


「しっかりしろ!」


「まだ助かる、諦めるな!」


 騎士や住民が必死に手当てをしている。


「……イベルタ」


 見つけた。膝をついたまま、動かない。

 背中が、小さく震えていた。


「おい、どうした――」


 声をかけかけて、止まる。

 イベルタが、泣いていた。


 あのイベルタが。歯を食いしばり、声を押し殺すように。


 ぽた、ぽたと、涙が地面に落ちている。


「……」


 胸が、ざわつく。視線を、その先へ向ける。

 そこにあったのは。見覚えのある場所だった。


「……ここ」


 思わず、言葉が漏れる。

 かつて、あったはずの建物。


 賑やかな声。

 酒と笑いの匂い。


 Johnnyカジノ。


 その面影は、どこにもなかった。


 完全に、崩壊していた。


 瓦礫の山。


 焼け焦げた柱の残骸。


 そして、その前に――


「……マスター」


 倒れていた。動かない。力なく、地面に横たわっている。血に濡れた服。その目は、もう何も映していなかった。


「……」


 言葉が出ない。


 イベルタは、ただその場に座り込んだまま、マスターの手を握っていた。


 何度も、何度も。握り直している。


 まるで、まだ温もりが残っていると信じるみたいに。


「……なんで」


 かすれた声。


「なんで、こんな……」


 返す言葉が、見つからない。

 その時、ふと視界の端に何かが映った。


「……?」


 少し離れた場所。瓦礫に半分埋もれるように、誰かが倒れている。


 見覚えのある服。

 見覚えのある荒れた顔。

 心臓が、嫌な音を立てた。


 ゆっくりと、近づく。


「……おい」


 声をかける。

 返事は、ない。

 肩に触れる。


 冷たい。


 嫌な予感が、確信に変わる。


 顔を、はっきりと見る。


「……ドナルド」


 息が、止まる。


 借金取りの、あの男。


 義理堅くて、しぶとくて――絶対に死なねぇと思ってた奴。


 その顔が、完全に止まっていた。


「……は?」


 頭が、理解を拒む。


「ドナルド……?」


 もう一度呼ぶ。当然、返事はない。


「……嘘だろ」


 喉の奥から、絞り出すように声が出た。


「おい、起きろよ……」


 揺らす。だが、動かない。


 何も変わらない。


 ただの遺体だ。


「……ふざけんなよ」


 力が抜ける。膝が、崩れそうになる。

 イベルタの泣き声が、遠くで聞こえる。


 それが、やけに現実的で。


 逃げ場なんて、どこにもなかった。


(……これが)


 視界が、歪む。


(現実、か)


 守れなかった。

 助けられなかった。

 あの夜を越えたはずなのに。


 失ったものの方が、ずっと重い。


 拳を、握る。

 爪が食い込む。

 血が滲む。


 それでも、足りない。


「……クソが」


 小さく、吐き捨てる。その言葉は、誰に向けたものなのか、自分でも分からなかった。


「感情的ですね」


 背後から、静かな声。


 振り返る。


 ロキだった。


 いつも通りの無表情――


 だが、その目だけが違った。


 冷たい。いや、怒っている。


「……ロキ」


 ロキは、ゆっくりと歩み寄る。

 視線は、ドナルドに向けられたままぽつりと呟く。


「無駄にしぶとくて、軽口で、それでも根は真面目で……信用できる人だった」


 わずかに、間。


「……あなたより、付き合いは長い」


「……」


 何も言えない。ロキはしゃがみ込み、ドナルドの顔を見る。そして、目を閉じさせた。


「……借りは、返させてもらう」


 その声は、低く、静かだった。

 だが確かに、怒りが込められていた。

 ロキは立ち上がる。


「地震の能力者が次に狙う場所は、予測できます」


「どこだ」


 ロキは、わずかに視線を上げた。


「王都です。王都が崩壊すれば、このサンライズ大陸は終わる」


 淡々と、しかし重く告げる。


「統治も、防衛も、全てが瓦解する」


「……魔族、か」


「ええ」


 ロキは頷く。


「再び、この大陸は魔族の手に落ちるでしょう」


 沈黙。風が、瓦礫の隙間を抜ける。


 俺は、拳を握った。


「……なら」


 顔を上げる。


「止めるしかねぇだろ」


 ロキを見る。


「俺が行く」


 そのまま、ドナルドに視線を落とす。


「こいつらの仇、討つ」


 言い切った。ロキは、わずかに目を細める。


「……弱いあなたが?」


 その言葉は、冷静だった。

 事実だ。否定できない。


「関係ねぇ」


 吐き捨てる。


「強くなる」


「間に合いませんよ」


「間に合わせる」


「……僕は」


 ロキが、わずかに言葉を止める。


「あなたに死んでほしくない」


 睨み返す。一歩も引かない。


 その時。


「……一人で行く気ですか?」


 静かな声に、俺は振り向く。

 イベルタが、立っていた。


 涙の跡は残っている。

 だが、その目はもう揺れていない。


「私はあなたの相棒、ですよね?ギャンさん」


 はっきりと。


「私も行きますよ……こんなところで、終わるつもりはありません」


 マスターの亡骸を一度だけ見て、前を向く。

 その覚悟は、本物だった。


「……イベルタ」


 その時。


「わたしもいるよー」


 間の抜けた声。振り返ると、コルディが立っていた。寝癖のまま。だが、黒鞭はしっかり握っている。


「さすがにさー、置いてかれるのはムカつくし」


 にやっと笑う。


「それに、まだ全然暴れ足りないしね!」


 軽い調子。だが、その奥には確かな闘志。

 ロキは、三人を順に見た。

 そして小さく息を吐く。


「……なるほど」


 わずかに、口元が緩む。


「あなた達がいるなら、任せられますね」


「……ロキ」


「僕は残ります」


 視線を、街へ向ける。


「僕の大好きな街を、放ってはおけない」


 確かに。この街は、まだボロボロだ。


「アケミさんも同じ考えです」


 いつの間にか、アケミも来ていた。


「ま、あたしはこの街の裏ボスだし」


 肩をすくめる。


「守る側、ってやつ?」


 苦笑する。


「ライネル達もいるし、なんとかなるでしょ」


 そのライネルは、遠くで指示を飛ばしていた。


 まだ戦っている。今度は、守るために。

 ロキは、こちらに向き直る。


「王都までの道は厳しい」


「わかってる」


「それでも?」


「行く」


 即答だった。ロキは、わずかに頷く。


「……ならば、止めません」


 一歩下がる。


「あなたに……あなた方に、託します」


 その言葉は静かで、重かった。


 俺は、ドナルドの方を見る。

 そして、マスター。


 イベルタが、そっと目を伏せる。

 コルディは、何も言わずに立っている。

 全部、背負う。そう決めた。


「……行くぞ」


 二人に言う。


「王都だ」


 イベルタが頷く。


「はい」


 コルディも笑う。


「おっけー!」


 俺は、一度だけ振り返る。

 壊れた街、それでも立ち続ける奴ら。

 守る側の人間たち。


(……次は、俺たちの番だ)


 そして、前を向く。

 まだ見ぬ戦いへ。

 その先にいる敵へ。


 ――地震の能力者へ。


ーーー 第一章 エーテルディア編 完 ーーー

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