第二十一話 とりあえず、腹が膨れれば嫌な気持ちは多少はマシになる
俺は、落ち込みきったイベルタに無理やり飯を食わせた。
湯気の立つ肉の煮込みと、焼きたてのパン。
空腹は、絶望を増幅させる。
「食え」
「……いらないです」
「いいから食え。死にたい顔してるやつは、まず腹を満たせ」
しばらく無言で睨み合ったあと、イベルタは観念したようにスプーンを取った。
一口。
二口。
やがて、ぽろりと涙が落ちた。
「お前は強い。また稼げばいい」
イベルタは、子供みたいに声を殺して泣いた。スロットで全損した時よりも、今のほうが泣いている。
悔しさは、立ち直る気がある証拠だ。
腹を満たし涙も流しきった後、俺たちは冒険者ギルド協会の重厚な扉を押した。
昼前のホールは活気に満ちている。
鎧の軋む音、依頼書を剥がす音、受付嬢の声。
さっきまで廃人みたいだったイベルタは、もう背筋を伸ばしていた。
「ギャンさん、装備だけは一人前になりましたね!」
俺は胸当てを軽く叩く。
「おう。形が大事だからな」
見た目は大事だ。強そうに見えれば、なめられない。それだけで生存率が上がる。
そこで俺は、ふと気づいた。というか、今まで気に留めなかったが、かなりヤバいことかもしれない。
「……」
イベルタを改めて見る。
鉄の短剣。木製の弓。
服は、どこにでもいそうな旅人の平服。
「お前さ……これであのゴーゴン行ってたのか?」
「あ、はい」
あっさり言うな。
石化持ちの魔物だぞ?即死級だぞ?
装備、初心者村のチュートリアルか?
「いやー、大人になった祝いで宝剣と名弓を家からもらったんですけどね」
嫌な予感しかしない。
「あー、もういい。言わなくていい。どうせ売ったんだろ」
イベルタは視線を逸らした。図星だ。
「てか待て。成人祝いってことは、お前二十歳まではギャンブルやってなかったのか?」
今の惨状を見れば、両親が高級武器なんて渡すわけがない。イベルタはきょとんとする。
「え?大人の祝いは十六ですよ?」
「ん?そうなの?」
この世界の成人は早いな。
「それにギャンブルなら、騎士の就職試験に落ちて、冒険者になったその月から始めました!」
なぜ誇らしげなんだ、胸を張るな。
「最初は小遣い程度だったんですけどね!気づいたら今の感じに!」
今の感じ、じゃない。
破滅の入り口だ。
俺は額を押さえる。
このアホは何をドヤっているのだろうか。
だが、そんな軽さがあるからまだ救える。
完全に折れたやつは、笑えない。
俺は依頼掲示板を睨む。
「さて、楽して稼げまるクエスト探すぞ。大事なのは効率だ!」
「はいっ!」
元気だけはある。
今回も俺は、掲示板の端から端まで採取系を探した。
薬草、鉱石、魔獣の角の回収。地味だが、確実。
死なないことが最大の黒字だ。
その時だった。
「ギャンさん、これ行きませんか?」
イベルタが、やけに真面目な顔で一枚の依頼書を指さす。俺は視線を落とした。
討伐依頼。
ターゲット:エーテルディア南部、スラム街と化した無法地帯を根城にする盗賊団。
名は、スリーセブンス。
俺は一瞬、思考が止まった。
……ん?
スリーセブンス?
777?
こっち側の匂いしかしないんだが。
名前がもう縁起担ぎだろ。
賭博好きの盗賊団か?
いや、マヌケにも程がある。
だが、報酬欄を見て俺は無言になる。
報酬:2,000G
レベルが違う。
「おいイベルタ。無理だろ」
「大丈夫です!」
何がだ。
「2,000Gですよ? 一回で立て直せます」
その思考がもう危ない。
「討伐だぞ? 盗賊団だぞ? 人間だぞ? 魔物より面倒だ」
魔物は単純だ。だが人間は罠を張る。逃げる。囲む。そして何より、殺しに躊躇がない。
イベルタは依頼書を握りしめる。
「私、あの時みたいにはなりたくないです」
あの時、スロットの前で、ゼロを見つめていた顔。
「2,000Gあれば、装備も戻せる。余裕もできる。借りも返せる」
理屈は間違っていない。だが高額一発逆転。
その言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、俺の胃が冷える。
それ、カジノで何回聞いた?
「イベルタ、それはギャンブル脳だ」
「え?」
「2,000Gだから行く、は危ない。勝てるから行く、じゃない」
イベルタは黙る。依頼書の端を、指が少し震えている。俺は報酬欄をもう一度見る。
2,000G。
でかい、でかすぎる。
報酬はそのまま難易度と考えるべきだ。
だからこそ嫌な予感しかしない。
スラム街。
無法地帯。
盗賊団。
しかも名前がスリーセブンス。縁起担ぎの連中が、運任せで盗賊やってるわけがない。俺は小さく舌打ちした。
「下見だ」
「え?」
「受けるとは言ってない。まずは情報集める」
ギルドの情報屋。
生存者の証言。
人数、装備、拠点。
勝率が五割切るならやらない。イベルタは一瞬不満そうな顔をしたが、やがて頷いた。
「……はい」
2,000Gは魅力的だ。
だが、俺は知っている。
でかい数字は、人の判断を狂わせる。
スロットの777と同じだ。
光る。煽る。だがその裏で、静かに確率が笑っている。俺は依頼書を掲示板に戻した。
「あかん。嫌な予感しかしない」
だがその予感が、正しい保証もない。
それが一番、厄介だった。




