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第十九話 ギャンブル依存の自覚があるなら、泡銭は1秒でも早く支払いや買い物に使え

 4,000Gの爆勝ち、その翌朝。


 俺はエーテルスターライトホテルのスイートルームで目を覚ました。


 一泊、500G。


 昨日イベルタと折半して手元に残ったのは2,000G。たった一晩で、もう1,500Gだ。


 ベッドは沈み込むほど柔らかく、窓の外にはエーテルディアの街並みが広がっている。

 朝日が塔の屋根を黄金色に染めていた。


 だが、数字だけ見ると笑えない。

 この世界の金の価値は、いまだに掴みづらい。


 村の簡素な宿屋が20G。

 素泊まり、飯も質素。感覚的には現実で言えば3,000~4,000円くらいか。


 その宿のスイートが120Gらしいが、正直想像がつかん。


 ここ大都会エーテルディアでは、エコノミーで50G。スイートはその十倍。


 美味い飯付き。

 温泉はないと思っていたが、スイート客専用のそれっぽい魔導浴場はあった。

 景色も街を一望できる。


 正確じゃないが、1Gは150~200円くらいの感覚だろうか。……たぶん。


 身体が軽い。


「ん、レベル上がったか?」


 昨日、道中でゴブリンをかなり狩った。

 マイステータスカードを確認すると、レベルは3に上がっている。


 どうりで体幹が安定しているわけだ。


 俺はホテルを後にし、鍛冶屋へ向かった。


 カン、カン、と鉄を打つ音が響く。


「お、来たか」


 ヤンキーネェちゃんが顎で合図する。


「仕事が早いな」


「あったりまえだよ。ほら、サンダーグラディウス。アンタにピッタリだ」


 差し出された剣は、青白い光をわずかに宿していた。


 重すぎない。むしろ手に吸い付くようだ。


「おぉ……いいな」


 刃を軽く振ると、空気が微かに震えた。

 その瞬間、俺は考える。


 残り1,500G。


 どうせ、このまま持っていれば溶かす。


 ギャンブル依存の自覚がある奴は、金を持ち続けるのが一番危険だ。


 なぜなら、またすぐ全ツするからだ。


 ならば、先に使う。

 俺は袋から金を取り出し、カウンターに置いた。


「ねーちゃん。とっておきの防具、売ってくれ」


 ヤンキーネェちゃんは一瞬目を細め、ふっと笑った。


「いいねぇ……気に入った。これ持ってきな」


 奥から運ばれてきたのは、銀のアーマー。

 値札は1,200G。

 俺は迷わず頷いた。


「買う」


 銀のアーマーは、見た目よりずっと軽い。


 光沢はあるが、ギラつかない。関節部は滑らかに可動し、動きを阻害しない。内側には薄い魔導布が縫い込まれている。


「見た目装備じゃねぇよ」


 ネェちゃんが腕を組む。


「衝撃吸収の刻印入り。斬撃は三割軽減。雷属性とも相性は悪くない」


「雷鉄鉱石と?」


「通電しすぎない加工済みだ。感電してのたうつなんてことはねぇ」


 思わず笑う。


「それは重要だな」


 1,200G。

 残り、300G。


 昨日の爆勝ちが、もう遠い。

 だが焦りはない。袋が軽くなる代わりに、身体が強くなる。


 これは浪費じゃない、変換だ。

 金を生存率に変える。言うならば、正しい金の使い方。満足すらしている。


 ヤンキーネェちゃんが顎をしゃくる。


「で? 今日はカジノか?」


「行かねぇ、武器の慣らしだ。金が減った時ほど、身体に投資する」


 ネェちゃんはニヤリと笑った。


「昨日の勝ち逃げ、もうここいらじゃ噂だぜ」


「早すぎるだろ」


「鍛冶屋なめんな。情報は武器だ」


 なるほど、この街は思ったより繋がっている。


 俺はアーマーを装着し、サンダーグラディウスを握る。軽い、だが芯がある。試しに振ると、刃の縁に小さな電光が走った。


 バチ、と空気が鳴る。


「また来なよ。アンタ、嫌いじゃない」


「世話になる」


「ところで……相方は一緒じゃないのか?」


 俺は嫌な予感がした。


「ちょっと見てくるわ!!」


 俺は急いで店を出た。


 バーに駆け込む。


 ――閉まっていた。

 木の扉には「営業時間:正午より」と札が下がっている。


 俺は大きく息を吐いた。


「……よかった」


 あいつのことだ、朝からスロットに全ツしかねない。


「せめて支払い分は確保しろって、言わねぇと」


「いい事言うじゃねぇか」


 背後から低い声。


 振り返ると、そこに立っていたのは、最初の村でイベルタに500Gを請求していた借金取りだった。


「あ、アンタは……」


 荒れた顔、無精髭に鋭い目。だが今日はどこか柔らかい。


「あんときはありがとな。アンタが立て替えてくれたおかげで、俺も焼き入れられずに済んだんだわ」


「焼き入れ……?」


「上に納められねぇと、指詰めコースなんでな」


 物騒すぎる。借金取りは肩をすくめる。


「ぶっちゃけよ、イベルタを身売りさせたところで元取れるかも怪しいし、手間も多いしな」


 ……まぁ確かに。


 イベルタは笑顔は可愛い。だが水商売で指名爆増タイプかと言われると、正直微妙寄りだろう。


 本人に言ったら殺されるが。


「ところでアンタ、朝からカジノか?」


「いや、昨日そこそこ勝ったんだがよ。イベルタの奴、朝から全ツしそうで。でも閉まってるから大丈夫だよな?」


 借金取りは眉をひそめた。


「……アンタの勘、正しい気がするな」


「は?」


「エーテルキングスカジノなら、二十四時間営業だ」


「何!?」


 嫌な予感が現実味を帯びる。

 あいつ、やる。絶対やる。


「……アンタにゃ借りがある。案内してやる。ついてこい」


「マジか」


「ただし俺は入らねぇ。あそこは別格だ。張る金も、客の質もな」


 そう言いながら、男は歩き出す。

 俺も後を追う。


 石畳の通りを抜け、中心区へ。


 朝だというのに人通りは多い。

 商人、冒険者、そしてどこか目が据わった連中。


 やがて見えてきた。


 巨大な建物。金と黒を基調とした外装、王冠の紋章。


 エーテルキングスカジノ。


 入り口の両脇には鎧姿の警備兵。


「いらっしゃいませ、ドナルド様」


 借金取りは顔パスだ。


「俺だ、コイツは俺のツレ」


 あっさり入れたが、本来は会員制らしい。

 中からは歓声と、金属音と、魔力のうねり。

 俺の心臓が跳ねる。


「いる気しかしねぇ……」


「だろうな」


「てか絶対いるだろ!!」


 俺は拳を握る。頼む、スロットだけはやめろ。

 全ツだけはやめろ。


 眩い光、高級絨毯。


 そして、遠くのスロットフロアで、見覚えのあるオレンジ髪が、レバーを叩いているのが見えた。


「やっぱりいるじゃねぇかああああ!!」


 イベルタの前のクレジット表示が、赤く点滅している。


 俺は思わず走り出した。

 間に合うのか?それとも、もう手遅れか!?


 朝から地獄の二回戦が、静かに回転を始めていた。

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