続・後編
ティオリアが憎しみのこもった視線をオリバーに向け、手に力を入れる。
「頭を冷やせ!」
オリバーが声を上げた。
「黙れ!!!」
ティオリアの咆哮とともに、オリバーの剣が弾き飛ばされ、オリバーはそのまま張り倒され騎士に取り押さえられる。
そして、ルアンに向かってきた。
ルアンはこっそりと、自分の腹部に水魔法を纏わせ、両手両足には土魔法をかけた。
ティオリアの剣がルアンの頭上に振り降りてきた。しかし、寸でのところでルアンは両手で剣を受ける。
真剣白刃どり!!
ティオリアが驚きに目を瞠る隙に、つかんでいる剣をそのまま横に持っていく。そして、足で踏むと剣は折れた。
「失礼!!」
ルアンがそう叫ぶと、すでに驚愕の表情でルアンを見上げる状態になっているティオリアがそのままルアンを見つめていた。
ルアンは右足をそのままティオリアの両足に引っ掛けて転ばせ、うつ伏せの状態になったティオリアを抑えつけるように片手を背中に捻りあげた。
即座に違う方向から来た騎士たちがティオリアを取り押さえる。
そんな時、ロレッソの悲鳴が聞こえた。
「ヴィクトリア!!ヴィクトリア!!」
ルアンは声の方向を見る。
ヴィクトリアの胸に剣が突き刺さっていた。
血が流れ出て、周囲が真っ赤に染まっていた。
ルアンは全身が震えて動けなくなる。
怒涛に自分の記憶が戻ってくる。
父が死んだとき。
殴られ、けられ、いたるところが腫れ上がり、腕を切られ、足を切られ、最後は首を切られて死んだ。
あの時も、父のいた周囲が真っ赤に染まっていた。
足の力が抜けルアンはそのまま後ろにふらりと倒れこんだ。
誰かに支えられたが見ることもできない。ただただ、倒れるヴィクトリアを見ていた。
近づこうとするロレッソは騎士たちに止められ、他の婚約者候補は気を失ったり、侍女に連れられその場を後にしたり。
治癒術師たちが来て彼女に治療しようとする。
そこでルアンはハッとした。
治癒術師ではだめ。治癒術師はうわべの傷しか治さない。
剣はかなり深部まで刺さっている。このままではヴィクトリアは死んでしまう。
ルアンが前へ出ようとすると、ルアンを支えてくれている人に止められた。
振り返ると、アレクサンダーが立っていた。
肩から彼の手を離そうとするが、手はびくともしなかった。
すると、ざわめきが聞こえ視線をヴィクトリアに戻すと、医官のシュウ=メルドーバンが近寄っていた。
治癒術師を無理やりよけ治療を始める。
ルアンは力が抜け今度がアレクサンダーに抱かれるように立つことになった。
これで、ヴィクトリアは大丈夫。
シュウの周囲では治癒術師が舌打ちしたり文句を言ったりしている。
シュウの周囲に黄色と黒いオーラがパチパチと走り、ヴィクトリアを包む。
少しして、オーラが消え、ヴィクトリアの顔色が遠目でもよくなったのがわかる。
そのままヴィクトリアはどこかへ連れていかれた。
そして、騎士たちはシュウを捕まえどこかへ連れていく。
ルアンは追いかけようとするがアレクサンダーが止める。
騒然となった会場はその時点で解散となった。
ルアンはヴィクトリアの容態が気になったが、自分にできることはないし、シュウのことも気になっていた。
結局、現在はアレクサンダーに連れられアレクサンダーの父親に会いに邸宅まで連れられていた。
「メルドーバン先生なら大丈夫だ。何かしらの罪に問われるとは思うけど、モーフィスト伯爵が減刑を申し出るだろう。」
「・・・どうして、シュウが捕らえられるんですか・・・」
気づかずにシュウのことをいつものようによんでいた。
「治療師は帝国では認められていない。必ず治癒術師の指示に従わなければならないし、勝手な行為をすれば処罰されるのは法律でも決まっている。」
ルアンは手が震えた。
どうして。
シュウも。
父さんも。
悪いことなんてしていない。
どうして、こんな目に会わなくてはいけないの?
自分の手に暖かな手が乗った。自分よりも大きい手。
「メルドーバン先生は大丈夫。帝国の多くの貴族たちに貸があるし、陛下にもあるからね。大丈夫。」
優しく細められたスカイブルーの瞳が、なぜかルアンを安心させた。
少しして、アローシェン伯爵邸についた。
入口で執事がアレクサンダーから何やら指示を受けていた。
「こっちだ」
アレクサンダーの案内で、広間の螺旋階段を登り廊下の奥へと続いた。
廊下の片側は等身大以上の大きなガラスドアがあり、反対にはきれいな花々が描かれた壁紙になっている。
アレクサンダーが立ち止まり、扉をノックする。
返事があり、アレクサンダーについて部屋へ入室した。
執務机に向かって何かをかいている男性が顔を上げた。
アレクサンダーを見て微笑み、後ろにいたルアンに気付き視線を向ける。
男性はアレクサンダーと同じ紫銀の髪にスカイブルーの瞳だった。
男性はルアンを見て目を瞠った。
「兄上・・・」
アレクサンダーが怪訝な表情で伯爵に話しかける。
「父上?」
アレクサンダーの声に反応しすぐに立ち上がりソファを勧められた。
アレクサンダーとルアンが座るのを待って伯爵が早速本題に入った。
「確か、ロシェ嬢にかかっている魔法を知りたいんだっけ?」
「そうです。」
どうやらすでに伯爵は知っていたらしい。
「では、ロシェ嬢。手を出して。」
ルアンは言われた通り手を出すと伯爵に手を握られた。
何か暖かいものが体を駆け巡る。
そのまま暖かいものが手から抜けていく。
伯爵がため息をついて手を離した。
「なるほど・・・」
そう言って顎に手を当て何かを考えている。
「結論から言うと、今は何もかかっていない。ただ、少し前まで幻覚魔法の操縦と魅了をかけられていたね。“誰か”を返して。帝国内でも、この魔法を使えるのは限られている。君が学院内が生活の拠点なら・・・もしかしたら・・・」
伯爵が口ごもると、アレクサンダーが先を促す。
「皇族の影しか考えられない。“誰か”を介すとなると、莫大な魔力とマナが必要になる。そこまでの魔力となると・・・皇帝陛下、皇后陛下、皇妃陛下・・・うーん・・・その辺の方々が影に魔力を渡して。幻覚魔法を発動させたと考えるのが妥当かなあ・・・」
皇帝か皇后だったとして、なぜ彼らがルアンに?
何をさせたかった?
ルアンに寒気が走った。
なぜかわからない。
とても嫌な予感がしたのだ。
自分の知らない何かが起きてる。
そのあと、ルアンはどうやって寮まで帰ったかわからない。ただ嫌な予感がして仕方なかった。
寮の部屋に戻り、ルアンは自身にかけた魔法を消す。
いつものピンクグレージュの髪に戻る。
自分の部屋の鏡に触れそのまま鏡は波打った。
手が通り、ルアンはそのまま鏡の中に入る。
徐々に芝生が広がり、白を基調としたガゼボが見えてきた。
段差を越え、ガゼボの中にあった椅子に座る。
芝生を歩く音が聞こえる。
ルアンは椅子に腰かけたままため息をついて手で目を隠す。
「何かあったの?」
心配そうな声が聞こえるも、ルアンは声の主を見ることなく答えた。
「良くわからない・・・何かが起きてるけど、それが何かわからないの。」
濃紺のふわふわでウェーブのかかった髪に、金色の瞳。
ファシエール=タティファ。
ルアンにとって姉妹であり、仕事仲間。
タティファ商会の長女。
ファシエールがルアンを慰めるように肩に手を置いた。
「・・・ずっと来なかったから連絡できなかったけれど、お父様の死はなかったことにされていたわ。というより、お父様自身存在しないことになっているの。」
ルアンはファシエールの言葉にいぶかし気な表情になる。
「父さんが存在しないって・・・いたわ。記憶もあるもの・・・どういうこと?」
「戸籍がないのね。出生届もない。“シオル=ロシェ”という名前自体が存在していない。それに、死んだ記録もない。あなたが言っていた“お父様の亡くなった場所”についても、誰かが亡くなったっていう“事実”がないの。」
「そんなはずないわ。確かに私たちはあそこにいたもの!父さんだっていたわ!」
「ええ・・・。ただ、その事実を“なかったこと”にできるとしたら?」
「できるとしたら・・・皇帝・・・?」
「もしくは皇后ね。」
ルアンは黙りこくった。
シオル=ロシェが存在しない。
違和感はあった。両親の兄弟にも会ったことないし、家族の話を教えてくれたこともなかった。
いつも逃げていたから気に留める暇もなかったけれど。
母と話したくなった。母が話していないルアンのことや、父のことを聞きたかった。
その日はそれ以上情報はないというファシエールの言葉にルアンも納得し、部屋へと戻った。
最後に、ファシエールが難しいとは思うが皇族についても情報を集めるといって解散した。
後日、ヴィクトリアが学院を自主退学し婚約者候補も辞退し、領地へと帰ったことをきかされた。
2度と歩けなくなった、とのことだった。
そして結局、モーフィスト伯爵の嘆願があったが、責任の所在をはっきりさせるのにシュウに罰を与えた。右腕を切り、帝都追放となった。
ルアンはシュウが帝都を出るとき、見送りに行った。しかし、グレイスに諭され遠くから見ることしかできなかった。
あの卒業式から半月、異例のスピードでシュウの処罰も決まってしまい、学院は1週間の新年度への準備が始まった。
中間試験で優勝したルアンたちのチームはご褒美として3週間の休みをもらえた。
本来休みは1週間で、前後で生徒たちによる掃除や後片付け、新年度の準備が行われる。それを免除された形であった。
ルアンは、実家に帰ろうと乗り合い馬車を予約していた。しかし、それを知ったグレイスが自身所有の馬車を出すと固持した。
とりあえず遠慮なく借りました。
乗合馬車だと1週間ほどかかる工程がまさかの3日。
乗合馬車は近場だと便利だが、遠くになると完全予約制。
決まったメンバーで、決まった停留所に停まる。
そこで、休憩をとったり宿に泊まったり、となるので集合時間もなかなか厳守されず、とても時間がかかるのだった。
グレイスの馬車は親切にも、小さな家の前まで連れて行ってくれた。
御者が扉まで上げてエスコートまでしてくれる。
馬車を降りた瞬間背中に寒気が走った。
何か違和感を感じ、周囲を見回す。
「?どうされました?」
御者の人が心配してルアンに声をかけるが、なぜかルアンは声が出なかった。
足が震え、息もしづらくなる。
その感覚に身に覚えがあった。
思い出したくない。
「あれ・・・扉が開いているようですね」
御者の言葉にルアンはゆっくりと扉のほうに視線を向ける。
おぼつかない足元で玄関まで向かう。
心配した御者が手を貸してくれたが、ルアンはそれに気付かずに、足の速度を速める。
走っているのに手が届かない。
すごく長く感じた。
扉の前に立ち開いた扉を軽く押す。
家の中は燦爛としていた。
椅子が倒れ、食器が割れ、カーテンやタペストリーも破れている。
鉄のにおいがルアンの鼻を刺激した。
「母さん!母さん!!」
大きな声で母を呼ぶ。
ルアンの尋常じゃない言動に御者もルアンの後を追う。
台所の床に包丁が落ち、その周囲に血がついていた。
血の跡をたどる。
台所の奥。少し進むと人の足が見えた。
血の臭いが充満し、むせ返る。
目の前には母が倒れ、血の海ができている。
「母さん!!」
ルアンはすぐに母の横に跪いた。
母に触れ、意識を確認する。
何度声をかけても、何度体を揺すってもびくともしない。
御者が何か言うが気にせず母を呼ぶ。
両手を母の胸に当て、磁波重力魔法を展開する。しかし、起動されないまま魔法が消えてしまう。
何度も何度も展開させる。それでも何度も何度も消えてしまうのだ。
小さな家にルアンの絶叫が響いた。
その後、近所の人たちによってルアンは母の遺体から引き離された。
御者からの連絡で、グレイスとクライシス公爵夫妻が駆け付けた。
3人は、泣きもしない、声も出さない、何も食べないルアンを心配した。
ただ黙って、光が消えた瞳をただ開いている
何もすることがなく、母とともに過ごした家の中でじっとしていた。
ルアンが母の遺体を見つけて3日たったある日、町の警邏隊が家を訪ね、母の死因を公爵夫妻に説明した。
「争った形跡があるので、強盗目的かと思われました。ですが、近所の目撃情報では馬に乗った男たちが4人この家に入っていったそうです。その馬がとても上等な馬だったそうです。
死因は失血死。数か所内出血もあり、抵抗の際に殴られたのでしょう。それと・・・服が破られていたので・・・」
警邏隊の男性はそこで口ごもる。
公爵が首を左右に振り、それ以上は言わなくて良い、と現した。
ルアンは公爵夫妻と一緒に聞いていたが何も言わず、ただ黙って座っていた。
その後公爵は警邏隊を見送り、サメイラの葬儀の準備をしていた。
葬儀場には近所の人が集まり、ルアンを気遣ってくれた。
何も言わないルアンの代わりに、ずっとそばでルアンから離れずにいたグレイスが礼を言った。
葬儀も無事に終わり、人々が解散して公爵が言った。
「ルアン。クライシス家へおいで。そこで一緒に住もう。」
「それがいいわ。あなたは娘同然ですもの。」
夫妻がルアンに言う。
しかし、ルアンは何も言わない。
「ルアン・・・うちでも良いわ。我が家は皆あなたに感謝しているし、歓迎するわ」
グレイスが言う。
それでもルアンは何も言わなかった。
少しして公爵が気まずそうに言った。
「シリウスとエリスのことなら心配いらない。二人にはすべて話した。・・・サメイラと僕との関係を。」
そこでグレイスが息を呑む。
公爵の言葉はグレイスにとって噂を肯定する言葉であった。
しかし、公爵の続きの言葉にグレイスはまたも息を呑むことになる。
「サメイラは私の異母姉。君は私の姪だ。君には我が家で暮らす権利がある。良ければ我が家へ来ないかい?」
公爵の言葉にもルアンは反応しなかった。
結局グレイスは自分の家に帰り、ルアンは公爵に連れられて公爵邸へと行った。
公爵邸につくと、執事とシリウスが待っていた。
彼らがルアンに何か言うが、ルアンの耳にはすでに何も入ってこなかった。
あてがわれた部屋で久しぶりに一人になったルアン。
窓から月を見上げていた。
「・・・母さん・・・母さんの笑顔を思い出せない・・・」
手には母の形見のペンダントがある。
涙は出なかった。
何故かはわからない。
けれど、涙は一滴も出なかった。
母の遺体にしがみついたあの日、ルアンの中に母の記憶の断片が流れ込んできた。
無意識に使ったことのない読み取り魔法を使ったようだった。
母が死ぬシーン。
ルアンを抱きしめて寝るシーン。
ルアンがいたずらをしておこるシーン。
異母弟であるセストと話しているシーン。
父と話しているシーン。
家族3人で話すシーン。
父との出会うシーン。
宮廷で仕事をしているシーン。
皇后の前に跪いているシーン。
見知らぬ男性に抱きしめられているシーン。
言い争うシーン。
幸せそうに店から外を見るシーン。
女性と手をつないで歩くシーン。
そして最後にまた母の死ぬシーンがルアンの脳裏に流れた。
『ご・・・ごめんね・・・ティア・・・あい・・・してるわ・・・』
行き絶え絶えの母の声。
ルアンを呼ぶ声。
優しく、愛おしそうに。
ルアンが公爵の告白に驚かなかったのは。
ルアンは知ったから。
公爵誰で。
父は誰で。
母は誰で。
自分が何者なのか。
おもむろに1枚の紙を取り出す。
ペンをとって手紙を書いた。
風魔法を使って手紙を送る。
ため息をついて背もたれに体を預ける。
泣いてばかりなんていられない。
母さんを殺したうちの一人に、父さんを殺した男と同じ人間がいた。
男をたどれば犯人がわかる。
目的もわかる。
相手は貴族だろう。
男たちは身なりも良かったし、馬も上等なものに乗っていたという。
ある程度財力がなければ無理だろう。
そして、父の存在を消すほどの力。
貴族でしかありえない。
ルアンの瞳が月明かりを浴びて妖しく光った。
「父さんと母さんを殺した奴を許さない。絶対に・・・」
その日を境にルアンは忽然と消息を絶った。
公爵家の騎士たちがあたりを探すも見つかることはなく。
――5年後
ルアンことルクレティアナは、久しぶりに帝国の大地に足を下ろした。
「あまり変わらないのね。」
変化のない国は危うい。
「ティア様。お一人でサクサク進まないでいただけますか?」
ルクレティアナの後ろから一人の少女が声をかける。
ルアン改め、ルクレティアナは“ティア”と名乗り、単身帝国から遠い古の国を目指した。そこで出会った少女、シンディオーリアと久しぶりの帝国に足を踏み入れていた。
新たな決意を胸に秘めて。




