憧れの王子様
俺は今王宮の中庭にいる。
魔力切れからの体調も回復したので父の用事が終わる頃に魔法師団本部に向かう時に通った王宮の中庭で待ち合わせをすることにしたのだ。
一人で行こうと思ったが、ここは王宮の敷地内なので中庭までは魔法師団の団員さんに連れて来てもらった。子供が一人でふらついていい場所ではないのだ。
なんだか申し訳なかったが、グラード団長は「気にすることはない、それも王宮勤めをしている者の仕事の内だ」と言っていた。
もともとは俺が気絶なんてしなければ団員さんに時間を割いてもらわなくてよかったのだからそれでも申し訳なかった。
気絶はしてしまったけれど、体は本当に軽くなって今まで負担がかかっていたことがよく分かった。今まで気づかなかった事が不思議なくらいだ。
今日魔法師団に行かなければいずれ溜め込み過ぎた魔力を制御できなくなって暴走していたかもしれない。そこまで至らないうちに放出できて本当によかった。
そのような心配をしなくていいように、グラード団長は帰り際にペンダントをくれた。魔力の溜まり具合がペンダントに付いている魔石の色で分かる仕組みになっている。
俺はまだ魔法が使えないので魔力が溜まったら魔法師団で放出してもらうことになって、ペンダントは計器なのだそうだ。
しかし体が軽い。剣を握り鍛錬に励みたい。父もまだ来ていないし体がうずうずするので、剣を握ったことをイメージしてすぶりをしてみる。重みは足りないけれど気持ちはいい。
しばらく夢中になって体を動かしていたが、ふと先ほどのアランの魔法をイメージしたことを思い返していた。
実際に見ていないのになかなか鮮明にイメージできていたよな。これはもしやエリオットの魔法もイメージできるのではないか?
悪い癖が出てしまったとしか言えない。
目をつぶり頭の中で思い描く。何度も読み返していたのだ、剣の柄からエリオットの動きにセリフ、魔法の描写までしっかり思い描けた。
自然と口から洩れる詠唱――
『――聖なる光よ、柱となり降り注ぎ悪しき者を一掃せよ! エンジェルズラダー!』
セリフとともにポーズ(天にかざした剣を一直線に振り下ろす)を決める!
ふっ決まった。
先ほどのものまでとは言わないが、それなりにイメージすることができた。辺りがキラキラと輝いて見える。
ついでに「ブラックドッグ!」と小さく呟いてみた。なんとなくね。エリオットの真似をしてみたらついついアランの真似も、みたいな。必殺技じゃないんだけど、愛犬みたいな感じで黒い犬をよく呼び出していたんだよね。
どこかからクゥ~ンと子犬の鳴き声が聞こえた気がした。今の俺では子犬程度しか呼び出せないとな。イメージのくせにシビアだな、チッ。
エリオットの必殺技、今はイメージして見れただけでもよしとしておいてやるが、俺は未来を変えて絶対にこの目で見てやるんだからな!! そしてちゃんとブラックドッグを呼び出せるようにもなってやるぜ!
テンションが上がってニマニマしていると後ろから誰がの気配を感じた。
ギギギと音がしそうなくらいぎこち無く振り向くと、そこには同い年くらいの男の子がいた。
に、似ている……。エリオットご本人様登場なのかな。待って、まだ心の準備ができていないんですが。
いやまてよ、よく似た別人の可能性も。だってこちらの世界では見たことも会ったこともないのだから、よく似たこの男の子がどこのどなたなのかもわからないし。
憧れの人かもしれない高揚感と緊張と焦りで表情がとんでもないことになっていそうなのでとりあえず表情筋を引き締める。
ここはポーカーフェイスで徹しよう。魔物の前でもできたんだから大丈夫、できるはず。
「や、やあ。」
「わ、私はカーティス公爵家長男のアルバート・カーティスと申します」
噛んだー。声を掛けられてしまったので挨拶はしてみたけど“僕”ではなく“私”とか“申します”とか、かしこまりすぎじゃなかったかな。
というか、さっきのエリオットの真似見られてないよね? 背中の汗が止まらない。真似とはいえまだエリオットが習得していない聖属性の魔法の詠唱と動作を見られてはまずい気がする。
どぎまぎしている俺に相手も名乗った。
「僕はソピアー国第1王子のエリオット・ソピアーだ」
ははは、やはりそうですか。
なぜこのタイミングで会ってしまったのか、なぜ俺はうかつにも王宮内でエリオットの真似事をしてしまったのか。いい年して(中身がね)浮かれすぎちゃったんだよな。
出会いは最初が大事とあんなに挨拶の練習したのに、会話もいろいろと考えて来ていたのに、何も思い浮かばないし、こんな状況でどうしたらいいのかわからない。
ん?
エリオットの方もなんとなく気まずそうな顔をしている。
通りがかりに変な奴がいて見ていたら、気付かれたから声を掛けたって感じかな。で、先ほどのはどのあたりから見られていたのでしょうか。
気まずい雰囲気の中で戸惑っていると先ほど見送ってくれたばかりのグラード団長がやって来た。
「エリオット殿下お久しぶりです。おや、お二人は知り合いでしたか?」
「グラード団長お久しぶりです。いえ、彼とは先程初めて会ったばかりです。僕と同じくらいの年の子供がひとりでこのような所にいるのは珍しかったので声を掛けたのです」
そうだったのか、なんだ見られてたわけではなかったんだな。良かった。
「私はそちらの彼に用事があって来たのですが少しよろしいでしょうか」
「そうですか、ではどうぞ僕のことはお構いなく」
エリオットはそう言ったが立ち去る気配はない。
「アルバート君、きみに渡し忘れたものがあるんだ。どちらでもよいので手を出してもらってもいいかな」
「はい」
言われるままに手を出すと中指に指輪をはめられた。銀色の装飾のないシンプルな指輪だ。
何となく違和感は有るがそれが何なのかは分からない。
「それは今のアルバート君にとってとても大切なものです。先程渡した物とは別に紐を通して首にかけても構いませんが、身に付けて離さないようにお願いします」
「ありがとうございます。分かりました、外さないようにします」
「じゃあ、私はこれで。エリオット殿下失礼いたします。アルバート君体調には気を付けて」
そう言って去っていくグラード団長と入れ替わりに父がやって来た。
エリオットと俺が一緒にいることに驚いたみたいだけれどちょうどよかったと俺を紹介した。
ただ今日はエリオットにあまり時間がないとのことでその後俺たちも帰ることになった。
次に王宮に来るのは魔石の解析が終ってからになるそうだ。
あんなに楽しみにしていたのにエリオットとの初顔合わせはなんともきまらないものだった。次に会うときはきまずくないといいな。