あと一歩の油断
お月見の日からさらに数日後。ユールとの訓練はここまで、と終了を告げられた。先日カイからも同じことを告げられていたところだ。
体はだいぶ前にしっかりと回復していたのだが二人との訓練が続けたくて滞在を伸ばしてもらっていた。
いよいよ灼熱の地を旅立つ日が来てしまったということか。
結局二年もここで過ごしたため、今ではみんなを家族のように感じている。それだけ濃い時間をおくって来た。
「これまで頑張ったね。魔力の扱い方も随分と上達しているのがわかるよ。村での修業が終ったらまた顔を見せに来なさい」
この二年間でイグニスの魔力もしっかりと体に馴染んだが、人族である俺の魔力とドラゴン族の魔力は質が異なるためまだコントロールしきれてはいない。
ユールの指導で基本的な調整が出来るようになった程度だ。今でも時折何かもやっとした違和感のようなものを感じることもある。
「訓練は続けろよ」
ユールの言う訓練とは体内の魔力を完全にコントロールさせ、形を作った状態で外に出させるという難易度激高なものだ。
剣に纏わせることの応用と言っていたが全然別物だと思うと言ったらジトッとした目で見られた。
「訓練を忘れないように僕がユールのことを1日2回思い出すおまじないをかけてあげよう! さあ、レオンかけてあげて」
「レオンにお願いするんだ……」
カイに丸投げされてレオンはこちらを見て何か呟いた。
「なら俺はカイのことを1日2回思い出すまじないをかけてやるよ。レオンかけてやってくれ」
ユールにも丸投げされたレオンはこちらを見て再び何かを呟いた。
「……レオンありがとう。これで毎日の訓練を忘れることはなさそうな気がしてきたよ」
「良かったな」
「また手合わせしようね。楽しみにしているよ」
この後人族の地へユールとカイが連れて行ってくれる事になっている。そして少しさみしいけれどふたりともそこでお別れになる。村のある森に住んでいるようだが事情があるのかもしれない。
「イグニス、レオン、カイ、ユール、二年間お世話になりました。いつも優しく見守ってくれてありがとう。みんなのおかげでどこにも不調なく回復することができたし、ユールとカイの訓練は学ぶことが多くて楽しかった。必ず成長して戻ってくるから待っていてね」
途中から涙ぐみながらも今までの感謝と決意を伝えると、イグニスは静かに頷きレオンは優しく頭をなでてくれた。
「じゃ、行くか」
レオンに抱きつき甘えていたら、荷物を持ったユールに引き剥がされ一瞬にして灼熱の地から人族の地にある森の中へ移動していた。転移めっちゃ便利。一瞬だったよ。
深呼吸をするとひんやりとした空気と灼熱の地とはまた違った草木の匂いを感じた。
この森の中に目的の村があり、子供の足でもここから半日もかからない距離だとカイが教えてくれた。
今までの訓練を振り返り確認をしたり、この森に棲む魔物について聞きながらしばらく歩くと洞窟があった。洞窟には結界が張ってあるので魔物は入れないとのこと。
森の中の安全地帯として場所を覚えておこう。
「僕らはここまでだよ。さあ、行って」
カイとユールからの案内はこの洞窟の前までだと告げられる。
「ここまでありがとう。ふたりも元気でね! 行ってきます!」
いよいよここからはひとりだ。感謝しながら二人に背を向け目を閉じて魔眼を発動させる。
イグニスとの約束は村での修業の間は魔眼を常時発動させて生活をすることだ。そして周りにある魔力の色を意識すること。
一呼吸して目を開けると緑が茂っていた森は一変した。
草木や土、空までもが濃淡のある灰色に変わってしまったが、そこにも先程までとはまた違ったたくさんの色があり、こんなにも魔力の溢れる世界に暮らして居たのかと驚いた。
土、石、草木、水などでも魔力を含むものは属性の色の線のようなもので輪郭が覆われている。
石は茶色い線の地属性、草は緑色の線の風属性、と見た目通りのものもあれば、はたまた見かけによらず可憐な赤い花が紫色の線の闇属性の場合もある。
もちろん全てのものが魔力を含んでいるわけではないし、稀に外見だけでは魔力を見れない物もあり、その場合は鑑定をすることで魔力の有無を確認できる。
ちなみに灼熱の地での生活圏は草木や岩も火属性の魔力を含んでいたためほぼ赤一色と言ってもいいくらいだった。
モノクルで村の位置を確認し、足元の草を鑑定しながら森を進んでいると村が見えてきた。何度も夢で見た村だ。緊張と不安がこみ上げてくる。
まずは滞在の許可を取らないといけないので村へどう入るかシュミレーションしてみよう。
カイとの打ち合わせはこうだ。目を覚ましたら森の中の洞窟に居た。崖沿いの森にいたこと、そこで凶悪なドラゴンに遭遇し逃げていたところに誰かが駆けつけてくれたことは何となく思い出したがそれ以前の記憶はない。体力が回復したので洞窟を出て森をさ迷っていたら村にたどり着いた――。というもの。
外の人間が立ち入り禁止の森の中の洞窟で目を覚ますって疑わしいような気もするがカイはそれで問題ないと言っていたので信じるしかない。
ユールは「小型のドラゴンにでも追いかけられながら村に助けを求めればいい」なんて物騒な事を言っていたがそれでは村に着くことすら難しいと却下した。それに失敗して村に被害が出ても困る。
気合を入れていざ村へ、というところで後ろが騒がしいことに気が付く。シャンシャンと微かな鈴のような音と複数の人の声、それと草を荒々しく踏みつける音が聞こえる。
「村の方へ行ったぞ!!」
「村へ近付けるなー!!」
どうやら何かが村に向かって来ているようだ。
急ぎ気配を探ると間違いなく俺の直線上にこちらへ向かって迫り来る魔物がいる。村へは行かせないと剣を構えたところで茂みからジャイアントボアが姿を現した。ジャイアントボアは名前のとおり大きい。この個体は体長おおよそ1.7メートル、肩高90センチメートルといったところか。
カイの教えでは突進してくる魔物が目の前に迫っていたらーー
「縦に斬る!!」
一撃でジャイアントボアは真っ二つになっていた。俺はジャイアントボアの血を全身に浴びてしまってはいるが無傷だ。カイの笑顔が見えた気がする。
実践は2年ぶりなのに一撃で仕留められた事に自分でも驚いている。ミケとハルと苦戦したボアよりも大きなジャイアントボアだよ!?
だからといって森の中でのんきに驚いていてはいけない。常に危機感は持つこと。
油断して物事に気付くのに遅くなるとどうなるかを身をもってお教えいたしましょう。
俺が斬りかかったタイミングと同時におそらくジャイアントボアに向かって放たれた複数の魔法。バインドとガストにファイアウォール、他いくつか。今仕留め足元に転がっているジャイアントボアと一緒にそれらをくらってしまった。
今度はユールの呆れた顔が見えた気がした。怒られる。絶対。




