黒い鎧の騎士
ドラゴンが威嚇の咆哮をあげた。俺を動けなくさせていたぶり遊ぶつもりなのだろうか。
だがすぐには攻撃をしてこない。なにやら技をくり出そうと溜めに入っているようだ。
わざわざ威嚇しなくてももう体は動かせない。諦めたくはなかったが、力の差と自分ではどうにも出来ない状態に抵抗する気力はわかなくなってしまった。
ああ、こういう状況でも案外冷静になれるものだな。絶望したり、パニックになることもない。
そんな中で思い浮かんだのはこれまでの日々だった。これが走馬灯ってやつなのか。
この世界で生きてきた時間は前世よりもずっと短い。けれど、たくさんの人達と出会い、たくさんの経験を積んできたものだ。
思い出にふけているとふと頭の中に自問の声が聞こえてきた。
なぁ、諦めるのか?
この状態で何ができる?
動かせないのは体だけか?
声は? 魔力は?
何もしないでただ殺されるのか?
本当に何もできないのか?
そう言われると何もしないでただ殺されてやるのもおもしろくない。何か、何かできることはないか。
そういえばこのドラゴンとこの状況どこかで見たことがあるような……夢の中で見た、あの洞窟の場面か!
夢の中でアルバートは試練の後に突然現れたドラゴンに追いかけられて洞窟の中に逃げ込んだ。
そして追い詰められた時に誰かに声をかけられる。
―― 力が欲しいか
誰だ。いや、誰でもいい。力を貸してくれるのならば、
『欲しいです! 力が、力が欲しいです! 力を貸してください!!』
―― では、力を与えよう
たしかそんな感じのやり取りがあったはずだ。その後何が起きたのかは見たことがないが。
あの時他に誰か居たのだろうか。あとは、あの場所には石碑があってそこに名前が書かれていたのは思い出せた。
もしかしてあれがテオルが言っていた黒い鎧の騎士の名前なのか?
危機の時に現れるって言っていたよな。
考えを巡らせている間にドラゴンの方の準備が完了してしまったようだ。大きくあけた口の中が眩く光っている。
おっと、何かヤバそうなの放とうとしてるじゃないか。あんなのくらったら今度こそ死ぬぞ。
ドラゴンより早く何か仕掛けないとまずいがこの状況で試していないものは魔法だけだ。どうせ手がないならやってやろうじゃないか。
俺の知っているアランの使う魔法はひとつだけ。
あれを撃つ!
(ユール様、どうか力を貸して下さい!!)
魔法はイメージが大事。記憶の中のアランの魔法を隅々まで思い浮かべ、すうっと大きく息を吸い渾身の大声で呪文を放つ!!
「インフェ『ブレイズ!』」
今、俺の魔法の詠唱に誰かが別の魔法を被せたような気がしたんだけどどうなったんだ? ちゃんと発動したのかな。
全身から力が抜けていった感覚があった。体が重い。視界もぼんやりしてるし音も遠くに聞こえる。
ああ、魔力がごっそり持って行かれたんだ。もう意識も保てない。
その場での記憶はそこで途切れた。
______
「戻った」
「おかえり、僕も今戻ったところだよ。ところでその子だれ? ずいぶんと酷い怪我だね」
「呼ばれたから行って連れてきた」
「連れて来たってどういうことかな」
「俺の名を呼んで助けを求められた。それと天界の魔法使おうとしてたから止めたらこうなった」
「ユールを呼んだとか天界の魔法って、この子人族じゃないの!?」
「人族だ。魔力量が多いから止めないとまずい事になるところだった。人族の子供は魔法を使うことは禁止じゃなかったのか?」
「見た目の年齢では禁止だろうね。ちなみにどんな魔法だったの?」
「火の最上級魔法。人族になんて伝わってないはずなのにな」
「この子、使えるの?」
「みたいだな。取り消すために魔力を奪って俺の魔法に差し替えた」
「なんかとんでもない事言ってるけどそれ、ユールにしかできないんだからね?」
ユールと呼ばれた少年から話を聞いている少年は話の内容にとても驚いている。
「コントロールできる状態じゃなかったからあの威力で放ったら谷と周辺の森はすべて燃やし尽くされたかもな」
「とんでもない魔力だな。何? 勇者か魔王なの?」
「知らん。けどおかげで俺の魔力もかなり回復した。ってわけで、こいつどうする?」
「僕らだけでは決められないよ。イグニスのところへ行こう」
「だな」
「その子も連れて行く?」
「とりあえずは俺達だけで行こう。だがこのままだと誰か来たらまずいから鎧の中にでも入れとくか」
「鎧を着せる、ね。たしかに誰も来ないとは限らないもんね」
少年が会話をしながらアルバートに治癒魔法をかけてくれたおかげで出血は止まり呼吸も浅くだが落ち着いてきている。
多少放置しても大丈夫だろう。
「頭にもしっかりかぶせて、と。よし、これでいいな。それじゃ行こうぜ」
ふたりは意識のないアルバートに鎧を着せて洞窟の奥に転がすと出かけて行った。
それからしばらくして洞窟に初老の男と若い男がチリ―ンと鈴の音を鳴らしながらやって来た。
「先程の大きな地揺れと嫌な気配が気になりますね」
「いったい何が起きているのか、災厄の前触れじゃなければいいのだが」
「とりあえず石碑のもとへ急ぎましょう」
男達は石碑の前に来ると捧げ物を置き、膝をついてから石碑に向かって話しかけ始めた。
「ユール様、カイ様、いったい何が起こっているのでしょうか?なにか災厄が起こる前兆でしょうか」
しかし、なんの返答もない。
「お応えが無いということは災厄の前兆ではなかったという事でいいのだろうか」
「心配し過ぎだったのかもしれませんね。しかし、そうするとあの嫌な気配は何だったのでしょう?」
「私もそこが気になっている。どうにも嫌な予感がぬぐえない。今日は様子を見て、明日また来てみるとするか」
「そうですね、では一旦帰りましょう」
返答がなかったためそれ以上の質問は諦めたようだ。しかし、せっかく来たのだからと石碑を丁寧に拭き、簡単に周りの掃除をして帰ろうとした時に奥に何か人影のようなものがある事に気付く。
「グレイソンさん、奥に誰かいるみたいです。見に行ってきます」
若い男が初老の男、グレイソンに声を掛け警戒しながら奥へ進む。
「ユール様!?」
奥には鎧を着せられたアルバートが横たわっているのだが、ユールの名を聞いたグレイソンが駆け寄ってきた。
「ユール様だと!? ラディウスそこにユール様がおられるのか!」
若い男の名前はラディウスというらしい。ラディウスがアルバートの着ている鎧を見てユールではないかと思い至ったのは言い伝えで聞いていた見た目からだった。
この洞窟にはユールとカイという少年が祀られていて、伝承では危機が迫った時に祈れば現れて助けてくれると言われている。その時にユールは黒い鎧を着て現れ、カイは瑠璃色の鎧を着て現れるらしい。
そんな伝承のある二人が祀られた洞窟に黒い鎧とくればユールと思っても仕方がないだろう。そしてそれはこの場所にも関係している。ここは立ち入り禁止の森の中で、村はあるが森の外との交流もなく、このような鎧を着た者も居ないのだ。
ラディウスの視線の先に居る者を見てグレイソンは、はっと息をのんだ。
そこにはユールの鎧を着せられたアルバートが横たわっているのだが、ユールが無造作に転がせて行ったので力なく倒れているようにしか見えない状態なのだ。
ふたりは困惑して顔を見合わせた。




