異変の始まり
俺は突然現れた謎の人物に手を引かれこの建物にすんなり引き込まれたわけだが彼はいったい何者なのだろうか。
まさか俺の素性を知っていての誘拐、なんてことはないか。ずっと握られている手首が実はかなり痛い。
「あのう、逃げないので手を放していただけませんか?」
「あ、すまない。えっと、ここはこの街のギルドで俺はギルド長をやっているヴィクターだ。街に出ていたところで君を見つけてただならぬ気配に理由も伝えずに思わず手を引いて連れて来てしまった」
ただならぬ気配? 俺から?
「君、その大きな袋に魔物から採った素材を詰めているんじゃないかい?」
「あ、そうです。ちょっと必要な素材があって狩りに行っていたのですが、他にも入手した物があってギルドで買い取ってもらえないかと思っていたんです」
「ふむ、ではこの呪いは魔物からの……」
おや、何やら聞き逃せない単語を耳にした気がするのだが、ただならぬ気配とはもしやそれの事なのか?
俺は自分の纏う魔力の色に変化はないか手足などを見てみるがいつも通り変わりはないように見える。呪いの変化は本人には見えないものなのだろうか。
俺の唖然とした顔を見たギルド長のヴィクターさんは説明を始めた。
どうやら俺の背後にどす黒い煙のような物が渦巻いていて、表情もなんとも気味が悪かったらしい。
まじかよー。魔物から採れた素材の皮算用して思わず顔がにやけていた自覚はあったがそこに呪いが合わさって人様に見せれる顔ではなくなっていたとは。
くっ、呪いをかけたやつめ、許すまじ!
「……で、君にかかった呪いを解除してあげるからもう少し待っていてくれるかな」
呪いをかけたやつのことを考えていて話を少しばかり聞き逃してしまったが、どうやら教会の司祭様に解除してもらうことになったようだ。
その間に簡単に自己紹介もすませておいた。
しかし、呪いが掛けられたことにまったく気が付いていなかったとは恐ろしい。放置していたらどうなっていたのか。ヴィクターさんが親切な人で良かったよ。
「体調に変化はないかい?」
「大丈夫です。体調にはとくに変化がないのでまったく気が付いていませんでした。親切にしていただきありがとうございます」
「解除が遅れて苦しむ冒険者を何人も見て来たからね。ところで、司祭様を待っている間にさっき君が言っていた魔物の素材を見せてもらってもいいかな?」
俺は袋の中から魔物から採った素材を取り出した。ヴィクターさんは一つ一つ確認しながら素材を分けてから紙に詳細を記入して渡してくれた。
「全部でだいたいこんなもんだ。しかし、1日でファントムラビットを3匹仕留めるとはなかなかの腕前のようだね。今後も期待しているよ」
この世界の通貨は、銅貨、小銀貨、銀貨、金貨、白金貨の5種類があり、小銀貨は銅貨10枚分、銀貨は小銀貨10枚分、金貨は銀貨100枚分、白金貨は金貨50枚分だ。
ウルフ5匹とワーム2匹の素材はそれぞれ1匹につき銀貨2枚とあまり高値は付かなかったが、ファントムラビットは捕まえにくいので1匹につき銀貨10枚と多少はいいお値段で、合わせて銀貨44枚に換金された。
一般的な宿屋が一泊銀貨3枚くらいなのでそこそこ稼げたかな。
しばらくの宿を含めた旅費を余裕を持って残して、余った銀貨で魔石と防具を買いたい。ファントムラビット、天敵にして貴重な収入源だったとはな。グフフ……。
魔物の素材を換金してもらい一息ついたところで教会から司祭様がやって来た。司祭様は俺の顔を見ると一瞬険しい顔をしたが直ぐに元の穏やかな顔に戻した。
呪いのせいで表情がおかしくなっているからか司祭様も直ぐに気がついたのだろう。
「協会から来ました、ウィリアム・ハイドです。呪いの解除が必要なのはそちらの少年ですね」
「ギルド長をしていますヴィクターです。この子が今回の依頼をさせていただいたアラン君です。司祭様、緊急なお願いにこちらまでお越しいただきありがとございます。そうぞよろしくお願いいたします」
「アランです。よろしくお願いします」
ヴィクターさんに背中を押され司祭様に俺も挨拶をする。エディにアランと名乗ってしまったのでこの旅の道中の名前はアランで統一する事にしている。
その後言われるままソファに座ると司祭様は俺の前で向かい合う形でしゃがみ、床に膝をついた。
偉い人なのに床に膝をつくんだな、などと思っていると司祭様の手のひらの上に手を乗せるように言われる。あれ? なんだかこの感じに既視感が……。
「では、アゥ……あの……アラ……コホン、ん、ん」
司祭様は質問をしようとして噛んだのをごまかそうとケホコホと咳払いをしてもう一度俺の目を見る。
「失礼しました。では、アラン君いくつか質問します。覚えている範囲でいいので答えてください」
「はい」
「 今回遭遇した魔物はウルフとワームとファントムラビットだけなのですね。何か植物を口にしたり、色の濃い水たまりの水に触れたりはしませんでしたか?」
「いえ、口にしたものはこの街で購入したパンと串焼きの肉と水だけです。水たまりの水にも触れていないと思います」
しばらく黙って聞いていたヴィクターさんが何かを思い出したのか気になることがあると言う。
「最近魔物の中に変異種が現れ始めたと冒険者ギルドの組合で通達があったのですが、今回アラン君が仕留めた魔物の中に呪いを持った変異種が混ざっていたということはないでしょうか? 魔物の素材ならさっき買い取ったのでここにありますが持って来ましょうか?」
「なるほど。その魔物の素材を見せてください。もし呪いを持った変異種が居たのなら調べなくてはいけません。魔物が呪いを掛けてくるのか、仕留めると呪いを受けるのか、どちらにしても厄介ですからね」
変異種――騎士団や魔法師団でも聞いたことがない話だ。正式な団員ではないから耳にしなかっただけなのかな。
「その前に、アラン君の呪いを解除しますね」
司祭様はそう言うと液体の入った小瓶を取り出し、沁みるかもしれないけれど少し我慢して下さいね、と言って俺の指先に液体を掛けた。
すると液体が掛かった指先から青みがかったモヤのようなものが出てきた。
液体を掛けて出てきたモヤのようなものの色で呪いの種類がわかるとの事だった。
司祭様はすぐに解除に取り掛かってくれたのだが、しばらくすると険しい顔をして何か考え込んでいた。
「アラン君、申し訳ありません。今回掛けられた呪いを解くことは出来ました。ですが、君にはもう一種の呪いが掛けられています。心当たりはありますか?」
え、もっと前から呪いが? でも本当に今回もヴィクターさんに教えてもらうまで何も気が付かなかったのだ。一体いつからどんな呪いを掛けられていたというのだろうか……。
『――忠告をしておくが、お前の持つその箱は術式が解除が出来ぬ今は開けぬことだ――』
『――お前にも牙をむく――』
あー、あの箱だ。盗賊と戦った時に確かに箱を開いてしまった。あの使いの魔物が言っていたのはそのことだったのか。
しかしあの箱の事は司祭様にも話せない。なにせ公爵家の家宝だ。見た目からも子供が持ち歩くようなものでない事はわかってしまう。
仕方がないので森で盗賊に襲われ、その時に掛けられたようですと伝えた。
司祭様は残念ながらそちらの呪いは今は解除する方法がわからないので、一緒に王都にある聖堂に行きましょうと言ってくれたのだが丁重にお断りをした。
今は王都に戻るわけにはいかないのだ。それにあの箱の術式がわかる人物にこの先出会えるとあの使いの魔物は言っていた。
今回のお礼を司祭様とヴィクターさんに言って呪いの解除の代金を払い一旦宿に戻ることにしたのだが、司祭様はこの先大きな教会や聖堂に寄ることがあったら解除してもらえるようにと紹介状を書いてくれた。
ヴィクターさんには魔物の狩り方と素材の切り分け方から今後の見込みがあるとギルドに登録をしてもらえて、これで俺も駆け出しの冒険者になれたのだった。
帰り際に司祭様は指輪とマントが呪いを緩和してくれているようなので離さないようにね、と教えてくれた。グラード団長と使いの魔物には感謝だ。




