少年と盗賊
残酷な描写があります。
「魔物だー!!」
叫び声の後に村の中に大きな魔物が数匹入り込んできてあちらこちらから悲鳴が聞こえる。
少年は両親と家に逃げ込み窓やドアを閉めて息を殺していた。
魔物のうなり声と村人の悲鳴が聞こえなくなると、両親の制止を無視し窓を少し開けて外の様子を見た。外は魔物が暴れた後と、血痕が残っていて嫌な臭いがした。
しばらくすると新たな物音が聞こえてきた。複数の馬の嘶きと男達の声。
盗賊だ。
少年が両親に盗賊が攻めて来たと伝えると、父親は少年と母親に床下の収納庫に隠るように言い、二人を隠した後ふたを閉め布で覆い隠しその上に水や穀物の入った甕を並べた。
そしてせっかく置いた穀物の入った甕を割る。その後は家の中のクローゼットや戸棚の中身を部屋の中に散らばし、少しでも金目になりそうな物を集め麻の袋に詰めると自分の腕をナイフで切りつけて床や壁に血痕を残し、扉を壊して家を出て行った。
どれくらい経った後だろう、家の中に数人入ってくる音がした。
「この家はもう漁った後だな。次の家へ行くぞ!」
「俺はもう少し漁ってから行く」
荒らされた室内と血痕を見て何人かは出て行ったが一人残っている。母親と少年は抱きしめ合いながら残った盗賊が出ていくのを待った。
「お父さんが戻ってきてくれるまでは出てはだめよ。きっと迎えに来てくれるから我慢して待ちましょうね」
母親は少年にそう言い聞かせた。収納庫には乾燥させた食料と、父親が二人を隠す時に一緒に入れてくれた水の入った甕がある。
盗賊は翌日には村を出て行ったが母親は念のためにもう2日ほど収納庫の中に身を隠してから外に出て、家の中に誰もいないことを確認してから少年を収納庫から出した。
外は酷いありさまだった。家々は荒らされ、村中に大量の血痕が残っている。
村の入り口が見える所へ行ったときに母親は足を止め、少年の手を引き村の入口とは逆の方へと向かった。
村の入り口には大勢の村人の亡骸が無造作に積み上げられていたのだ。中には魔物に食い荒らされている亡骸があるのが遠目でも確認できた。
母親は扉の壊されていない家を探して少年にはそこで朝まで眠るように言って、村人の亡骸を埋葬し始めた。しかし一人では朝までに埋葬しきれず、起きて母親を探しに来た少年も手伝った。
全ての亡骸を埋葬し終わると、持てる荷物を持って急いで村を離れた。もし盗賊が戻ってきた場合、村人の亡骸がない事に気がついて生き残った者を探しに来るかもしれないからだ。
少年と母親は街道ではなく森の中を進み近隣の村を二つ越えたところで森を出た。
そこへ数人の騎士が後ろからやって来た。
「母さん騎士様だ! 父さんの事知ってるかな?」
母親は騎士の一人に声を掛けた。
「すみません、騎士様」
「どうなされました?」
「私とこの子はここから西に行ったところにあるアーク村から来ました」
騎士はアーク村と聞いて眉をひそめた。
「あなた方が村を出たのはどのくらい前ですか?」
「はい、一週間ほど前です」
「では……」
騎士達はアーク村が盗賊に襲われたことを知っていたようで顔を見合わせている。
「私たちは村が襲われたとき家の収納庫に隠れていて助かりましたが、私たち以外の生き残った村人はいませんでした。亡骸は埋葬しましたが、その中に夫はいませんでした」
母親は夫の特徴と名前を伝え見かけなかったか尋ねた。
「残念ですが該当する人物は見かけてはいません。とりあえずあなた方を近くの町に送りますのでそこでも聞いてみましょう。君も怖い思いをしたね、ここからはおじさんたちが守ってあげるからね」
おじさんというには少し若い騎士が少年を安心させるために声を掛け、頭を撫でた。少年は強そうな騎士が守ってくれると言ったのを聞き緊張が解けて泣き出してしまった。
2人の騎士が少年と母親をそれぞれの馬に乗せ、馬を町へと走らせた。
町の宿屋に着き久しぶりに温かい食事をとり、ベットに入ると二人はすぐに眠りについた。
翌日、母親は町まで送ってくれた騎士のいる詰所を訪ね、村に起こった事を話した。
このところ村が盗賊に襲われるという報告が多かったが、それは近隣の村からの報告で、襲われた村には生き残った者はいなかった。
それ故に、手口も人数もわからず、母子から聞く情報は貴重なものだった。
「我々の力が足りず、申し訳ない。盗賊は必ず捕まえます。ご主人と離れてしまい心細いかと思いますが、何かあれば力になります。困ったときは訪ねて来てください」
「とんでもございません、この町まで安全に送っていただきありがとうございました」
母親と少年は騎士に礼を言い詰所を出て宿屋に戻ると、女将さんの紹介で香料店に住み込みで働けることになった。
______
「いらっしゃいませ、今日はどういったものをお求めですか?」
「サラさん、おはよう。今日は睡眠香をもらいたいのよ。主人がここ何日かあまり眠れてないらしくて……」
「それは心配ですね、こちらが睡眠香です」
「ありがとう、助かるわ。じゃあ、またね」
「ありがとうございました」
客が帰ると店の奥から調合した香料を持って店主が出てきた。
「サラさん、この商品を補充したらお店を閉めてお昼ご飯にしましょう」
店主はクリスという女性で調香師だ。
サラと息子のライルがこのクレタという町にやって来て一年が過ぎていた。盗賊はまだ捕まっていないが、国からの指示で駐留している騎士も増員され、近隣の村や、街の見回りも強化されている。
宿屋の女将さんの紹介で二人が訪ねて来たとき、クリスとクリスの夫のケビンは二人を快く受け入れ、住む部屋も用意してくれた。
それからはケビンとクリスはライルの事を自分たちの娘と同じくらい可愛がってくれていて、サラは二人にとても感謝している。
この日、ライルはケビンの仕事を手伝い隣の村に来ていた。そして客先に注文品を納品をし、調合用の原料の購入を終え時だった。
グルルル……
聞き覚えのある唸り声に周りを見回すと魔狼と呼ばれる狼型の魔物が村を囲んでいる。
ケビンは魔道具を使って狼煙を上げた。魔物が村に現われたと騎士団に伝えるための物だ。
ケビンは魔物除けの香もたくさん持ってきていたので村人に配りながら村を囲うように焚いて回った。どのくらい持つかわからないが、時間稼ぎだ。
ライルは村人に家の中に入って窓や戸をしっかり締めるようにと大声で指示しながら村長の家へむかい、盗賊が襲ってくるかもしれないと伝えた。
ライルの故郷の村も魔狼が襲ってきたあとに盗賊に押し入られた。あの日の恐怖が蘇る。ケビンとライルは村長の家の中で騎士団の到着を待った。
しかし騎士団よりも先に盗賊たちが来てしまった。盗賊たちは一番初めに村長の家へ押し入り、村長の家族とライルとケビンを部屋の隅に集めると金品を要求してきた。
「この砂時計が落ちきるまでにこの袋いっぱいに集めて来い。時間までに用意できなきゃ村人は皆殺しだ」
砂時計のサイズから時間は30分くらいだろう。狼煙をあげられたので盗賊も早く切り上げたいのだ。イライラするように部屋の中をうろついている。
ライルはケビンの背に庇われていたのだが、盗賊が近づいて来たときに首にかかっているペンダントに気が付いた。
父さんのペンダント――
「なんだおまえ? ひとりで俺たちの前に出てくるなんてそんなに早く死にてえのか?」
気が付くと盗賊の前へ飛び出していた。ケビンが戻るように腕を引っ張るが、大丈夫だと言いその場から引かずに盗賊をにらみつける。
「お前たちがこの村に手出ししないと約束するなら、俺の持っている指輪をお前たちの頭にくれてやってもいい。これは特別な魔法が込められている。だから今すぐ村を出ていけ」
「このガキ何言ってんだ? たった1個の指輪だけうばって帰る盗賊なんているわけねえだろ。時間になったらここに居る全員とお前を殺した後にはもらっていってやるよ」
盗賊たちは下卑た笑い声をあげているがライルも引くつもりはない。
「その前に王国騎士団が来るぞ、このままでは何も盗れずに逃げ出すか、捕まるかだ。どちらも嫌なら俺をお前たちのボスのところまで連れて行け」
何を言っているのだ!? とその場の全員が唖然としていると外が騒がしくなった。騎士団が到着したらしい。
ライルは自ら縛られ人質になると、ケビンにとにかく自分は大丈夫だからと念を押し、母親への伝言を頼み村長の家を出て行った。
駆けつけた騎士団によって何人かの盗賊は捕まったが、ライルを連れた盗賊たちは村長の家の裏から抜け出し、追ってきた騎士には魔狼をけしかけて足止めをさせ逃げ切った。
騎士団から逃げ切ったライルと盗賊たちは森の中にいた。日はとっくに暮れ、盗賊たちは火を焚き、酒を飲んでいる。
今日はここに留まるようだ。
ライルは少し離れた木の下に縛られたまま転がされていた。木々の向こうからは魔物のうなり声や鳴き声が聞こえてくる。
キャンキャンキャン、と悲鳴が聞こえ顔をあげると魔狼が黒い犬を足で踏みつけていた。
弱いものを痛めつける様子に怒りがわき、這いながら盗賊たちの所へ行き犬を庇おうとするが、盗賊たちにさんざん蹴られた。
盗賊たちの興味がなくなり放置されていると犬がよたよたと近づいてきて顔をなめた後身を寄せてきた。震えて眠る犬にライルも身を寄せ、今は眠ることにした。
少し前まで聞こえていた魔物のうなり声や鳴き声も聞こえなくなり、静まり返った夜の森の中に盗賊たちの声だけが響く。
「しかし、あのガキはいちいち腹が立つな。用が済んだらさっさと殺しちまおうぜ」
「あいつ、あの村の男に似てないか? 麻袋ひとつだけよこして帰ってくれって命乞いした男がいただろ?」
「ああ、お前が殺してそのペンダントを奪った男か?」
イマ、ナンテイッタ?
ライルから殺気がわき立つ。
「今なんて言ったぁ!!」
グルルルッ! と犬も牙を剥き唸り声をあげ盗賊たちを睨みつけている。
「うるせえ! そんなに死にてえなら今すぐ殺してやるよ!!」
盗賊がなたを持って立ち上がった――
「そこまでだ」
新たな声が割り込み、盗賊の方へ何かが投げつけられ白い煙が吹き出す。その間にライルの後ろから現れた人物が縄を切り解く。
縄を解いてくれた人物は、とてもきれいな顔をしていて、まとう空気も相俟い教会に描かれている天使様のようだとライルは思った。




