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愛するつもりはない、とインコが申しております【後編】



 その年の王宮舞踏会。


 アルベルトとショコラは、そろってチョコミント色の衣装で出席した。


 アルベルトはチョコレートブラウンの礼服。


 襟元と袖口には、ミントグリーンの刺繍が施されている。


 胸元には、ミントの葉を模した小さな飾りがあった。


 ショコラはミントグリーンのドレス。


 腰にはチョコレートブラウンのリボンが結ばれ、裾には同じ色の繊細な刺繍が施されている。


 2人が並ぶと、まるで1つのチョコミントアイスのようだった。


 もっとも、王宮の服装規定では、公式行事にはストロベリーミルク色の礼装を着用することになっている。


 アルベルトとショコラの衣装は、明らかにその規定から外れていた。


 会場では、貴族たちが囁き合っていた。


「まあ、なんて非常識な」

「大聖女様への敬意はないのかしら」

「メンティス公爵閣下ともあろう方が、服装規定をお守りにならないなんて」


 ショコラは少し緊張した。


 自分で選んだドレスだった。


 アルベルトも、よく似合っていると言ってくれた。


 それでも、周囲から批判されると不安になる。


 アルベルトはショコラの手を取った。


「……大丈夫か?」

「……少し、緊張しています」

「……無理をする必要はない」


 ショコラは首を横に振った。


「いいえ。私、このドレスが好きです」


 アルベルトは頷いた。


「……そうか」


 服装規定に反していることは、アルベルトも承知していた。


 ただ、衣装の色が違うというだけで、王宮から退場を命じられるわけではない。


 これまでも、規定を守らない者には注意が与えられてきた。


 それでも、ほとんどの貴族は規定に従っていた。


 大聖女様への敬意を欠く人物だと思われたくなかったからだ。


 アルベルトは、ショコラのドレスを見た。


 彼女が初めて自分で選んだ色だった。


 その色を否定されることの方が、彼にはよほど問題だった。


 そのとき、老侯爵が近づいてきた。


「メンティス公爵」

「……何だ?」

「その衣装は、どちらで仕立てた?」


 アルベルトは少し驚いた。


「……領地の仕立屋だが」

「やはり、王都ではないのか」

「……ああ」


 老侯爵はアルベルトの礼服を眺めた。


「王都の仕立屋に宮廷用の礼服を頼むと、まずストロベリーミルク色の生地を勧められるのでな」

「……そうだな」

「ほかの色を頼もうものなら、宮廷の服装規定をご存じですかと確認される」


 老侯爵は苦笑した。


「もちろん、仕立屋も商売だからな。規定に反する礼服を作って、あとから問題になるのは困るのだろう」


 アルベルトは頷いた。


「……領地では、普段着るものと同じように注文できた」

「なるほど。そういうことか」


 老侯爵はショコラのドレスを見た。


「奥方も、よく似合っておられる」

「ありがとうございます」


 老侯爵は少し声を落とした。


「……実は、私も黒が好きでな」


 ショコラは目を丸くした。


「黒ですか?」

「ああ。普段は黒い服を着ておる。だが、宮廷行事となると、そうはいかん」


 老侯爵は自分の衣装を見下ろした。


 淡いピンク色の布に苺の刺繍。


 白いフリルが何重にも重なっている。


「……もう52年になる」


 ショコラは何と言えばよいのか分からなかった。


 アルベルトは静かに言った。


「……長いな」

「長いとも」


 老侯爵は苦笑した。


「18歳から、宮廷行事のたびにこれだ。70にもなって、まだ苺柄のフリルを着ておる」


 老侯爵は袖口をつまんだ。


「孫娘が5歳の頃は、お祖父様はお姫様みたいねと喜んでくれたのだがな」

「……今は?」

「一緒に舞踏会へ来ても、少し離れて歩かれる」


 ショコラは返事に困った。


「普段なら好きな服を着られる。外国を訪問するときも、相手国に合わせた礼服を着られる。だが、肝心の我が国の宮廷では、これ以外を選べん」


 老侯爵は2人の衣装を見た。


「だから、今日のお前たちを見て、少し羨ましくなったのだ」


 アルベルトは黙っていた。


「とはいえ、今さら規則を変えろとも言えん。大聖女様への敬意を欠くと言われるからな」


 ショコラは少し考えた。


「……大聖女様は、本当に皆様に同じ服を着てほしいとお望みだったのでしょうか」


 老侯爵は首を傾げた。


「どういうことだ?」

「大聖女様がお好きだったのはストロベリーミルク色の衣装です。でも、皆様にも同じものを着るよう命じられたのでしょうか」


 老侯爵は黙った。


 ショコラは続けた。


「アイスクリームにも、いろいろな味がありますよね。ストロベリーも、バニラも、グリーンティーも、チョコミントも」

「……そうだな」

「それと同じように、衣装にもいろいろな色があっていいのではないでしょうか」


 老侯爵はしばらく考えた。


 そして、ゆっくりと頷いた。


「……なるほど。確かにそうかもしれんな」


 老侯爵は2人の衣装をもう一度眺めた。


「今夜は、よいものを見せてもらった。ありがとう」


 そう言って、穏やかな表情で立ち去っていった。


     *


 それから1週間後。


 服装規定の見直しが、王宮の会議で議題に上がった。


 最初に提案したのは老侯爵だった。


 宮廷行事の礼装について、色の制限を緩和できないかという内容だった。


 会議室には、国王、王妃、王太子、宰相、老侯爵、将軍、王の側近たち、そして神官長を含む神殿関係者が集まっていた。


 王妃を除けば、ほとんどが男性だった。


 そして、そのほぼ全員が淡いピンク色の礼服に苺の刺繍と白いフリルを身につけていた。


 神官長が口を開いた。


「大聖女様の伝統を軽んじることは許されません!」


 保守的な貴族たちも同意した。


 服装規定は約100年続いてきたものであり、簡単に変えるべきではないという意見だった。


 国王も頷いた。


「私も、今の礼装に特に不満はないが」


 老侯爵が静かに答えた。


「陛下。私どもも、ストロベリーミルク色そのものを否定しているわけではございません」

「では、何が問題なのだ?」

「……似合う者と、そうでない者がおります」


 国王は首を傾げた。


「そうか?」


 老侯爵は自分の胸元を見下ろした。


 淡いピンク色。


 苺の刺繍。


 幾重にも重なる白いフリル。


「私は18歳から、この礼装を着ております。すでに52年になります」

「長いな」

「はい。若い頃は、私もそれなりに似合っていたと思います。しかし、今は70歳でございます」


 国王は老侯爵を見た。


「……確かに、70歳だな」

「はい」


 老侯爵は少し間を置いた。


「私は、黒い礼服が着たいのでございます」


 会議室が静かになった。


 将軍が口を開いた。


「私も、できれば深緑の礼服を着たいと考えております」

「……深緑?」

「はい。私のような体格には、その方が合うかと」


 将軍は自分の胸元を見下ろした。


 広い肩幅。


 厚い胸板。


 そこに、淡いピンク色と白いフリル。


 国王は少し考えた。


「……別に、今のままでもよいのではないか?」


 将軍は黙った。


 宰相も口を開いた。


「陛下。私も、落ち着いた色の礼服を希望しております」

「お前までか?」

「はい」


 国王は会議室を見渡した。


「……皆、そんなに嫌だったのか?」


 誰もすぐには答えなかった。


 もちろん、ストロベリーミルク色そのものが嫌われているわけではなかった。


 幼い娘に「お父様、お姫様みたい!」と喜ばれて以来、苺柄の礼服を気に入っている伯爵もいた。


 孫娘とおそろいの色を着ることを楽しみにしている老貴族もいた。


 しかし、子どもたちは成長する。


 ある子爵は、幼い頃には喜んでいた娘から、最近になって「お父様、そのフリルはもうやめて」と言われていた。


 別の伯爵は、孫娘から「お祖父様、今日は普通のお洋服を着ないの?」と尋ねられたことがあった。


 若い頃は似合っていた淡いピンク色が、年齢を重ねるにつれて似合わなくなったと感じる者もいた。


 老侯爵は静かに言った。


「陛下。年齢にふさわしい装いというものがございます」


 国王は自分の礼服を見下ろした。


「……そうか?」


 国王は、王族として生まれた。


 幼い頃から、公式行事ではストロベリーミルク色の礼服を着ていた。


 20代の頃は、周囲からよく似合うと褒められていた。


 30代前半までは細身で、白いフリルも苺柄も、それなりに似合っていた。


 その後、年齢とともに肩幅が広くなり、胸板も厚くなった。


 しかし、国王の礼服は変わらなかった。


 そして、誰も何も言わなかった。


 国王自身も、特に問題があるとは考えていなかった。


 そのとき、王太子が口を開いた。


「父上。実は、私からも申し上げたいことがございます」


 国王が顔を上げた。


「何だ?」

「弟たちの礼装についてです」

「……弟たち?」


 王太子は頷いた。


「三男はまだ若く、細身ですので、今の礼装もよく似合っております」

「うむ」

「私も、今のところは問題ございません」

「そうだな」

「しかし、次男は……」


 王太子は言葉を切った。


「次男がどうした?」

「……父上によく似てまいりました」

「それがどうした?」

「……体格が」

「うむ」

「……大変、立派になりまして」

「それはよいことではないか」


 国王は満足そうに頷いた。


「はい。武芸にも優れ、頼もしい弟です。ただ、あの体格にストロベリーミルク色の礼服と、幾重にも重なる白いフリルは……」


 王太子はそこで黙った。


「……何だ?」

「……なかなか、強烈でございます」


 老侯爵が口元を押さえた。


「強烈?」

「はい。視覚的に」


 国王は眉をひそめた。


「王族の礼装だぞ」

「承知しております。大聖女様への敬意も理解しております。しかし、似合うかどうかは別の問題でございます」


 王太子は続けた。


「次男は父上に似て、肩幅も胸板も大変立派です。黒い礼服を着れば堂々とした姿になります」

「うむ。それは私も知っておる」

「しかし、苺柄の礼服を着ますと……」

「……着ると?」

「……大変、かわいらしくなります」


 宰相が書類に目を落とした。


 将軍は口元を押さえた。


「ただ、かわいらしいと言っても、幼い三男のようなかわいらしさではございません」

「……では、何だ?」

「……大変、迫力のあるかわいらしさでございます」


「ブホッ……!」


 将軍が吹き出した。


 老侯爵が両手で口を押さえた。


「グフッ……!」


 会議室の奥では、王の側近が肩を震わせていた。


「誰だ! 今笑ったのは!」


 国王が声を張り上げた。


 将軍は慌てて姿勢を正した。


「も、申し訳ございません!」


 王太子は不思議そうに周囲を見た。


「何かおかしなことを申し上げましたか?」

「……いや。続けよ」


 国王は額を押さえた。


「実は、次男の婚姻にも少々差し障りが出ております」

「何!?」


 国王は勢いよく顔を上げた。


「聞いておらんぞ!」

「正式なお断りではございません。先日、ある令嬢と私服でお会いした際には、大変よい雰囲気だったそうです」

「それは結構ではないか」

「はい。しかし、その後、王宮の式典で正式な礼装をお召しになった姿をご覧になりまして」

「……うむ」

「……お返事を、もう少し考えたいと」


 国王は固まった。


「……礼服のせいなのか?」

「断定はできません。ただ、次男本人は大変気にしております」


 王太子は続けた。


「同年代の側近たちにも尋ねました。今の礼装について、率直にどう思っているのかと」

「何と言っておった?」

「苺柄の衣装は、女性が着る分には大変かわいらしい。しかし、自分が着て令嬢の前に立つのは、少々つらいと」

「……つらい?」

「はい。特に、体格のよい者ほど」


 将軍が静かに自分の胸元を見下ろした。


 その隣の重臣が目をそらした。


「父上も、若い頃は今の礼装がよくお似合いでした」


 王太子が言った。


「……若い頃は?」


 国王が聞き返した。


「はい。30代前半までは」

「……それ以降は?」

「……少しずつ、ご立派になられまして」


 王太子は父親の肩幅を見た。


「次男は、その成長が少々早かったようでございます」


 老侯爵の口元が引きつった。


「……お前は、私にも似合っていないと言いたいのか?」


 王太子は即座に頭を下げた。


「そのようなことは申し上げておりません。ただ、以前と比べますと、年々、苺が小さく見えるようになりまして」


「……ブフッ!」


 今度は宰相だった。


「宰相!」


「し、失礼いたしました!」


 宰相は慌てて書類で口元を隠した。


 王太子は首を傾げた。


「実際、刺繍の大きさは変わっておりません。父上の胸板が厚くなられたため、相対的に苺が小さく見えるのでございます」


 老侯爵は机を握りしめた。


 将軍は顔を背けた。


 王の側近たちも、必死に表情を取り繕っていた。


 国王は会議室を見渡した。


「……そんなにおかしいか」


 誰も答えなかった。


 王妃が口を開いた。


「陛下。王太子の申していることは、間違っておりませんわ」

「……お前まで!」

「私も、陛下がお若い頃は、苺柄の礼服がとてもよくお似合いだと思っておりました」

「……今は?」

「……紺色の方が、ずっと素敵ですわ」


 国王は黙った。


 王妃は微笑んだ。


「外国を訪問される際の、あの紺色の礼服です。大変、威厳がございます」

「……そうか」

「はい。今の陛下には、あちらの方がよくお似合いです」


 国王は自分の胸元を見下ろした。


 淡いピンク色。


 苺の刺繍。


 幾重にも重なる白いフリル。


 確かに、若い頃とは体格が違っていた。


 国王自身も、薄々感じていたことだった。


「……つまり、今の私は似合っておらんのか?」


 誰も答えなかった。


「……答えよ」


 沈黙。


 宰相は書類を見つめていた。


 将軍は窓の外を見ていた。


 王の側近たちは、誰一人として目を合わせなかった。


 老侯爵が静かに口を開いた。


「陛下。私どもは、大聖女様への敬意を何より大切にしてまいりました」

「……うむ。それで?」

「伝統を守ることこそ、王国に仕える者の務めと心得ております」

「……だから、似合っておるのかと聞いておる」


 老侯爵は姿勢を正した。


「大聖女様の神聖なるお色でございます」

「……ごまかしたな」


 老侯爵は黙った。


「今、明らかにごまかしたであろう」

「……陛下」

「答えられぬのか?」


 老侯爵は目を伏せた。


 国王はほかの重臣たちを見た。


 誰も顔を上げなかった。


「……そうか」


 国王はもう一度、自分の胸元を見下ろした。


「……似合っておらんのだな」


 会議室が静まり返った。


 王妃がそっと口を開いた。


「陛下。私は、今の陛下には紺色の礼服の方がよくお似合いだと思いますわ」

「……そうか」


 国王は少し肩を落とした。


 王妃は微笑んだ。


「それに、私も最近は少々気になっていることがございます」

「……何だ?」

「私も若い頃は、この色が大好きでした」


 王妃は自分のドレスを見下ろした。


「淡いピンク色に白いフリル。結婚したばかりの頃は、よく似合うと褒めていただきました」

「今もよく似合っておるが?」


 国王は即座に答えた。


 王妃は少し驚いてから微笑んだ。


「ありがとうございます、陛下」

「お前は何を着ても美しいぞ」

「まあ」


 王妃は嬉しそうに微笑んだ。


 宰相はそっと視線を落とした。


 将軍は天井を見上げた。


 老侯爵は目を閉じたまま、ゆっくりと息を吐いた。


 王太子だけが、何事もなかったように書類を揃えていた。


「ですが、私も年齢を重ねました」

「……それがどうした?」

「最近は、お茶会でも少々、気になることを言われるようになりまして」

「何を言われるのだ?」

「先日、あるご婦人から『王妃様は、いつまでも少女のようなお召し物がお似合いで羨ましいですわ』と」


 国王は頷いた。


「そのとおりではないか」

「ええ。私も、最初はそう思いました」


 王妃は微笑んだまま続けた。


「別のご婦人からは『私など、もう娘のドレスを借りる勇気はございませんわ』とも」

「……それは、その婦人の勇気が足りぬのではないか?」


 王妃は小さく笑った。


「陛下。そういうことではございませんの」

「……違うのか?」

「はい。皆様、大聖女様への敬意を理解しておられます。ですから、決して悪くはおっしゃいません」


 王妃は袖口のフリルを指でつまんだ。


「ただ、外国を訪問するときには、私も年齢にふさわしい衣装を選んでおります」

「……紫色のドレスか」

「はい。あちらの方が、今の私には似合うと思っております」


 国王は少し考えた。


「……私は、どちらも好きだが」

「ありがとうございます」


 王妃は嬉しそうに微笑んだ。


「ですが、私自身が着たいと思う色も、大切にしたいのです」

「……そうか」


 国王は頷いた。


 そして、もう一度、自分の礼服を見下ろした。


「……お前はどちらも似合うのに、私は紺色の方がよいのだな」


 王妃は返事に困った。


 王太子は静かに目をそらした。


 老侯爵は、今度こそ一言も発しなかった。


 外交を担当する重臣が口を開いた。


「陛下。実際、外国では我が国の礼装について、何度か質問を受けております」

「どのような?」

「なぜ成人男性が、苺柄の衣装に白いフリルを重ねているのか、と」


 国王は黙った。


「大聖女様への敬意であると説明しておりますが、理解していただくのはなかなか難しいようです」


 王太子も頷いた。


「以前、外国の使節団を迎えた際、随行していた若い騎士が、私たちの礼服を見て笑いをこらえていたことがございました」

「……そうなのか」

「はい。悪意があったわけではないと思います。ただ、あちらの国では見慣れない装いなのでしょう」


 王太子は続けた。


「宮廷の舞踏会では、皆が同じような衣装を着ております。しかし、王族は国民の前にも立たなければなりません」

「……うむ」

「いずれ私が父上のような体格になったとき、この礼服で威厳を示せるかどうか、少々不安がございます」


 国王は深いため息をついた。


 老侯爵が静かに言った。


「そもそも、大聖女様は召喚された当時、まだ若い少女だったのでしょう?」

「そう記録されております」

「若い少女に似合う衣装が、70歳の老人にも似合うとは限りません」


 老侯爵は自分の胸元を見下ろした。


「私はもう52年、これを着ております」


 誰も反論しなかった。


 そのとき、神官長が咳払いをした。


「しかし、大聖女様への敬意は何より大切でございます」


 老侯爵が神官長を見た。


「神官長猊下は、今の礼装に何のご不満もございませんか?」


 神官長は胸を張った。


「もちろんです。神殿では、代々この色を守ってまいりました」


 老侯爵は神官長の法衣を眺めた。


「ところで猊下。先日の大祭では、ずいぶん若い礼拝者が集まったそうですな」

「はい。ありがたいことでございます」

「その際、祭壇の前で何か騒ぎがあったと聞きましたが」


 神官長の表情がわずかに変わった。


「……騒ぎというほどでは」

「何かあったのですか?」


 国王が尋ねた。


 神官長はしばらく黙っていた。


「……私が祭壇へ上がった際、若い礼拝者たちが口元を押さえておりまして」

「……なぜだ?」

「……それが、よく分からないのでございます」


 神官長は自分の法衣を見下ろした。


 淡いピンク色。


 苺の刺繍。


 幾重にも重なる白いフリル。


「私が祈りを捧げ始めると、肩を震わせる者もおりました」


 老侯爵は静かに尋ねた。


「……笑われていたのでは?」

「……断定はできません」


 神官長は少し間を置いた。


「ただ、神聖な儀式の最中に笑いをこらえられるのも、あまり望ましいことではございません」


 誰も反論しなかった。


 神官長は慌てて姿勢を正した。


「もちろん、大聖女様への敬意とは別の問題でございます!」


 老侯爵はゆっくり頷いた。


「……なるほど」


 神官長はそれ以上何も言わなかった。


 国王は会議室に集まった人々を見渡した。


 苺柄。


 淡いピンク色。


 幾重にも重なる白いフリル。


 王太子も、老侯爵も、将軍も、神官長も。


 皆、同じような衣装を着ていた。


 約100年続いてきた服装規定だった。


 国王にとっては、生まれたときから当たり前のものだった。


 若い頃はよく似合っていた。


 だから、変える理由もなかった。


 しかし、皆が同じように考えているわけではなかった。


 国王は静かに言った。


「……私は、今の礼装が嫌いではない」

「はい」


 老侯爵が答えた。


「だが、お前たちは違うのだな」

「……はい」

「王妃も、自分の好きな色を着たいと言っておる」


 国王は王妃を見た。


 王妃は静かに頷いた。


「はい、陛下」


 国王は少し考えた。


「……ならば、選べるようにすればよいのではないか?」


 神官長が顔を上げた。


「陛下! それでは大聖女様の伝統が!」

「伝統を捨てるとは言っておらん」


 国王は自分の胸元を見下ろした。


「私は今までどおり、これを着てもよいのであろう?」

「……はい」

「ならば、問題はあるまい」


 老侯爵が目を見開いた。


 国王は続けた。


「ただし、大聖女様が本当にこの服を全員に着せたいと望まれたのか。それは確認せねばならん」


 神官長は黙った。


 記録には、大聖女様がストロベリーミルク色の衣装を好んでいたことは書かれている。


 しかし、他人にも同じ色を着るよう命じたという記録は見つからなかった。


 そこで、王宮の記録庫と神殿の保管庫が調査されることになった。


     *


 約1か月後。


 大聖女様の日記の翻訳が完成した。


 正確には、以前から存在だけは知られていた日記だった。


 ただし、そこに書かれているのは王国の文字ではなく、異世界の文字だった。


 長い間、誰にも読むことができなかったのである。


 近年になって異世界文字の解読が進み、一部の古文書は翻訳できるようになっていた。


 しかし、大聖女様の日記は神殿で大切に保管されており、まだ本格的な翻訳が行われていなかった。


 今回の調査をきっかけに、王宮の記録官たちが解読に取りかかった。


 そして、翻訳された日記には、こう書かれていた。


『今日はお気に入りの苺柄のロリータ服!』


『フリルもリボンもいっぱいで、めちゃくちゃかわいい!』


『ストロベリーアイスまで買っちゃった。完璧!』


『……と思ったら、なんか変なところに召喚された』


 記録官たちは、その文章を何度も読み返した。


「……ロリータ服とは、何でしょうか」


 誰も答えられなかった。


 さらに、次のページにはこう書かれていた。


『こっちの王子様、私の服をすごく気に入ってくれたみたい』


『でも、男の人まで同じ格好する必要ある?』


『これ、ただの私の趣味なんだけどなあ』


 記録官たちは黙った。


 別の日には、さらにこう書かれていた。


『どうしてみんな、私と同じ服を着るようになったんだろう』


『王子様まで苺柄とフリルをつけ始めた』


『似合っているけど、別に無理しなくていいのに』


 さらに、髪についての記述もあった。


『私の髪が奇跡だって言われた』


『黒髪の下半分をピンクに染めただけなんだけど』


『こっちにはヘアカラーがないのかな?』


『髪の色が2色なのは神様の祝福だって』


『違うんだけどなあ』


 記録官たちは、その文章を何度も読み返した。


 ヘアカラーとは何なのか。


 染めるとは、どういう意味なのか。


 異世界の技術については分からないことも多かった。


 しかし、少なくとも大聖女様自身は、あの髪色を奇跡だとは考えていなかったらしい。


 続くページには、さらにこう書かれていた。


『服も髪も、ただ私が好きでやってるだけなのに』


 王宮へ報告が届けられた。


 国王は翻訳文を読んだ。


 王妃も読んだ。


 老侯爵も読んだ。


 神官長は、3回読んだ。


「……つまり」


 国王が口を開いた。


「我々は、大聖女様の個人的な趣味を、神聖な伝統だと思っていたのか?」


 神官長は答えなかった。


 老侯爵は自分の白いフリルを見下ろした。


「……しかも、100年間は正式な服装規定として」


 誰も何も言わなかった。


 国王は翻訳文をもう一度読んだ。


「……大聖女様は、別に嫌っておられたわけではないのだな」

「はい。ご自身は大変お気に召していたようでございます」


 記録官が答えた。


「ならば、私が今後も着ることに問題はあるまい」

「……ございません」

「そうか」


 国王は満足そうに頷いた。


 王妃は隣で微笑んでいた。


 その記録が公表されると、宮廷では大きな議論が起きた。


 大聖女様自身が服装の統一を望んでいなかったのなら、規則を維持する理由は何なのか。


 神殿はなおも伝統の維持を主張した。


 しかし、国王は慎重に検討した末、まず王宮主催の一部行事で色の制限を緩和することを認めた。


 会議から3か月後には、ほかの行事にも適用が広がった。


 そして半年後。


 宮廷行事の礼装は、色を自由に選べるようになった。


 もちろん、格式にふさわしい衣装であることは変わらない。


 ただし、苺柄と白いフリルは必須ではなくなった。


 新しい規定が発表された日、老侯爵はすぐに仕立屋を呼んだという。


 注文したのは、黒い礼服だった。


     *


 半年後の王宮舞踏会。


 フレーバー王国の舞踏会は、色とりどりの衣装で埋め尽くされていた。


 国王は紺色。


 王妃は紫色。


 老侯爵は黒。


 宰相も黒。


 将軍は深緑。


 王太子は落ち着いた青色。


 次男の王子は黒。


 三男の王子は、変わらず苺柄の礼服を着ていた。


 国王は鏡の前に立っていた。


 紺色の礼服。


 落ち着いた刺繍。


 白いフリルはない。


 王妃が隣に立った。


「陛下、とてもよくお似合いですわ」

「……そうか?」

「はい。大変、素敵です」


 国王は少し照れたように頷いた。


「……お前も美しいぞ」

「ありがとうございます」


 王妃は紫色のドレスを広げた。


「やはり、この色にしてよかったですわ」

「……うむ」


 国王は少し考えた。


「……だが、私はお前の苺柄のドレスも好きだぞ」

「存じております」


 王妃は嬉しそうに微笑んだ。


「また着たいと思ったときには、着ますわ」

「……そうか」


 国王は満足そうに頷いた。


 老侯爵は黒い礼服の袖を何度も眺めていた。


「……ようやく着られた」


 隣にいた孫娘が微笑んだ。


「お祖父様、とてもお似合いです」


 老侯爵は満足そうに頷いた。


 もちろん、ストロベリーミルク色が好きな者は、変わらず淡いピンクと白、そして苺柄の衣装を着ていた。


 あの伯爵も、娘のために苺柄の礼服を選んでいた。


 娘は嬉しそうに父親のフリルを直している。


 誰も、それをおかしいとは言わなかった。


 フレーズも、その1人だった。


 ショコラは妹のドレスを見て微笑んだ。


「よく似合っているわ」


 フレーズは少し戸惑った。


「……お姉様は、もうストロベリーミルク色を着ないの?」

「着ることもあると思うわ。でも、今日はこの色が好きなの」


 ショコラはミントグリーンのドレスを広げた。


 腰にはチョコレートブラウンのリボン。


 裾には、同じ色の刺繍。


 隣には、チョコレートブラウンを基調に、ミントグリーンを取り入れた礼服を着たアルベルトがいた。


「アルベルト様」

「……何だ?」

「今年も素敵ですね」

「……君もだ」


 2人は顔を見合わせて微笑んだ。


 服装の自由化は、王国に思わぬ変化ももたらしていた。


 人々は、自分の好きなものを以前より気軽に口にするようになった。


 それは衣装だけではなかった。


 アイスクリームの好みについても同じだった。


 今まではストロベリーが国民食とされ、ほかの味を好む者も、あまり大きな声では言わなかった。


 しかし、最近ではそれぞれの好みを公然と語るようになっていた。


 ストロベリー党。


 バニラ党。


 グリーンティー党。


 チョコレー党。


 そして、チョコミン党。


 チョコミントを好む者たちは、いつしか自分たちをそう呼ぶようになっていた。


 もちろん、アルベルトはチョコミン党だった。


 それも、誰もが認める熱心なチョコミン党である。


 一方、国王はストロベリー党だった。


 王妃はバニラ党。


 老侯爵はチョコレー党。


 そしてショコラは、どれもおいしく食べることにしていた。


     *


 その数日後。


 ショコラは、大聖女様の日記に続きがあることを知った。


 服装規定の見直しに使われた日記とは別に、異世界の料理について記した手帳が保管されていたという。


 王宮の記録官たちが、関連資料の翻訳を進める中で見つけたものだった。


 そこには、異世界から持ち込んだ料理の記録が残されていた。


『ストロベリーアイスはやっぱり最高!』


『でも、チョコレートがないのが残念』


『ストロベリーアイスにチョコレートをかけたら、絶対おいしいのに』


『チョコレートが食べたい』


『あー、チョコミント食べたーい!』


 さらに、別の日にはこう書かれていた。


『ミントはあるのに、チョコレートがない』


『チョコミントを作れないなんて』


『いつか誰かが作ってくれたらいいな』


 ショコラは目を見開いた。


 すぐにアルベルトを呼んだ。


「アルベルト様!」

「……何だ?」

「大聖女様も、チョコミントがお好きだったそうです!」


 アルベルトは固まった。


「……何?」

「こちらに書かれています」


 アルベルトは手帳の写しを受け取った。


 何度も読み返した。


「……大聖女様が」

「はい」

「……チョコミントを」

「はい」

「……食べたかったのか」


 ショコラは頷いた。


「当時はチョコレートがなかったそうです」


 アルベルトはしばらく黙っていた。


 最後の一文を、もう一度読んだ。


『いつか誰かが作ってくれたらいいな』


 そして、静かに呟いた。


「……長い間、お待たせしてしまったな」


 ショコラはアルベルトを見た。


「……アルベルト様?」


 アルベルトは写しを閉じた。


「……厨房に行く」

「今からですか?」

「……ああ」


 翌日。


 王宮に、大量のチョコミントアイスが届けられた。


 差出人は、アルベルト・メンティス公爵。


 添えられていた手紙には、短くこう書かれていた。


『大聖女様がお望みだった味です』


 その手紙には、料理の手帳から翻訳された該当部分の写しも添えられていた。


 国王は手紙を読み、続いて写しを読んだ。


「……大聖女様は、チョコミントもお好きだったのか」


 記録官が頷いた。


「はい。こちらの記述によれば、当時はチョコレートがなく、お作りになれなかったようです」

「……なるほど」


 国王は目の前の薄緑色のアイスクリームを見つめた。


「……では、これも大聖女様の好まれた味なのだな」

「はい」

「……食べなければならんのか?」


 隣にいた王妃が答えた。


「お好きなものをお召し上がりになればよろしいのでは?」

「……そうだったな」


 国王はストロベリーアイスを注文した。


 王妃はバニラ。


 宰相はグリーンティー。


 老侯爵はチョコレート。


     *


 それから数日後。


 メンティス公爵邸では、午後のお茶の時間を迎えていた。


 アルベルトの前にはチョコミントアイス。


 ショコラの前には、チョコレートを多めにしたチョコミントと、小さなストロベリーアイスが並んでいる。


 ショコラはストロベリーアイスをひと口食べた。


「……ストロベリーアイスも、おいしいですね」


 アルベルトは頷いた。


「……そうだな」

「でも、愛するつもりはないのですよね?」

「……ああ」


 ショコラは少し笑った。


「では、私のことは?」


 アルベルトはスプーンを置いた。


 そして、ショコラを見た。


「……愛している」


 ショコラは微笑んだ。


「私もです、アルベルト様」


 そのとき、チョコが叫んだ。


「アイシテル!」


 アルベルトは鳥籠を見た。


「……お前は、それをどこで覚えたのか」

「アイシテル!」


 ショコラは笑った。


「毎日聞いているのですもの。覚えてしまいますよね」


 アルベルトは少し困った顔をした。


「……変なところで使わなければいいが」


 ショコラは首を傾げた。


「変なところ、ですか?」

「……ああ」


 チョコは羽を広げた。


「アイシテル!」


 アルベルトは小さくため息をついた。


     *


 翌日。


 王宮から使者がやってきた。


 アルベルトは領地の報告書を確認するため、書斎にいた。


 ショコラは庭に出ていた。


 応接室には、使者と執事、そして2羽のインコだけがいた。


 使者は、国王からの返礼品を届けに来たのだった。


「陛下より、先日のチョコミントのお礼でございます」


 執事は丁寧に頭を下げた。


「ありがとうございます。旦那様にお伝えいたします」


 そのとき、チョコが叫んだ。


「アイシテル!」


 使者は顔を上げた。


「……何を?」


 チョコは羽を広げた。


「ストロベリー!」


 使者は目を見開いた。


「……メンティス公爵が?」

「アイシテル!」


 使者は執事を見た。


「これは、まことですか?」


 執事は答えに困った。


「いえ、その、チョコは覚えた言葉を勝手に組み合わせることがございまして」


 しかし、使者は感激していた。


「ついに、メンティス公爵がストロベリーを愛するようになられたのですね!」

「いえ、ですから」

「陛下もお喜びになります!」


 使者は勢いよく立ち上がった。


「早速、ご報告申し上げます!」


 執事が止める間もなく、使者は帰っていった。


 チョコは満足そうに羽を膨らませた。


「アイシテル!」


 執事は天井を見上げた。


 またしても、よりによって一番覚えなくてもよい言葉だった。


     *


 それから3日後。


 王宮では、ある噂が広まっていた。


 チョコミン党の代表格だったアルベルトが、ついにストロベリー党へ転向したというのである。


 国王は大変喜んだ。


 神官長も喜んだ。


 保守的な貴族たちも喜んだ。


 一方、チョコミン党の貴族たちは困惑していた。


「まさか、あのメンティス公爵が?」

「屋敷までチョコミント色にしておられる方だぞ?」

「一体、何があったのだ?」


 王宮では、アルベルトのために特別なストロベリーアイスを用意することになった。


 その知らせを受け取ったアルベルトは、しばらく黙っていた。


 そして、ゆっくりとチョコを見た。


「……チョコ」

「アイシテル!」

「……私は、ストロベリーアイスを愛してはいない」

「ストロベリー!」

「……違う」

「アイシテル!」

「……違う!」


 チョコは羽を広げた。


「アイスルツモリハナイ!」


 アルベルトは頷いた。


「……そうだ。それを言ってくれ」

「アイシテル!」

「……違う」

「ストロベリー!」

「……違う!」


 ショコラは隣で笑っていた。


 アルベルトは深いため息をついた。


「……どうすれば、誤解が解けるのだ」


 ショコラは微笑んだ。


「ご自分で、陛下にお伝えになるしかありませんね」

「……そうだな」


 アルベルトは机に向かった。


 国王への手紙を書くためだった。


 その横で、ミントが小さな紙切れをくわえた。


 コトン。


「……ミント。それは必要な書類だ」


 アルベルトが取り返そうとすると、ミントは紙切れをくわえ直した。


 そして、書斎の隅へ飛んでいった。


 そこには、小枝がいくつも積み上げられていた。


 ミントは以前から、チョコのために巣材を集めていた。


 しかし、チョコとミントはまだつがいではない。


 それでもミントは、チョコを自分の妻にするつもりらしかった。


 ミントは紙切れを小枝の間に差し込んだ。


 コトン。


 チョコが叫んだ。


「アイスルツモリハナイ!」


 ミントの動きが止まった。


 くわえていた小枝を、いったん床に置く。


 そして、チョコのそばにあった小枝を1本くわえた。


 少し離れた場所へ運ぶ。


 コトン。


 アルベルトはその様子を見つめた。


「……何をしている?」


 チョコがもう一度叫んだ。


「アイスルツモリハナイ!」


 ミントは、もう1本小枝をくわえた。


 今度は、さらに少し離れた場所へ運んだ。


 コトン。


 チョコのそばにあった小枝が、少しずつ遠ざかっていく。


 しかし、ミントは巣作りそのものをやめるつもりはないらしい。


 離れた場所に、小枝を並べ直している。


 アルベルトは首を傾げた。


「……お前、まだそれを気にしているのか」


 チョコが羽を広げた。


「アイシテル!」


 ミントが振り返った。


 そして、離れた場所に置いた小枝をくわえた。


 チョコのそばへ運ぶ。


 コトン。


 アルベルトは目を見開いた。


「……戻した?」


 チョコが叫んだ。


「アイスルツモリハナイ!」


 ミントは小枝をくわえ直した。


 少し離れた場所へ運ぶ。


 コトン。


 アルベルトは黙った。


 チョコが叫んだ。


「アイシテル!」


 ミントはまた小枝をくわえた。


 チョコのそばへ戻す。


 コトン。


 ショコラが笑い始めた。


「アルベルト様、ミントったら」

「……ああ」


 アルベルトは小枝を見つめた。


「……言葉に振り回されているのか」


 そのとき、ミントが小枝をくわえたまま、ショコラの方へ飛んできた。


 そして、ショコラの手の上に置いた。


 コトン。


「……あら?」


 ショコラは小枝を机の上に置いた。


 ミントはもう1本運んできた。


 コトン。


 アルベルトはその様子を見つめた。


「…………」


 ミントはショコラの肩に止まり、頬に頭を寄せた。


 ショコラは嬉しそうに笑った。


「今日も甘えん坊さんですね」


 アルベルトの眉が動いた。


「……待て」


 ミントはショコラの肩から飛び降り、足元に小枝を置いた。


 コトン。


「……お前、まさか」


 アルベルトは書斎の隅にある巣を見た。


 そして、ショコラの足元に並んだ小枝を見た。


 思い出した。


 ミントは以前から、ショコラの部屋にも小枝を運んでいた。


 書斎とショコラの部屋。


 2か所に、同じような材料を集めていた。


「……ミント」


 ミントは首を傾げた。


「……お前、ショコラまで妻にするつもりか?」


 ミントは小枝を置いた。


 コトン。


「ふざけるな。私の妻だぞ!」


 チョコが叫んだ。


「アイシテル!」


 ミントはすぐに振り返った。


 ショコラの足元に置いた小枝をくわえ、チョコのそばへ運んだ。


 コトン。


 アルベルトは目を見開いた。


「……戻るのか」


 チョコが叫んだ。


「アイスルツモリハナイ!」


 ミントは小枝をくわえ直した。


 今度はショコラの膝へ運んだ。


 コトン。


 アルベルトは額を押さえた。


「……お前、どちらも諦めるつもりがないのか」


 ショコラはとうとう吹き出した。


「アルベルト様、ミントはインコですよ」

「……分かっている」

「それに、私がミントのお嫁さんになるわけではありませんから」

「……当然だ」


 アルベルトはミントを見た。


「……聞いたか。断られているぞ」


 ミントはショコラの膝に置いた小枝をくわえ直した。


 そして、もう一度置いた。


 コトン。


 ショコラは笑いすぎて、とうとう椅子に座り込んだ。


     *


 その後、国王への手紙は無事に届けられた。


 アルベルトがストロベリー党に転向したという噂も、ようやく訂正された。


 王宮では少し残念がる者もいたが、国王は特に気にしなかった。


 好きなものを好きだと言えばよい。


 大聖女様の日記が発見されて以来、それが王国の新しい考え方になりつつあったからだ。


 一方、メンティス公爵邸では、別の問題が続いていた。


 ミントの巣作りである。


 書斎では、チョコのそばに小枝が集められていた。


 アルベルトは、もうそれを片づけなかった。


 チョコのための巣なら、好きに作ればいい。


 問題は、ショコラの部屋だった。


 翌朝。


 ショコラのベッド脇のサイドテーブルには、小枝が並んでいた。


 1本。


 2本。


 3本。


 ミントが4本目を運んでくる。


 コトン。


 そこへアルベルトが入ってきた。


「……ミント」


 アルベルトはサイドテーブルを見下ろした。


「……これは撤去する」


 小枝をまとめて片づけた。


 ミントは首を傾げた。


 そして、すぐに新しい小枝を運んできた。


 コトン。


「……置くな」


 ミントはもう1本運んできた。


 コトン。


「……ショコラは私の妻だ」


 コトン。


「……お前にはチョコがいるだろう!」


 アルベルトは深いため息をついた。


 その日の午後。


 サイドテーブルには、再び小枝が並んでいた。


 アルベルトはすべて片づけた。


 翌朝。


 また並んでいた。


 アルベルトは片づけた。


 その翌朝。


 今度はベッドの足元に小枝が並んでいた。


「……場所を変えればいいという問題ではない」


 ミントは小枝を置いた。


 コトン。


 アルベルトは額を押さえた。


     *


 ある日、アルベルトはショコラの部屋で、また小枝の山を見つけた。


 肩にはチョコが止まっている。


 ショコラは椅子に座り、ミントを膝に乗せていた。


「……ミント」


 ミントは小枝を置いた。


 コトン。


「……ショコラは私の妻だ」


 ミントは首を傾げた。


「……何度言えば分かる。お前に譲るつもりはない」


 ミントはショコラの膝から降り、小枝をもう1本運んできた。


 コトン。


「……聞いているのか?」


 ミントは再びショコラの膝へ飛び乗った。


 アルベルトはとうとう言い放った。


「……いい加減にしろ! ショコラは諦めろ!」


 その瞬間、アルベルトの肩でチョコが元気よく叫んだ。


「アイスルツモリハナイ!」


 ミントの動きが止まった。


 チョコを振り返る。


 アルベルトを見る。


 そして、ショコラを見た。


 ミントはショコラの膝から降り、小枝をくわえた。


 ショコラの足元へ運ぶ。


 コトン。


 さらにもう1本。


 コトン。


 アルベルトは額を押さえた。


「……なぜ、そうなる」


 ショコラは笑いながらミントを撫でた。


「チョコに振られたと思っているのかもしれませんね」


「……だからといって、私の妻に求婚するな!」


 ミントは小枝をもう1本運んできた。


 コトン。


 アルベルトは肩のチョコを見た。


「……お前からも何か言ってやれ」


 チョコは胸を張った。


「アイスルツモリハナイ!」


 ミントはショコラの足元へ、さらに小枝を運んだ。


 コトン。


「……それを言うからだ!」





 おしまい。

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