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恋じゃないふりをして  作者: 春野ひなた


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3/27

3話 2人きりの部活動

 日曜日の朝。

 学校の最寄駅・古淵駅の前で、ひよりはスマホの時間を確認した。

  

 10時10分。

 約束の時間は過ぎているのに、隼人はまだ来ていない。


 今日で合ってるよね?


 連絡アプリを開いてトーク履歴をさかのぼる。

 

【ひより:日曜日の10時、古淵駅集合】

【ニセ王子:業務連絡か】

【ひより:来なければひとりで行くから】

【ニセ王子:行く行く】


おもちゃの汽車に乗った猫のスタンプ。しゅっぽ、しゅっぽの文字つきで妙に可愛い。

 思わず鼻で笑ってしまう。


「ふっ。このスタンプ似合ってない」


人目を感じて口を閉じ、改札へ目を向ける。

 ちょうど電車が着き、大勢の人が流れ出てきた。


 この中にいるかな。


 じっと見ていると、頭ひとつぶん飛び出ている隼人の顔が目に飛び込んできた。


「あ、いた」


だが、隼人はなぜか壁際に移動し、足を止める。


 何やってるの? もう10分過ぎてるのに。

 

 顔をしかめていると、隼人の隣に見知らぬ女子がいた。何やら親しげに話している。


 はあ? あいつ何なの! やっぱりやる気ないじゃん。


 隼人を睨みつけ、ひよりは背を向けて出口に向かう。

 

 もういい。フィールドワークはひとりでできるし。


「ひより」


肩を掴まれ振り返ると、王子スマイルの隼人がいた。その隣には、ミニスカートに化粧をした派手な女子。


「遅れてごめん。中学の時の知り合いに偶然会ってさ」

「……知り合い?」


派手な女子はひよりを値踏みするように、不躾な視線でじろじろと見てきた。


「本当に隼人の彼女?」

「そうだって言ってるだろ」

「ふーん。相変わらず地味な子好きなんだ。趣味変わってないね」


地味って。この人、初対面で失礼すぎる。

 ていうか、相変わらずってどういうこと? 趣味って何? 


「もういいだろ。俺たちデートだから」

「デ、デート!?」


隼人がひよりの肩に腕を回す。

 ひよりが反射的に離れようとすると、耳元で小さく囁いた。


「彼女のふりして笑え」

「ムリ!」

「……その子、嫌がってない?」


ひよりは女子の視線に気づき、仕方なく隼人の隣に戻った。


「まさか。なあ、ひより」


ひよりは無理やり笑顔を浮かべる。


「う、うん」

「デート楽しみだなあ。じゃあな」


隼人は手を振り、足早に大通りの方に向かって歩き出す。

 建物の角を曲がって、ようやくひよりは隼人の腕から解放された。


「もう! 急に何なの!」

「遊ぼうってしつこかったから、彼女とデートだって言ったんだけど疑われてさ」

「部活のフィールドワークって言ってもいいじゃん」

「俺のキャラじゃないからもっと疑われるって」


へらへら笑う顔が腹立たしい。

 こんな時まで彼女のふりしなきゃいけないなんて。

 ……やっぱり、ひとりで行こうかな。


「部長、どこ行くんだっけ?」

「行く気あるの?」

「あるよ。だから来たんじゃん。右? 左? それとも道路渡る?」


何でそんなに積極的なの?

 本当に興味があるのかな……。


「左」

「行こう」


隼人は当然のように手を差し出す。

 ひよりは手を伸ばしかけるが、はっとして手を下ろす。


 いやいや、何しようとしてんの!

 フィールドワークに行くんだから、彼女のふりしなくていいでしょ。


「行くよ」


隼人の前に出て足早に歩く。


「……」

 

隼人は空の手を握りしめてポケットにしまい、ひよりの後を追いかけた。


 住宅地を5分ほど歩いたところで、突然ひよりが走り出した。


「おいっ!」


隼人が慌てて追いかける。

 ひよりは狭い階段を駆け上がり、木々に囲まれた赤い鳥居の前で手を振った。枝葉の隙間から差す光が、石畳にまだらな影を落としている。

 

「着いたよ!」

「ここ?」

「鹿嶋神社だよ。ここは境内にある稲荷社」


ひよりは社に向かって真っすぐ伸びているコンクリートの道の端を歩く。

 隼人も真似をしてひよりの後についていく。


「真ん中歩かないんだ」

「神様の通り道だから、端を歩くのが礼儀なの」

「へえ」

「まずはお参り」

 

ひよりが社の前で二礼二拍手一礼する。隼人は見よう見まねでぎこちなく参拝し、賽銭箱に小銭を入れるひよりを見て目を見開く。


「あっ、そっか。現金か」

「持ってない?」

「アプリかカードしかない。普段、現金使わないから」

「貸してあげる」


ひよりは財布から5円玉を取り出し、隼人に渡す。

 

「へえ。5円でいいんだ」

「ご縁がありますように、ってね」

 

隼人が5円玉を賽銭箱に入れる。

 チャリンと小気味よい音が鳴る。

 ひよりは鳥居の方を振り向く。

 暖かい春風が木々を揺らし、ひよりの前髪をかき上げる。


「稲荷社っていえば狐だけど、ここには狐の像がないんだよね」

「ない所もあるんだ」

「こういう違いって、実際に来ないと分からないでしょ。それを見つけるのもフィールドワークの楽しさなの」


ひよりは隼人を見上げて笑みを浮かべる。

 隼人の瞳がわずかに揺らぐ。


「なるほどね。……にしても」


隼人は辺りを見回してからひよりに目線を戻す。


「鹿嶋神社って狭いんだな」

「何言ってんの? 拝殿はもっと奥にあるよ」

「じゃあ、そこに狐の像あるんじゃねえの?」

「違う、違う。そこにいるのは、狛犬」


ひよりは笑いながら手を振る。


「同じ神社なのに、別の神様がいるのか?」

「境内に小さな神社があることもあるの」


ひよりは稲荷社を後にして、奥に進みながら説明を続ける。


「じゃあ狐が神様?」

「狐は神様のお遣い。狛犬はまたちょっと違って――あ、あそこ!」


ひよりは階段を駆け上がり、白い鳥居を潜る。


「また走ってるし」


苦笑しながら隼人が追いかける。

 鳥居を潜ってから数段の階段を上がった先に、参道を挟むように1対の狛犬が向かい合っている。


「見てみて。かわいいでしょ!」


ひよりは嬉しそうに、自慢げに狛犬を指さす。


「かわいい? ……怖くね?」


左右の狛犬を交互に見て、隼人は顔をしかめる。


「怖くないよ。よく見て。かわいいし、イケメン!」


隼人は目を瞬かせ、頷く。


「……趣味悪いな。どうりで俺になびかないわけだ」

「うるっさい!」


ひよりは目を吊り上げて隼人の肩を叩く。

 隼人は笑いながら参道の左端に逃げ、ひよりは頬を膨らませた。

 

「狛犬の良さが分からないなんてどうかしてる!」

「おっ、これかっけえ」


龍の口から水が流れる手水舎の前で、隼人が足を止める。


「こういうのは好きなんだ」

「狛犬よりイケメンだし」

「趣味悪い」

「悪くねえよ。男なら龍は好きだろ。で、これ何のためにあんの?」

「こうやるの。見てて」


ひよりは柄杓で両手を濡らし、口をすすぐ。


「わかった?」

「余裕」


隼人も同じようにやってみる。だが、柄杓を傾けすぎて水が足元に跳ねて隼人の顔にかかった。


「うわっ!」

「全然余裕じゃないじゃん」


ひよりはショルダーバッグからハンカチを出して隼人の顔を拭く。

 

「ありがとな」


隼人はふっと表情を緩める。思ったよりも顔が近くて、ひよりはさっと距離を取る。


「お参り、しなきゃ」


参道を駆けて拝殿の前で参拝をする。


「そうだ! 写真撮るの忘れてた!」

 

隼人が参拝をするのを待たずに狛犬の所に走って戻り、ひよりはあらゆる角度からスマホで写真を撮り始める。


「何枚撮ってんだよ」

「角度によって表情違うんだから。ねえ、鳥居とか拝殿とか写真撮っておいて」

「はいはい」


隼人がスマホを構える。画面の中では、ひよりが楽しそうに狛犬を撮っている。


「……ひよりは石像が好きなのか?」


ひよりは隼人の方を向いて笑顔で大きく頷く。


「うん。好きだよ」


カシャッ。


 隼人は無意識にボタンをタップしていた。

 画面いっぱいに、笑顔のひよりが映っている。


「ちょっと、何撮ってるの?!」

「ひより」

「それは分かってるって。私なんか撮ってどうすんの」

「……なんかじゃねえよ」


隼人の声が風に掻き消され、ひよりには届かない。


「え? 何て?」

「何でもない」 


スマホをポケットにしまう隼人を、ひよりは怪訝な目で見る。


「さっきの消しといてよ」

「無理」

「何で!?」

「別にいいだろ。そういえばさ、最初のとこは稲荷社だったけど、狛犬がいるってことは祀ってる神様は違うのか?」

「……よく気づいたね」


ふざけてるように見えて、ちゃんと覚えてるんだ。

 

 ひよりの胸の中がじんわりと温かくなる。


「ここは、武甕槌神(たけみかづちのみこと)っていう武神を祀ってるの」

「へえ」

「ずっと昔からこの辺りの人たちに、大事にされてきたんだよ。今もこうして残ってるってすごくない?」


ひよりは瞳を輝かせ、夢中になって話し続ける。

 

「ほんとおまえ、変わってんな」


隼人は感心したように笑うが、ひよりは口を閉じる。伏せた瞳が曇る。


 変わってる……。

 またそれだ。


「俺、そんなふうに考えたことなかった。今まで全然興味もなかったけど」

「そうだよね……」

 

民俗学が好きだと言えば、返ってくるのは大抵「変わってるね」。

 だから好きなものほど、人に話さなくなった。

 隼人が質問してくれたのが嬉しくて、つい話しすぎた。


「なんでそんな顔すんだよ。褒めてんだけど」

「どこが?」

「こんだけ好きなことあって、語れるのってすごいじゃん」


隼人の笑顔に、からかう色はなかった。


「それに、すげえ楽しそう」

「悪い?」

「なんでそうなるんだよ」

 

隼人は呆れたように笑ってから、少しだけ声を落とした。

 

「好きなんだろ?」

「……うん」

「じゃあ、堂々と語ればいいじゃん。俺、何も知らねえから教えてよ、部長」


日差しを背に微笑む隼人が眩しい。

 ひよりは目を伏せて緩みそうになる唇を噛み締める。


 期待しちゃいけない。

 分かってるのに、隼人なら、と思ってしまう。

 私の好きなことを理解してくれるかも……。


「ここ以外にも行く?」

「あ、うん」

「じゃ、案内してよ。部長」


そうだ。私は部長で、隼人は部員。

 これはただの部活動で。

 私は隼人のニセの彼女なんだから。

 ただそれだけ——。

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