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恋じゃないふりをして  作者: 春野ひなた


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2/27

2話 王子と秘密の部室

「ひより、一緒に昼飯食おう」


チャイムが鳴ってすぐ、王子スマイルの隼人が当然のように声をかけてきた。

 おかげでクラス中の視線が突き刺さって痛い。

 

「……なんで?」

「彼女だから」


即答……。

 

「ひよりん、彼氏と食べてきなよ」

「優依、そうじゃなくて……」

「行こう」


隼人がひよりに手を差し出す。だが、ひよりはその手を取るのを躊躇する。

 

 恋人っぽく見せるってこういうこと?

 こんなの聞いてないよ。

 

「早く。みんな見てる」

 

ひよりにだけ聞こえるように、隼人が小声で言う。笑顔のままだが、瞳は笑っていない。ひよりはおずおずと手を出す。


「ひより、嫌なら嫌って言えよ」

 

誠がひよりの手を下ろさせ、隼人に剣呑な眼差しを向ける。


「君、誰?」

「若松誠。こいつの幼馴染だ」

「へえ。……幼馴染、ね」


隼人の目尻がぴくりと動く。

 

「ひより、本当にこいつと付き合ってるのか?」

「え、えっと……」


困惑した顔で隼人を見ると、眉間に皺を寄せギロリと睨まれる。


「う、うん」

「……マジで?」


疑い深い目の誠に見つめられ、ひよりは目を逸らす。


「悪いね、幼馴染くん。ひよりは俺にぞっこんだから」

「何勝手なこと……!」


隼人が長い人差し指をひよりの唇に当て、にっこりと微笑む。

 

「俺もひよりしか目に入らないよ」


ぞわり。

 ひよりの背筋に鳥肌が立つ。

 教室全体が隼人とひよりに注目し、ざわめく。

 隼人はそのままひよりの手を取って教室を出て行く。


「王子、本気なの?」

「あんな地味な子が?」

「あかりちゃんの方がお似合いなのに」


あかりは険しい表情で、ひよりの後ろ姿を見て呟いた。

 

「何でひよりが……」



 手を繋いだまま、人の多い廊下や中庭を進む。

好奇の視線が突き刺さる。


 これじゃ、見せつけてるみたいじゃん。

 

「いい加減離してよ」

「まだだめ。人が見てる」


隼人は周囲に笑顔を振りまきながら、そのままひよりの手を引いていく。


「どこまで行くの!」


体育館脇の非常階段まで来たところで、隼人はようやく手を離した。踊り場まで上がり、そこに腰掛けて隣を指差す。


「座って」

 

ひよりは一段低い所に距離を置いて座り、隼人を睨む。


「何でわざわざ2人で食べないといけないわけ」

「分かってねえな」


前髪をかきあげ、ニセ王子モード全開の不機嫌そうな顔をする。


「“彼女”は特別だって見せつけないと意味ねえんだよ」

「ニセの彼女なのに?」

「だからだ。さっき、言いかけただろ」

 

隼人がぐっと顔を近づける。

 ひよりはその分距離を空ける。


「あの2人には言ってもいいじゃん」

「いいわけねえだろ」

「誤解されたくないだけなのに」

「……あいつのこと、好きなの?」

「はあ? 何でそうなるの」


こいつの頭の中、色恋しかないわけ? 

 

 軽蔑の眼差しを向けると、隼人はふっと口元を緩める。

 

「またその目」

「何よ」

「ま、違うならいいや。ちゃんと彼女のふりしてくれよ」

「ふりって、何すればいいの?」

「昼飯一緒に食ったり、一緒に帰ったり」

「えー、学校内だけにしてよ」

「だめだ。付け入る隙のないカップルを演じないと」

 

隼人は目を伏せる。

 その横顔に影が落ちる。

 

 何でそこまでして……。

 

「その代わり、なんちゃら研究部の活動やってやるよ」

「部活の名前すら覚えてない?! やっぱり口だけでしょ!」

「ちゃんとやるって。契約だからな」

「だったら名前ぐらい覚えてよ」

「民俗学、だっけ?」


覚えてるじゃん。からかってただけ?

 もしかしたら、少しは興味持ってくれたりするかな……。

 いや、つまらなさそうな顔するに決まってる。

 それより問題がひとつ。


「でも、2人じゃ正式な部にはできない」

「じゃあ部室は?」

「あるわけないでしょ。部活って認められないと普通はもらえないよ」


隼人は顎に手を当てて考え込む。


「そういえば、狭いけど空き部屋あったな。そこ部室にしたら?」

「何でそんなとこ知ってるの?」

「前に先輩に連れ込まれかけた」

「……へー」

「なんだよ、その顔」

「女遊び激しいって噂、本当だったんだと思って」

「ちげえよ。女なんて面倒なだけだ」


目が死んでる。

 心底面倒くさそうだ。


「じゃあ、何で彼女のふりしないといけないの?」

「おまえは女避け。ある意味俺のボディーガードだな」

「なっ……!」


意地悪そうな笑い方がムカつく。


「部室は人目を避けるのに好都合だし、使えるか聞いてみるか」


隼人は突然スマホを取り出し、どこかへ電話をかける。

すぐに通話を終えると、笑顔で親指を立てた。


「使っていいってさ」

「何を?」

「空き部屋だよ。今日から俺らの部室代わり」

「誰に許可もらったのよ」

「理事長」

「は? 何で理事長に直接電話できるの!?」

「親父の知り合いなんだよ。仕事柄、顔広いから」

「お父さん、何者?」

「鵜野森グループ、知らない? その社長」

「……うそ」


本当にあの鵜野森グループの御曹司だったの……。

 うちのお父さんの会社、確かその系列なんだけど。

 ふりとはいえ、なんて人の彼女になってしまったんだろう……。


 ひよりは今更ながら頭を抱えて、契約を結んでしまった昨日の自分を恨んだ。


 

 放課後、隼人と空き部屋に行き、扉を開けた。

 その瞬間、埃がぶわっと舞い上がり、ひよりは顔をしかめた。


「うっ。汚い」

「ごほっ。埃まみれだな」


段ボールや書籍、ゴミが散乱している。隼人が窓を開けると、さらに埃が舞った。


「掃除しなきゃ」

「理事長が、中の物は処分していいって言ってたし、ゴミまとめるか」


隼人が積まれている段ボールを廊下に運び出す。


「……掃除、してくれるの?」

「するしかないだろ。ひよりも早くやれよ」

「あ、うん」


てっきり、1人でやれって言われると思った。

 女遊びの噂も違ったし、思ってた陽キャとはちょっと違う……。

 

「民俗学研究部って、どんな活動するんだ?」


空いている段ボールにゴミを投げ入れながら、隼人が問いかける。

 箒で床を掃いていたひよりの手が止まる。


「簡単に言えば、昔からその土地に伝わってるものを調べるの」

「伝わってるもの?」

「お祭りとか、昔話とか、言い伝えとか。神社やお寺もそうだし」

「地味だな。何がおもしろいんだ?」

「何がって……」


ひよりは少し考えて、窓の外を見る。


「例えば、学校の近くの道端に小さい祠があったりするでしょ?」

「あるな」

「何でそこにあると思う?」

「知らね」


隼人はゴミを投げ入れながら相槌を打つ。


「ちゃんと理由があるんだよ。昔の人が土地の神様を祀ってた、とか」

「へえ」

「調べてくと、その土地の歴史とか、人の暮らしまで見えてくるの」


ひよりの表情が明るくなり、口元が緩む。

 隼人は手を止め、ひよりの顔に目を向ける。


「それに、何百年も前の人が心を込めて作った祠とか神社が、今も普通に残ってるのって、すごくない?」

「……まあ、すごいな」

「でしょ!」


ひよりが一歩隼人に近づき、瞳を輝かせる。


「神社に狐とか狛犬いるでしょ。土地によって言い伝えが全然違ったりするし、狼を神様として祀ってるところもあるんだよ。私、特に狼神が気になってて。興味あるなら今度——」


夢中で話すうち、ひよりはいつの間にか隼人との距離を詰めていた。


「ちょ、待て。早口すぎて追いつけねえよ」

「あ、ごめん。つい……」


ひよりは我に返って飛び退き、俯く。


 絶対、ひかれた……。


「何で謝るんだ?」 

「だって、喋りすぎたから……」

「別にいいじゃん」

「え?」


ひよりは隼人を見上げる。


「よっぽど好きなんだろ?」


隼人がふっと柔らかく笑う。

 王子スマイルとは違う、自然な笑顔。

 

 ……こんなふうに笑うんだ。


 なんだか気恥ずかしくなり、ひよりは箒に視線を落とす。


「で、でも、興味ないこと語られてもうざいでしょ」

「むしろもっと聞きたい」


気付けば、隼人が目の前に立っていた。


「ひよりが楽しそうに話すの見てたら、興味でてきた」

「……本当に?」


ひよりの瞳の奥に、期待の色が滲む。


「ひよりの話聞くの好きかも」

「なっ……!」


隼人は瞳をいたずらっぽく細め、口角を上げる。


「顔、赤くなってる」

「暑いだけ!」

「照れてるんだろ」

「う、うるさいっ! 照れてないし!」


ひよりは怒って箒を振り回す。


「わかった、わかった」


隼人は笑いながら、逃げるように段ボールを抱えて部屋を出ていった。


 顔が熱い。心臓の音がうるさい。

 きっとこれは怒りのせい。

 興味でてきたなんて、きっとでまかせ。

 期待なんてしないほうがいい。

 なのに、あいつの自然な笑顔が頭から離れない……。



 ある程度片付けを終えた頃には、下校時間がとっくに過ぎていた。


「やばい。早く帰らないと。その前にひとつだけ」


ひよりは急いで鞄からペンケースを取り出し、無地の紙の上にマジックペンを走らせる。


『民俗学研究部(仮)』


「仮なんだ」

「部員も部室も仮ってことで」


テープで扉に貼り、ひよりは満足そうに扉を閉める。


「小さな一歩、かな」

「お疲れ、部長」

「部長? 私が?」

「部長やるの、ひよりしかいないだろ」

「そっか。私が、部長」


にやけそうになる口元を隠し、ひよりは扉に背を向けて歩きだす。

 その隣に隼人が並ぶ。


「なあ、活動ってただ資料見るだけじゃないよな?」

「うん。フィールドワークっていって、現地で調べることもあるよ」

「じゃあ行こう。今度の休み」

「え? 2人で?」


ひよりは目を瞬く。


「当たり前だろ。部員、俺らしかいないんだから」

「休日なのに、いいの?」

「どうせ暇だし。もっと民俗学のこと教えてよ、部長」

「知りたいなら、いくらでも教えるけど」

「じゃ、決まりな。場所は任せる」

「あ、うん」


結局学校の外でもこいつと2人。しかも休日に……。 

 いや、これはずっとやりたかった民俗学研究部の活動なんだから。楽しまないと。


 ひよりはざわつく胸を押さえる。 


 夕日の差し込む廊下に、長く伸びた2人の影が静かに揺れた。

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