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第95話 ここは頼みます

「シルヴァさんに会いに行く」

「転移ですね」

「ああ」


ダンジョン内転移は、分割したダンジョン間でも使える。

引っ越しの時に使わなかったのは、ダンジョン間をまたぐ転移はマスター本人しか移動できないからだ。

モンスターもコアも連れていけない。

だからモンスターの引っ越しには使えなかった。


俺一人で行くなら、一瞬で着く。

あと、もう一人。


「ぽんこも来い」

「はい!」

「お前も転移使えるよな」

「使えますよ。マスターのスキルですけど、ぽんこも使えます」


その言葉にセラが反応する。


「不可能です」


静かな声だった。

セラはぽんこを見ている。


「ダンジョン内転移はマスター専用スキルです。管理AIが使用できる仕様は存在しません」

「セラちゃん、でも使えるんですよ」

「……マスター、本当ですか?」

「本当だぞ、なんでかは知らんが。ぽんこ、見せてやれ」

「はーい!」


そう言ってぽんこは、セラの後ろに転移する。


セラの目が、わずかに細くなった。


「旧式。……あなたは何者ですか」


部屋の空気が、一瞬だけ変わった。


ぽんこは、にっと笑ったあと、得意気に言った。


「セラちゃん。自分が何者かは自分が決めるんです。ぽんこはぽんこです!」

「回答になっていません」

「なってます!」


お団子が、ぐるんと回った。


セラはしばらくぽんこを見ていたが、それ以上は追及しなかった。

追及しても答えが出ないと判断したのだろう。


俺も、深くは聞かなかった。

ぽんこはぽんこ、それだけで十分だ。


「じゃあ行くか」

「はい!」


転移。


一瞬の浮遊感の後、景色が変わった。


旧ダンジョンのコア部屋。


台座の上にダミーコアが置かれている。

紫の明滅。

本物があった場所に、代わりのコア。


「おかえりなさい、マスター」


シルヴァさんの声が、壁の奥から聞こえた。


数秒後、入口にシルヴァさんが立っていた。

深緑の長い髪。穏やかな目。


「ただいま」

「お茶、淹れますね」


お茶が二つ出てきた。

俺の分と、ぽんこの分。


「シルヴァさん」

「はい」

「正式に、お願いしに来ました」

「はい」


「このダンジョンを、任せます」

「はい。お任せください」


「低層は今まで通り探索者を受け入れてください。DPを稼ぐ場所として維持する。ただしやり方はシルヴァさんに任せます。森の使い方も、防衛の形も、一任します」

「一任、ですか」

「ここのことは、シルヴァさんが一番よく知ってる。俺が遠くから口を出すのは、邪魔にしかならない」


シルヴァさんが、穏やかに笑った。


「わかりました。ただし、私じゃ判断できないことはお願いしますね」

「もちろん」

「お茶のおかわり、いりますか」

「もらう」


シルヴァさんがお茶を淹れ直してくれている間、俺はUIを開いて旧ダンジョンの状態を確認した。


問題ない。

むしろ、俺がいた時より細かいところが行き届いている。

探索者が休憩して欲しいあたりに部屋があり、休憩してほしくない場所はゴブリンの配置が最適化されている。


シルヴァさんが入れてくれたお茶を飲みつつ、ダンジョン談議に花を咲かせる。


「シルヴァさん、ここ直しました?」

「少しだけ。探索者の方が不便そうでしたので」

「俺が気づかなかった部分だ」


「それにしても、一任していただけるのであれば低層も広げて森にしちゃいましょうか。緑はいくらあってもいいですから」


その時、シルヴァさんが何かに気づいたように、ふっと顔を上げた。


「あら?」

「どうしました」


「マスター、ちょっとこれを見ていただけますか」


シルヴァさんがUIを操作した。

俺の画面にも、シルヴァさんが見ているものが共有される。


支配域のマップ。


旧ダンジョンの支配域は、地下に広がっている。

十六階層の森が最深部で、そこからシルヴァさんの根が地中に伸びている。

ここまでは知っている。


だが、マップの端に、見慣れないものが広がっていた。

地上だ。


「マスター、これ……地上も、支配域にできるようになっていますわ」

「地上?」

「はい。ダンジョンの入口の周辺が、支配域として取り込める状態になっています」

「ぽんこ」

「説明します!」


ぽんこがUIに飛びついた。

お団子が高速回転している。

仕事モードだ。


「管理権限レベル6の隠し報酬です!」


「隠し報酬?」


「はい。レベル6に上がった時に解放されていたんですが、通知は出ていません。気付けば使える類の機能ですね」


レベル6、モンスターの強制服従の解除。

外れ枠だと思っていたが。


「あの時から使えたのか?」

「そうです!まさかシルヴァさんが見つけるとは、マスターより才能があるんじゃないですか」

「あら、嬉しい」

「お前外れ枠だって言ってたろ」

「表向きは外れ枠なんですよ!私はマスターが自分で気付かなくちゃいけないことは説明できません!」

「はぁ……わかった、仕様を教えてくれ」


諦めてぽんこから説明を聞く。


地上支配域。

ダンジョンの支配域を、地上に伸ばせる。

ダンジョンと地続きでなくてはならない。

使用するDPや範囲、支配域内のルールは地下と一緒。


「どこまで広げられる?」

「DPがある限り、どこまでも」


地上に、支配域を広げられる。


地下だけだったダンジョンの領域が、地上に出る。

DPさえあれば、森も、平原も、街道の脇も。


シルヴァさんが、地上のマップを見つめていた。


ダンジョンの入口から広がる森。

その先にアウル村がある方角。


「マスター」

「ん」


「これ、まずはアウル村の方面に伸ばしてみてもよろしいですか」

「アウル村?」

「リオンさん達がいる村です。村を支配域に含められれば、何かあった時に、あの村を守れます」


アウル村を守る。

リオンとの約束。


それに、地上支配域が地下と同じ扱いなら、村はもう外ではない。

人が暮らす場所ごと、ダンジョンの内側になる。

ということは……まあ、そういうことだろう。


「やってくれ」

「はい。ついでに、村までの道も少し整えられます。木陰と花と、風よけの低木を配置して」

「ああ」

「村の外周にも森を回せば、獣避けにもなりますし」

「ん?」

「最終的には、村全体を緑で包む形が落ち着くと思います」

「待て。守る話から、だいぶ園芸に寄ってないか」

「ふふ。私、エンプレスですから。地上の森も、欲しくなってしまいましたわ」


シルヴァさんが、微笑んだ。


「はは……ほどほどに、お願いします」


一抹の不安を覚えるが、楽しそうなシルヴァさんを見て胸のつかえが取れた。

笑顔でここを出ていけそうだ。


俺はお茶を飲み干して、立ち上がった。


「シルヴァさん」

「はい」

「ここは頼みます」

「はい。マスターが初めて作った、このダンジョンですから」

「たまに来ます」

「お茶を淹れて待っています」


転移。


新ダンジョンのコア部屋に戻った。

狭い部屋。

冷たい岩壁。

コアの脈動。


「マスター」

「ん」

「こっちにもお茶淹れますか?」

「頼む」

「シルヴァさんには敵いませんけどね」

「いいから淹れろ」

「はーい」


旧ダンジョンには、シルヴァさんがいる。

地上に向かって、支配域を広げ始める。


新ダンジョンには、俺とぽんこと仲間達がいる。

蟻の巣は、まだ小さい。


二つの家が、動き始めた。

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