第4話 さあ、ダンジョンを開始しよう
ゴブリンを生成した後。
その日は、そこで作業を切り上げた。
ダンジョンマスターはコアから栄養を供給されるため、食事も水も必要ないらしい。
トイレにも行かなくていい。
その代わり、睡眠は必要だった。
「寝ないで済む方法はないのか?」
「スキル【不眠】があります!二十万DPです!」
「時給1円だぞ、買えるわけないだろ」
スキルもDPで取得できるらしいが、どれも桁が違う。
【不眠:200,000DP】
【暗視:16,000DP】
【念話:40,000DP】
結局あきらめ、ぽんこに見張りを任せて、その日は眠った。
次の日から、自分用の武器を生成し、ゴブリンと一緒に訓練をはじめる。
朝はゴブリンと訓練。
昼はぽんこからこの世界のお勉強。
夜はたまったDPの使い道を考える。
そうして、一週間が過ぎた。
「マスター」
「どうした?」
「生命反応、三つ。入り口に入りました。武装……あり」
「探索者か?」
「行動パターン、探索者とは違います」
「何者だ?」
「推定――盗賊です」
ぽんこが、はっきりと言った。
「入り口で止まっています。状況確認中のようです」
「慎重だな」
「まあ、前回は確認するまでもなく丸見えでしたからね」
「成長の証だな」
だが、冗談で逃げられる状況ではない。
「またもや想定よりも早いですが、今度は準備ができています。あとは――迎えるだけです」
俺は、握り慣れてきた槍を手に取った。
ゴブリンたちが、暗がりでじっと待機している。
「よし」
ぽんこが隣で、小さく息を呑む。
「今度が本番です。がんばりましょう」
入口の方から、声が聞こえる。
ダンジョン内の様子はUI越しに観察できる。
さながら監視カメラだ。
まだ光苔が増えきっていない、一番外側の暗い通路。
そこに下品な笑い声が響いていた。
「おい見ろよ、洞窟だぞこれ。なんだ?宝でも隠してんのか?」
「バカ、こんなとこ誰も来ねえよ。雨しのぎにちょうどいいってだけだ」
「へっ、だったら酒盛りだろ。ちょうどいい、あの酒開けようぜ」
声だけで、ろくでもないのが分かる。
ボロボロの格好の三人組。
背負っている袋がパンパンで、銀器や布袋がはみ出していた。
ぽんこが、ふっと息を呑んだ。
「推定飲酒量、かなり多め。推定意識レベル、ふにゃふにゃです」
「ふにゃふにゃか」
「ふにゃふにゃです!観測結果は正確です!」
ぽんこの瞳のリングが回転を速める。
軽口とは裏腹に、完全に戦闘モードだ。
盗賊たちの会話が続く。
「よーし、まずはこの銀皿売ろうぜ。昨日の婆さん、泣きながら差し出してきたっけな!」
「へっ、泣く暇あんなら働けってんだよな」
UIで盗賊の様子を観察する。
「うん、悪人だなこれ」
「はい。少なくとも善良な村人ではありません」
その後も盗賊達の犯罪自慢が続く。
盗賊たちはまだ、ここをただの天然洞窟だと思っている。
その油断は――致命的だ。
気付かれなければ、難を逃れるかもしれない。
このまま静かにしていれば、こちらにはこないかもしれない。
だが、俺はもう知っている。
殺らなければ、殺られる。
戦い慣れた三人相手に勝てるなんて驕りはない。
先手必勝。
不意打ちで、潰す。
そんな中、ひとりが立ち上がり、酒を持ったままフラフラと奥へ歩いていく。
「俺、ちょっと奥見てくるわー。宝の匂いすっからよぉ」
ぽんこが、いつもより低い声で告げた。
「マスター。先行一名、単独行動……やりやすいです」
「了解」
盗賊の足が、暗がりへ、一歩。
「――あ?」
そのまま、地面に消えた。
DPで設置した、落とし穴。
中には鋭い鉄の針がはえている、殺意の塊みたいな構造だ。
「先頭の生体反応、消失を確認。DP500、獲得です!」
一瞬だった。
ぽんこが小声で続ける。
「マスター。残り二名、いま初めて異常事態だと気づきました。酒を落としました。動揺しています」
盗賊たちの声が荒れる。
「おい!コダンがいねえぞ!」
「なんだよこれ。待てよ、誰かいんのか!!」
「ふざけんな!出てこいコラァ!」
入口からは、怒声と金属音。
そして――足音がこちらへ向かってくる。
俺は槍の柄を握り直した。
「マスター。これより先は、準備どおりに進められます」
「ああ。十分だ」
俺は、もう迷わない。
この二人は迷宮に来た「敵」だ。
通路を進んでくる盗賊の足音が、洞窟の中を反響する。
力強く重い、荒々しい足音だ。
「おい!どこだコラァッ!!出てこい!!」
怒号が響きわたる。
その声色に、一瞬身が固くなるが、冷静に聞けば、見えてくるものもあった。
威嚇、警戒、奴らもまた、こちらを探っている。
ぽんこが、俺の横で、小さく声を落とした。
「マスター。敵二名。視界狭窄、心拍数増加、動揺32%。奇襲、成功率はかなり高いです」
「……いけると思うか?」
「いけます!というか、いかないともったいない状況です!」
相変わらず言葉の選び方がひどい。
「よし」
短く答える。
UIには、通路を駆ける盗賊。
やたらと声を張り上げ威嚇しているが、肝心の警戒はおざなりだ。
通路には腰くらいまである巨大な岩、岩を除けようと迂回する、その瞬間。
「行け」
その奥に潜んでいた影が、一斉に躍り出た。
――ガッッ。
足を打たれ、盗賊が転がる。
岩の裏から飛び出してきたのは、三体のゴブリンだ。
背丈は低い、せいぜい俺の腹ぐらい。
けれど、その動きは人間の大人と変わらない。
緑の皮膚、露出した腕や肩には細い筋肉が浮き出ていて、握っている棍棒は十分に殺傷力がある。
盗賊の片方が、目を剥いた。
「うわっ!?なんだこいつら!」
返事代わりに、ゴブリンの棍棒が再度振り下ろされる。
――ドガッ。
その瞬間、二体目のゴブリンが背後に回り込み、足首を刈るように蹴り払った。
盗賊の足が交差し、踏ん張る前にバランスを失い倒れる。
「く……っそ……ゴブリンだと……?」
呻きながら、男が歯を食いしばる。
「ロブ兄。やばい。こいつら普通のゴブリンじゃない」
「うるせぇ!お前そいつら足止めしとけ!!」
怒鳴りながら、兄貴分らしき男は背を向けて走り出した。
通路は狭い。
すれ違うことも難しい幅だ。しかも、ところどころに段差や緩いカーブがある。
逃げられる道は、ひとつしかない。
その道の先に、俺がいる。
分岐の影に体を寄せて隠れながら、呼吸を整える。
自分の鼓動の音がうるさい。
盗賊が走ってくる音と、自分の鼓動が混じる。
突くだけ、突くだけ、それだけを練習し続けた。
今、その突くだけのフォームで槍を構えている。
盗賊の足音が近づいてくる。
地面を蹴る、重い足音。
心臓が早い。それでも、手は震えない。
突くだけ、だ。
ぽんこが、微かに息を呑む。
「マスター……刺突、最適距離まであと三秒。不意打ち補正、最大値です」
三秒後。
盗賊が俺の隠れている脇道の前を通り過ぎる。
ほんの瞬間、盗賊の体が無防備にさらけ出された。
その一瞬で、俺は地を蹴った。
重心が前に傾き、全身の力を込めて腕を突き出す。
槍先が、盗賊の腹へ一直線に伸びた。
刺突が届く、その瞬間。
俺は、心の中で静かに考えた。
さあ、ダンジョンを開始しよう。




