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第23話 静かな戦争

戦闘ログを閉じたあと、俺は椅子の背にもたれて深呼吸した。


「……生きてる。よし」

「マスター、基準が低いです!」

「生きてるだけで百点の日もあるだろ」

「ありますけど!」


ぽんこがぷりぷりしながらも、どこか嬉しそうなのが腹立つ。

……いや、助かっているのかもしれない。


「しかし……」


俺は戦争UIのウィンドウを開いた。


【残存管理者数:512】


「……相変わらず死者はゼロ、か」

「ゼロですね!」


ぽんこの声は明るい。

でも、この数字が妙に引っかかる。


今日みたいな襲撃が当たり前なら、ゼロのままなんておかしい。

誰かが先に潰されて、掲示板が騒いで、空気が変わって――そういう段階になっていてもいいはずだ。

なのに、静かすぎる。


「なあ、ぽんこ」

「はい?」

「静かすぎないか?」

「静かです。平和っていいですね!」


俺はメニューを開いて、いつもの場所を選ぶ。


【DM掲示板】


前に見た時から、少しだけ書き込みは増えている。

でも増え方が控えめだ。


「落ち着いてるな」

「落ち着いてますね。炎上させてみますか?」

「炎上は嫌だろ」


上から順に眺める。


『戦争UI、何から触ればいい?』

『勝利条件がよく分からん。どこを見ればいい?』

『戦争って、いつ開始判定なんだ?境界が曖昧で怖い』

『これ相手ダンジョンまで徒歩でいくの?無理じゃね?』


ぽんこが顔を近づけて、目を丸くした。


「……みんな、悩んでますね」

「悩み方が、まだ浅い」


浅いというか――危機感が足りない。

本気で潰し合ってるなら、もっと具体的になるはずだ。


「どこが落ちた」とか、「どうやって守った」とか、「誰が強い」とか、そういう実戦の匂いが前に出る。


でも今は、手順の確認ばかりだ。

入口で足踏みしてる感じ。


ブラフかとも思ったが、ブラフにしては空気がぬるすぎる。


俺は上までスクロールで戻り、投稿の時刻を眺めた。

そこで、はたと気付く、これ一番古い書き込みで2週間前だ。


頭の中のもやが一つ晴れた。


「……ああ、なるほど」

「なにがですか?」

「死者が出てない理由だよ。みんなまだ本気で戦争をはじめてないんだ」


ぽんこがぱちぱちと瞬きをした。


「えっ、でも戦争は、始まってますよ?」

「始まってる。でも全員がそう思っているわけじゃない」


俺は掲示板をもう一度見渡す。

戦争UIの触り方で躓いてる。

開始判定で悩んでる。

移動手段で止まってる。


つまり、まだ戦争の扉をちゃんと開けてないやつが多い。

そもそも、戦争の舞台に上がっていない。


考えてみりゃ、当たり前だ。

戦争が始まるまで、俺たちは戦争があることすら知らなかった。

初手で攻めようなんて奴はそうそういないだろう。

ほぼ全員、偶然接触し、戦争UIを解放したはずだ。


「だから静かなんだな」

「静かなの、そういう理由なんですね……!」


ぽんこが納得した顔をする。

俺は逆に、嫌なことに気づいた。


じゃあ、俺のところに来ているあいつは何だ?


みんなが扉の前で立ち止まってるのに、あいつだけは扉を抜けて、俺の喉元まで手を突っ込んできた。


俺は画面を閉じて、背もたれに体を預ける。


「……あいつが特殊なんだろうな」

「シャドウのマスターさんですか?」

「たぶん。こっちを見つけて、準備して噛みついてきた。しかも、逃げる手段まで用意して」


ぽんこがむっとした顔でお団子を回す。


「嫌です!嫌な人です!」

「嫌な人だな」


笑って言ったが、笑えない。

あいつは、こちらを戦争相手として認識している。

なら、どうするか。

俺は指で机をとんとん叩いた。


「守ってるだけじゃ、いつか踏み潰される」

「攻めます?」

「攻める。……でも、相手はあいつじゃない」


ぽんこが首を傾げる。


「どういうことですか?」

「戦争をはじめてない奴らが多いなら、戦争に気付いてない奴らはもっと多いだろ」


ぽんこの目がきらっと光った。


「さすが弱者キラー!汚い!」

「きれいごと言える状況じゃないんだ、シャドウのマスターが他のダンジョンを落としたら、うちも負けるぞ」


ダンジョンを落とせば成長する、管理権限も上がり、出来ることも増える。


今は、速度の勝負だ。

先に踏み込んで、先に管理権限を上げて、先に手札を増やす。

そうしないと、先に奴が手札を増やして攻めてくる。


ぽんこがうんうんと頷く。


「なるほど!ちゃんと作戦っぽいです!」

「作戦っぽいじゃなくて作戦だ」


言い返したものの、現実の壁がすぐ出てくる。


「ただ、問題がある」

「……場所、ですか?」

「そう。相手がどこにいるか分からない。」


ぽんこが、にやりとする。


「目はありますよ」

「……目?」


その瞬間、机の下からちょろちょろと小さな影が出てきた。


チュウタだ。


ネズミの皮をかぶったあいつが、ここぞとばかりに顔を見せる。

机の脚をよじ登ってくると、俺の前でぴたりと止まって――前足をばたばたさせた。


「キュッ!キュキュッ!」

「分かった分かった。落ち着け」

「キュッ!」

「落ち着けないか」


チュウタは机の端をこつこつ叩いて、外のほうを指す仕草をする。

次に、自分の頭をぽんぽん叩く。


言いたい、伝えたい、今すぐ。

その気持ちが伝わってくる。


ぽんこが嬉しそうに言った。


「ほら!チュウタさん、情報あります!」「そうだな……とうとうお前の出番か」


俺は苦笑して、チュウタを見下ろした。


「ずいぶん待たせたな」

「キュッ!!」


抗議みたいに鳴く。

そりゃそうだ。


俺は椅子から立ち上がり、メニューに指を伸ばした。

今一番必要なのは、罠でも武器でもない。

攻撃先を決めるための情報だ。


「よし。決めた」

「なにをですか?」

「念話を取得するぞ。お前の情報を、ちゃんと戦力に変える」


チュウタが尻尾をぴんと立てた。

ぽんこが拍手して「やったー!」と叫ぶ。


静かなダンジョンで、ネズミの鳴き声だけがやけに大きく響いていた。


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