第18話 戦争領域
さて、落ち着かなくては。
ネームドの安否だけ確認し、被害状況の確認もそこそこに、コア部屋に戻る。
胸の奥のざわつきはなかなか収まらない。
そんな空気を壊すみたいに、シルヴァさんが湯気の立つカップを差し出した。
「マスター。お茶を入れましたわ」
「……助かる」
受け取ると、ほのかに甘い香りがした。鼻先をくすぐる草の匂い。森の匂いに似ているのに、少しだけ軽い。
「そういやこの体になってから、はじめての飲み物だな」
口に含む。
温かい。ちゃんと味もある。
苦味が強いが、後味にかすかに甘味が残る。
「あーうまいな」
「ふふ。よかったです」
シルヴァさんは相変わらず、笑顔のままだ。さっきまで森を地面ごとうねらせていた人とは思えない。
「このお茶どうした?」
「育てました」
「育てた?」
「はい。森の端に小さな畑を作りましたの。お茶になる葉っぱです」
畑。
ダンジョンで。
お茶の葉。
俺が言葉を探していると、シルヴァさんが続ける。
「お湯は、イモちゃんが火をおこしてくれるので」
「火?」
思わずぽんこを見る。
ぽんこは何故か誇らしげに頷いた。
「はい。イモちゃん、便利です」
「なにやってんだイモのやつ」
「焚き火係です」
「ダンジョンに焚き火係がいる世界線、初めて聞いた」
シルヴァさんが、ふふ、と肩を揺らす。
「イモちゃん、火を怖がらないんです。いい子ですよ?」
いい子ならまあ、いいか。いやよくない気もするが、今は突っ込む気力がない。
温かいお茶をもう一口飲む。
胸のざわつきが、少しだけ下に沈んだ。
「……よし。落ち着いた」
カップを置く。
「んで、あれはどういうことだ、ぽんこ」
ぽんこが、いつもの調子に戻りきらない顔で頷く。
「はい。順番に説明します」
「頼む。まず、あのモンスターは誰かが送りこんできた、そうだな?」
「おそらく」
「そんな存在、心当たりあるか?」
「多分、すぐわかります」
その瞬間、視界の隅がちかりと光った。
ぽんこの小窓とは別の、見慣れない通知。いや、見慣れないわけじゃない。
管理UIの上に重なる形で、強制的に出てくるやつだ。
【接触判定:成立】
【対象:他管理領域由来侵入個体】
俺は眉をひそめた。
「……接触判定?」
ぽんこが一瞬だけ目を見開き、それからお団子をぎゅんぎゅん回して早口になる。
「来ました!マスター、説明します!今の侵入個体は他のマスターの管理下にあった可能性が高いです」
「他の……マスター?」
問い返した瞬間、通知が続く。
【条件達成:自分以外の迷宮管理者由来存在との接触】
【管理権限レベルアップ:3】
その通知を見た瞬間、視界に閃光のようなノイズが走る。
ノイズは一瞬で消え、気付くと新しい通知が来ていた。
【迷宮管理者統合戦争システム:開放】【あなたのダンジョンは戦争領域に認定されました】
「……は?」
ぽんこが、なぜか少しだけ得意げに頷いた。
「管理権限レベル3で解放です。おめでとうございます」
「祝ってる場合か」
「祝ってる場合ではありません」
言うだけ言って、ぽんこはすぐウィンドウを切り替えた。
【迷宮管理者統合戦争システム:戦況】
【戦争中】
【同期管理者数:512】
【残存管理者数:512】
【あなたの大陸:第三大陸】
【第三大陸残存管理者数:102】
【ランキング:上位50表示】
【第三大陸地図:表示】
「……512?」
口に出すと、数字が現実味を帯びてくる。俺と同じダンジョンマスターが、511人。
シルヴァさんが、首を傾げた。
「あらあら……お友達がたくさん、ですね?」
「お友達ならいいんですけどね」
ぽんこが淡々と補足する。
「友達ではありません」
だろうな。
俺は息を吐いて、黒いウィンドウを見つめた。
「統合戦争システム、って何だ」
ぽんこが、今度は少しだけ言葉を選んで説明する。
「人間には知られない、ダンジョンマスター同士の戦争です。勝利条件は、最後の一人」
「最後の一人?」
「はい。迷宮管理者が一人になるまで続きます」
言葉が、胸の奥に引っかかった。
続く。続くって、何が。
「……殺し合い、ってことか」
ぽんこが頷いた。
「はい」
カップの底に残った茶の香りが、やけに濃く感じた。さっき落ち着いたはずなのに、また胸の奥が冷える。
「戦わなければどうなる?」
「勇者が増えます、さらに強くなります」
ふざけた世界だ。
勇者が増えるとか聞いたことがない。
「なるほど、戦わない選択肢はないって訳か。で、逆に戦争で得るものは」
「主に二つです。敵コア破壊による大量DP。それと、管理権限レベルアップです」
ぽんこが小窓を出す。
【管理権限レベル:4(未解放)】
【解放条件:コア破壊×1】
「……敵のコアを壊せば、権限が上がる」
「はい。そして権限が上がると、できることが増えます」
「他のマスターは乗ると思うか?」
ぽんこが、少しだけ真面目な声になる。
「はい。最終的に避けられないなら、早めに潰してDPと権限を取るのが合理的です」
合理的。嫌な単語だ。
俺は、椅子に深く座り直した。
「人間より……まずダンジョンマスターの方が敵なのかよ」
ぽんこが小さく頷く。
「はい」
シルヴァさんが、困り顔の笑顔でカップを両手に包む。
「……困りましたねぇ。悪い子が、もっと来るのかしら」
「来る」
俺は短く言った。
「逃げた一体が、情報を持ち帰ってる。既に偵察は済んでいる」
よく考えれば自明のことだった。
乗るかどうか、じゃない。
既に攻めてきているってことは、乗った奴がいるってことだ。
しかし……
「……何をさせたいんだ」
「はい?」
「俺たちにだよ。五百人以上のダンジョンマスターを放り込んで、互いに潰し合わせる。戦わなければ勇者が増える。敵のコアを壊せば権限が上がる」
俺は黒いウィンドウを睨んだ。
「どう見ても意図のある設計だろう。だが、こんなことして世界になんの得がある」
「はい!秘密です!」
「なるほど、秘密か」
ふざけた返事だが、最近気付いた。
これは、ぽんこからのヒントだ。
「つまり、何らかの意図があるのは確定ってことだな」
「……マスター、初心に帰りましょう。我々は言ってみれば、下請けです」
「クライアントの命令は絶対。理由も説明されずに謎の作業を請け負うのも仕事のうちってか」
それでも、自衛のためにはクライアントの要求を突っぱねることも必要だ。
「競合が511社もいますからね、クライアントもいちいち説明してられないんじゃないですかね」
「いい仕事をするためには、クライアントとの関係形成が欠かせないんだがな」
「なるほど!接待ですね!」
「飲みに誘える存在ならありがたいな」
ふっと息が抜けた。ほんの少しだけ。
俺は支配域マップを開く。三階層の森。
シルヴァさん。ゴブリン軍。
スライムの残り。外を走るチュウタたち。
手札は揃っている。裏の土台は、もうある。
「……方針は決まった」
ぽんこが目を丸くする。
「えっ、もうですか?」
「もうだ」
「様子見はしない。積極的にこちらから攻める」
「はい」
「人間向けはこれまでと同じだ、初心者向けのお小遣いダンジョン。裏で防衛戦力と対ダンジョンマスター戦力を育てるぞ」
シルヴァさんが、ふわりと笑う。
「ふふ。森は任せてください。元気にしておきますね」
「頼む」
ぽんこが小窓を出して、元気よく書き込む。
【方針:表はE、裏で戦争準備】
俺は黒いウィンドウの数字をもう一度見た。
【残存管理者数:512】
この数字が減らなければ、勇者が来る。
最後の一人にならなければ、生き残れない。
ん?
「ぽんこ、最後の一人になったらどうなるんだ」
「はい!秘密です!」
結局――逃げ道はない。
カップの底に残った一滴を飲み干して、俺は言った。
「Eランクのまま最強になる。ここからが本番だ」




