第143話 蟻の巣ダンジョン(仮)
降参から三日後、エスがまた来た。
今度は、白い布切れは持っていなかった。
代わりに、入口の広間で俺が出しておいたフライドポテトの皿を見るなり、勝手に座り込んで食べ始めた。
なんかポテトとか好きそうだな、と思って用意してみたが、正しかったらしい。
「うま。これDPで出したの?」
「そうだ」
「ずる。オイラ、こういうの出すDPもったいなくて、ずっと動物狩ってたんだけど」
アニは、少し離れた壁際で腕を組んでいる。
ぽんこは、俺の隣で、エスの食べっぷりを興味深そうに眺めていた。
何から聞こうか、少し考えた。
聞きたいことは、山ほどある。
「お前、今まで何してたんだ」
「何って?」
「ずっと一人で、あんなでかい地下道を掘ってたんだろ。いつからだ」
エスは、ポテトをくわえたまま、天井を見上げた。
「オイラ、元々は北の方にいたんだよね。ちっちゃいダンジョンで」
「あー、北か……」
「そう。そしたら、北西の狂犬がどんどん周りを殺していくらさ、次はオイラのとこだなって思って、逃げた」
俺のせいか。
それにしては、その言い草はあっさりしたものだった。
「最初はさ、ちょっと掘って隠れるだけのつもりだったの。でも、追われたら別の出口がいるでしょ。そしたら、もっと遠くまで逃げたくなるでしょ。で、また掘るでしょ」
エスは、指を一本ずつ折っていく。
「逃げて、掘って、逃げて、掘って。そしたら、なんか楽しくなっちゃってさ」
「楽しくって、ずいぶん気楽だな」
「うん。そんで気づいたら、あんな感じ」
あんな感じ、で済ませていい規模ではない。
「出口が何百もあるだろ。あれ、迷い込んだ人間で稼ぐための仕組みじゃなかったのか」
「そう。すごいよね、あれ」
「お前が考えたんじゃないのか?薄く広く、大陸中から客を拾う。よく考えたもんだと思ってたんだが」
「考えた訳じゃないよ。逃げ道増やしてたら、勝手に人が落ちてくるようになったからさ。わざわざ探索者相手にしないでも、これでいいじゃん、って増やしまくったらああなった」
ぽんこが、隣で小さく吹き出した。
「マスター、深読みしすぎでしたね!」
「うるさい」
あの時、地図の前でアニと二人、真剣な顔で唸ったのは何だったんだ。
「そういや、お前のダンジョン、名前は何ていうんだ」
「蟻の巣ダンジョン」
「は?」
「蟻の巣ダンジョン」
聞き間違いではなかった。
「うちも、蟻の巣ダンジョンだぞ」
言ってから、思い出した。
新しいダンジョンを作った日、UIに出てきた名前だ。
【蟻の巣ダンジョン(仮)】
なんだ(仮)って、と首をかしげたまま、ずっとそのままにしていた。
「……いや、違う。うちのは、蟻の巣ダンジョン(仮)だ」
「あー、そういや、いつからか蟻の巣ダンジョン(真)に変わったわ。あんたのせいか」
「お前のせいか」
「いや、後から名乗ったのあんただからね?」
ぽんこが、とうとう声を出して笑い出した。
「マスターのダンジョン、ずっとエスさんのお下がりだったんですね!」
「お下がりじゃない。(仮)だ」
「それ、もっとかっこ悪くないですか」
うちのは、蟻が掘った巣だ。
あいつのは、本人が逃げながら掘った巣だ。
同じ名前で、中身はまるで違う。
蟻が一匹もいない方が(真)なのは、どうにも納得がいかない。
「まぁいい。あとは、コアの話だ」
「またそれ?」
「お前、なんでコアを持ち歩いてるんだ。部屋に置いて守った方が、どう考えても安全だろ」
エスは、ポテトに伸ばしかけた手を止めて、本気で不思議そうな顔をした。
「よく分かんないんだけど、コアが守れれば自分は死んでもいいパターンなんて、なくない?」
「……ん?」
「オイラが死んだら終わりでしょ。コアが壊れても終わりでしょ。どっちか片方だけ無事でも、意味ないじゃん。だったら最初から、一緒に逃げた方がよくない?」
言い返そうとして、言葉が出てこなかった。
コアを守るために、本拠を固める。
余白を作り、セラを置き、前室で止める。
それが当たり前だと思っていた。
だが、確かに、コアだけ守れて俺が死んだら、それは負けだ。
いや、違う。
俺のダンジョンは部下達がいる、こいつらは俺が死んでもコアが生きていれば生き残れる。
なるほど、俺とこいつの違いは、そこか。
壁際で、アニが喉の奥で笑った。
こいつ、また「似てる」とでも言いたそうな顔をしている。
「でも、コア持ってたら転移できないだろ」
「あー、それね」
エスは、初めて少しだけ困った顔をした。
「そこが一番面倒だった。だから頑張って、移動手段つくったんだよね。足のスラスターとか、バイクとか、鳥とか」
「掘削用の汎用戦機もか」
「あれは掘るの面倒くさくなったから」
全部、転移が使えない代わりだったらしい。
「お前、あれどうやって作ったんだ」
「汎用戦機買って、改造してたら出たよ。長距離移動エディションでバイク、運搬エディションから掘削エディションになったかな」
そういえば、最近シュリが工房から出てこない。
捕らえた掘削エディションを与えたから、研究してるんだろう。
そのうち、うちにも出るかな。
「ユートさんはさ」
エスが、ようやく皿から顔を上げた。
「なんであんなに大陸取りに行ってたの?周り皆殺しにして、次は従属化して。オイラ、絶対やばい奴だと思ってたんだけど」
「こっちも必死だったんだよ。レイゼルって本物の狂犬がいてな」
「ああ、あの人。あの人もやばいね」
「知ってるのか?」
「うん。あんたらが合流したから、北は大混乱だったんだよ。その隙に三人やったけど、全員あんたらを警戒してたから簡単だったよ」
エスは、得意気にそう言った。
話しているうちに、フライドポテトの皿は空になっていた。
エスは、満足そうに腹をさすっている。
「で、お前、これからどうするんだ」
「これから?」
「東。何か考えはあるのか」
エスは、少しも迷わずに言った。
「別に。逃げ続けて、今まで通り、安全に生きたい」
「それだけか」
「それだけ。だから東のは、ユートさんがちゃっちゃと行って倒してきてよ」
「無理だろ」
「だよねー」
エスは、けらけらと笑った。
それで、話は終わりだった。
東をどう攻めるかも、どう守るかも、何一つ決まっていない。
ただ、こいつはもう敵じゃない。
東は、こいつにとっても、うちにとっても厄介な相手だ。
危なくない範囲でなら、手を貸す。
その程度の話だった。
入口の坂の上で、鳥が一羽、エスを迎えに降りてきた。
「じゃあね、ユートさん。芋、また出してね」
「気が向いたらな」
鳥の足につかまって、エスは空へ上がっていった。
逃げ続けた結果が、大陸中の地下網になった。
コアと自分を分けて守る意味がないから、持ち歩く。
転移ができないなら、移動手段を自分で作る。
こいつは、こういう考え方で、今まで生き残ってきたらしい。
うちでやるには、背負っているものが多すぎる。
従属がいて、イース北があって、アウル村がある。
全部を持って逃げ回るなんて、できるわけがない。
組織がでかくなると、身軽さがなくなる。
まあ、だからこいつみたいな生き方にはならなかったんだろう。
そう思いながら、空になった皿を片付けた。




