↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/143

第136話 王の街

「変わった?」


オトが、自分の手のひらを不思議そうに見下ろしている。

DPを注いで【人化】を覚えさせたのだが、見た目はほとんど変わらなかった。


「あんまり変わってません!」

「元が元だからな」


もともとオトには、ゴブリンの面影がほとんどない。

細くて色の黒い、少し病弱そうな少年にしか見えないのだから、人化したところで変わりようがないのだ。

肌の色が健康的になったくらいだ。


「行き先は王都だ。オルレアスのダンジョンの、目と鼻の先にある」


地図の上で、ひときわ大きな街を指す。

王様のお膝元を見ておかなければ、東を見たことにはならない。


「支配域の外に穴を開けるから、そこから先は歩いて入れ。チュウタは付けないし、俺はお前の目を借りて見るだけで、こっちから声はかけられない。軽く見て、危なそうなら、すぐ戻れ」

「うん」


返事は、いつもと同じ調子だった。


「オトなら心配いらん」


兄のアニがそう言うのだから、たぶん心配はいらないのだろう。


それから一週間、偵察への準備を進めた。

王都の下まで支配域を伸ばす。

王都からかなり離れた場所で、地上に向けて支配域を伸ばすが、地表は支配域化されていた。


「どこまで支配域にしてるんだ、これ」


オトの安全のために、正確な情報が必要だ。

一マスずつずらして確認していき、やっと支配域の端を発見した。


「ああ、ダメだ。目を閉じても支配域化UIが見える」

「まさかマスターに固有能力が!?」

「違う、UIの見過ぎだ」


そして、潜入当日。


穴は、支配域の境目から十歩の所。

地上に上げるのは、オトだけだ。


「オト、危なくなったらすぐ戻れ。軽い偵察だ、街の様子がわかればそれでいい」

「わかった。行ってくる」


感覚を繋ぐと、世界の見え方がチュウタとはまるで違った。

オトの目には、景色より先に人の視線が見える。

誰がどこを見ているのか、どこが誰の目にも入っていないのかで、世界が明るいところと暗いところに塗り分けられているのだ。


穴から出て少し歩けば、その先は支配域になる。

他の場所では、支配域に出て十秒で敵が来た。

だが、オトは種族特性でエーテル感知と視覚をすり抜ける。


オトの能力が通用するかどうか。

オトが、その境目をまたいだ。


息を止めて数を数える。

十まで数えても何も来ず、二十を過ぎても、草が風に揺れているだけだった。


「……来ない」

「来ませんか!」

「来ない」


王都の門は、荷馬車と旅人でごった返していた。

オトは荷馬車の陰に寄り添って歩き、衛兵の視線が荷台の樽に向いた一瞬で、するりと門をくぐり抜ける。


「入った」

「さすがオトさんです!」


ぽんこには何も見えていないはずなのに、なぜか得意げだ。


石畳の大通りには店がずらりと並び、パンの焼ける匂いと荷車の軋む音が入り混じっている。

子供たちが歓声を上げて路地を駆け抜け、母親が後ろから、外には行くんじゃないよと怒鳴っていた。


その後も、オトは店に入ったり、街を歩いたり、街の様子を観察していた。

規模は違う、危ない場所もある、しかし平和な街だった。

街で生活する人間達の笑顔は、アウル村の連中と変わらないように見えた。


「マスター、アウル村の人達は結構疲れた顔してますよ?」

「うるさい」


「しかし、もう十分だな。そろそろ帰って来て欲しいところだが」

「声は届きませんからねぇ」


次に入ったのは、探索者ギルドだった。

昼間から酒の匂いがする酒場を兼ねた広間は、探索者で埋まっていた。


オトは壁際の柱の陰に立ち、耳だけをそばの卓に向ける。


「大迷宮の五層、また潜ったのか」

「おう。きつかったが、その分、拾えるもんがいい」

「あそこは罠が意地悪じゃないんだよな。見抜けりゃ、ちゃんと避けられる」

「死にかけても、帰り道だけは妙に分かりやすいしな」

「稼ぐなら、大迷宮だ。ほかの迷宮には行く気がしねえ」


男たちは、迷宮の話をしながら笑っていた。

怖がってはいるのだが、それ以上に、儲かる場所として評価している。


受付の前に、依頼の札を持った探索者の列ができた。

受付嬢が二人がかりで応対に追われている隙に、オトは列の後ろから受付台の脇をすり抜け、奥の事務机の陰にしゃがみ込んだ。


机の上に、書類が積まれている。

一番上の紙に、短い通達が書かれていた。


『大迷宮について、探索者から要望があれば、それとなく聞き取ること。聞き取った内容は支部長へ直接上げること。本部への報告は厳禁とする』


「……要望って、誰に出すんだ、これ」


聞き取ってどうする、ダンジョン側に要望を出す?

嫌な想像に、血の気が引く。


しかし、そんな俺とは裏腹にオトは気にせずに奥へと進んでいく。


「ちょっ、オト、戻れ」


しかし、当然その声は届かない。

職員用通路を通り、職務室を覗き、ある廊下の前まで来て、引き返す。

その廊下の先には、『ギルド支部長室』の文字。

あそこは危険と判断したようだ。


危険の判断が遅すぎる。


次に向かったのは、教会だった。

「まて、教会はまずい」


誰でも入れる礼拝堂を素通りして、オトは祭壇の横の、関係者用の小さな扉をくぐる。

扉の向こうは、石の廊下だった。

厨房から湯気が漏れ、どこかで鍋の蓋が鳴っている。

すれ違う若い神官たちは、廊下の端に立つ少年に一度も目を向けなかった。

洗濯物を抱えた神官が二人、並んで歩きながら話している。


「大迷宮、また奥が深くなったらしいね」

「ノード様のお恵みだよ。人が試されて、強くなるための場所なんだから」

「探索者の中には、ダンジョンに主がいるなんて言う人もいるけど」

「主?ダンジョンに?」

「酒場の与太話でしょう。ダンジョンはノード様がお作りになるものだって、司祭様もおっしゃってたし」


二人は笑いながら、角を曲がっていった。


教会は、平和な場所だった。

王都とはいえ、ここは地区の支部らしい。

裏にあるのは、神官たちの生活の場だけだった。


「マスター、さっきから顔が忙しいです」

「見てるこっちの身にもなってくれ」


結局、オトが引き返してきたのは、日が傾いてからだった。

穴から戻ってきたオトは、出ていった時と何も変わらない顔をしていた。


「戻った」

「……怖くなかったか」

「見られなかったから」


それだけ言って、オトはアニの隣に戻っていった。

得たものは、山ほどあった。

だが、いちばん気になったのは、そのどれでもなかった。


見られなかったから。


それはつまり、見られた時は、困ったことになるということじゃないのか。


「マスター」


オトがこちらを振り返る。

今まで見たことのない、晴れ晴れとした笑顔だった。


「潜入、楽しいね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。