第一話「ストロングゼロは主食です」
神城市。
獣人と人間がごった煮になって生きているこの街には、どうしようもなく腐りきった生き物が一定数生息している。
ゴミをゴミと思わず、酒を水と思い、未来を考える脳みそを生まれた瞬間に紛失した連中。
その腐敗の極致が集団発生しているのが、築四十年以上の木造ボロアパート――
メゾン・ブランシェである。
外壁はひび割れ、階段はギシギシ鳴り、廊下は年中どこか酸っぱい。
そして203号室。
そこは、社会不適合者・狐族・アル中・クズ代表、
加野怜奈――通称カノの巣だ。
「……っ゛だぁぁぁ……頭割れろ……」
カノは、布団の中でミイラみたいに丸まりながら、死にかけの声を漏らした。
視界はぐるぐる回り、口の中はドブの味、胃袋は発酵工場。
昨晩――いや、正確には今朝の記憶は、ストロングゼロ五百ミリ缶を六本開けたところで途切れている。
畳の上には、空き缶の山。
ゴミ袋はパンパン。
脱ぎ捨てた服はカピカピ。
床には正体不明のシミ。
「……ここ、戦場か?」
重たい頭を持ち上げ、カノは部屋を見回す。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、現実という名の暴力を容赦なく突きつけてきた。
――月曜、午前十時。
日雇いバイトの集合時間、とっくに過ぎている。
「……あ、詰んだわ」
布団に顔からダイブ。
そのまま畳に突っ伏す。
「もう無理……このまま干物になろ……」
だが、腹が鳴る。
ぐぎゅるるるる。
「……クソが」
仕方なく起き上がり、冷蔵庫を開ける。
中身――
・ストロングゼロ
・ストロングゼロ
・ストロングゼロ
・半年前に賞味期限が切れたカップ麺
・謎のタレ
「……よし、優勝」
栄養? 知らん。
健康? 敵。
カノはプシュッと缶を開け、朝からアルコールを流し込む。
「くぁ~~~……」
魂が半分抜けたような声。
血管に直接アルコールをぶち込まれる感覚。
「はぁ……生き返る……」
この瞬間だけは、自分がまだ人類の端くれ――いや、獣人だったと思い出せる。
なお、数分後にはまた死ぬ。
「……ウチ、いつまでこんな生活すんねやろ……」
独り言を呟きながら、床に散乱した空き缶を踏む。
ガシャン。
「……あ」
滑って転び、尻を強打。
「い゛っっだぁぁぁぁ!! クソがァァ!!」
畳を叩いて悶絶。
涙目。
「死ね!! この部屋!!」
誰に怒っているのか、自分でも分からない。
カノの生活は、だいたいこんな感じだ。
日雇いバイトで最低限の金を稼ぎ、酒に溶かし、ゴミに埋もれ、自己嫌悪に沈み、翌日リセット。
将来設計?
貯金?
夢?
「……そんなもん、ストロングゼロの缶に一緒に捨てたわ」
バイト先からの鬼電に気づき、スマホを裏返す。
現実逃避、完了。
「もうええ……今日も休も……」
そして、カノは再び布団へ戻ろうと――
ガンガンガン!!
ドアを叩く凶悪な音。
「カノ!! 起きとるんやろ!!」
この声。
大家さんだ。
「……終わった……」
即死案件。
カノはのそのそとドアを開けた。
そこには、ジャージ姿で仁王立ちの六十三歳。
このアパートを支配する暴君、大森美智代が立っていた。
「あんた、今日ゴミ出し当番や言うたやろ!!」
「……あ」
「この惨状見てみ!! カラスもドン引きしとったわ!!」
「……すんません」
「すんませんで済んだら警察いらんわ!!」
雷、落ちる。
「あと、あんた部屋!! 臭い!! ドブ!! 発酵!!」
「……昨日飲みすぎて……」
「毎日やろが!!」
廊下に響き渡る怒声。
近所迷惑もクソもない。
「このままやと、ほんまに孤独死コースやぞ!!」
「……その時は、その時で……」
「縁起でもないこと言うなァ!!」
ぴしゃり、とドアを閉められ、説教終了。
カノはその場にへたり込んだ。
「……はぁ……」
天井を仰ぐ。
壁は黄ばみ、シミだらけ。
「……ウチ、終わっとるな……」
でも、不思議と涙は出ない。
慣れきっているからだ。
この腐った日常に。
しばらくして、カノは再び冷蔵庫を開け、ストロングゼロを一本取り出す。
「……まぁ……ええか」
現実がクソなら、酔って誤魔化せばいい。
クズの処世術である。
「今日も平和や……」
プシュッ。
缶を開ける音が、やけに大きく響いた。
ボロアパートの一室で、今日も一匹の腐敗獣人が、順調に人生を溶かしていく。




