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物語がない

転生した。


魔法のある世界だった。


そして俺は絶望した。


理由は簡単だ。


この世界には、物語がなかった。


もちろん歴史はある。


神話もある。


魔法もある。


ドラゴンだって存在する。


前世で夢見たファンタジー世界の要素は、ほとんど揃っていた。


だから最初は本当に嬉しかった。


ユウマ・アークライトとして生まれた俺は、物心ついた頃から毎日が楽しかった。


火を灯す魔法。


水を操る魔法。


空を飛ぶ大型魔獣。


耳の長いエルフ。


頑丈なドワーフ。


本でしか見たことのなかった世界が、目の前に広がっていた。


きっとどこかに魔法学校がある。


きっと若き才能達が集う学園がある。


きっと伝説の剣が眠る迷宮がある。


俺はそう信じていた。


だから十五歳になるまで待った。


世界を知るために。


夢を探すために。


そして、その夢は王都中央図書館で砕かれた。


「ありませんね」


司書は分厚い本を閉じながら言った。


「本当に?」


「本当に」


「魔法学校が?」


「ありません」


「一つも?」


「一つもありません」


俺は沈黙した。


司書も沈黙した。


数秒後、ようやく言葉が出る。


「……嘘だろ」


その反応は何度も見てきたのだろう。


司書は苦笑した。


「たまにいるんですよ」


「何がです?」


「魔法学校に憧れる子供達です」


少し安心した。


どうやら俺だけではなかったらしい。


だが続く言葉で希望は消えた。


「皆さん、すぐに諦めますけど」


「なんでです?」


「必要ないので」


必要ない。


その一言が妙に引っかかった。


司書は本棚を見ながら説明する。


「魔法は家庭教師や専門機関で学べます」


「はい」


「危険な研究は王立研究院が管理しています」


「はい」


「魔物討伐は国軍や領主軍の仕事です」


「はい」


「なので学校を作る意味がないんです」


反論できなかった。


理屈としては正しい。


あまりにも正しい。


この世界は成熟していた。


危険な遺跡は封鎖される。


危険な魔物は討伐される。


未開の土地は調査済み。


国家間の戦争もほとんどない。


平和だった。


驚くほどに。


図書館を出る。


夕暮れの王都は賑わっていた。


露店からは香ばしい匂いが漂う。


子供達は笑いながら走り回り、恋人達は手を繋いで歩いている。


良い世界だ。


誰もがそう言うだろう。


実際その通りだった。


だが俺には、どうしても足りないものがあった。


宿へ戻る途中、本屋に立ち寄った。


英雄譚の棚を見る。


薄い。


驚くほど薄い。


代わりに並んでいるのは歴史書や研究書ばかりだった。


宿へ戻ってからも諦めきれず、買ってきた本を読み漁った。


古代史。


神話集。


王国史。


魔法発展史。


どれも面白い。


だが違う。


俺が求めているものじゃない。


主人公がいない。


冒険がない。


ライバルがいない。


胸を熱くする伝説がない。


気付けば窓の外は真っ暗になっていた。


俺は椅子にもたれながら天井を見上げる。


前世の記憶が浮かんだ。


魔法学校に憧れた日々。


主人公達の冒険に胸を躍らせた夜。


いつか自分もそんな世界へ行けたらと思っていた少年時代。


転生した時、本当に夢が叶ったと思った。


だが違った。


世界はあった。


舞台もあった。


なのに物語だけが存在しなかった。


「つまらないな」


誰もいない部屋で呟く。


平和な世界をつまらないと言うのは贅沢だろう。


多くの人間に怒られるかもしれない。


それでもそう思ってしまった。


だって俺は、物語が好きなのだから。


英雄が好きなのだから。


伝説が好きなのだから。


しばらくして、ふと一つの考えが頭をよぎった。


待てよ。


本当にないのか?


物語が生まれないのはなぜだ?


答えは単純だった。


誰も作ろうとしないからだ。


平和だから。


必要ないから。


合理的じゃないから。


だから誰もやらない。


なら。


俺がやればいいじゃないか。


その瞬間、胸の奥で何かが弾けた。


不可能?


だから何だ。


無意味?


だから何だ。


百年かかる?


なら百年かければいい。


俺は勢いよく立ち上がった。


机の引き出しから紙を取り出す。


真っ白な紙だった。


そこへ大きく文字を書く。


『アストラル学院創設計画』


文字を見た瞬間、笑いが込み上げた。


馬鹿げている。


無茶苦茶だ。


成功する保証なんてどこにもない。


だが久しぶりに胸が高鳴っていた。


物語がないなら。


伝説がないなら。


英雄がいないなら。


俺が作る。


後に世界最大の魔法学院となるアストラル学院。


その歴史は、王都の安宿で一人の少年が勢いだけで書いた計画書から始まった。

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