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帝不在の平安後宮〜それでも私が入内する理由〜  作者: 有木珠乃@2/6『ヒロインの弟に迫られています』配信中
終章

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第43話 成就

 常盤院の裏手にある庭に着くと、すでに鈴子と雅継が母猫を見守っていた。その傍には、雅継の乳母だろうか。芹と変わらない年恰好の女房がいた。

 私とお兄様の姿を確認すると、後ろへ下がっていく。構わない、と手を挙げたが、首を横に振られてしまった。


「北の方は、姫達ばかり構っていてな。雅継の乳母もこの通りだから、どんどん立場が弱くなってしまって。今回の申し出は、実はこちらも有り難いと思っていたのだ」

「鈴子だけでなく、私も常盤院に置いてくださるのは、そういう理由があったんですね」

「おまえなら、雅継の世話も任せられるからな」

「ふふふっ、北の方には負けませんわよ」


 お兄様から言質は取ったのだ。北の方に文句を言われても問題はない。あるとすれば、鈴子だ。


 二人の後ろ姿が見えるだけで、母猫の様子までは窺えない。けれど常盤院に着いた時の雅継の様子から、もうすぐなのだろう。そう思っていた瞬間だった。


「あっ」


 鈴子の声が聞こえた。雅継がすぐに口元に人差し指を置き、「しーっ」と注意をする。それでも鈴子の嬉しそうな表情に、子猫が生まれたことを悟った。



 ***



「えっ、後宮に帰らなくていいんですか?」


 母猫を動かすことができないため、そこから見える局を使わせてもらうことにした。お陰で今は、鈴子だけでなく、雅継も共にいる。


「えぇ。時期に帝が退位を公表するから、私達は先に後宮から出てきたのよ」

「お父様が、退位? どうして?」

「帝はご自分の御子は、鈴子だけでと決めていたからよ。だから、鈴子の婚礼の前に退位なさろうとしていた」

「婚礼って……えっ、嘘っ!?」


 こういう時、鈴子の聡さに助けられる。私の言葉を聞いた後、雅継を見たからだ。ニコリと笑う、雅継の姿に顔を真っ赤にする鈴子。


「鈴子様は、僕が相手ではお嫌でしたか?」

「嫌じゃない、けど……急に。お父様のこともあったから。それに子猫だって……」

「そうね。今は心の整理ができていない状況だと思うから、雅継も急かさないであげて」

「はい。これからは一緒にいられますから」


 すると、鈴子は恥ずかしそうに、私に抱きついてきた。ここは雅継に、でしょうに、と思うものの、鈴子はまだ裳着を終えていない。雅継も元服前である。


 婚礼までは、まだ数年かかるが、その時まで二人の気持ちが変わらないことを願った。だけど大丈夫だろう。私も未だ、自分の初恋を忘れていない。ずっと想っている。そう、ずっとその人だけを。



 ***



 しばらくして、帝の退位の知らせが、ここ常盤院にも届いた。鈴子から、「今すぐにでもお父様に会いたい」と言われたが、次の帝はすでに即位されている。桐壺女御様を入内させた、八の宮様だ。


 急なお話でも、野心家の八の宮様はすぐに飛びついてくれたらしい。少々、問題のある宮様だけど、桐壺女御様の件など、こちらも突くものを持っている。今後、鈴子にちょっかいをかけたら……左大臣であるお兄様を通して突こうと思っているから、そちらは大丈夫だろう。


 退位された帝は、吉野で隠居することにしたらしい。心配をしている旨を文にしたためたら、私と鈴子宛に返事が届いた。


「お母様……ここに書かれていることは、本当のことなの?」


 鈴子のその言葉を聞き、帝が何を書いたのかを悟った。退位したことを機に、帝もまた、鈴子と本当の親子ではないことを打ち明けたのだ。


「だからお父様は……ううん、帝は退位をして、私達をお捨てになったの?」

「違うわ。私達を解放してくださったのよ」

「解放?」

「まだ鈴子が理解するには早いかもしれない。本当のお父様が、ずっと私達を見守り、助けてくださったの」

「本当の……お父様?」


 今もこの邸のどこかにいるのかもしれない。だからこそ、私は声に出した。


「帝から、父と名乗ることも、鈴子に会うことも許されず。でも私達を守ってくださっていた。だから帝は、ようやく私達親子の罪を赦し、解放してくださったのよ」


 鈴子から受け取った文には、斎宮のことまで書かれていた。惟久様の功績まで。鈴子が惟久様を受け入れてくれるようにしたことが、痛いほど伝わって来た。


 私と惟久様が帝にした仕打ちは、許されるものではない。けれど時が経ち、鈴子によって帝の心は癒されたのだろう。新たな恋を見つけ、吉野で余生を過ごす道を選ばれた。


「だけど帝は、あなたを本当の子のように慈しんでくれた。私達もまた、帝を解放してあげなくては、ね?」

「……はい」


 今は辛いかもしれないけれど、鈴子も時が経てば、癒えるだろう。いや、考えている暇などなくなるかもしれない。

 だから心配するな、と私への文にはそう書かれていた。逆に私にも、自分の人生を歩め、と。


 私の人生は、ずっとあの人と共にあること。それを願って生きてきた。それは帝も承知のはず。歩めとはつまり……そういうことでいいのですよね、帝。


 けれど私には、どうすることもできない。これまで、見守ってくれていることは感じても、その姿を捉えることはできなかったのだ。十年もの間、ずっと。


 呼んだら、出てきてくださるのだろうか。帝はもう、お赦しくださったのだと言えば……。


 鈴子が局を出て行った、その夜。私はそっと呟いた。


「惟久様……」


 すると、妻戸の開く音が聞こえた。立ち上がり、駆け寄ると、そこにはあの時と似た、深緑色の狩衣を纏った惟久様がいたのだ。思い出の中よりも、さらに凛々しく。私だけ年老いてしまったかのように感じた。


「あぁ、本当に、本当に惟久様なのですね」

「こんなにも早く再会できるとは、私も思わなかった。もう少し経っていたら、千景に気づいてもらえていたかも怪しいところだ」

「まぁ! それを言ったら私だってそうです。もう惟久様に相応しい見目ではないかも、と思っていたのですから。ですが、鈴子のお陰で……」


 そこまで話したら、急に思い出したのだ。


「惟久様、ですよね。雅継の縁談を破談にして、鈴子の願いを叶えてくださったのは」

「千景が教えてくれたからね。あの二人の初恋は、私達とよく似ている。だから叶えてあげたかった」

「はい。私も同じ気持ちです」


 会えなくても、会話をしなくても、私達の心は同じだった。私は「ありがとうございます」と言いながら、惟久様の胸に飛び込んだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

これにて完結となります。

平安時代が大好きで、でもなかなか書くことができなかったんですが、ようやく私の考えがまとまった、といいますか。形にできた作品です。

そのためファンタジーというより、リアルに近くなってしまったように感じます。


それでも面白いと思っていただけましたら、ブックマーク・評価・いいねをよろしくお願いいたします。

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