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アルカナ・ブラッド  作者: 糸音
第1章
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父を探して密入国

生きる力を取り戻す、生物学ファンタジー。

楽しんで頂ければ幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

「よしよしよし~! 今日も匿ってくれてありがとね~~~!」  



 全20両編成からなる大型貨物列車の最後尾。おがくずと土の香りが漂う車両の中で、とある若い女性が、自分を取り囲む牛たちの頭をご機嫌そうに撫でた。


 彼女の名はアルメリア・クロウリー。

 腰まで伸びた金髪に、吸い込まれそうなほど深く綺麗な虹の瞳。

 美しさと可愛らしさが混在した童顔が印象的な美女である。


 天井付近の小窓から差しこむ日差しに照らされ、無邪気に動物と戯れる美女の様子は、はたから見れば絵になるはずなのだが、そうならないのは周囲を飛び回るハエのせいだろう。


 よく見れば彼女の服は汚れに汚れ、牛の糞や土の色が染みついており、腰まで伸びた金の髪は色艶を失い、あらぬ方向へ跳ねてしまっている。端的に言えばものすごく不潔な状態だ。


 その理由は単純で、彼女はここ10日ほど風呂に入っていない。

 風呂に入らない理由はこれまた単純で、風呂に入れる機会がないからだ。




 ガタンゴトンと揺れていた列車がゆっくりと止まる。どうやらどこかの駅に着いたらしい。

 

「また来たか。牛さんたち、よろしく!」


 アルメリアが部屋の隅で身を縮めると、それを覆い隠すように牛たちが陣取り始めた。

 全長3m弱はあるであろう巨体の牛たちが、瞬く間にその巨体でアルメリアの体を隠す。


 暫くすると車両の扉があけられ、憲兵のような身なりをした男女2人組が中を一瞥する。


「おい、やっぱり人の姿なんてないじゃないか」

「確かに人の声がした気がしたんですけど……」

()()()がこんなところにいるわけないだろ。……つか臭いなここ。掃除してないのか?」


 鼻をつまみながら男が奥を覗こうするが、牛たちの何匹が前に出て、威嚇の声を上げて二人を外へ追い立てた。


「おいおいなんだなんだ?! やけに気が立ってんなこいつ?!」

「そのせいで寝床を変えていないそうですよ。匂いもそのせいかと」

 

 女も臭気で顔をしかめながら告げると、「まじかよ……」と呆れた様子で男は出て行った。    

 女も男の後を追い、扉を閉めて車両を後にした。

 

 列車が動き出したタイミングを見計らってアルメリアが恐る恐る顔を出し、ホッと胸をなでおろす。


「毎度ありがとね~。おかげで見つからずに済んだよ~」

 

 牛の顔に頬をあてると、まんざらでもないような様子で、牛たちもブホッと鼻を鳴らした。


 なんでこのようにコソコソ身を隠しているかというと、アルメリアは現在、とある大陸に不法侵入している真っ最中だからである。


 アルメリアは提げていたカバンの中から残り少なくなったチョコバーを取り出し、一欠けら牛たちにあげてから、もぐもぐと食べ始める。

 食事をしながらカバンから取り出した新聞記事を眺めながら呟いた。




「セフィロト大陸……【奇跡の燃料】が採れる場所」




 セフィロト大陸。それがアルメリアが密入国した場所の名だ。

 面積約380万㎢。やや横に長い長方形型の大陸は亜熱帯~寒帯の気候に位置し、衛星写真で見た時には、大陸の北側には雪山の白い地表が、南側に行くにつれて緑の木々が生い茂る自然豊かな環境が広がっている場所である。


「お父さん……ちゃんと元気にしているかな……」


 不安が滲んだ瞳の先には、

『セフィロト大陸へ調査団派遣。【残された50年問題】解決の糸口となるか』

 と記された新聞記事の見出しがあった。



 世界は今、エネルギー資源枯渇の危機に瀕しており、エネルギー産業の源泉である化石燃料に至ってはあと50年で底をつく。

 そんな状況で、世界中が注目しているのが、セフィロト大陸で採れる【奇跡の燃料】だ。


 一滴で莫大なエネルギーを生み出すその燃料は、採掘方法も精製方法も最高機密。

 非正規の手段で大陸へ上陸した者には重罰が下る。

 許可なく奇跡の燃料を調べた者は、なぜか生死不明になる。

 それほどまでに秘匿された、この世界のトップシークレットだった。


 アルメリアの父、ハイマー・クロウリーは、その【奇跡の燃料】調査隊の一員だった。


 最初の半年は手紙が届いていた。だが三か月前を最後に連絡は途絶えた。

 政府に問い合わせても返ってくるのは『機密事項です』の一点張だった。


 しかし、アルメリアは気が付いてしまった。

 詳しく話せないような何かが、父の身に起こったのだと。


 問い合わせてもダメなら、もう自分で調べるしかない。


 父が今も生きているのか。

 そして、セフィロト大陸で何が起こっているのかを。


 だからアルメリアは危険を承知で、セフィロト大陸への密入国を実行したのだった。


「ちゃんとご飯食べれているのかなあ……」


 貨物船の荷物に紛れ込み6日。そして父が研究の拠点にしている都市行きの列車に乗り込んで4日。隠れて過ごすにも慣れてきた頃だが、心身の疲労もピークに達しつつある。


 俯いたまま最後のチョコバーをかじって、行方の知れない父に思いをはせていた時、再び列車が停まった。

 そして、再び迫る人の気配。


「牛さんたち、フォーメーションよろしく!」


 列車が停まれば牛たちの飲み水や食べ物の補充、寝床の清掃などで人が入ってくることがある。

 食料の交換は一日3回。この時間帯なら寝床の交換も来る。四日も潜んでいれば、それくらいは分かるようになっていた。


 そうなったときに見つからないよう、動物と仲良くなることに長けているアルメリアは、人を追い払ってもらうよう躾をしている。


 今回も寝床の交換に来た人間を、追い払ってもらおうと身を潜めたときだった。


  コツ。


  コツ。 コツ。



  ……あれ。……なんか、こっち来てない?


 いつもなら牛たちが威嚇すれば逃げていくのだが、今回は違う。

 牛たちが中に入ってきた男を見るやいなや、威嚇をやめ、急に委縮しだしてしまった。


「あ、ちょっと……!」


 男が慣れた動作で、一匹の牛に縄をかけて引き寄せ、そのまま鼻輪に縄を結んで引っ張り、一匹ずつ丁寧に牛舎の外へ導いた。

 周囲に沢山いた牛たちが瞬く間に外へ連れ出され、アルメリアを覆う壁がどんどんとはがされていく。



 残り3匹ほどになったとき、とうとう姿を隠しきれなくなり、





「……誰だお前」




 黒髪の背の高い男が自分の姿を覗き込んだとき、とうとう見つかってしまったと、アルメリアは膝から崩れ落ちたのだった。


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