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復讐のカウンドダウンが始まるその前に  作者: 江崎美彩
第一章

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復讐のカウンドダウンが始まるその前に

「ベンジャミン様の頭はとうとうおかしくなられてしまわれたのでしょうか」

「はんっ。何言ってるのよ。ベンジャミン様の頭はとうの昔からおかしかったわよ」


 悪態をつくマシューとスザンナを眺めながらアイビーはこれからのことを考える。


(あの男の言うことなんて信じられないわ。私たちの計画を知ってはぐらかそうとしてるんじゃない?)


 さっきまで頭を掻きむしりよくわからない言葉を呟き続けていた当のベンジャミンは、疲れたのかまた眠りについてしまった。

 いまは再びベンジャミンが目覚めるのをひたすら待っている。


(悪趣味な部屋)


 一度も入ったことのなかった王都の屋敷は、義父の質実さを表したかのような領地の屋敷とは違い、無駄な装飾ばかりで趣味がいいとは言い難い内装だった。

 そのうえ煌びやかなはずの装飾品は埃をかぶりくすんでいる。

 遊び呆けてばかりで自分は稼ぐこともせず、義父や領民が汗水垂らして稼いだ金が悪趣味な装飾品になっていることに腹を立てる。


(それに何なの? あの派手な寝具は)


 無駄にテラテラと光るムードのある生地にアイビーは吐き気を覚えた。


「ねえ、スザンナ。新しいお茶を入れてちょうだい」


 気分転換でもしないとやってられない。アイビーはスザンナに頼んだ。


「これ以上お茶をお飲みになると眠れなくなりますよ。飲まれるならお水になさってください」

「眠れなくていいのよ。寝ている場合じゃないもの」

「ベンジャミン様が目覚めるのをここで待たれるのですか?」

「ええ」

「ベンジャミン様などのために睡眠時間を割いてアイビー様がお倒れになったら困ります。私たちにお任せください」

「でも──」


 寝台の方から聞こえた衣擦れにマシューが駆けつけ、ベンジャミンに声をかける。

 何か一言二言話したと思うとマシューの助けを借りてゆっくりベンジャミンは身体を起こした。

 先ほどとは打って変わって落ち着いた様子だ。マシューから受け取った水を飲み終わるとこちらを向いた。


「えっと……貴女はたしか……」

「私は侍女のスザンナにございます。こちらにいらっしゃるのは奥方様のアイビー様です」

「えっと、あ、アイビー……様? 殿?」


 美しい顔が困ったように眉を寄せる。


「アイビーで結構よ」


 本当に妻を忘れてしまったのだろうか。アイビーは呆れてベンジャミンを見つめた。


「アイビー……いや、こんな綺麗で上品な女性を呼び捨てなんて俺には出来ないな。えっと、あの……アイビーさんって呼んでもいいかな?」


 ベンジャミンはぶつぶつと呟いたと思うと、真剣な顔でアイビーに尋ねる。


「……勝手にどうぞ」

「じゃあアイビーさん。貴女に謝らなくちゃいけないことがあるんだ」

「謝る? ベンジャミン様がですか?」


 アイビーが言いたいことをスザンナが代弁する。


「そうか。ベンジャミンってのが、この身体の持ち主の名前なんだな」


 不思議なことを呟いたベンジャミンは何か言おうとしては妙なうめき声をあげ、頭をかきむしる。

 アイビー達が訝しんでいると、ベンジャミンは膝を「よし」と叩いて真剣な顔をこちらに向けた。


「多分、俺は死んで、このベンジャミンって人物の身体を奪っちゃったみたいでさ」


 真剣な顔からは想像もつかない突飛な話が始まった。


 ベンジャミンの身体を奪ったと言い張る男の話によると、自分はこの国の貴族でもなんでもなく、こことは全く別の世界の「ニホン」と呼ばれる国に住んでいた「サラリーマン」という職業の男らしい。


 意味がわからない。理解できない。


 アイビーがなぜそんなことが断言できるのか尋ねると、男は自分が住んでいた国名をアイビーが知らないこと、いまアイビー達が住むこの国の名前をその男が知らないことが理由だと主張していた。

 冒険家たちが未開の地を発見するニュースが巷を席巻している昨今では、世界は広く知らない国があるのが当たり前だというのに。この男は全ての国や名前を知っているのが当たり前だとでも言わんばかりだ。

 これから尋ねるものの名前を知っているかと男は質問を続ける。

 「スマホ」「ピーシー」「インター……?」「テレビ」「ヒコーキ」「デンシャ」

 次々聞いたことのない単語を聞かされて困惑しているアイビー達を尻目に、男は勝手に納得していた。

 男が言うには元いた世界で自分は死んで魂だけ異なる世界に飛ばされた。その時に、雷に打たれて死んでしまったベンジャミンの身体が都合よくあって、そこに魂が乗り移ったんだと結論づけていた。

 男の世界ではそういった小説が溢れるほど流布していたそうだ。


 にわかには信じがたい。


 アイビーはベンジャミンの姿をした男をじっと見つめる。


「貴方は異世界の住人でベンジャミンではないって言いたいのね」

「信じてくれるのか?」


 前のめりになり輝く橄欖石(ペリドット)みたいな黄緑色の瞳がアイビーを見つめたと思うと、男は慌てて視線を逸らす。耳まで赤い。


 信じがたいものの、ベンジャミンが今までのベンジャミンではないことはわかった。


(まあ、とはいえそもそもベンジャミンとは数えるほどしか顔を合わせたことがないのだけれど)


 アイビーが知るベンジャミンは義父がそばにいる時でも表向きは丁寧さを装っていても嫌味な話し方をする。アイビーと二人きりになれば馬鹿にするような態度を隠さない。なのに目の前のベンジャミンは粗暴ながらもストレートな物言いだしアイビーを一人の女性として扱ってている。

 地味な女とバカにするような眼差しはなく、目が合ったくらいで照れて顔を逸らす。

 それに、そもそも常に見た目を気にするベンジャミンが髪が乱れるのも気に留めず頭を掻きむしるようなことをするとは思えない。


「貴方の話を信じるかどうかは、いますぐ判断できませんから、とりあえず落ち着くまではこの屋敷でお過ごしになってください」

「いいのか? 中身は貴女の夫じゃないってのに。嫌だとか気持ち悪いとか言って追い出したりしないのか?」

「中身はさておき、貴方の見た目はベンジャミンそのものです。外側がベンジャミンならこの屋敷にいる権利はあるわ」


 立ち上がり退室することを告げると男は頷いた。


「はーぁ。ベンジャミンってやつは、美人な上に優しい奥さんがいて羨ましいな」


 そんなことを呟いて寝台に倒れ込んだベンジャミンの姿をした男に「ごゆっくり」と声をかけ、アイビー達は部屋を後にした。


「……本当に、あのベンジャミン様なのでしょうか」


 部屋を出てすぐマシューに耳打ちされたが、アイビーはわからないと首を振る。


「わたしはベンジャミンのことほとんど知らないもの。ねえ、マシューはベンジャミンが子どもの頃から知ってるんでしょう? しばらくこの屋敷で過ごすからマシューが確認してくれないかしら」

「かしこまりました」


 アイビー達はしばらく王都の屋敷に滞在することにした。




***




 ベンジャミンの放蕩が益々目も当てられなくなったのは義父の死からしばらく経ってからのことだった。

 元々王都の屋敷はマシュー達の父親である家令のモリスが取り仕切っていた。それを義父が亡くなったのをいいことにモリスたち古くからの使用人を勝手に解雇していた。義父の死と家令達の解雇により王都の若い使用人達は誰もベンジャミンを止められなくなっていた。


(モリスに状況を確認しないと)


 翌日、アイビーはベンジャミンのことはマシューに任せてスザンナを連れて街に出ることにした。モリスを探すためだ。


「ベンジャミン様を放っておいて大丈夫でしょうか? 言ってることは全く信頼できません」

「ベンジャミンだけどベンジャミンじゃないってこと?」

「ええ。私たちがベンジャミン様に報復しようとしているのを知って一芝居打ってらっしゃるんじゃないかと」


 アイビーはスザンナの問いにどう答えていいかわからない。

 そもそもベンジャミンについて何も知らないも同然だ。一芝居打てるような器用な男なのかも分からない。


「だとしても、マシューに任せているんだから大丈夫よ」


 そう言って一軒の店の前で足を止める。

 屋敷の使用人からモリスが働いていると聞いた酒場だ。


「本当にここに父がいるのでしょうか」


 子爵家の家令だった男が勤めるとは到底思えない店構えに少し怯む。似たような名前の別の店かもしれない。

 アイビーとスザンナは顔を見合わせ頷く。


「ここは貴女たちのような淑女が来るような場所ではありませんよ」


 低く落ち着いた声が後ろから聞こえ、慌てて振り返る。

 そこには白髪混じりの髪を撫でつけた穏やかな見た目の男が立っていた。


「モリス!」

「父さん!」

「アイビー様。お久しぶりにございます。スザンナ、元気だったかい?」


 その男は二人に呼ばれて微笑む。

 見知った姿に安心したアイビーはモリスに屋敷に戻るように告げる。


「それはいくらアイビー様の願いでも、致しかねますな」


 微笑みは強張り、こめかみに青筋が立っていた。

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