先王夫妻の死
ファーナに三つ子の女の子が生まれて喜んでいたマルセルたちのもとに、先王夫妻の危篤の知らせが入ってきた。
シャンツ家の館に急いで駆けつけたマルセルたちの前には、寝室のベットに横たえられた先王夫妻のグーテとエレノアの姿があった。
ファーナ女王の政務の場をモードネス家に移すことが決まった時、それまでモードネス家の館を使っていた女学園は別の場所に移さないといけなくなった。
シャンツ領にあった学園も同じ場所に移すことが計画され、双方を受け入れられる場所として隠居所に白羽の矢が立った。
広い庭と周囲の環境が、男女隔てない教育をするのに向いていると判断されたのだ。
都合のいいことに、隠居所にはファーナに王位を譲った後の先王夫妻が暮らしていたが、今は元のシャンツ家の屋敷に戻っていた。
シャンツ家の主になったジョセはマルセルと共にシバー家の尖塔に住んでいるので、シャンツ家の館が空いていた。
それなら慣れ親しんだ館に住みたいというグーテとエレノアの願いで、先王夫妻は再びシャンツ家の館に戻っていたのだった。
そのため、大きな問題も無く、学園を隠居所に移すことができたのだ。
館から離れていた期間が短かったこともあって、館での思い出はそこかしこに残っており、戻ってきた二人は隠居生活を楽しんでいたのだが、二人の容態が急に、しかも同時に悪化した。
精霊の力を持っているのは間違いない三つ子をファーナが生んだことで、王家もこれで安泰と気持ちが緩んだのかも知れなかった。
そして今、二人はベッドに並んで寝かされている。
周りの気配に気づいたのか、二人が薄らと目を開き、独り言のように、グーテが呟く。
「マルセルのお陰で、まだ十年は生きられると思っていたのだが、意外に早かったのう」
「結界の維持とファーナのことをマルセルに引き受けてもらった時には、すでに私の精霊の力は尽きる寸前だったみたいですね」
荒い息の下で、エレノアが答えた。
「あのままだとファーナまで連れて旅立っていたかと思うと、マルセルには頭が上がらん」
「おまけに、ジョセまでが立ち直ることが出来たばかりか、あろうことかマルセルと結婚してくれた」
「ファーナは今や女王として立派に国を治めている。しかも、精霊の力を持つ孫娘を三人も生んでくれた」
「王国の未来は万々歳じゃ。こうなることなど、ファーナが生まれた時には考えもしなかった」
「儂らが死んでしまえば、シャンツ家も、シャンツ家の初代の王が名付けたサザンヒルズという国名も、未来永劫忘れ去られると思っていた。これも皆、マルセルとその友だちのお陰じゃ。感謝する」
そう言うと、先王は半身を起こし、そこにいたファーナとマルセルに目を向け、頭を下げた。
頭を上げると真剣な面持ちでファーナに向き直った。
「ところでファーナ 冥途の土産に教えて欲しいことがある」
「はい、何でしょう?」
「お前はこの国をどうするつもりでおるのだ」
「そのことですか。」
ファーナは、サックスと結婚した後の国政の進め方を王夫妻には話していなかった。
国政を退いた二人に要らぬ心配をかけさせまいと思ったからだが、周りにいる人たちから漏れ伝わったようだ。
ーーやはりちゃんと説明して納得していただく方が良さそうね。
ファーナは少し間を置いてから話し始めた。
「お二人に黙っていて申し訳ありませんでした」
「私は、有望な若い人たちに勉強をさせて、少しづつ彼らに国政を任せていこうと思っています」
「私が死んだ後では王制を採るつもりはありません。皆にはそう伝えています」
「私が育てた彼らには、国中から優れた者を選び出す仕組みを作り、選ばれた彼らの合議によって国政を進めて行くように計ってもらいたいとーー」
「では、お前の娘たちはどうなるのだ?」
「私の子供たちには、その中で自分に出来ることをやりなさいと伝えるつもりです」
「私がマルセル義姉さまと共に進むためにやったようなことを、あなたたちもやりなさいと」
夫妻はファーナの幼少期の苦悩と努力をマルセルのお披露目式の折に初めて知っていた。
「儂らはお前の努力に最後まで気づけなんだ。だが、そんなことをすれば孫たちにどんな苦難が待ち受けるのかーー」
「やはり、王家を継承させた方が良くはないか。サックスは何と?」
「サックスが王の称号を固辞してくれたお陰で、私も決心がつきました」
グーテとエレノアは驚いて二人が顔を見合わせた。サックスが跡を継いでくれていたものと思っていたのだ。
驚いたエレノアも身を起こす。
「サックスが?」
「はい、お二人には今まで、そのことも黙っていて申し訳ありません。”僕を見損なわないでくれ”と言われました」
「王になるために結婚したのじゃないからと」
「ですので、私の意志で今の王家を終わらせます」
「ほう、せっかく継いだ王家じゃのにの」
「はい、お父さまには申し訳ありませんが、精霊の力を頼りに国をまとめる時代はもう終わらせたいのです」
「それに、王家はモードネス家になっており、シャンツ家はすでに王家ではありません」
「お父さまも、そのことは納得されておられたはずです」
「だが、王家となる者には責務があるとーー」
先王の言葉をファーナが途中で遮る。
「はい、北の国からの侵略を防ぐために精霊の力で峠に結界を張るーーこれが王家の責務です」
「今のままでは、好むと好まざるとに関係なく、精霊の力を持った娘がいる家が王家にならざるを得ません」
「では問題ないではないか。お前の娘たちが跡を継げばーー」
「確かに私の娘たちは大きな精霊の力を宿しています。これまでの慣習に沿えば彼女たちのうちの誰かが女王になるでしょうね」
グーテの顔に、やはりシャンツ家の血を引いた者が王家を継いでいくのだと確信した安堵が浮かぶ。
それを見て取ったファーナがそれを否定した言葉を続ける。
「ですが、精霊の力というのは決して良いばかりではないのです。むしろ力を使う者に大きな負担を伴うことがわかったのです」
「お母さまやデノーテ義母さまを見ているとわかります」
「マルセル義姉さまのお母さまであるミネルバさまにしてもーー」
「だから、この子たちにそんな力を使わせて命を縮めさせたくないのです」
「幸いにも、峠の結界の当面のことは、マルセル義姉さまが解決してくださいました」
「今はマルセル義姉さまが、北の国とどう向き合うか考えておられます」
「後は、モードネス家の墓所と、私自身の問題が残っていますが、それがどうなろうと、それによって国がどうなるか悩むことが無いようにしておきたいしーー」
そばにいた三人の娘をファーナは抱き寄せた。
「何と言っても、子供たちには重い負担を負わせないようにしたいのです」
その話を聞いて俯いているエレノアを横目で見たグーテが晴々とした顔つきになった。
ファーナが続ける。
「この国に有った憂いは全て無くすつもりで進めております」
「それが成就すれば、この国で王制を始めることになった意図が薄れ、王家は無用の長物になります」
「なるほど、あいわかった。すでに儂ら古い者の思いが及ばぬ方に、事は進んでいるのじゃな」
「お任せください」
「では後のことはお前たちの思うに任せよう。これで儂らは心置きなく旅立つことが出来るな?」
「そうですね、あなた」
「では、お前たち、後はよろしく頼むぞ」
グーテとエレノアは身を横たえたが、その顔は晴々としていた。
「エレノア、やっと一切の柵を捨てて、お前と向き合うことが出来るな」
「はい、こんな日をどれだけ待ち望んだことか」
グーテとエレノアは互いの手を重ねて見つめ合うと微笑み合い、静かに目を閉じた。
その目は二度と開くことは無かった。
「これで私はお父さま、お母さまを一度に失ってしまった」
涙に暮れるファーナを見ていたマルセルが、頭を掻きながらファーナに声をかけた。
「ファーナ、それについて話があるんだけど」
「これを機に、あなたの子供たちが五歳になるまで、私があなたの義母になろうと思うの」
「えっ」
「あなたは親無し子になってしまったからね」
「私、子供じゃありませんっ」
「それに、私には子供がいないから」
「それはこれから、お二人でーー」
「冗談よ。本当は、デノーテ義母さまの負担を抑えてあげたいからなの」
「デノーテ義母さまの負担?」
「ええ、エレノアさまが亡くなられたら、デノーテ義母さまの負担は大きくなったはずよ」
「それは私にもわかるわ。娘たちが加勢してくれていてもわかるくらい」
「ええ、デノーテ義母さまの愛はそれほど大きいと言うことなんでしょうね」
エレノアが亡くなった瞬間に、ファーナに寄せる精霊の力の負担がグッと増したのをマルセルは感じていた。
義姉妹の間柄でもそうなのだ。義母としてのデノーテには、もっと大きな負担になっているのは間違いなかった。
「義母さまには、あなたに母の愛を注ぐのを手伝って欲しいって言われていたのだけど、私がデノーテ義母さまの代わりを務めるわ」
「そうすれば、デノーテ義母さまは長生きできるかも知れないもの」
「そうね、私のために私は父母の命を縮めてしまったけれど、せめてデノーテ義母さまには長生きして頂きたいわ」
「でも、デノーテ義母さまには内緒よ。お知りになると、絶対お怒りになるわ」
マルセルはそう言うと、腰に手を当ててファーナの前に立った。
「あなた、これまではエレノアさまか、デノーテ義母さまと一緒でないと外を歩けなかったでしょう」
「これからは、この子たちが歩けるようになるまでは、私といっしょに歩くことになるわね」
「いい子にしててよね」
ファーナから目を離すと、腰を屈めて三つ子たちの頭を撫でる。
「ねえ、あなたたちも生まれたばかりなのに、お母さんの面倒を見ないといけない運命なんて大変ね」
「その代わり、お義祖母ちゃまが可愛がってあげるからね」
マルセルはファーナの方に向き直ると、ニヤリと笑う。
「ぐっ、仕方ないかぁ」
ファーナは、はたと気がついた。
「あ、待って、待って! と言うことはーー」
「マルセル義母さまと結婚してるお兄さまがーー私のお父さまになるの? 何それ!わかんない」
「仕方ないわね」
「信じられない!」
「あきらめなさい」
葬儀の準備をしていても、どことなく寂しげなファーナの所にマルセルが寄って来た。
「ねえ、ファーナ ご夫妻はどこに葬るつもりなの?」
「シャンツ家の館には墓所があるので、そこでいいと思うのですが、他に何か考えが?」
「いえ、今は漠然とした思いでしかないのだけれど」
「気になりますね。何でしょう」
「モードネス家の小島の墓所が使えないかなって思って。できればあそこが国中の人の墓所にならないかなと思って」
「それはいい案ですね。でもまだ呪いも解けていないのでしょう? どうすればいいのか見当もつかないですね」
「だから、今私が言ったことは、”絵に描いた餅”と言うらしいわ」
「何それ?」
「食べられないと意味が無いということよ」
「じゃ、まずは餅とやらを作ることを考えないといけないわけですね」
「それはファーナにまかせるわ」
「えーっ、餅が何だかもわからないのに」
「私が絵に描いてもいいわ」
「無責任よ」
「私が言ったことは何とかなるらしいわよ」
「そりゃ、それは有名だから否定はしないけど、いつになることやら」
「ビスタリ、ビスタリ」
「何それ?」
「急がない、急がない 小さなことから、コツコツと」
「お義母さまらしくないですね」
「あら、私はいつもーー棚からぼた餅」
「今度は何ですか」
「口を開けて待っていれば、棚の上に置いてあったぼた餅が勝手に口に飛び込んでくる」
「理解できない」
「果報は寝て待て」
「どこでそんな言葉知ったのですか?」
「尖塔の一階にあった絵本から」
「わかったわ。あせらないけど、常に心に留めておくわ」
「PDCA」
「今日のお姉さま、おかしい!」
ファーナが笑い出した。
「そうよ。元気を出しましょ」




