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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第十三章 決闘遊戯
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第五十三話 対峙

前回までのあらすじ

闘技場会場の控室にて、仕合時間を待つレオンとエリーゼ。レオンはエリーゼの最終チェックを行うものの、体内に完治し切らない損傷が残っている事に不安を覚える。そんな二人の元へ訪れたシャルルは、レオンの知人であるベネックス院長の錬成したコッペリア『ベルベット』の様子と、そして偏り切ったオッズの状況について報告する。レオンとシャルルは見通しの悪さに茫然とするが、エリーゼは深く気にする様子も無く、いずれレオンの父・マルセルより、何らかの譲歩が得られるはずだと告げる。

 エーテル水銀式の黄色アーク灯が、石造りの地下通路を照らしている。

 天井が高く、通路幅も広い。

 かつてはこの通路から場内へ、猛獣の類いを運び入れていたとも聞く。

 猛獣と仕合う相手は罪人か、或いは暴力に飢えた狂戦士か。

 そんな血塗られた通路を、エリーゼは素足のままに歩き続ける。


 染みひとつ無い純白のドレスを纏った小さな身体。

 背中に装着された特殊武装『ドライツェン・エイワズ』。

 両手で保持する得物は、鞘に収まった一六〇センチ超のロングソード。

 左右の上腿部に巻かれたベルトには、十八本のスローイング・ダガー。


 エリーゼの後には、黒いラウンジスーツ姿のレオンが続く。

 介添え人として仕合に立ち会う事が役割だが、顔色が優れない。

 仕合開始直前に行ったエリーゼの解析結果が、思わしく無かった為だ。

 骨格と神経網、筋線維に生じた負荷が、異常数値として未だに残っている。

 即、重度の危険に結びつく異常ではない、しかし……いや、今はもうエリーゼの勝利と無事を祈る事しか出来ない――レオンはそう思う。


 徐々に、闘技場内で反響する声が、通路の奥から伝わって来る。

 管弦楽団の奏でる音色が、空気を震わせ始める。

 どんよりと湿った熱気が、肌に絡みつくのを感じる。

 群れ集う貴族達の欲望を孕んだ熱だ。


 そのまま通路を歩き切ると、巨大な鉄扉に突き当たる。

 鉄扉を見上げながら、レオンはエリーゼに声を掛ける。


「気をつけて、慎重に……」


「はい、ありがとうございます、ご主人様」


 穏やかで涼やかな、エリーゼの声が返って来る。

 何があっても、揺らぐ事の無いエリーゼの様子は救いだ。

 僅かではあるが、レオンは落ち着きを取り戻す。

 そして眼前を遮る鉄扉が、ゆっくりを音を立てて左右に開け放たれた。


 ヒリつく温度と、叩きつける様な歓声に、辺り一面が満たされる。

 観覧席からアリーナを見下ろしているのは、全身を飾り立てた貴族達だ。

 彼らは皆、汗に塗れて拳を突き上げ、狂った笑顔で聖歌を謳う。


 見よ! かの者を見よ! 現世に降り立ちし戦乙女の姿を見よ!

 崇めよ! かの者を崇めよ! 練成の奇跡に現れし戦乙女の勇姿を崇めよ!

 我らが聖女・グランマリーに仕えし兵!

 我らが聖女・グランマリーが遣わせし兵!

 この世の悪意に抗う花ぞ! この世に光をもたらす力ぞ!


 シャツやドレスに皺を作り、頭髪を振り乱しての絶叫による混声合唱。

 白い蒸気を巻き上げながら、巨大なスチーム・オルガンが調べを紡ぐ。

 管弦楽団による伴奏が、オーケストラ・ピットから勇壮に湧き上がる。

 居並ぶ奏者達の前に設けられた壇上では、目許をマスクで隠した青いドレスの女が、蕩ける様なソプラノで主旋律を歌唱する。

 清と濁が混然一体となり、丸く連なる巨大な支柱に沿って駆け巡り、円蓋天井に弾けて闘技場へと降り注ぐ。


 狂騒の立ち込める中、レオンは入場口脇の待機スペースへと移動する。

 エリーゼは、興奮と絶叫の坩堝と化した円形闘技場へ足を踏み出す。

 改めて爆発的な歓声が巻き起こる。

 眩暈を覚える程の熱量に、レオンは圧倒される。


 白き姿を朱に染め! 静寂斬り裂く不可視の一閃! 

 可憐なるかな夢幻の乙女! 玄妙極まる至高の一閃!

 我らの誓いを聖女に示せ! 我らの祈りを聖女に捧げよ!

 我らの技術を聖女に示せ! 我らの闘争聖女に捧げよ!


 エリーゼは、床一面に敷き詰められた石板の上を、悠然と歩く。

 両手にロングソードを携え、顔を上げて真っ直ぐに、僅か程も揺らがない。

 落ち着きと緊張感に研ぎ澄まされた、静かな後ろ姿だ。

 やがてエリーゼは、円形闘技場の中央付近まで辿り着き、足を停める。

 

 一呼吸、二呼吸の後、管弦楽団の奏でる楽曲が変化した。

 勇壮さよりも絢爛さが際立つ、輝く様な調べが闘技場内に響き渡る。

 直後、エリーゼの見据える先に在る巨大な鉄扉が、音を立てて開かれた。


 途端に観覧席から、狂喜に満ちた喝采が立ち昇る。

 怒涛の歓声が、アリーナへ向けて雪崩の様に流れ込む。

 鉄扉の内から歩み出たのは、長大な曲刀を左手に携え微笑む美女――『コッペリア・グレナディ』だった。


 華を背負いし優美の化身! 我らが憂いを晴らして散らせ!

 華より美々しき妙技の冴えよ! 我らが怖れを断ち切り給え!

 嗚呼! グランマリーよ! 彼の者に祝福を与え給え!

 偉大なるかなグランマリー! 彼の者に幸運を授けた給え!


 混声合唱の激しさは変わらない、が、曲調に相応しく、麗しく場内に響く。

 主旋律を歌うマスクの娘が、白い喉を晒して高音を紡ぎ上げる。

 絢爛と降り注ぐ歌声を全身に浴びながら、グレナディは歩き始める。


 長身かつ豊満、流れる様に優美な曲線で、身体が構成されていた。

 ダークグリーンと黒で構成された、コルセット・ドレスを身に纏っている。

 波打つフリルが美しく、丈の長いスカートのドレープもまた美しい。

 足元は黒の編み上げロングブーツ、胸元を飾るリボンも黒。

 首には黒革のチョーカー、銀細工でグランマリーの紋章があしらってある。

 頭にも黒いトーク帽、こちらには銀細工の花が飾られている。


 ウェーブの掛かったライトブラウンの頭髪は、綺麗に結い上げられていた。

 艶やかな相貌に、淡く微笑む紅い唇、その脇には愛らしいほくろ。

 熟成された美しさを醸す、その美貌。

 但し、目許だけが隠されていた。

 自らの視界を遮る様に巻かれた黒い布が、目許を覆っているのだ。

 下から透かして見ている様には思えない。

 それでも足取りは揺らがない、静かに真っ直ぐ歩き続けて。


 やがてグレナディは、闘技場中央に差し掛かる手前で足を停めた。

 エリーゼを正面に見据える位置だ、距離はおよそ六メートルほど。

 グレナディは紅い唇を綻ばせながら、穏やかな口調で告げた。


「――あらあら? 想像していたよりも、ずっと小柄な方だったのですねえ? オッズの偏り方が凄い事になっていたので、気になっていたのですが、グレナディ、少し驚きましたよ? んー、聞くところによると、戦闘用では無いのだとか? まま、それはともかく。まずは作法を踏まえますね?」


 右手の指先でスカートを摘まむと、軽く横へと持ち上げる。

 そのまま微かに顔を伏せつつ、グレナディは宣言した。


「我が名は『グレナディ』。前世は慈愛と闘争の精霊『ラミアー』。愛しき主・ヨハンの願いを成就せんが為、推参致しました……そちらもどうぞ?」


 エリーゼも僅かに眼を伏せると、静かに応じた。


「――エリーゼと申します。前世は夜鳴ウグイス、ナハティガル。求道者を惑わせし精霊にございます」


 グレナディは、何事かを考える様に小首を傾げる。

 口許に笑みを浮かべたまま、尋ねる様に言った。


「んー……寡聞にして存じ上げないのですが『ナハティガル』という精霊は、どんな感じなんでしょう?」


「……嘘をつき、人心を惑わす類いの鳥にございます」


 エリーゼの言葉に、グレナディは口角を上げる。

 長刀の鞘を握った左手の甲で口許を隠し、コロコロと笑った。


「ふふふっ、そうなのですねえ? だけどでも、それも嘘なのですね? んー、だけれど、でも、んー……なるほど? 嘘つきなのは本当なのですねえ? ふふふふっ……言葉通りに嘘はつくと」


 グレナディが手にする長刀は、緩やかな弧を描いている。

 いわゆる、グランド・シャムシールと呼ばれる刀剣だ。

 柄頭からこじりまで一八〇センチはあるだろう、細い刀身を納めた朱色の鞘は、塗れた様な光沢を放っている、木製では無い、金属製だった。

 降り注ぐ木漏れ日の様に明るい声音で、グレナディは続けた。


「グレナディは過去に何度か、貴方の様な方にお会いしましたよ? 己が前世を語らず偽る事で、己が手の内を晒さぬ様、気をつけていらっしゃる方にねえ? んー、用心深いのでしょうかね? 或いは臆病なんでしょうかね? いずれにせよ皆、死にましたがね?」


 左手に握る朱色の鞘を、そっと下ろした。

 目許を黒い布で覆った美貌をエリーゼに向け、真っすぐに立っている。


「――自己を顕示する想いは、我ら精霊の本能であり本道。己を押し殺し、姑息に勝利のみを渇望するなど邪道。主が為に正道を征くが正当、正道を征けぬ者に、栄光は掴めませんからねえ?」


「左様でございますか」


 エリーゼは短く応じた。

 不動のままに背筋を伸ばし、グレナディを見据えている。

 

 観覧席の貴族達は、闘技場にて対峙する二人のコッペリアを見下ろしている。

 死闘を直前に控え、僅かに落ち着きを取り戻している。

 しかし、興奮した気配と熱は、些かも衰えない。

 ジリジリと待ち侘びているのだ。

 血と残酷の宴を、待ち侘びている。


 オーケストラ・ピットの脇に設けられた木製演壇に、黒のラウンジスーツを着込んだ初老の男が駆け上がった。男は演壇に備え付けられた伝声管の蓋を、次々と開放する。

 そしておもむろに、大音声にて宣言した。


「本日の第四仕合を執り行います!」


 燃え上がる様な大歓声が、観覧席より吹き上がる。

 最終戦でも無いのに、驚くべき大歓声だった。

 とはいえそれも当然だろう、今日、この闘技場に訪れている貴族達の殆どが、エリーゼとヨハンの対立を知っているのだ。

 『枢機機関院』のコンパイラー達が決めた仕合では無い、突発的に発生したイレギュラーな『決闘』なのだ。

 その事実に、皆が熱狂していた。

 ラウンジスーツ姿の男は、伝声管に向かって口を開く。


「まずはっ……西方門より出でし戦乙女! 純白のドレス姿は可憐な妖精ピクシーの如し! しかし振るう刃は致命に至る鋭さを秘めている! グランギニョール戦績一戦一勝! 衆光会代表! エリィイイイイゼェッ!」


 絶叫にも似た紹介が成され、観覧席から怒涛の声援が押し寄せて来る。

 礫のごとく、辺り一面に叩きつけられる、無数の声、声、声。

 

「そして東方門より出でし戦乙女! 魅惑の女神か、無明の死神か! 正確無比なる剣の冴えを見よ! 慈愛と闘争を司る精霊! グランギニョール戦績二十九戦無敗! シュミット商会所属! グレナアディイイイイッ!」


 圧倒的な熱量と共に、観客の叫びが闘技場内を駆け巡る。

 グレナディは苦笑を漏らすと、呟く様に言った。


「――グレナディ、苦手なんですよ、このコール。ここまで煽り立てる事、無いと思うんですよね? 一応は、戦乙女の魂を『グランマリー』に捧げる、神聖な決闘って話なんですからね?」


「……決闘は、神聖な物でございますか?」


 世間話でもする様に、エリーゼは短く問う。

 グレナディは口許に笑みを浮かべて答えた。


「さあ……? 多くの貴族達にとっては『グランギニョール』の決闘なんて、競馬と同じ様なものでしょうねえ。賭けの対象に過ぎませんからねえ。ただしこの競馬は、ふふっ……参加する競走馬が、共食いを行う競馬なんですがね。 ふふっ……怖い怖い、馬が共食いだなんて。ふふふっ……」


 含み嗤うグレナディは、やがて舌先で紅い唇をレロリと舐めて言った。


「ですが……グレナディの愛しき主・ヨハンが望んだこの決闘は、神聖ですよ。ヨハンがそこに在るなら神聖です。なので切り取った貴方の魂は、グランマリーにでは無く、ヨハンに捧げますからね?」


 目許を黒い布で覆っているが為に、その表情は半ば読み取れない。

 ただ、上弦の月を思わせる唇の形が、喜悦の相を描いていた。


◆登場人物紹介

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・レオン=医者。孤児院「ヤドリギ園」維持の為に莫大な金を賭けている。


・グレナディ=シュミット商会が保有する非常に強力な戦闘用オートマータ。


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