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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第十章 決闘遊戯
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第四十一話 決死

前回までのあらすじ

ナヴゥルはエリーゼの発言と行動から慢心を感じ、能力を更に研ぎ澄まし、攻撃を重ねる。

しかしエリーゼは、ナヴゥルの能力を完全に把握しており、逆にナヴゥルの思い込みに付け入り、大打撃を加える。


 『衆光会代表・エリーゼ』対『ラークン領守護兵団所属・ナヴゥル』の一戦。

 予感はあった。

 『アデプト・ピグマリオン・マルセル』が、宿敵を評した男。

 マルセルの血を受け継ぐ男。

 その作品が、あの『エリーゼ』なのだ。

 対戦相手が、あの『死と暴虐を司る精霊・ナヴゥル』であっても。

 この仕合が消化仕合で終わる筈など無い、その予感にオッズも動いていた。

 そして今、その予感が現実の物となりつつあった。


 円形闘技場内が、熱狂と興奮で煮え滾っていた。

 観覧席を埋め尽くす数多の貴族達が、眼前の光景に釘付けとなっていた。

 ハンケチを握り締め、オペラグラスを震わせ、汗みどろで絶叫していた。

 シャツが皺に出来ようと、化粧と白粉が流れようと、一切構う様子など無い。

 身を乗り出しては仕合に見入り、声の限りに聖歌を叫んだ。


 恐れを知らぬ勇猛な魂よ、聖戦の果てに昇天する意思よ!

 我らが聖女・グランマリーの御許に還り給え!

 新たなる叡智の礎となりて、再び我らの元へ戻るその時まで!

 痛みは再生の源、死は安息、練成の奇跡に現れし戦乙女よ!

 眠れ眠れ、永久に! 眠れ眠れ、恐ろしくはない!

 眠れ眠れ、永久に! 眠れ眠れ、恐ろしくはない!


 それは鎮魂歌であり、祈りの言葉であり。

 人造乙女・ナヴゥルに対する侮辱の言葉だった。


 ナヴゥルは思う。

 闘技場にて、この歌を耳にする時。

 相手は常に膝を屈し、血に塗れ、慈悲を乞う様に、こちらを見上げていた。

 私はそんな、脆弱な者を叩いて潰し、贄と捧げて来たのだ。


 グランマリーなどという下らぬ偶像にでは無い。

 我が主に捧げたのだ。

 我が主……ジャン・ゲヌキス・ポンセ・ラークンに捧げたのだ。


 私の全ては主の為に。私の全てを主の為に。

 功を成し、名を轟かせて、主に尽くす、それが私の使命であり存在意義だ。

 醜悪な存在であった私を、慈悲の心で愛でて下さった主の恩義に報いる。

 その為に闘い、勝利し続ける姿を、私は主に示すのだ。


 にも拘らず、私は今、醜態を晒している。

 血に塗れ、膝を着き、敵を見上げる様な無様を晒している。

 こんな私の姿を見た主は、何を思うのか。

 苦痛を感じているのでは無いか。恥じ入っているのでは無いか。

 考えたく無い、我が主に苦痛など、憂悶など、感じて欲しく無い。

 

 にも拘わらず、私は感じ取ってしまう。

 我が『能力』故に、我が主を感じてしまう、観覧席に在る、我が主を。

 苦悩の表情で汗を流し、呼吸を乱し、歯噛みする主の姿を。

 席から立ち上がり、欄干を両手で掴み、身を乗り出されて。

 ああ……こんなにも、憔悴されて。

 私が。私がこんな醜態を晒したが為に。


「敗北を宣言をすれば助かります」


 五メートル前方。

 剣の上に立つ、血塗れのドレスを纏った小娘が、私を見下ろしのたまう。


「逆転の目は、もうございません」


 涼やかな声音で――否、何の感情も籠らぬ声音で。

 私を見下ろしながら。私を見下しながら。

 我が主の前で、私を見下しながら。


 ――ふざけるな。

 終われるか。このまま終われるわけが無い。

 終わるのは、コイツの首を捥ぎ取り、勝利する時のみだ。

 屈辱、憤怒。力の入らぬ身体を突き動かす物は、激情だ。


「――この命は、我が主のものだ」


 ナヴゥルはゆっくりと立ち上がる。

 更に左右の甲冑籠手から、鈍く光る隠し爪を起ち上げる。

 籠手の前腕部から生え出す鋼鉄の爪は、長さにして三〇センチ程。

 戦斧には劣れど、殺傷力は低く無い。


「我が主が折れぬ限り……」


 ナヴゥルは萎える事無く、紅い瞳を殺意に燃やす。

 そのまま姿勢を低く、上体をゆっくりと前傾させる――改めて突撃の構えだ。

 戦斧を構えていた時よりも更に低い。

 血みどろの左腕を下へ伸ばし、手を床へと添える。


 目標までの距離は六メートル。

 ナヴゥルの身体能力であれば、近接と言っても良い距離だ。

 が、エリーゼの周囲には、迎撃用のダガーが四本、空中にて旋回している。

 何より、切っ先を下に直立するロングソードが危険だ。


 それらがどの様に動くのか。

 しかしもはや『能力』は、あてにならない、使えない。

 使う事が仇となる以上、使うわけにはいかない。

 

 ならば、使わずに征く。

 征く以外の選択肢など無い、勝利以外に求める物など無い。

 我が主の為に、我が身と引き換えてでも、勝利する。


「その剣たる我も折れぬっ……!!」

 

 低い姿勢より解き放たれたナヴゥルの突撃は、血飛沫に彩られていた。

 全身を覆う黒のレザースーツが、筋肉の隆起に引き攣れ、張り詰める。

 深手を負ったコッペリアとは思えぬ、運動能力。

 いや、確実に身体能力の限界値を超える高速が、叩き出されていた。

 血と粉塵を撒き散らし、ナヴゥルは疾駆する。

 

 その突撃に呼応し、エリーゼは剣ごと後方へ跳躍しつつ、両腕を躍らせる。

 ワイヤーが音を立てて風を裂き、空中で旋回するダガーをフックにて捉える。

 ダガーはワイヤーに繋がれたまま、大きく波打ち、鋭い曲線を空間に描く。

 四本のダガーは切っ先をナヴゥルへ向け、四方から襲い掛かる。


 対するナヴゥルは、眼前で両腕を交差させる。

 急所である頭部と胸部を、甲冑籠手と爪でカバーしたのだ。

 しかし飛来するダガーの狙いは、頭部でも無ければ心臓でも無かった。

 四本共に脚部――脚へと攻撃を定めていた。

 動きを制限し、下段からの斬撃にて仕留める思惑か。


 ナヴゥルの両脚、左右の太腿に、四本のダガーが深々と突き刺さる。

 ナヴゥルは姿勢を崩す、僅か程の回避行動も取っていなかったが為、直撃だ。

 しかし止まらない、突撃の勢いは全く衰えない。

 夥しい流血が、後方へ糸を引く。

 

 剣のままに着地したエリーゼは、次いで流れる様に、上体を背面へと大きく反らす。

 下段からの斬撃に繋がる動きだ。

 ナヴゥルは交差させた両腕を用いて、刃を弾き逸らす腹積もりか。

 

 否。

 ナヴゥルの狙いは、斬撃を弾く、逸らすといった防御に無い。

 元より弾力性のあるロングソードを、甲冑籠手で逸らすという回避は危険だ。

 下手に弾けば刀身が撓み、懐まで刃が滑り込んで来る可能性もある。

 これは甲冑小手と鋼鉄の爪を弾頭に、全身を武器としたタックルなのだ。


 狙いは組みついてからの殴打、或いは刺突。

 如何に優れた技術があろうと、コイツの筋力は決して高く無い。

 ならば組打ちに持ち込む。密着した状態での肉弾戦へと引き摺り込む。

 腕の一本でも、脚の一本でも、事ここに至っては、くれてやっても構わない。

 代わりに命を毟り取る。


 エリーゼの身体が機械仕掛けの様に、後方へ沈み込む。

 裸足の爪先――足指は、柄頭と握りを掴んだままだ。

 が、その動きは、先に見た後方旋回では無かった。

 後方旋回の途中で、身体を捻ると、刀身ごと大きく右へ倒れ込んだのだ。

 小さな火花を散らし、剣の切っ先が床面を横へ滑る。


 伸ばした両手が床を捉えた時、エリーゼの全身は弓形に反り返っていた。

 足指によって引き絞られた剣は、緩やかに撓りつつ、力を溜めた状態にある。

 研ぎ澄まされた切っ先は、床に敷かれた石板同士の僅かな溝――その微細な側面を捉え、静止していた。

 

 ナヴゥルが射程距離に踏み込んだ、次の刹那。

 ロングソードの鋭利な刃が、石板の溝に沿って火花を散らし、撃ち出される。

 疾風の如き一撃は、強烈な曲線を描きつつ、波打ち弾けた。


 床面に対し、浅い角度で跳ね上がる軌跡。

 逆袈裟と横薙ぎ、その半ばを辿る軌道。

 ナヴゥルの低空タックルを、容赦無く薙ぎ払う斬撃だった。


 ナヴゥルは自身に向けて放たれた一閃を、真正面に見据えていた。

 全てを捨てた正面突撃だ。

 ならば、正面から止めるしか無い距離であり速度だ。

 この場、この位置への斬撃を、ナヴゥルは半ば理解していた。

 刺突であれ、斬撃であれ、攻撃個所は正面と限定されていた。


 しかし迫り来る刃は、あろう事か不規則に波打っている。

 籠手や爪で、これを確実に止める事は至難だ。

 弾く事も、逸らす事も危険であり、儘ならない。

 故に、ここから打倒必殺へと繋ぐ一手は。

 

「おおおっ……」


 ナヴゥルは左手の五指を伸ばした状態で、前方へと突き出した。

 揺らめき飛来する高速の剣を、まさか掴み取ろうというのか。


 そうでは無い。

 蛇腹構造の金属甲冑に覆われたナヴゥルの五指は『侵徹』を許さぬ角度を以て、突き出されていた。

 ぶれる刃は撓みながら指に沿って流れ、掌の中心へと滑り込んで行く。


 直後ナヴゥルの左手は、親指の付け根から肘まで、一気に斬り裂かれていた。

 夥しい量の濃縮エーテルが、辺り一面に飛び散る。

 生身であれば、肩まで容赦無く、斬り飛ばされていただろう。 

 が、ナヴゥルの前腕は、分厚い強化外殻の装甲に覆われているのだ。

 容易く斬り裂けるものでは無い。


 エリーゼの刃は、ナヴゥルの左前腕に深く食い込み――止まった。


 ナヴゥルは裂かれた左手を強引に動かし、刀身に指を絡ませる。

 更に捻り上げつつ、全力で横へ払った。

 剣を絡め取り、投げ捨てたのだ。


 斬撃を止められ、剣も奪われたエリーゼは、姿勢を崩し着地する。

 両手を床に着き、片足を引いた状態で、ナヴゥルと向かい合う形だ。

 そこへ、ナヴゥルが猛然と突っ込む。

 裁ち割られた血塗れの左腕を引きざまに、振り被った右の拳を振るう。

 鋼鉄の爪が、唸りを上げて風を引き裂く。

 全身全霊、執念の刺突が、エリーゼの顔面目掛けて撃ち込まれた。



◆登場人物紹介

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。戦闘用の身体では無い。

・ナヴゥル=ラークン伯所有の非常に強力な戦闘用オートマータ。


・レオン=医者。孤児院「ヤドリギ園」維持の為に莫大な金を賭けている。

・ラークン伯=ヤドリギ園一帯の土地買い上げを狙う実業家であり大貴族。

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