第四十話 欺瞞
前回までのあらすじ
ナヴゥルは自身の『神経伝達を把握する』能力を見破られ、危機に陥る。
エリーゼは全身を朱に染めながらも、徐々にナヴゥルを追い詰め始めた。
「敗因……? 死ぬ覚悟だと……?」
低い姿勢のまま応じるナヴゥル。
隆起した筋肉の束が、全身を覆う黒のレザースーツに浮かび上がる。
巨大な戦斧を肩に担ぎ、激しく前傾した攻撃特化の構え。
極限まで力を溜め込んでいる様子が、はっきりと伝わって来る。
「死地にて死を想わず、死を司るなど戯れ事――」
対するエリーゼは、円形闘技場中央。
鋭く尖った切っ先一点を支えに、直立するロングソードの上。
真紅に染まるタイトなドレスを纏い、両腕を広げ、柄頭に爪先立っている。
その周囲には、半透明に霞む銀の球体が五つ。
微かな風切り音と共に浮かんでいる。
白く小さな背中に装着された武装『ドライツェン・エイワズ』から繰り出された、特殊ワイヤーによる操作だった。
「――そう申しております」
「戯れたるは貴様だっ、戯言の果てに死ねっ……」
吐き出された言葉が千切れ飛び、石板は砕け、共に置き去りとなる。
漆黒無双の突撃は、残像すら伴う高速。
対するエリーゼは剣の上にて両腕を振るい、指先を躍らせる。
もはや回避運動は取らない、迎撃の構えだ。
空中に在る五つの光球が波打つ光線と変化し、ナヴゥルへ奔走した。
ワイヤー先端部のフックにて固定したスローイング・ダガーを、鞭の様に振るう直接攻撃、これが三本。
更にワイヤー先端部より投擲される二本。
曲線の攻撃と、直線の攻撃が同時に撃ち放たれ、交錯する。
ナヴゥルは突撃姿勢を崩さない。
身を捻り、半身となって担ぎ上げた戦斧を構え、肩肉と腕で喉と心臓を、そして左右の籠手より展開された隠し爪で、頭部と眼をカバーし、疾駆する。
弾く、撃ち落とすといった、防御行動は捨てている。
エリーゼの攻撃を全て、肉体で受け止めた上での加撃を選択しているのだ。
ダガーのサイズも小さく、刃は深く食い込む前に、筋肉で止められる。
急所への加撃を避けさえすれば、攻撃行動に支障は出ない。
痛みは元より存在しない、多少のダメージなどダメージに非ず。
ならば。
真っすぐに撃ち込まれたダガーが一本、筋肉の隆起する肩に突き刺さる。
更に大腿部にも一本。
眉間へと迫った一本は、籠手の隠し爪が弾く。
大きく弧を描いたワイヤー付きの二本が、左右から腹部へと撃ち込まれる。
ナヴゥルは怯まず、止まらない。
腹部に撃ち込まれた二本のダガーを、ナヴゥルは腹筋で締め上げる。
エリーゼのワイヤーに引き戻され、至近距離からの再攻撃を避ける為だ。
だがもはや、そんな小細工が効く距離では無い。
今や、既に間合いだ。
正面からの削り合いとなれば、身体能力の差が結果に跳ね返る。
エリーゼの流血は、エーテル・プルスを正確に手繰る上で、確かにノイズとなっていた。先の攻防でエリーゼが、敢えて裂傷を負っていた理由のひとつがこれだ。更に、行動に先んじて生ずる神経伝達の流れを読ませぬ様に、ギリギリまで回避せず、回避を行うという矛盾を成していたが為だ。
しかし――と、ナヴゥルは考える。
エーテル・プルスの流れを把握していると看破されたとて、流血に因るノイズが発生していたとて、エーテル・プルスが把握出来なくなったわけでは無い。
そしてエリーゼは、行動に際して紙一重の回避行動を取らなくなった……つまりコイツは、私の『能力』を見切ったと確信している。
流血の鎧を纏った事で、我が『能力』を凌げると。
ここに、隙がある。
防御を捨てた攻撃特化。
が、この突撃は、攻撃以外の全てを放棄した酔狂な特攻では無い。
全神経を研ぎ澄まし、限界まで集中力を高めた、精妙極まりない迎撃なのだ。
極限の見切りを以て、流血のノイズを掻い潜り、カウンターを取る。
意識を、神経を、極限まで張り詰めさせる。
深く、深く、コイツのエーテル・プルスを読み解く。
我が『能力』は意識の深さに因り、深化する。
故に、流血のノイズは、鎧に成り得ぬ。
で、あるならば。
見切った――ナヴゥルは確信した。
一拍後。足指両脚を用いた斬撃、全身を捻り放つ逆薙ぎが来る。
先刻も見せた、下段からの斬り上げだ。
誤認は無い、鮮明に、確実に捉えた。
奴の脊椎から脚へ、爪先へと走り抜けるエーテル・プルス、波動を感じる。
その映像すらも脳裏に閃く。
視界の隅で、逆立つロングソードの切っ先が跳ねた。
同時にナヴゥルは肩に担いだ戦斧を、左腕一本で横薙ぎに解き放つ。
完璧なタイミング。
弧を描いて横に疾走る戦斧の狙いは、エリーゼの五体では無い。
跳ね上がる剣を受け止め様に、弾き飛ばす事だ。
しかも脚を止めての斬撃では無い、突撃のままに薙ぎ払う。
本命は、右の籠手に仕込まれた隠し爪による刺突。
剣を払われ、姿勢を崩したエリーゼの背中に撃ち込む渾身の一撃。
「貴様こそが死をっ……」
想え――。
しかし。
疾駆斬撃の最中、ナヴゥルは戦慄する。
エリーゼの足元から放たれたるロングソードの軌跡。
弧を描き、逆袈裟に跳ね上がって来る――はずの太刀筋が。
真上へと、弧を描く事無く、真上へと。
鋭く光る切っ先を、こちらへ向けながら。
なんだ、この軌道は!?
眼前のエリーゼが、背面へと引かれる様に倒れて行く。
予想を違えた動き、そして早い。
しかも間合いが遠退く異様な現象。ワイヤーによる牽引か。
更に、両脚の膝が、足指で剣を保持したまま、ぐっと折り畳まれてゆく。
加えて天地逆のままに、エリーゼは闘技場の床面を掌で捉える。
そのまま両腕も、折り畳まれてゆく。
全身を小さく撓めている、全身の力を溜めている、バネの様に。
ロングソードの切っ先は、こちらを向いて。
濡れ光るエリーゼの紅い瞳。
誘い込まれたのか――
誘い込まれただと……?
何故、読みが悉く、悉く、外れるのか!?
ナヴゥルが放つ戦斧の軌道は内から外へ、薙ぎ払う為の横一閃。
対するエリーゼの狙いは……逆袈裟に非ず、下方からの刺突だ。
刹那、撓めていたエリーゼの腕が、脚が、全身が、弾ける様に伸びる。
致死の一点へ向けて、捻り込む刺突。
それも、交錯の間隙を縫うが如き精妙さで。
狙いは心臓か。
「おお……っ」
咆哮と共にナヴゥルは戦斧を振り切る。
振り切らざるを得ない。
横薙ぎの一閃は、迫る剣を弾く事無く、床の石板を砕き散らす。
左腕が伸び切り身体が開く、急所である心臓が曝け出されてしまう。
直後、光と化した刃が、ナヴゥルの胸元へ滑り込む。
まずい。駄目だ。回避を。
刺突を、切っ先を回避せねば。
ナヴゥルは強引に身を捩る。
真っ直ぐに突き込まれた刃は、姿勢を崩すナヴゥルの左肩を貫通した。
「……ちぃっ!」
闘技場の石床に、投げ出された戦斧が、火花を撒き散らしながら転がり滑る。
左腕での、得物の保持が儘ならなくなったのだ。
ナヴゥルは構わず崩れた姿勢のまま、右の隠し爪でエリーゼの脚を狙う。
が、届かない。
エリーゼは身体ごと後方へと移動する。
貫通した剣の刃は肩口を引き裂きつつ、横へと流れる様に引き抜かれて行く。
鮮血の如き濃縮エーテルの赤が、激しく吹き上がった。
エリーゼはロングソードを脚で捉えたまま、背面へと旋回し、距離を作る。
ナヴゥルは流血も構わず、強引に距離を詰めようとする。
しかしその行く手を遮る様に、複数の風切り音。
「おのれっ……」
身を翻しつつ、ナヴゥルはその場を飛び退る。
ワイヤーに繋がれた四本のダガーが、音を立てて空間を薙ぎ払う。
更に二度、後方旋回を繰り返したエリーゼは、ナヴゥルから六メートルほど離れた位置に着地する。
切っ先を下にした、ロングソードの柄頭。
両腕を緩やかに躍らせたまま、その上へ爪先立つ。
紅く染まるドレスを纏い、その周囲には、銀色に輝く半透明の光球が四つ。
対するナヴゥルも、鮮血の色に塗れている。
床に片膝をつき、右手で突き刺さったダガーを抜き取ると、無造作に後方へ投げ捨てる。
その手に握られていた戦斧も失われ、八メートルほど後方に転がっている。
回収する事は、どう考えても厳しい。
左肩の出血も激しい。
「――今の加撃は『欺瞞』によるものでございます」
「……『欺瞞』だと……?」
対峙するエリーゼの言葉に、ナヴゥルは荒々しく息を吐きながら応じる。
「――『見切り』『予測』、それらの技術は本来、四つの要素から成り立つもの。知覚、思考、経験、そして勘。ですが貴方は、自身の『知覚』――『エーテルの波動』を感知する『能力』に拠り過ぎている、頼る事が常態化している、故に……」
エリーゼは揺らぐ事無く、静かな眼差しで言葉を紡ぐ。
ナヴゥルはエリーゼを睨めつける。
「……その『能力』の優秀さ故に、先の攻防で『流血のノイズ』に想いが至ったにも拘わらず、次の策を自動思考してしまった。『能力の拡大』と『意識の集中』を以て、流血のノイズを掻い潜ろうとした。結果、行動の『起こり』を誤認させる『欺瞞』を完全に知覚し、有り得ぬ幻を見てしまった……」
「……」
行く――という意志を以て、行動の『起こり』のみを知覚させた。
『欺瞞』の行動を認識したが為、知覚と結果に齟齬が生じたと。
つまりは『フェイント』か。
単純な『フェイント』なのか。
否。
策は幾重にも連なっていたのだ。
行動の起こりを読ませぬ為の『遅延』。
全身を覆う『流血のノイズ』。
それらの要素を踏まえた上で行われた『思考誘導』。
虚と実が入り混じり、己が能力への過信が、幻を呼んだ。
故に『フェイント』が、より完全な物へと昇華されて。
「自身の全身より溢れ出す濃縮エーテルの量、痛覚抑制で気づきませんか? 貴方が思う以上に状態は重篤、じきに動け無くなりましょう」
ナヴゥルはエリーゼを睨んだまま、右手で左肩を抑える。
出血の治まる様子は無い。
肩の筋肉――三角筋ごと静脈を断ち切られたか。
動脈で無くとも、大量出血に至る個所だ。
ダガーによる複数の傷も、胸元の傷も、無視出来る出血量では無い。
放置すれば、やがて動けなくなるだろう。
「敗北を宣言をすれば助かります。逆転の目は、もうございません」
冷たく研ぎ澄まされた刃の如き声音で、エリーゼが静かに告げた。
◆登場人物紹介
・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。戦闘用の身体では無い。
・ナヴゥル=ラークン伯所有の非常に強力な戦闘用オートマータ。
・レオン=医者。孤児院「ヤドリギ園」維持の為に莫大な金を賭けている。
・ラークン伯=ヤドリギ園一帯の土地買い上げを狙う実業家であり大貴族。




