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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十九章 暗中飛躍
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第一九九話 詐術

・前回までのあらすじ

マルセルはオートマータ『エリス』が『エリンディア遺跡』より失われた成果物と何らかの関係があると考え、その主であるミュラー男爵に取引を持ち掛け、好感触を掴む。

 革新派の貴族達が集う立食パーティの会場は、落ち着いた賑わいを見せていた。

 着飾った男女がホールのあちこちで談笑しながら親交を深めている。

 そんなホールの片隅にてマルセルと『シュネス平安財団』の面々は、当初の目的通り『ミュラー男爵』との面会を果たし、架空の商談を持ち掛けていた。


「……本来ならミュラー卿が有する『ガゼール領』は『エルザンヌ共和国』と隣接しておらず、輸送コストが掛かると感じるかも知れません。ですが『シュネス平安財団』は『エルザンヌ共和国』内に独自の『蒸気式簡易軌道』建設を検討しておりまして、既存の『蒸気輪動』や『輸送用蒸気駆動車』に頼らぬ輸送方針を模索しております」


「なるほど、それは素晴らしいですな!」


 立て板に水と言葉を紡ぐフルニエ。

 普段、事務方としてデスクワークに従事している初老の男だが、ウェルバーグの公用語を用いたその語り口は軽妙ですらあった。

 クルーゾーの部下という事だが、優秀なのだろう。


 澱みの無いフルニエの言葉に、ミュラー男爵は終始上機嫌で相槌を打つ。

 しかし正しく話の内容を把握しているのかどうか、酔っている状況では些か怪しい。


 ただ、男爵の背後にさりげなく姿を現した秘書と思しき高齢の男だけは、状況を把握しようと真剣な面持ちでこちらの様子を観察している。

 とはいえクルーゾーの襟元に光るピンバッジが彼の身分――本物の大使館員である事を示しており、またフルニエの胸元にも『シュネス平安財団』のバッジが取り付けられている為、まさかこのやり取りの全てが狂言だなどと、簡単に見抜けるものでは無かった。

 それでも男爵の老秘書は探りを入れる様に、鋭い質問を投げ掛けて来た。


「まったく素晴らしいご提案です、ドラジ様。しかし水酸燐灰石や方解石といった錬成素材ならば、当家が管理する『ガゼール領』以外でも採掘されております。今回のご提案、『シュネス平安財団』の純粋利益を求めるならば、『ガゼール領』よりも輸送距離の近い採掘場を選ぶのが筋かと感じたのですが……」


「おい、オラーフッ……!」


 老執事の質問を遮る様に、男爵は声を荒げた。

 商談を潰されるのではと感じた為か。

 実際には老執事の反応こそ正しいのかも知れない。

 しかし、元来の自己顕示欲に加えて飲酒による判断力の低下もあってか、男爵はマルセル達の仕込みを疑おうともしない。

 不機嫌そうに男爵が眉根を寄せると老執事は目を伏せ、短く謝意を口にした。


「失礼しました……」


「いえいえ、ミュラー家の方ですね? 確かに単純なコストだけを考えたなら、あなたの仰る通りでしょう。ですが今回の計画は、ミュラー卿の功績を踏まえた上の事なのです」


 軽く頭を下げる老執事に対し、フルニエは柔和な笑顔で告げた。

 老執事は顔を上げると微かに首を傾げ、確認する。


「功績……でございますか?」


「はい、功績です」


 フルニエは小気味良く応じる。

 この老執事が行った質問は、あって然るべきと予め想定していたものだ。

 むしろこの質問があればこそ、自然と本題に入れるというものだ。

 こちらから捻じ込んだのでは無く、そちらから言い出したから……そういう体で話を進める事が出来る。

 控えめで穏やかな姿勢を崩す事無く、フルニエは続けた。


「私どもは医療用義肢等の普及及び管理に携わっておりまして、この『ウェルバーグ公国』でもお仕事をさせて貰う機会も徐々に増えて参ったのですが、最近、オートマータに関する、ある噂を耳にしまして」


「噂ですか?」


「はい……我々が管理する医療用義肢は、オートマータの開発技術に関わる部分も多く、予てよりオートマータの発展と躍進には注目しておりました。そして聞く所によると『ウェルバーグ公国』でも有数のオートマータを保有しているのがミュラー卿だとか」


「おお……ご存じでしたか!」


 ミュラー男爵は意外だと言わんばかりに、目を丸くしてみせる。

 が、その一方で嬉しそうに鼻の穴を膨らませていた。

 自身が蒔いた『エリスの主である』という噂が、成果として結実したと思ったのだろう。

 オラーフと呼ばれた老執事は無表情のまま、自身の主をちらりと見遣る。

 フルニエはここぞとばかりに畳み掛ける。


「ええ、大きな声で言うべきでは無いのかも知れませんが……革新派の方々が行う極秘の試合に参加し、連勝を一〇まで伸ばしている強豪なのだと、その様に社交界で耳にしました」


「いやあ! 社交界でですか! 本来であれば秘すべき事なのですが、噂が一人歩きしているようで、はははは! 参りましたな!」


 男爵は満足げに笑いながら、周囲の女達に目配せを行う。

 社交界での評判を聞いたか――その様に自慢しているのだ。

 フルニエは続ける。


「我々と致しましても、同じ錬成用素材を仕入れるならば、ただ採掘を行っているところより、オートマータに造詣の深い錬成技師を擁するミュラー男爵の『ガゼール領』の方が、より高品質な素材が望めるのでは、高性能なオートマータには高品質な素材が使用されているのでは、その様に考えたのですよ」


「なるほど、さすがは『シュネス平安財団』、懸命な判断ですな! 確かに当家の錬成技師達は歳若くあっても一流、もちろん錬成素材は当家で採掘された物を使用しておりますとも」


「おお……やはり噂は本当ですか。つきましては何処か落ち着ける場所で『ガゼール領』より採掘される資源について、詳しい話をお伺いしたいのですが」


「宜しいですとも、当家で一席設けましょう! いや、これは良い話ですな!」


 何の疑いも無くミュラー男爵はフルニエの言葉を信用した。

 フルニエの弁舌は見事だったが、男爵の迂闊さには驚くばかりだ。

 傍らに立つ老執事は未だ訝しんでいるのだろうが、男爵は予てより老執事を邪険に扱っていたのだろう、口を挟もうとしない。

 マルセルは男爵の愚鈍な赤ら顔を静かに見つめていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 ミュラー男爵との会食は、一週間後に行われる事となった。

 マルセルは事の経緯を手紙にしたため『シュネス伯』に連絡を取る。

 『ミュラー男爵』に仮の貿易案を提示し、接触する事に成功、より一層の交流を図るべく、男爵が所有する価値の低い地下資源を検査名目で幾らか取得したい――その様に記載し、大使館経由で速達を頼んだ。

 数日後、伯爵より返信が届く。

 そこには地下資源購入に一〇〇万クシールの投入を許可し、更に状況次第では一〇〇〇万クシールまで用意可能であると書き記されていた。

 一〇〇万クシール分のサンプル購入は過剰だが『ミュラー男爵』の性格を考慮すれば、最初の取引で十二分な金銭的成果があれば、以降の対応は容易となるだろう。


 ただ、問題はここからだ。

 如何に話を誘導して『エリンディア遺跡』の『成果物』に関する情報を引き出すか。

 あのオートマータ『エリス』に『成果物』が活かされているのか。

 それらをつぶさに調査、成果を入手せねばならない。

 だからこそ『シュネス伯』は、一〇〇〇万クシールという追加資金を提供したのだ。

 必要ならば、反社会的な手段を講じてでも。

 錬成科学発展の為なら、あらゆる手段を行使する覚悟がマルセルにはあった。

・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

・大使館員・クルーゾー=エルザンヌ共和国の大使館員でシュネス伯の配下。

・大使館員・フルニエ=クルーゾーの部下でありシュネス伯の配下。


・ミュラー男爵=エリスの主人。迂闊な性格なのか社交界で敬遠されている。

・オラーフ=ミュラー男爵の執事であり高齢。

・エリス=魔術を用いると評され、連勝を重ねるオートマータ。

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